((((楽にできるわけねえだろ、このクソボケがッッッ!!!)))
誰一人として、口にはしないが。
広間に居並ぶ、大商人たちの総意であった。
上座にどっしりふんぞり返る、アスタ・ド・ヤバマーズ男爵。
この若造。つい先ほど、「余計なことをしたら正当防衛で始末する」と、物騒極まりない独り言を、わざわざ漏らしたのだから。
――豪商バルトロメウスは、戦慄していた。
こんな監視下で武器を抜こうなど、誰も考えるはずもない。そもそも、商人とはそのような生き物ではないのだから。
領主を暗殺しようとする、商人などいるはずもない。
その上、見てみるがいい。
筋骨隆々の聖騎士ロダン。顔を覆い隠した
聖王教会が誇る、正義と暴力の権化が脇を固めているのだ。
「皆様、どうぞご安心を。……皆様方が、領地法と秩序を遵守なさる限り、聖王の慈悲は等しく注がれることでしょう」
(((なんでだよッ! なんで教会が、こんなキチガイ領主サイドに立ってるんだよ!!?)))
二人の挨拶で、大商人たちの胸に沸き起こったのは安心ではない。
神は我々を見放したのかという、
いや、確かに、誰もが聞いてはいるのだ。
アスタ男爵が聖戦士と共に、魔人を討滅したという眉唾物の英雄譚を。
だが、客観的に見て、だ。
魔人と比べても、なおヤバマーズの方がよほど悪質ではないのか?
武力と教会の権威。ここまで脅されて、不用意に動ける奴など誰もいるはずがないのに。
わざわざプレッシャーを掛ける意味など、もはやどこにもないのである。
(つまりは――よもや、シャルル王太子の策略が見抜かれているのかっ!? そうか、だからカマを掛けて来たのだ! 私はボロは出さんぞ! アスタ男爵めっ!)
まあ、バルトロメウスの思い込みである。
隣のライバル商人らは、幽霊のように蒼白。
普段なら、嘲笑ってやるバルトロメウスだが。
(……フン。私の顔色とて、もはや大差なかろうな)
今は他人事ではない。
現実逃避でもせねば、やってられない心境のバルトロメウスである。
(ううっ、王都に帰ったら必ず訴えてやるからな。何の罪状も思いつかぬが、何らかの罪に抵触するに違いないのだ)
しかし、現実は非常だ。
そもそも、訴訟検討には生きて帰る必要がある。
一応、マナーとして持参した手土産も、果たしてどこまで生存に寄与するか。まったくもって怪しいところだった。
(この“蛮族の統領”の機嫌を損ねれば、一巻の終わりっ! まったく、どこのどいつだ。アスタ男爵に恥をかかせ、商談をぶち壊してこいなどと寝言を命じた戯けは……!)
無論、シャルル王太子である。
疑いようもなく、王太子殿下その人である。
同じ命令を受けた商人が、ここに何人いるかは不明だが――。
「……おお、我が神よ。聖王よ、どうかお助けを……っ!?」
今も、ブツブツ誰かの祈る声。
――そう、今や全員の目標は『とりあえず、生きて帰りたい』だ。
「ひっ、あ、あわわ……っ!」
突然、悲鳴が上がる。
よりにもよって声の主は、バルトロメウスの秘書だった。
極限の緊張に耐えかねたのか、手土産の目録を滑らせてしまったのだ。
――カランカラン。
床に落ちる書状。
秘書はそのまま膝をつき、泣き崩れんばかりの勢いで震えだす。
(((一人目の生贄は、あいつか……)))
思わず、哀憐の眼差しが集まった。
貴族への書状を落とすのは、致命的な無作法。バルトロメウスは、主人として頭を抱える。
しかし、対するアスタ男爵。
彼は「おやぁ?」と、無邪気に微笑みながら首を傾げてみせた。
「秘書殿、もしや……長旅でお疲れかな?」
「えっ!? ああっ、もっ、申し訳ございませんっ! 決して他意はっ、他意はございませんっ!!」
「ははは、そう畏まるな。ヤバマーズへの道のりは……うん、そう、辺鄙だからな。致し方あるまい」
(辺鄙どころの話かッッッ! 控えめに表現しても“魔の巣窟”だろうが!)
豪商バルトロメウスの喉元まで、出掛かけたツッコミ。
辿り着くまでの
(なんだ、この領主。実は寛容なのか、それとも気まぐれか。いいや、実はなにか計算している? ……まるで読めぬ、どういう振る舞いだ?)
豪商バルトロメウスは、ますます深読みを始めた。
「これはなかなか、刺激的な商談になりそうだな。なあ、バルトロメウス?」
背後に控えるは、墨色髪の冒険者。
こともあろうに面白がって、低く笑う。
「……うるさいぞ、静かにしておれ」
「そう言うなよ。オレ以外に、卿を守れる男がこの場にいるか?」
「ぬぬぅ……余計な口を叩くでない」
男の肩書きは、表向きこそ冒険者。
だが、その正体はボリマッシュ商会が抱えるなかでも“劇薬”の
他の護衛たちが、ヤバマーズの洗礼に腰を抜かし、総じて使い物にならなくなった結果……皮肉にも、この男だけが平然とここに立っている。
「おや。……そちらの御仁は?」
案の定だ。アスタ男爵の視線が劇薬を捉えてしまった。
(そうだろうな、血の気が多い男同士で惹かれ合うと思ったのだ。やめてくれ、どうかこちらにまで注目しないでくれ)
祈る、バルトロメウス。
「……私を警護する、ただの冒険者ですよ」
「ほう。冒険者……ね」
アスタ男爵は目を細めた。
されど、声色に不愉快さが含まれる。
これは不味い。
バルトロメウスは火の粉を払うべく、刺激せぬよう付け加えた。
「アスタ男爵。この者は、正しく“冒険者”なのです。けして、無頼の徒ではございません」
「……というと?」
「七大神の聖地を巡礼し、各地の教会にて奉仕活動に従事した実績もございます。……ほら、あれをお見せしなさい」
墨色髪の冒険者は、皮肉めいた笑みを浮かべつつも、応じた。密かに首から下げていた
鈍い円盤には、過酷な巡礼地でしか刻めぬ、特殊な印がいくつも並んでいたのだ。
すると、アスタ男爵の値踏みするような視線は――より鋭く切り替わってしまった。
「このご時世、聖地に背を向けぬ巡礼者。……なるほど、それは“本物の冒険者”だな」
「もちろんです。冒険商人としても、名を馳せたこのバルトロメウス。傍に置く者も厳選しております、人材も偽物は扱わぬのです! そう、ボリマッシュ商会の名誉にかけてっ!」
「それはそれは! なんと素晴らしい御心構えだ。あなたのような清廉な商人ならば、こちらも信を置けるというもの」
「……光栄の極みでございます」
息詰まるような応酬を、さらりとかわす。
アスタ男爵の警戒は、至極真っ当でもある。
“冒険者”という肩書きは、野心的な
例えば、傭兵。
金で信義を売り飛ばし、明日には盗賊に成り下がる連中。この
だが、そこに“冒険”という騎士物語めいた装飾を施すとどうだろう?
貴族もまた、体裁を以て受け入れることができるようになるのだ。名が変われば、解釈までも変わるのが社会というもの。
(ククク。されど、この者は聖王教会の認可を持つ、巡礼冒険者っ! 教会の権威を盾にするアスタ男爵にとっても、無碍には扱えぬだろうなっ!)
――してやったり。
バルトロメウスは密かに、小さな勝利に安堵した。(勘違い)
しかし、それ以上の疲労感。
まだ椅子に座ったばかりだというのに、寿命が数年削り取られた心地。
商人たちからも、次々にため息が漏れる。
それを見て、何を思ったか。
うーん、と考えこんだアスタは、ポンと手を叩く。
「そうだ、良いことを思いついたぞ! 皆が疲れているのはよくわかったから、商談の前に食事としよう。構わんな、ゲロハルト」
「そう、ですな。……確かに、その方が失礼がないことでしょう。ヘイホー、始めなさい」
疲れてるのは、お前のせいだよ。(全員の気持ち)
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