「――ちょいと失礼。席を外すよ」
シュタッ。
アスタは流れるような足取りで、場を抜けた。
給仕係のヘイホーと、メイド姿に扮するジルが待機する廊下へと。
「ヘイホー、ジル。……どうだ、やれそうか?」
「ええ。口から心臓が飛び出しそうですが、問題ありませんよ」
「うちも大丈夫っす! どんと来いっす!」
どこか悟りを開いたようなヘイホーと、気合を入れるジル。
(土壇場で腹を括ってくれる仲間とは、ありがたい)
アスタは満足げに頷く。
「ところで、男爵閣下……?」
「んん? なんだ、ヘイホー」
「……さっきの秘書さん。さすがに可哀想すぎましたね」
「ああ~、それな?」
主従間で始まる、呑気な会話。
「あんなにプルプル震えちゃって。たぶんあの人も、苦労して学識を積んだ平民じゃないでしょうか。境遇を思うと、ちょっと……」
「お前にとっちゃ、他人事じゃないってわけか」
「はい。……ボクもどこかの商会でああやって、縮み上がっていたかもしれませんから。気持ちはよくわかります」
「あの、バルトロメウスってオヤジ、いかにも『失敗=死』みたいなオーラ出してるもんな。後で、怒られなきゃいいけど」
「ね~。怖そうな上司さんでしたね、厳しそう……」
「なっ? 怖い上司っていやだよなっ! 部下を委縮させるなんて、絶対よくないっ! 良い仕事が出来なくなるっ!」
アスタもヘイホーも、本気でバルトロメウスの秘書を心配しているようだが。
「いや、怖がられてるのは、アスタ先輩の方だと思うっすよ?」
ジルは呆れるしかなかった。
「いいか、ヘイホー。ワインはこの順番で出せ。でも、客から要望があったら裏方に準備させろ。絶対に『表』はお前が仕切るんだ」
「了解です。……あっ、そういえば、ゲロハルトさんは――」
「あいつは正直、見た目だけだ。カッコつけてるけど、作法にはあまり詳しくない。田舎の叩き上げだからな、細かい
「心得ました。老執事の威厳、ボクが裏から支えてみせますよ」
「よしっ! わかったような顔で、率先してやってくれ!」
オノレと練り上げた作戦を、ヘイホーと最終確認。
続いて、ジルにも向き直る。
「うちは、前に出なくていいんすか??」
「お前は、裏方の女たちを上手く扱ってくれ。メイドが表に出る頻度は少ないが、不測の事態に備えろ」
「わかってるっす。給仕の補助に、食器の落下トラブル、想定外の汚れ……その手の泥臭いフォローが、うちの領分っすね?」
「助かる。うちの連中に、そんな繊細な真似は無理だからな」
「へいへい。適当に、柔軟にやらせてもらうっすよ」
ジルはトレードマークのポニテを隠すように、頭巾を深くかぶり直す。
完璧にやろうとしても、どうせ粗が見える。
だから、多少マナー違反があっても、素早く手際よく見えたほうがいい。
そんな方針だった。
「でも、男爵閣下。……これ本気ですか」
ヘイホーが指したのは、メニュー表だ。
「え、何が問題だ?」
「いえ、この“コンソメスープ”とかいうやつ。他の料理も、聞いたことがない変な名前ばかりですが……」
「料理名だよ。ぜんぶ古エルフ語由来、箔をつけるための演出さ」
「古エルフ語? ……あ、ちょっと待ってください。これ、さては
「ご名答、カッコいいだろ。縮めて“コンソメ”」
「仰々しすぎますよ! お客様に伝わらなかったらどうするんですか!」
「いいんだよ、伝わるか伝わらないかなんて二の次! 学があって凄そうなものを出した感で行くの。お前もな、それっぽく適当にそういうもんですって雰囲気で行け」
「ええっ、それっぽく適当に……?」
ヘイホーは、頭を掻いた。
しかし、それでも給仕の場に足を踏み入れると、表情をキュッと引き締める。
「任せたぞ、みんな」
アスタは村の女たちにも短く声をかけ、席に戻る。
さあ、いよいよ開宴だ。
***
アスタ男爵は、代表して最初の一口。
一切のよどみなく、パンをちぎって食べて見せた。
「我らは今、一つの食卓を囲む友である。ここにあるのは毒なきパン、偽りなき塩。ヤバマーズの歓待をここに始めよう」
勿体ぶった会食儀礼。
――毒はないぞ、私が自ら命を保証する。
あまりに古式ゆかしい宣言。客人たちも頷くと、またわけられたパンを口に運び始める。
まだまだ陽が沈む前ではあるが、酒宴の始まりだ。
老執事ゲロハルトが、ワインをグラスに注ぐ。
実に、老練な佇まいが様になっていた。
「客人の皆様に、お伝えしたい旨がございます。今宵のお食事は一品ずつ、丁寧に順番にお出ししたく存じます」
焔王国でも例を見ない、ずいぶんと奇妙な前置きだった。
(なんだと? 一品ずつ? なんとも面倒なことをするものだ。いいからテーブルを埋め尽くすほどのご馳走を所狭しと出せばよい)
セオリーから、大きく外れている。
豪商バルトロメウスは、不審に思った。
すると、アスタ男爵が自信満々に付け加える。
「なあに。皆には一皿の
体験? 料理を食べるだけの行為が?
それも、また奇妙な物言いだった。
(ふうむ、まあよいか。……さあて、なにか良いネタはないかな、と)
ちらり。
豪商バルトロメウスは、視線を走らせる。
会食中、貴族が財産を見せつけるための食器。
(さすがはあれは調べに行けない、か。……私も命は惜しいからな)
ならばと、手持無沙汰を装い、手元の銀ナイフを手に取った。
「……製造刻印はある、吸い付くような冷たさ。しかし、随分と年季が入っているな」
ピンッ。
指先で、銀のナイフを弾く。澄んだ音。
アスタ男爵の眉が、ピクリと跳ねた。
「……なにか?」
「いや、失礼。大変、良いものを使っていらっしゃる」
「それはどうも。……うちの古いものですまないな」
「ご謙遜を。伝統と歴史に感じ入っております」
アスタ男爵は、再びニッコリと微笑んだ。
豪商バルトロメウスも、油断ない笑みを返す。
数秒の沈黙、笑顔での睨み合い。
「ところで、料理も来ていないのにナイフを手取るとは。切っ先を僕に向ける気か?」
「――滅相もないっ!?」
「冗談だ」
なにをされているか、よくわからない。
そんな時は解釈を変えて牽制するのが、アスタ男爵のやり方。
豪商バルトロメウスは、慌てて手を離した。
やがてアスタ男爵は、興味を失ったように目を逸らし。
控えるメイド――ジルに耳打ちした。
「なあ、あの食器――」
「本物っす。オノレ先輩が『これだけは回せ』って指示した品っす。さすがに手に取る分までフェイクにすると、バレかねないからって」
「……弾いた音だけで判るもんなのか?」
「ドワーフの耳じゃなくても、鑑定家なら音と重さ。肌熱の伝わり具合で銀の純度を見抜くっす。あのオヤジ、相当な手練れっすよ。速攻で製造刻印チェックしたし」
銀食器の刻印偽造は、ジルも流石にしていない。国家反逆罪にも相当する。
わずかな隙すら、命取りになる真剣勝負。
アスタは背筋に冷たい汗を流した。
(さすがに知らない領域には、なにも関与できないぞ。頼む、上手くいってくれ……!)
――やがて、一同の前に最初の一皿が運ばれる。
妙に澄んだスープ。それも顔が映るほどに。
バルトロメウスは、ガッカリした。
「なんだ、これは。……あまりに虚しいスープだな」
透き通りすぎて、栄養もろくになさそうに思えた。
その上、具が何も入ってない。
(さすがは噂に聞くヤバマーズ、貧乏にもほどがある。これでは敵対心も、一周回って哀れになるほどだぞ……)
だが、まあ、豪商バルトロメウスは、それでも不満を口にしてやろうと思ったのだ。
なにせ、シャルル王太子から、そう依頼されているのだから。
どうにか、命に関わらぬ程度には実行せねばなるまい。
そう、この貧相なスープに文句を……。
「――っ!? なんだ、この味はっ!?」
しかし、大商人たちはどよめいた。
未だかつて食べたことのない、深い味わい。舌どころか、口内の奥深くでひろがる芳醇さ。
これはもはや、ただごとではない。
豪商バルトロメウスは、これはイカンと異を唱える。
「いや、だがっ! このスープには、スパイスがまるで入っていないではないか! つまり、安物ではないのか? とても我々が歓待されているとは言い難いっ!」
味がわからなくなるほど、ふんだんに山盛りでスパイスが入っているべきだ。
ようするに、大商人たちが常日頃、要求している高級とはそのような物量だった。
「なるほど、確かに」
「スパイスの刺激は……あまり感じませんな」
他の商人たちも、首を傾げ始める。
スパイスとは、食べられる宝石。
商人にとって、原価が高いものほど贅沢。
それこそが、価格相場を知る者の真理っ!
しかし――。
「ご冗談を。大商人たる皆様の舌に、この透き通った
「こん……すん?」
「そうです。これぞ、ヤバマーズ流コンソメスープ」
なんだ、それは。
大商人たちは混乱した。コンスンだのコンソメだの、知らぬ用語。
(ヤバマーズ流と申したか? ということは、それ以外のコンソメスープもあるのか……?)
そんなものはないのである。
だが、細かい説明もせずに、給仕は平然と続ける。
「皆様が飲む分のスープを取るために、およそ十キログラムの肉から
「なんだと!?
「その通りです。皆様が飲むためだけに、気が遠くなるほどたっぷり時間と燃料を消費したのです」
豪商バルトロメウスは、頭が真っ白になった。
(そんな話、聞いたことがない!? この透明なスープに、十キログラム分の肉が凝縮された価値がある、だと!?)
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