ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第81話 ドキッ!? 突然始まる、文化人格付けチェック♪

 豪商バルトロメウスは、震え声で尋ねた。

 

「――して、その肉は……どうしたのだ。さては、これからメインディッシュとして、恭しく出てくるのだろう?」

 

 たかがスープ。コンソメなる未知の液体に投じられた、“十キログラムの肉”という法外なコスト。

 そんな“消えた資産”の行方を、必死に追おうとしていた。そうせねば、冷静さを保てそうになかったのだ。

 

 一拍、ためを作ってから――給仕ヘイホーは、厳かに告げる。

 

「捨てました(魔物肉なんか誰も食べたくないから)」

 

 広間に、衝撃が走った。

 

「捨てたぁ!?(一番、栄養も贅沢も詰まった肉の部分をか!?)」

「ええ、捨てました(嘘はついてない)」

「……いいやっ、正直に言ってくれたまえっ! 再利用などは? ほら、賄いに回すとか、どんな大貴族でもすることだとも」

「しません、間違いなく捨てました(揺るぎない声)」

「……っ、うぐぐぅ!!」

 

 バルトロメウスの脳内算盤(アバカス)が、砕け散った。

 

 嘘か真かを確認する術はない。

 だが、眼前の若者の瞳には、一抹の迷いもなかった。

 

 この、たった一口。

 廃棄された大量の肉、浪費された莫大な時間、惜しみなく注がれた燃料。

 

 ――そのすべてが手間という新たな贅沢換算に昇華され、乗せられている。

 

(いくらだ!? このスープ一匙に、一体どれほどの金貨を積めばいい!?)

 

 一方で、本来ならアスタを支援する立場であるはずの、ラプラス伯爵家三男オノレ・ド・ラプラスは――。

 

「君、赤ワインをくれないか。……ああ、継ぎ足してくれ(半分ヤケ)」

 

 微笑みを張りつけながら、猛然(もうぜん)とスープを胃に流し込んでいた。

 選ぶのは風味をかき消す、重厚な赤ワイン。

 

 味わっているかすら疑わしい。

 大商人らは、ますます戦々恐々。

 

(((この料理……まさか、大貴族にとっては驚くに値しないのか?)))

 

 計算深い者ほど、混乱している。

 そう、我々が知らぬだけで、コンソメとは元々あったのかもしれない。

 

 豪商バルトロメウスなど、口をパクパクさせていた。

 

(伯爵家の御令息の前で『知らん』とは、口が裂けても言えんッ! だが、肉を丸ごと捨てただと!? そんな暴挙、贅を極めた王族ですら躊躇するはずだぞ!)

 

 本来、肉とは皿の上で主役を張るべき存在。

 端材ですら使用人の胃袋を満たし、余すことなく、富として処理されるのが世の理。

 

 しかし、ここではその理が通用しない。

 

 次々と運ばれてくる料理もまた、彼らの知る田舎の贅沢とは一線を画していた。

 

「……どうせ、デカい肉をローストしただけの、スパイス掛けでも食わされるかと思って来たのに」

 

 煮詰まった文化と教養。

 計算された錬金術の結晶のようなものを、食わされている。

 

 説明は最小限。

 なのに、一皿一皿が当たり前のように「お前たちには当然、理解できるよな?」と無言で問いかけて来る。

 

 文句をつけに来たはずの商人たちは、いつの間にか抜き打ち『文化人(ぶんかじん)、格付けチェック』の受験者に成り下がっていた。

 

「あー。……皆の者、もう少し、なんだ。談笑を楽しまないか? 葬儀でも、もう少し騒がしいぞ」

 

 上座からアスタ男爵が、白々しいほどに暢気な声を投げかける。

 だが、談笑などできるはずもない。

 なぜなら、料理の感想を振られても誰も何も言えないからだ!

 

 舌の上で踊るあまりの美味と、蝕んでくるヤバマーズの狂気。誰もが喉を固く閉ざしている。

 

「おい、バルトロメウス。様子がおかしい」

 

 さなか、傍らに立つ墨色髪の冒険者が警告を発した。

 

「なんだ! 様子がおかしいことくらい、言われずともわかっとる!」

「そうじゃない。……裏方の女どもを、よく見てみろ」

 

 豪商バルトロメウスは言われるがまま、忙しなく立ち働くメイドたちに目を向けた。

 小柄な童顔メイドの指示を受け、整然と動くその姿。

 

 そこで見つけたのは――。

 

「なっ、なんだと……!? あの服はっ?!」

 

 そう、女使用人(メイド)たちの服装までもが、紋章色(リバリーカラー)に統一されているではないか!

 生地は粗末なものだが、おおよそ作りは同じ。

 

「それも……全員が私語を慎み、黙々と、一糸乱れぬ統制で作業しているだと!?」

「ああ、そうなんだ。田舎の給仕裏なんて、もっとこう、騒々しくて下品なもんだろう。だけど、ありゃあ――」

「そうだっ! これでは女どもまで、軍隊(・・)のようではないかっ!?」

 

 戦慄が、広間に静かに伝播していく。

 他の大商人たちも、徐々に気付き始めたのだ。

 

 その上、給仕に徹する男(ヘイホー)の動きもまた、まさに手慣れた落ち着き払った専門職のそれ。

 

「道理で静かすぎると思ったのだ。この土地では――野蛮さと統制、磨かれた文化が、デタラメに混ざり合っている……!」

 

 混沌(カオス)だ、あらゆる既存の理解を拒む。

 

 もはや、目の前で執り行われているのが、流行の最先端だと言われても信じてしまいそうだった。

 

 

***

 

 

 僕は内心、猛烈に焦っていた。

 

(おかしい――会食が、一向に盛り上がらない……っ!?)

 

 腹芸得意な大商人が勢ぞろい。

 なのに、どうだ。まるで感情が筒抜け。

 

 あからさまな緊張、言い知れぬ動揺。

 誰もが頬を引きつらせ、ギロチンの刃を待つ死刑囚みたいになっている。

 

 だけど、なにが原因で、この葬儀ムードが生まれているのか。

 僕にはその理屈が、微塵も理解できなかった。大学で習わないもん、そんなの!

 

(そう、僕には政治ももてなしもわからぬ。一番、空気を察してそうなのがオノレなんだが……!)

 

 ちらっ。

 黙々と食事をするオノレ。仮面みたいに張り付いたスマイル。

 

 これも僕にはわかるぞ。……あいつ、アレで実はめちゃくちゃ不機嫌だ。

 

(なんでだよ!? オノレ、お前もスポンサーなんだから、ちょっとは場を盛り上げる努力をしてくれよっ!??)

 

 アイコンタクトで必死に、『助けてコール』を送る。

 しかし、オノレは微かに首を振るだけ。

 

 もうこうなったら、なりふり構っていられない。口パクによる強行突破だ!

 

「も・り・あ・げ・て!」

「む・り・だ」

「な・ん・で!?」

「察・し・ろ・バーカ!」

 

 察しろだぁああ!? わかんねえから、聞いてんだっつの!!




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