豪商バルトロメウスは、震え声で尋ねた。
「――して、その肉は……どうしたのだ。さては、これからメインディッシュとして、恭しく出てくるのだろう?」
たかがスープ。コンソメなる未知の液体に投じられた、“十キログラムの肉”という法外なコスト。
そんな“消えた資産”の行方を、必死に追おうとしていた。そうせねば、冷静さを保てそうになかったのだ。
一拍、ためを作ってから――給仕ヘイホーは、厳かに告げる。
「捨てました(魔物肉なんか誰も食べたくないから)」
広間に、衝撃が走った。
「捨てたぁ!?(一番、栄養も贅沢も詰まった肉の部分をか!?)」
「ええ、捨てました(嘘はついてない)」
「……いいやっ、正直に言ってくれたまえっ! 再利用などは? ほら、賄いに回すとか、どんな大貴族でもすることだとも」
「しません、間違いなく捨てました(揺るぎない声)」
「……っ、うぐぐぅ!!」
バルトロメウスの脳内
嘘か真かを確認する術はない。
だが、眼前の若者の瞳には、一抹の迷いもなかった。
この、たった一口。
廃棄された大量の肉、浪費された莫大な時間、惜しみなく注がれた燃料。
――そのすべてが手間という新たな贅沢換算に昇華され、乗せられている。
(いくらだ!? このスープ一匙に、一体どれほどの金貨を積めばいい!?)
一方で、本来ならアスタを支援する立場であるはずの、ラプラス伯爵家三男オノレ・ド・ラプラスは――。
「君、赤ワインをくれないか。……ああ、継ぎ足してくれ(半分ヤケ)」
微笑みを張りつけながら、
選ぶのは風味をかき消す、重厚な赤ワイン。
味わっているかすら疑わしい。
大商人らは、ますます戦々恐々。
(((この料理……まさか、大貴族にとっては驚くに値しないのか?)))
計算深い者ほど、混乱している。
そう、我々が知らぬだけで、コンソメとは元々あったのかもしれない。
豪商バルトロメウスなど、口をパクパクさせていた。
(伯爵家の御令息の前で『知らん』とは、口が裂けても言えんッ! だが、肉を丸ごと捨てただと!? そんな暴挙、贅を極めた王族ですら躊躇するはずだぞ!)
本来、肉とは皿の上で主役を張るべき存在。
端材ですら使用人の胃袋を満たし、余すことなく、富として処理されるのが世の理。
しかし、ここではその理が通用しない。
次々と運ばれてくる料理もまた、彼らの知る田舎の贅沢とは一線を画していた。
「……どうせ、デカい肉をローストしただけの、スパイス掛けでも食わされるかと思って来たのに」
煮詰まった文化と教養。
計算された錬金術の結晶のようなものを、食わされている。
説明は最小限。
なのに、一皿一皿が当たり前のように「お前たちには当然、理解できるよな?」と無言で問いかけて来る。
文句をつけに来たはずの商人たちは、いつの間にか抜き打ち『
「あー。……皆の者、もう少し、なんだ。談笑を楽しまないか? 葬儀でも、もう少し騒がしいぞ」
上座からアスタ男爵が、白々しいほどに暢気な声を投げかける。
だが、談笑などできるはずもない。
なぜなら、料理の感想を振られても誰も何も言えないからだ!
舌の上で踊るあまりの美味と、蝕んでくるヤバマーズの狂気。誰もが喉を固く閉ざしている。
「おい、バルトロメウス。様子がおかしい」
さなか、傍らに立つ墨色髪の冒険者が警告を発した。
「なんだ! 様子がおかしいことくらい、言われずともわかっとる!」
「そうじゃない。……裏方の女どもを、よく見てみろ」
豪商バルトロメウスは言われるがまま、忙しなく立ち働くメイドたちに目を向けた。
小柄な童顔メイドの指示を受け、整然と動くその姿。
そこで見つけたのは――。
「なっ、なんだと……!? あの服はっ?!」
そう、
生地は粗末なものだが、おおよそ作りは同じ。
「それも……全員が私語を慎み、黙々と、一糸乱れぬ統制で作業しているだと!?」
「ああ、そうなんだ。田舎の給仕裏なんて、もっとこう、騒々しくて下品なもんだろう。だけど、ありゃあ――」
「そうだっ! これでは女どもまで、
戦慄が、広間に静かに伝播していく。
他の大商人たちも、徐々に気付き始めたのだ。
その上、
「道理で静かすぎると思ったのだ。この土地では――野蛮さと統制、磨かれた文化が、デタラメに混ざり合っている……!」
もはや、目の前で執り行われているのが、流行の最先端だと言われても信じてしまいそうだった。
***
僕は内心、猛烈に焦っていた。
(おかしい――会食が、一向に盛り上がらない……っ!?)
腹芸得意な大商人が勢ぞろい。
なのに、どうだ。まるで感情が筒抜け。
あからさまな緊張、言い知れぬ動揺。
誰もが頬を引きつらせ、ギロチンの刃を待つ死刑囚みたいになっている。
だけど、なにが原因で、この葬儀ムードが生まれているのか。
僕にはその理屈が、微塵も理解できなかった。大学で習わないもん、そんなの!
(そう、僕には政治ももてなしもわからぬ。一番、空気を察してそうなのがオノレなんだが……!)
ちらっ。
黙々と食事をするオノレ。仮面みたいに張り付いたスマイル。
これも僕にはわかるぞ。……あいつ、アレで実はめちゃくちゃ不機嫌だ。
(なんでだよ!? オノレ、お前もスポンサーなんだから、ちょっとは場を盛り上げる努力をしてくれよっ!??)
アイコンタクトで必死に、『助けてコール』を送る。
しかし、オノレは微かに首を振るだけ。
もうこうなったら、なりふり構っていられない。口パクによる強行突破だ!
「も・り・あ・げ・て!」
「む・り・だ」
「な・ん・で!?」
「察・し・ろ・バーカ!」
察しろだぁああ!? わかんねえから、聞いてんだっつの!!
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