(――おかしい。僕の布陣は上手く機能しているはずなのに!)
ジルも裏方を上手く回してる。村の女たちも、一糸乱れぬ統率。よしっ!
祓魔女リュス、聖騎士ロダンは佇むだけだが効果抜群。
威厳を醸し出し、我が家の信頼感爆上がりだ。よしっ!(たぶん)
そして、期待以上の実力を発揮し続けているのが、まさかのヘイホー。
平民苦学生の生存本能、マジで恐るべし!
『きっと、横暴な教授や貴族学生たちよりも。商人の皆様のほうが、遥かにマシなはずですから』
そう嘯くだけのことはあったよ!
お代わりを注ぐ動作から料理の出し方まで、まさに洗練の一言!
時折、商人の耳元で囁いて、お伺いまで立てている。
するとどうだろう、あんなに震えていた大商人が、救い主でも見たような顔でほっとしているのだ。
(こいつ、マジで大学の殺伐とした環境が向いてなかっただけだろ。地方だと、最上級の接待無双人材だぞ……)
やはり、これまでの
ヘイホーにとって、正確なマナーをこなす程度は、呼吸と同じくらい余裕。
何せここには、スピードに追われる殺伐さもなければ、暴力を振るわれる恐怖もない。
今の彼は、のびのびと“もてなしの演出”に頭を巡らせるスーパー給仕。よしっ!
(条件次第では、並みの貴族より優秀かもな。殴られ罵倒されながら、クレーム対応力を磨いた逸材なんて、そうそう上流階級には存在しないんだから)
トラブルだらけのヤバマーズに、まさに必須人材。
空気を読むのが、めっちゃ上手い!
……まあ、空気読みすぎる小心者って、繊細メンタルでポッキリいきそうだから、そこだけ主君として配慮が必要だけど。
(そう、ありがたい……! 涙が出るほど、ありがたいんだが――っ!)
それはそれとして。
肝心の会食が、致命的に盛り上がらない。
このままじゃ、商談上手くいかなくなるんじゃないかって心配になる。
「もういっそ、デモンストレーション始めちゃおっか(捨て身の思いつき)」
「若様?」
老執事ゲロハルトが、怪訝そうにした。
「いや。皆も退屈しているようだからな、ここいらで一発、新資源
「おお、領主直々の余興でございますか! それは素晴らしい名案ですな!」
ワクワクしているゲロハルト。
いや、お前にその価値が理解できるかは不明だぞ?
すると、そこへ一人の
老執事ゲロハルトになにやら耳打ち。
「若様。……たった今、館に新たな馬車が到着いたしまして」
「はあ? ……予定の招待客は、全員揃っているはずだろ」
「左様にございます。ですが、その御仁は……アスタ様の――」
「僕の?」
「――恩師であると名乗っておられます」
恩師。めちゃくちゃ嫌な予感がする。
「なんでも……ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエ
「うわぁああ! マジかよ、あのクソジジイ――ッ!!」
思わず、頭を抱えてしまった。
よりにもよって、あのジジイか。
かつて、僕を白日の下に引きずり出し、街中での大公開討論を強制執行。
平穏な学生生活を見事に粉砕した、ひん曲がりに曲がりきった超有名老教授!
学術界の生ける伝説にして、僕の天敵!
(教え子のささやかな私的発表会に、その道の権威がアポなしで突っ込んでくるんじゃねえよ! 招待状を送ってないってことはなあっ、来るなってことなんだよっ!!?)
さすがに僕が僻地男爵と言えど、アポなし訪問はマナー違反の極みだ。
でも、教授に常識は通用しないし……門前払いするのは無理っ!
「……そこに席を作って案内してくれ」
仕方なく指したのは、本来、領主の親族用の空きスペース。
ようするに、僕に次ぐ予備の上座。
「よろしいので?」
「断れるわけないだろ。ラ・ボアジエ
会話の断片を拾ったらしい。
オノレがさあっと青ざめて、固まっている。
「ラ・ボアジエ教授が来る? そんな状態で、俺たちは発表を始めるのかいっ!?」
酔いが一気に醒めたのだろう。わかるよ、気持ちは一緒だ。
だけど、僕たちが話し合う時間すら許されない。
間もなくして――。
「やあ、
朗々たるバリトンの響き。撫でつけられた白髪。
群青と濃紺を基調としたガウンは、魔導の学術色である
老人が姿を見せた途端、大商人たちはざわついた。
「まさか、炎蛇眼のゾルジュ!?」
「あの到達者たる
でも、今はそれどころじゃない。
気付けば僕は、立ち上がって一礼していた。染みついた癖だ。
ホストがこんな状態でも、叱る者はもはやいない。
なにぜ、オノレどころか、ヘイホーやジルまでもが同じことをしている。
視線を隅々まで走らせる、ラ・ボアジエ
客や護衛から、聖職者たちにまで。リュスは、ベールをより深くかぶり直した。
「おや? どうやら想定以上に見知った――」
「これはこれは、ラ・ボアジエ
慌てた僕の問いかけに、教授は口角を「クパッ」と持ち上げる。
獲物を見つけた爬虫類めいた笑み。
「百と六日振りか。相まみえるまで、ひどく長い欠伸をさせられたよ、
「は、はあ……?」
日付まで正確に数えてんじゃねえよ!?
「風が吹く、と言ったか? あいにく、そんな風情ある誘いではなかったよ。私をここへ赴かせたのは歪つで無作法な――実に、鼻につく学報であったのだ」
「学報?」
「そうだ。紡がれる因果とは実に応報。土に落ちた種が花を咲かすのは避けられぬ摂理。……さて、お前の瞳には見覚えがあるのではないかね」
カランカラン。
小さな小瓶に、
それに手紙をちらつかせる。
え、なんで教授がそれを持ってんの!?
「実のところ、お前が何を弄んでいたかはとうに識っていたよ、
「ああっ!? 確かに身に覚えはありますが……」
「やっぱり、お前のせいか」という視線が、仲間たちから集まる。ごめん。
「そう結論を急ぐな。――短慮が過ぎるぞ」
が、すぐに全員が窘められた。バリトンボイスで。
一斉に、しゅんとなる。
「つまるところ、お前たちの研究に
「なんでそうなってるのっ!??!」
「学術界の知るところとなったのは、王太子一派の思惑が切っ掛けである。が、我々にはどうでもよきこと。おしゃべりは嫌いではないが、すぐにでも成果物を見せてもらいたい。……確か、お前は記していたね。“されど、謎はここにあり”と」
言い回しが難解だし、端折られ過ぎて状況がよくわからん。
シャルル王太子が、教授陣にどんな働きかけをしたのかはわからないが……。
えっ、なにしてくれてんの、アイツ??? あっ、さては嫌がらせか!?
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