僕は内心、快哉を叫んでいた。
……もっともプレゼン成功に比例して、両肩に圧し掛かる重みが、いっそうズシリと強くなっていたけれど。
(これからは、ヤバマーズの外からも期待を背負うことになっちゃったな)
でも、リュスを守るためには必要だから。
僕は、喜んで重荷を背負える男になる。
……いつか、身が潰れゆくその日が来るとしても。
しかし、そこに。
ラ・ボアジエ
「実に興味深い演出だった、
「ありがとうございます……
「ところで。その
はあ、正式名称? これも、そんな洒落たものが必要なのか?
不意を突かれ、思考がフリーズ。
えーと、えーと! スライムみたいにドロドロした燃料だから――。
「
我ながら適当だった。スライムっぽいから、スラリー。
オノレから、「よくポンポン思いつく奴だな」という顔をされた。
うっせ! 少しは、お前が答えろよ!
「ほう、スラリー燃料。では、それについて無知な私に是非ご教授願いたい」
「むっ、無知な私にご教授って、なにを冗談を――」
「この現象の起点となる音波。その持続的な励起に必要な、魔力対価の算定式はどうなっている? 既存のエネルギー資源に対する、重量比効率の優位性はあるのかな? さらに、現実的な運用の障壁となる要求技術の確保について、ここで具体的に語れるかね?」
「――ううん??(理解不能)」
「おや、答えられないのかね。
……シーン。
一気に飛んできた、言葉のナイフ。
急所を的確に抉る、ガチな学術回答要求の乱射。
僕、オノレ、ジル、ヘイホー。
即席研究チームは、互いに顔を見つめ合わせる。
「え、これ……誰が答弁すんの?」
「君が代表だろ、アスタ男爵。ほら、行きなよ」
「無茶いうな! 数学と理論はオノレ、お前の専門だろ!?」
「それを言うなら、技術的な運用懸念はジルが詳しいはずでは?」
「うちは今、仮にもメイドっすよ!? 前に出られるわけないっす!」
「おまっ!? 都合の良い時ばっか、そうやって!!!」
「……あはは、ボクは雑用係兼給仕なので~。皆様に食後のお茶でも淹れてきま~す」
互いに責任を押し付け合う、僕たち。
おい、やめろ。マジやめてくれ。
教え子の私的発表会に、専門家が本気で殴りこんでくるなんて反則だ。ここは大学の講堂じゃないんだぞ!?
(あえて、細部をボカして盛り上げようとしてんのに! このクソジジイはまったくもうっ!)
実際、今までの試行錯誤でかなりのデータが蓄積されている。
詰めが甘い部分があるにしても、答えは返せるだろう。
なにせ、計算に関しては理論の天才オノレもいるのだし。
(でも、赤裸々に話したら、商人たちの熱が冷めちゃわないか?)
商人たちの目の前で、答弁するとは粗が見えかねないということ。
迫りくる質疑応答で、僕たちの精神は
***
プレゼンから、学術審査の質疑応答と化した大広間。
答弁に耳を傾ける、豪商バルトロメウスだが――。
(……途中から、さっぱりよくわからん)
飛び交う、呪文じみた数式。難解な専門用語。
ラ・ボアジエ教授が、追求すればするほどに理解不能になる。
「とりあえず、石炭や木炭よりも軽さ。……輸送コスト面でも優位性があることまでは理解できたが――」
また、一つ質疑。さらに質疑。
若者たちは、逐一話し合うと結論を述べていくが……。
「勉強不足で申し訳ありません。その研究については存じ上げませんでした。ぜひご教示くださいますか?」
「ご指摘、ありがとうございます。その点につきましては、今後の課題とさせていただきます」
「技術的な問題がありまして、その点は未検証です。ですが、データの傾向からすると、~~だと予想できます」
今後の課題? 技術的な問題点? 未検証範囲の予想?
バルトロメウスは、思わず周囲に聞いてしまった。
仲が悪いライバル商人だらけなのに、だ。
「誰か説明してくれんか。今は何を問題にしている?」
「……さあ?」
「生産量は現状、多くないようですね」
「みたい、ですな。……たぶん? あとは……よくわかりませんな」
実業家たる商人たちは、誰一人として工学や魔導の専門家ではない。
付き従う従者らですら、学者には及ばないのだ。
あまりの退屈さに耐えかね、隣のライバル商人と「これ、いつ終わるんだろうな」と妙な連帯感が生まれてしまう始末。
もはや、給仕が用意したお茶を啜りながら、物珍しい見世物を眺めている心地。
(((へー。
商人たちは、学者も案外大変なのだなと思った。
貴族の子息が、こんなにも右往左往しているのは、中々見られる光景ではない。
さなか墨色髪の冒険者が、バルトロメウスに尋ねる。
「バルトロメウス。どうするんだ、シャルル王太子からの命令は――」
「馬鹿を言え。炎蛇眼のゾルジュを前に、ヤバマーズに因縁をつけるなど自殺行為だろう。人間など一瞬で消し炭にされるぞ」
「まあ……そりゃそうか」
豪商バルトロメウスは、戦意喪失。
そもそもヤバマーズの戦力だけで、元より許容量を越えていたというのに。もう好きにしてくれ、といった気分だ。
他の商人も同様だ。
王太子からの「商談をぶち壊せ」という密命より、「今ここで焼かれたくない」という保身が圧勝している。
「しかも察するに、あの教授を送り込んだのは王太子自身なのだろう? ならば、我々は黙って推移を見守っておればよいのだ」
「でも、本当に良いのか? ほら、見ろよ」
二人の視線の先、質疑応答が一通り終わると。
ラ・ボアジエ教授は、アスタ男爵が震えながら差し出した資料に目を通し。
「及第点、といったところだね」
「及、第、点……」
若者たちは一気に脱力。真っ白に燃え尽きていた。
「そうだ。演出が過剰で、定量データよりデモンストレーションに寄りすぎている。学術発表としてはいささか物足りない」
「いや、これ商談なんで――」
「アスタ! 余計なことを言うなっ!」
すかさず、オノレがアスタ男爵を止めた。
せっかく話が終わりそうなのに、口答えはすべきではない。
「だが、独り歩きを始めた者たちの成果としてはまずまずだ。これをお前たち独自の学術発見として認めてあげよう」
「……はあ、それはどうも?」
「では、
「うげ、めんどくさっ!?」
「何かな? ……私の指導に引っかかるものでもあるのかね?」
「「「いえ、滅相もないです!」」」
「よろしい。なお、スラリー燃料のサンプルも添付するように」
教授は頷くとサラサラとペンを走らせ、指導教授としての公認サインまで施している。
眺めていた墨色髪の冒険者が述べた。
「あの教授。妨害する気なんて、さらさらねえだろ」
確かに、妨害する意図はまったく見えない。
発表を聞きに来て、進捗確認がてら指導をしているだけだ。
(というか、かなり苛烈に指摘してたが……研究が通る時の態度なんだな、アレ。ここに来て、不合格になるのかと思っていたぞ)
やはり、豪商バルトロメウスにはよくわからなかった。
しかし、詳しい内容が理解できない以上、結局の判断は“教授が認めた新発見”という事実のみに集約される。
「……だとしても、大学の最高権威によるお墨付きが出たのだ。やはり、文句のつけようもあるまい」
「そりゃあ……そうだな?」
「それに、いくら王太子の命と言えど、格好の商機まで邪魔されたくはないぞ。新発見として保証された資源だ。かつての冒険商人として、乗らぬ手はあるまい」
「そいつも同感」
実のところ。
シャルル王太子は、ラ・ボアジエ教授を派遣など――
すべての発端は、王太子の派閥が行った強引な情報奪取。
アスタの知己たちから
新資源の価値を問う重要案件。
公式学術機関への依頼は、手順としては全く間違ってないと言える。
だが……この一件が見事に、波及したのだ。
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