ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第86話 議論のコツはフィジカル。駆け抜けた五年間、狂犬学生の正体。(前半)

 はて、分析を頼まれた公正なる王立大学(アカデミア)

 

 幸か不幸か。

 アスタのバラ撒きは、以前から大学の知るところであったがために。

 分析依頼を受けた教授陣は、ラ・ボアジエ教授に尋ねたのである。

 

『ラ・ボアジエよ。以前より、お前の教え子が変わった石で遊んでいるようだが。……これは結局、誰のものかね?』

 

 つまり、シャルル王太子らのものか。

 大学(われわれ)に帰するものか。

 ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエの研究に類するものか。

 

 ――それとも、アスタ・ド・ヤバマーズという若造個人のものか。

 

 そのように尋ねたのである。

 

 王立大学(アカデミア)は、学術裁判権を有する。

 名目上、これは学術界の発見や紛争にまつわる領分について、王室の介入すらはねのけられる特権機関であることを意味したが。

 

 これが絶妙なところ、誰もいたずらに事を構えたくもない。

 かといって、学術の領分を侵されたくもない。

 発見を奪われたい学者などいないのだ。変な前例を作ると面倒になる。

 

 だからこそ――。

 

『どうせ教え子のことであるなら、指導教授が一番知っているだろう? 厳密に(・・・)どう取り扱うのが妥当か教えてくれたまえ、ラ・ボアジエ』

 

 なんと融通の利かぬ大学陣営は、シャルル王太子への協力を密かに保留。

 適当に調べ中だと煙に巻きつつ、“この研究の権利元が、法的に誰に帰属するか”を確認してから態度を決めることに勝手に(・・・)してしまったのだ。

 

『ふむ。ならば休学して帰らぬ、愚かな弟子の研究を見て来るとしようかね』

 

 そんな奇妙な因果が巡り巡って、ゾルジュ・ド・ラ・ボアジエは重い腰をあげている。

 

 しかし、それはもはや、ラ・ボアジエ教授の胸三寸(むねさんすん)

 煮るも焼くも好きにしてよい状況である。

 

 ここで、シャルル王太子に忖度するか。

 大学の利権を主張するか。

 はたまた、指導教授が発見に関わっていると捏造するか。

 

 そう。ラ・ボアジエ教授には、もういかようにでも出来てしまう。

 なんなら、彼は現地に行かなくてもいい。その方が賢い選択だ。

 

 なのに教授はたかが休学中の学生、その実家をわざわざ訪ね、真面目に“指導と確認だけ”してしまった。

 もはや意味不明である。

 

 シャルル王太子らに誤算があったとすれば――。

 

『大学自治は、所詮、建前に過ぎぬ! 学術も大学も王国秩序のためにこそある。つか、お前ら、王侯貴族(われわれ)から寄付金貰ってんだろ!」

 

 多くの貴族にとって、これこそが常識ではあるが……。

 

 だが同時に、建前や手続きを本気で遵守し、命まで賭ける。

 そんな学問の狂信者たちも、現実に存在しているのである。

 

 この偏屈共のままならなさばかりは、遊学のため通う貴族子息たちには……どうにも理解出来ぬ領域であったのだ。

 だから、もし、王太子や貴族たちの立場を代弁をするならこうだ。

 

『まさかマジでお前らそこまで偏屈なのかよ! そんなことしろって頼んでねえよ!? 空気読めって、余計な事すんな!?』

 

 ……である。

 

 結果、“王太子による教授派遣”にも見える急な来訪は、大商人たちの悪意を見事に封じ込め。

 

(((将来性がありそうだし、真っ当に契約して帰ってもよいのでは?)))

 

 かえって信頼と安心を以て、取引まで検討させることとなる。

 

 なんであれ、今ではどの大商人もアスタ男爵に興味津々。

 

「それにしても、アスタ男爵は、ご年齢の割にずいぶんと教養がおありですな」

「あー。僕は一応、つい最近まで王立大学(アカデミア)に在学していたからな」

「道理で。教授とも親し気でいらっしゃる」

「しかし、実は褒められたものでもないんだ。残念ながら学位取得寸前で、急に家督を継いでしまったからな」

 

 聞き耳を立てていた、豪商バルトロメウスは改めて納得する。

 

(そうであった、この若き当主は少し前まで学生だったはず。見識が深い訳だな)

 

 そこで、シャルル王太子の不興を買ったのだったか。

 

(そうして付いた異名が『狂犬』。学生身分でいったいなにをしたら、そうなるのやら。……ところで学位取得寸前といったか。にしては、やけに若く見えるな?)

 

 興味本位で、一人の商人が尋ねた。

 

「失礼ながらアスタ男爵。お歳は、おいくつで?」

「十九だ」

「じゅ、十九歳で学位取得間近まで!? 入学はいつ頃……?」

「僕が、十四の頃だった。まあ、みんなそんなものじゃないか」

「ええ、まあ。……確かにおよそ、皆、その前後の年頃に入学ですかな?」

 

 冗談ではない。

 豪商バルトロメウスは、眉をしかめる。

 

王立大学(アカデミア)の試験は、筆記だけでは不足。教授を相手にした口頭尋問から、講堂での学術討論もある。それを金もコネもない下級貴族が、たった五年で?)

 

 バルトロメウスは思わず、口を挟んでしまった。

 

「実に、ご立派だ。……つまり、アスタ男爵は一度も(・・・)落第せず、最速最短(・・・・)で試験を突破し続けてきたと?」

「察してくれ。我が家には、余分な金がなかったんだ。恥ずかしながら生活も苦しく、一度の失敗すら許されなかった。……必死だったんだよ」

「ほ、ほほう?」

「なにより、力が必要だと痛感する出来事があってな。大きな後悔を経てからは、世界の見え方が変わったんだ。すると不思議なことに、学問に身が入ってね。……でも、まあ結局、間に合ってないんだから意味はなかったかもな」

(何を尤もらしいことを! 貧乏僻地男爵の息子に、そんな芸当が出来るものかッ! 名家の令息が上等な家庭教師を付けて、ようやく為すことだぞ! 根性論だけで超えられるものかっ!)

 

 バルトロメウスは、これを見栄だと断じた。

 

(そんなの――上位数%の学術エリート中のエリートが為す偉業なのだっ! それを……たかが僻地男爵の息子が、修士目前まで登り詰めたなどありえんっ!)

 

 決闘と環境に優れた貴族学生に勝ち、百戦錬磨の教授陣(・・・・・・・・)も論破し続けるなど、よほどのズルをするか才能の塊でなければ有り得ぬ。

 仮に事実だったとするなら、嫉妬と嫌がらせの嵐が止まぬ日々だったであろう。

 

「……ご謙遜されているようだが、結局は『私は特別に優秀だった』と自慢されているように聞こえますな」

「いいや、違うんだ。本当に違う。僕は、たまたま――議論という一点においてのみ、向いていた。それだけのことなんだ」

「それを優秀と呼ぶのでは?」

「いいや、全く違う。本当に違う。……対戦相手に、僕より頭の良い人間はごまんといた。でも、僕は戦い続けているうちに、誰よりも回数を重ね、コツを掴んでしまったに過ぎない」

「……コツ?」

「そうなんだ。実は、学術討論にもテクニックや向き不向きがある。環境理解、喉の作りや発声法、体力や内臓の強さも重要なんだよ。なのに、僕より優秀で評価されない学生がたくさんいる、頭の良さには色々あるんだ! 議論だけで知性は測れないんだよ!」

(意味がわからん。しまいにゃ体力に内臓だと? それらがあったら、賢い人間に勝てると? さては適当な誤魔化しを吐いているな)

 

 バルトロメウスは、確信した。

 学術討論に、そんなコツなどあるはずがない。

 超高速の論理力と、正確無比な教養の引き出し。言ってしまえば、知能による殴り合いだ。

 

(どう足掻いても、頭が良い方が勝つだけ。それをコツの一言で片づけるなど、そこまでして見栄を張りたいものか?)

 

 結局、“自分は良い線行ったが駄目だった”とそういうことにしたいのだ、この若造は。

 そうバルトロメウスは嘲笑った――そこに。

 

「ああ、彼の言葉に混ざり物(ウソ)はないとも」

 

 ひたり、と。

 背筋が凍りつくような、深みあるバリトンが響く。

 

「アスタくんは間違いなく、確かに『智』へ至る扉の前に立っていた。その指先は、鍵を回す寸前だったのだよ。……“教授資格者である修士“”という門戸を」

 

 降り注ぐ、真実を保証する証言。

 

 そうであった。

 

 この場には、王立大学(アカデミア)で教鞭をとっていた魔導師(マギ)が居合わせているのだった。




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