「旦那。あいつら、隠れる気がありやせんぜ」
「ああ。……見せつけてやがるな」
「チッ。ナメやがって。つか、どうやって警戒網を抜けてきやがった? 商談のせいで手薄とは言え、うちの連中はそこまで腑抜けてねえぞ」
追いついたのは、眼帯を付けたリーダー格の
そして、オノレ。
「はあ……はあ。アスタ、君……足が速すぎないかい?」
「オノレか。息が上がってるぞ、鍛え直せ」
「これでも頑張ったんだ、状況が知りたくてね。――で、君の見立ては?」
「……“わりと最悪”かな」
「なんだ。それじゃあ、いつものことじゃないか」
「……まあな」
「わあ。それにしても、なかなか威圧感ある光景だね~」
「ったく、面白がりやがって」
しかし、盗賊の襲撃とは闇に紛れ、寝首を掻くもの。
だが、奴らは堂々と火を掲げ、「自分たちはここにいるぞ」と誇示している。なぜだ?
「少なくとも、たぶん身内に裏切った奴がいる」
「ああ? ……そりゃ本気ですかい?」
眼帯の
だから、僕を威嚇すんなって言ってんだろ。処すぞ。
「ほれ、見ろよ。ずいぶんと、土地の急所を把握してる布陣だと思わないか?」
「そうですなぁ。あの岩陰、繁み、林。……おいおい、ってことは身内しか知らないはずの抜け道を使ったか。こりゃあ見つけ出して、八つ裂きにせにゃアカンですぜ」
「土地の情報を外にばらす阿呆は、死刑と相場が決まってる。領内地図は軍事機密だ」
普通の手段でヤバマーズ領に、大勢を布陣するのは不可能。
「商隊に紛れるように続いたってパターンもありうる。それこそ、商人たちが手引きしたって線もな。けどな、一番合理的な説明は、僕らの土地の地図を持ってる、だ」
複数の抜け道を使い分散して侵入。
寸分の狂いもなく時間を合わせ、現地合流し包囲網を展開。
しかし、口で言うのは易いが行うのは難しい。
「でもさ、アスタ。抜け道ってのも、結局、魔物の巣窟なんだろ? よくこの人たち来れたね」
「単騎駆けした奴がよく言う。でも、まあ、指揮官たちはプロだな」
「なのに、なぜかこちらに猶予を与えてるわけだ。向こうの方が数が多いのにね」
「ああ、小細工せずに、さっさと雪崩れ込んでくればいいものを。……陽が沈む前にな」
夜になれば、かえって数が少ない方が有利になる。
恐怖が浸透して、降伏を待つ気か?
「夕闇に乗じて、屋敷に接近するまでは理解できる。だが、どうせ奇襲なら真夜中か夜明け前……
――なんなら、もう決着をつけている。
そう、僕が敵の指揮官だったら、今頃ヤバマーズは火の海だ。
さらに、盗賊団を観察する。
苛立ちや焦りを感じる、道中の疲労もあるのだろうか。
血の気が多い
このレベルの統制が出来る人間は、やはりそう多くないはず。
結論。集まる情報は、やはりどう考えても――。
「実力を持つ
バカじゃないのか? まったく意味がわからん。
「つまり、軍事面の優位をあえて捨てて、ひたすら脅しに来てるだけ?」
「そうだ、まったく意味がない。軍事的に言えば、バカげている」
「あー、なら間違いないね。これ、君の苦手な政治のお時間だよ」
「……へ?」
「きっと、シャルル王太子の描いたシナリオだね。たぶん、絶対に証拠は出ないようになっているんだろうけど」
脳裏を過ぎるのは、リュシエンヌの元婚約者。
赤毛の爽やかな美丈夫にして、文武両道の麒麟児。シャルル王太子。
「はあ? なぜ、わざわざそんな手間を掛ける。僕一人を消すなら、もっと安上がりな
裏切り者がいたとしても、実行の手間は計り知れない。
陰謀とは、片手間で出来る安い遊びではないのだ。
割りに合わなすぎる。その金でうちの領民を食わせて行けるぞ。
こんなんで採算がとれるとは、まるで思わないんだが?
「逆だよ、暗殺は政治コストが跳ね上がる。……シャルル王太子はさ、地方が独自の力を持つことを病的に嫌っているんだよねえ」
「……何だって?」
「だからこそ、商人たちや領民の恐怖心を煽ってるんだよ」
「話が見えん。もっとわかりやすく説明してくれ」
「つまりだね。無能な領主が盗賊の侵入を許し、賓客を危険に晒した。そんな消えない不名誉の焼印を、君の首筋に押し付けてやりたいんじゃないかな」
「焼印って、家畜や罪人に付けるアレ?」
「そう。だから、実は戦わせる気はこれっぽっちもない。で、直接手を下す謀殺は、さすがに反発を招くから、あくまで『無能な君を救う』という体裁を取りたいのさ」
「……はあ。なぜ、金と手間を掛けてまでそうするんだか」
「そこは統治の問題だね、大義名分には大金を払う価値がある。権力や暴力で奪えば暴君。法と手続きで奪えば名君。安上がりじゃない?」
「金持ちは――金銭感覚がおかしいっ!」
そんなに邪魔なら、さっさと殺せよっ!
なんだ、その理屈!
「野蛮だなあ。エレガントな表現をすると……中央集権制の確立に、君のような
「人を
「いや、君は
「普通に人間だろ!」
「じゃ、流行りの劇作家風に言うと……
こいつ、本当に僕の
ひどいこと言われたぞ、今。
「で、シャルル王太子はどうにかして、諸侯の顔色を一切窺わなくて済む、鋼の王室を作りたいんだよ。そして、君はその――“わりと最悪”なケース」
「勝手に作ってろよ、邪魔してねえよ」
「いや、ダメでしょ。君は今にも台頭しそうな
「……なんだ、それ。理想は立派だと思うぞ。だからって……僕の庭を荒らされても困るんだよな」
僕らにも生活ってのがあるんだよ。切実にな。
リュシエンヌ追放の件で、思うところはある。
が、出来れば巻き込まない範囲で、理想を追って欲しいもんだ。
というか、僕がそこまで脅かしてるか?
「で、アスタ。勝ち目はどうだい?」
「……俗に、籠城側を包囲するには、三倍
「うんうん、それで?」
「攻め込まれても、拮抗はできる。いや、もっと言えば。……こちらも手を出した瞬間、死者の山ができるから下手に動きたくない。そういう状況だ」
総力戦で負けるとは思っていない、うちの領民はそこまで
だが、戦うならただ勝てばいいってわけでもない。
実は、中身の性質を
「そうなると方針は? 賢明なるアスタ男爵」
オノレが、どこか試すような視線を向けて来た。
風に煽られる松明の火が、眼下の包囲網を浮き彫りにしていく。
僕は、舌打ち一つ。
夕風へと投げ捨てる。
「どうするもこうするもねぇよ。古典的セオリーなら、籠城し防御に徹する。……極力ダメージを減らして、使えるものは何でも使う」
「だろうね。そして、それこそがシャルル王太子が仕掛けた『正解』という罠だ」
「思う壺ってわけか。なら、この先に、どんな絵図がある?」
僕は、素直に尋ねた。
「簡単さ、にらみ合いの硬直状態。館では商人たちが紛糾。領民たちの緊張も限界! そんな時――焔王国軍がなぜか颯爽と駆けつけるだろうっ!」
「マッチポンプかよ! 自分で放火して、わざわざ消しに来るってか?」
「王族が好む、手垢のついた演出さ。そうして領民保護を名目に、人道的に統治権を接収する。歴史書を読むと、たまに見るやつだよね」
「……ああ。確かに、現地領主があまりに頼りない時に発動できる、そんな便利な法律があったな。王国平和維持……どうたらこうたら」
「ちゃんと覚えてるくせに、途中でめんどくさくなるのやめない?」
法律は多くの場合、強い者の味方。
領主が治安を維持できなければ、契約義務違反としてつつかれる。
思わず、物見塔の縁を強く握りしめる。
錆びついた感触が、掌にじりじり食い込んでいった。
「ついでに、アスタ。君が誰かの手を借りたら……そこをつけ狙われるね。政治的に」
「なにもかもは守れない、か」
戦略的には、かなり詰みに近い。
逃げも隠れも出来ない。戦っても戦わなくても、なにかが傷つく。
確実に、敵に手の内を晒す必要がある。
この場合、どういう勝ち方を目指せばいいのか、が難しい。
「これがシャルル王太子の仕業だとしたら……商談を邪魔する嫌がらせまでしておいて、なおかつ、ここまでしたってことか? 僕ごときに?」
「……そうなるね。ふうん、ずいぶん評価されてるね。アスタ」
「まさか“ははあ、光栄の至りに存じます”とでも言えばいいのか? 嬉しかねえよ」
残念ながらシャルル王太子は、僕をまったく甘くみてないらしい。
って、なんでだよ! もっと油断しろよ!
いつも応援ありがとうございます!
「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。
作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!