ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

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第89話 余韻は早鐘に消ゆ。赤銅月下に揺れる暴力の火。(後半)

「旦那。あいつら、隠れる気がありやせんぜ」

「ああ。……見せつけてやがるな」

「チッ。ナメやがって。つか、どうやって警戒網を抜けてきやがった? 商談のせいで手薄とは言え、うちの連中はそこまで腑抜けてねえぞ」

 

 追いついたのは、眼帯を付けたリーダー格の猟兵(シャスール)

 そして、オノレ。

 

「はあ……はあ。アスタ、君……足が速すぎないかい?」

「オノレか。息が上がってるぞ、鍛え直せ」

「これでも頑張ったんだ、状況が知りたくてね。――で、君の見立ては?」

「……“わりと最悪”かな」

「なんだ。それじゃあ、いつものことじゃないか」

「……まあな」

「わあ。それにしても、なかなか威圧感ある光景だね~」

「ったく、面白がりやがって」

 

 しかし、盗賊の襲撃とは闇に紛れ、寝首を掻くもの。

 だが、奴らは堂々と火を掲げ、「自分たちはここにいるぞ」と誇示している。なぜだ?

 

「少なくとも、たぶん身内に裏切った奴がいる」

「ああ? ……そりゃ本気ですかい?」

 

 眼帯の猟兵(シャスール)は、ギロリと睨みつけて来た。

 だから、僕を威嚇すんなって言ってんだろ。処すぞ。

 

「ほれ、見ろよ。ずいぶんと、土地の急所を把握してる布陣だと思わないか?」

「そうですなぁ。あの岩陰、繁み、林。……おいおい、ってことは身内しか知らないはずの抜け道を使ったか。こりゃあ見つけ出して、八つ裂きにせにゃアカンですぜ」

「土地の情報を外にばらす阿呆は、死刑と相場が決まってる。領内地図は軍事機密だ」

 

 普通の手段でヤバマーズ領に、大勢を布陣するのは不可能。

 

「商隊に紛れるように続いたってパターンもありうる。それこそ、商人たちが手引きしたって線もな。けどな、一番合理的な説明は、僕らの土地の地図を持ってる、だ」

 

 複数の抜け道を使い分散して侵入。

 寸分の狂いもなく時間を合わせ、現地合流し包囲網を展開。

 

 しかし、口で言うのは易いが行うのは難しい。

 

「でもさ、アスタ。抜け道ってのも、結局、魔物の巣窟なんだろ? よくこの人たち来れたね」

「単騎駆けした奴がよく言う。でも、まあ、指揮官たちはプロだな」

「なのに、なぜかこちらに猶予を与えてるわけだ。向こうの方が数が多いのにね」

「ああ、小細工せずに、さっさと雪崩れ込んでくればいいものを。……陽が沈む前にな」

 

 夜になれば、かえって数が少ない方が有利になる。

 恐怖が浸透して、降伏を待つ気か?

 

「夕闇に乗じて、屋敷に接近するまでは理解できる。だが、どうせ奇襲なら真夜中か夜明け前……黎明(れいめい)に一気に叩くべきだ。僕だったら迷わずそうするし――」

 

 ――なんなら、もう決着をつけている。

 

 そう、僕が敵の指揮官だったら、今頃ヤバマーズは火の海だ。

 

 さらに、盗賊団を観察する。

 苛立ちや焦りを感じる、道中の疲労もあるのだろうか。

 血の気が多いならず者(アウトロー)を、力づくで我慢させているのだ。

 このレベルの統制が出来る人間は、やはりそう多くないはず。

 

 結論。集まる情報は、やはりどう考えても――。

 

「実力を持つ指揮官(プロ)たちが、余所のならず者を各々率い、死の森を抜けて来た。しかも、わざわざ戦術優位を捨ててまで、僕たちに姿を見せている……ということになる」

 

 バカじゃないのか? まったく意味がわからん。

 

「つまり、軍事面の優位をあえて捨てて、ひたすら脅しに来てるだけ?」

「そうだ、まったく意味がない。軍事的に言えば、バカげている」

「あー、なら間違いないね。これ、君の苦手な政治のお時間だよ」

「……へ?」

「きっと、シャルル王太子の描いたシナリオだね。たぶん、絶対に証拠は出ないようになっているんだろうけど」

 

 脳裏を過ぎるのは、リュシエンヌの元婚約者。

 赤毛の爽やかな美丈夫にして、文武両道の麒麟児。シャルル王太子。

 

「はあ? なぜ、わざわざそんな手間を掛ける。僕一人を消すなら、もっと安上がりな方法(あんさつ)があるだろう」

 

 裏切り者がいたとしても、実行の手間は計り知れない。

 陰謀とは、片手間で出来る安い遊びではないのだ。

 割りに合わなすぎる。その金でうちの領民を食わせて行けるぞ。

 こんなんで採算がとれるとは、まるで思わないんだが?

 

「逆だよ、暗殺は政治コストが跳ね上がる。……シャルル王太子はさ、地方が独自の力を持つことを病的に嫌っているんだよねえ」

「……何だって?」

「だからこそ、商人たちや領民の恐怖心を煽ってるんだよ」

「話が見えん。もっとわかりやすく説明してくれ」

「つまりだね。無能な領主が盗賊の侵入を許し、賓客を危険に晒した。そんな消えない不名誉の焼印を、君の首筋に押し付けてやりたいんじゃないかな」

「焼印って、家畜や罪人に付けるアレ?」

「そう。だから、実は戦わせる気はこれっぽっちもない。で、直接手を下す謀殺は、さすがに反発を招くから、あくまで『無能な君を救う』という体裁を取りたいのさ」

「……はあ。なぜ、金と手間を掛けてまでそうするんだか」

「そこは統治の問題だね、大義名分には大金を払う価値がある。権力や暴力で奪えば暴君。法と手続きで奪えば名君。安上がりじゃない?」

「金持ちは――金銭感覚がおかしいっ!」

 

 そんなに邪魔なら、さっさと殺せよっ!

 なんだ、その理屈!

 

「野蛮だなあ。エレガントな表現をすると……中央集権制の確立に、君のような規格外(イレギュラー)は邪魔だから丁寧に摘み取る。そんなところかな?」

「人を規格外(イレギュラー)扱いすんなっ!」

「いや、君は規格外(イレギュラー)そのものでしょ」

「普通に人間だろ!」

「じゃ、流行りの劇作家風に言うと……忌まわしきもの(バグ)ってやつ?」

 

 こいつ、本当に僕の親友(とも)か?

 ひどいこと言われたぞ、今。

 

「で、シャルル王太子はどうにかして、諸侯の顔色を一切窺わなくて済む、鋼の王室を作りたいんだよ。そして、君はその――“わりと最悪”なケース」

「勝手に作ってろよ、邪魔してねえよ」

「いや、ダメでしょ。君は今にも台頭しそうな僻地領主(えいゆう)候補なんだよ?」

「……なんだ、それ。理想は立派だと思うぞ。だからって……僕の庭を荒らされても困るんだよな」

 

 僕らにも生活ってのがあるんだよ。切実にな。

 

 リュシエンヌ追放の件で、思うところはある。

 が、出来れば巻き込まない範囲で、理想を追って欲しいもんだ。

 というか、僕がそこまで脅かしてるか?

 

「で、アスタ。勝ち目はどうだい?」

「……俗に、籠城側を包囲するには、三倍以上(・・)の兵力が必要だと言われる。教本みたいにマジで用意されちまったが、実際は敵に目立った攻城兵器があまりない。たぶん、指揮官にやる気はねーんだな」

「うんうん、それで?」

「攻め込まれても、拮抗はできる。いや、もっと言えば。……こちらも手を出した瞬間、死者の山ができるから下手に動きたくない。そういう状況だ」

 

 総力戦で負けるとは思っていない、うちの領民はそこまで(やわ)じゃない。

 だが、戦うならただ勝てばいいってわけでもない。

 

 実は、中身の性質を真に(・・)理解出来るなら……敵は数字以上に、厄介だ。

 

「そうなると方針は? 賢明なるアスタ男爵」

 

 オノレが、どこか試すような視線を向けて来た。

 風に煽られる松明の火が、眼下の包囲網を浮き彫りにしていく。

 

 僕は、舌打ち一つ。

 夕風へと投げ捨てる。

 

「どうするもこうするもねぇよ。古典的セオリーなら、籠城し防御に徹する。……極力ダメージを減らして、使えるものは何でも使う」

「だろうね。そして、それこそがシャルル王太子が仕掛けた『正解』という罠だ」

「思う壺ってわけか。なら、この先に、どんな絵図がある?」

 

 僕は、素直に尋ねた。

 

「簡単さ、にらみ合いの硬直状態。館では商人たちが紛糾。領民たちの緊張も限界! そんな時――焔王国軍がなぜか颯爽と駆けつけるだろうっ!」

「マッチポンプかよ! 自分で放火して、わざわざ消しに来るってか?」

「王族が好む、手垢のついた演出さ。そうして領民保護を名目に、人道的に統治権を接収する。歴史書を読むと、たまに見るやつだよね」

「……ああ。確かに、現地領主があまりに頼りない時に発動できる、そんな便利な法律があったな。王国平和維持……どうたらこうたら」

「ちゃんと覚えてるくせに、途中でめんどくさくなるのやめない?」

 

 法律は多くの場合、強い者の味方。

 領主が治安を維持できなければ、契約義務違反としてつつかれる。

 

 思わず、物見塔の縁を強く握りしめる。

 錆びついた感触が、掌にじりじり食い込んでいった。

 

「ついでに、アスタ。君が誰かの手を借りたら……そこをつけ狙われるね。政治的に」

「なにもかもは守れない、か」

 

 戦略的には、かなり詰みに近い。

 

 逃げも隠れも出来ない。戦っても戦わなくても、なにかが傷つく。

 確実に、敵に手の内を晒す必要がある。

 

 この場合、どういう勝ち方を目指せばいいのか、が難しい。

 

「これがシャルル王太子の仕業だとしたら……商談を邪魔する嫌がらせまでしておいて、なおかつ、ここまでしたってことか? 僕ごときに?」

「……そうなるね。ふうん、ずいぶん評価されてるね。アスタ」

「まさか“ははあ、光栄の至りに存じます”とでも言えばいいのか? 嬉しかねえよ」

 

 残念ながらシャルル王太子は、僕をまったく甘くみてないらしい。

 って、なんでだよ! もっと油断しろよ!




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