ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

90 / 94
第90話 何もかも破綻する。現実は、誰のシナリオ通りにも転がらない。

 すげぇ戦いたくねぇ……。

 

 知らないルール、勝手に導入すんなよ。

 もう、いっそわかりやすく、いっぱい殺したら勝ちってことにしろよ。

 

「なあ、やっぱおかしいだろ。……勝利条件、僕の側だけ厳し過ぎないか?」

「不公平だと思うけど、政治ってその前提を有利にするためのものじゃないの?」

 

 あまり強い正論を言うな、僕が泣くぞ。

 頭を抱えていると、オノレが話題を変えた。

 

「ちなみにだけど、アスタ。……裏切りそうな身内に心当たりは?」

「正直、僕の親族だけで山ほどいる。……歴史と伝統だけはそこそこあるから」

「なら、そのうちの誰かが旗印だね。お膳立てはバッチリなはずさ、その人物がここに到着する手筈だろう」

「マジで?」

「ああ、シャルル王太子ならそこまでするさ」

「……はっ、誰が来るか知らんがな。家督が欲しかったなら、僕が継ぐ前に異議を唱えろってんだ。ヤバマーズの男なら正面から噛み殺すか、黙って毒を盛るかの二択だろ。腰抜けめ」

 

 裏切り者への怒りより、呆れが勝る。

 御上に尻尾を振って、地位を恵んでもらう。

 そんな情けない奴に家督を譲るのは、さすがに気に入らない。

 

「にしてもマジで病的だな、シャルル王太子……ガチでそこまでやってんなら、神経質すぎんだろ」

「そりゃ、ねぇ。おおざっぱな人間には、陰謀は向いてないと思うよ」

「……つくづく僕向きじゃないやつだなあ」

 

 実際、金をやるから同じように整えろと言われても、僕には無理。

 どこから手を付けていいか、まるでわからん。

 仕事の量が膨大なのだけは、わかるけどさ。

 

 だが、景色を眺めているうちに――その華麗なるシナリオに(きず)があると気付いた。

 

「……でもな、オノレ。王太子の筋書き通りにはならないぞ、どうやら拮抗はもうすぐ破綻する」

「おや、どうしてだい? ああ、さては君がなんとかするってことだね?」

「残念ながら、違う」

「……違う?」

「ああ、全然違う。……というか、そう言えたらカッコよかったんだが」

 

 オノレは怪訝そうにする。

 僕は、仕方なく教えてやった。

 

「アイツらな、日が沈んでからすぐに攻め込んでくるぞ」

「……は?」

「それもわりと必死の形相でな。だから――あ、やば。こうなると守っても、普通にやると死闘になる。あー、さすがにどうっすかな~?」

「必死? 死闘? ……金で集まった賊なのに?」

「いや、まさか。これ、敵に飽きられてもアウトか! ここで耐えても、別の村に行かれたらダメなのか。領地が荒らされるってか。クソ、敗北条件まで増えた」

「飽きる? 領地が荒らされるって……ちょっと待ちなよ、そんなこと起きるわけがない」

 

 オノレもまた、縁から身を乗り出した。

 じっくりと観察を始める。

 

「……君は、なにを読み取ってるんだい?」

「あれ? ……まさか、わからないのか」

「ああ、どの辺りを見たらいい? 軍勢のどこを見たら理解できる?」

 

 オノレは理解不能だと、疑問を呈する。

 

 あまりに意外。

 戸惑いを隠せないのは、僕の方だ。

 伯爵家三男たるオノレは、遥かに見えるものだと。

 

 今までの会話でも分かる。

 軍を率いる教育の下地は、オノレの方が上のはずだ。

 しかも僕より断然、頭がいいのに?

 

「……なら教えてやるけどな。軍紀(ディシプリン)の乱れってやつだ。松明の不規則な揺らぎ、不揃いな影の密度、歪な隊列、私語の多さ」

「私語? ……声なんて聞こえないけど」

「あー、そりゃ初夏の夜風は音をさらうからな。でも、聞こえずとも見ればわかんだろ?」

「だから、見てもわからないってば!?」

「んなもんっ! 無駄口叩いているっぽいのを、顔の向きや動作で読むんだよっ!」

「……夕闇でほとんど見えないよ」

「あんなぁっ! 例えば、ああやって松明の火が動いてるのは、苛立って地面を蹴ったり、隣の奴を小突いたり、貧乏ゆすりしてる時のヤツなんだよ! あの火の動きはもはや制御不能寸前ってことなのっ!」

「わかんないって、そんなのっ!」

「はあ!? お前それでも――……いや、そっか。お前でも(・・)、わかんねえんだな?」

 

 思わず、ツッコミかけて――。

 実は、オノレが貴族の標準なんじゃないか、って思った。

 

 どれだけ頭が良くて、政治や陰謀に長けている頭脳明晰たちでも……ふかふかの椅子からじゃ、絶対にわからないことがある?

 物事の解像度に、人生経験ってそんなに大事なのか……?

 

 確かに僕は、下品な領民とずっとずっと一緒に生活して来たが――。

 

「あのなぁ? まず、そこでヨダレを垂らしてる連中が、朝までお行儀よく“待て”が出来るほど育ちが良いと思うか?」

 

 それは生々しい人間の暴力性、愚かしさ、生理欲求。

 まあ、現場の空気感(リアリティ)とも言うな。

 

「しかも、死の森を抜けて来たんだぞ。かなり追い詰められてる」

「つまり、あれかい。……彼らが主君からの命を無視し、独断で襲ってくるっていうのかい?」

「主君? 野良犬に忠誠心なんてないぞ」

「いや、だとしてもね。その判断はメリットが少ないだろう?」

「……メリットね」

「ああ。雇い主である王太子を敵に回すし……攻め込んだら、お互いただでは済まない。なら、命令を聞いて正規軍が来るまで待つ方が得でしょ?」

「うん、そうだな。今、戦うとお互い損をするから拮抗する。理屈ではそれが正しい」

 

 マジで正しい。

 軍事論では本当にそう、“抑止”ってやつだ。

 足し算引き算が出来る脳味噌同士ならそうなる。

 

「オノレ。お前って実は……普通の人間は“利益が最大になるよう行動する”と頭のどこかで思ってんだろ」

「え? ああ、言われてみれば……そう、かもしれないな」

「やっぱりなぁ」

「当たり前じゃ……ないのかい?」

 

 ぜんぜん当たり前じゃない。

 

「これ、育ちと頭の良い奴、特有の勘違いなんだな。お前らって……気を抜くと、下々の人間ですらきちんと動ける。そんな前提で薄っすら考えちまうんだ」

 

 でも、そりゃそうか、と思った。

 生まれながらに、大なり小なり合理的な人材ばかりに囲まれてるんだもん。それが最低ラインだって思い込むよなあ。

 ハイソなお貴族様たちは、想定する底辺のレベルが高すぎる。

 

「大半の人間は利害計算も出来ねえし、判断も間違うし、命令すらまともに聞けねぇんだよ。……で、そこが無理って大前提で戦うのが地方なんだ」

 

 そもそも、僕がよく判断を間違うからな。

 だから、他人の間違いなんて笑えないってのはそこなんだが……。

 差し引いても、オノレの知る正規軍と、僕の知る地方軍は根本から実態が違う。

 

「で、なかでも一番難しい命令は……実はなにもさせず、耐えさせること。――つまり、“待て”だ。なにもさせないってのは、マジで難しい」

 

 そう。僕がいつも領民を戦わせるときに、短期決戦を狙う理由。

 大半の人間は、すぐ限界が来る。

 

「逆に、バカでも実行出来る命令は“逃げろ”と“突撃”だけ」

 

 人間は動物。

 腹が減れば理性を失うバカ。

 特に、今みたいな……飢えの季節(・・・・・)に道理なんて通らん。

 

「腹が減った野良犬に“待て”はできない。奴ら、早く獲物にありつきたいんだ。死ぬほど(・・・・)腹を空かせてる(・・・・・・・)

「彼らは、ほんの数時間待つだけで勝てるのに、かい?」

「そうだ。ほんの数時間待つだけで勝てるのに、だ」

 

 死ぬほど腹が減ったことなんてないから、きっとわからないよな。

 シャルル王太子も、きっとそうだったんだろう。

 

「本物の底辺ってのは……明日、パンがもらえるって言われても、今、殺して奪うとか言い出すんだよ」

 

 とっくに、オノレのすまし顔は崩れていた。

 

 あの中の誰かが一人でも我慢しきれず、一歩踏み出すようなことをしたら――……始まる。

 

「きっかけは、そうだな。……闇に呑まれ、身体が冷え込んだ途端だな」

 

 生理的な限界点、空腹を最大級にする冷たい夜風。

 それがすべての引き金だ。もう、動きたくてたまらなくなる。

 

 極限まで腹減ってるときに、風が吹いて寒くなるとな。

 目の前の相手を、今すぐ殺したくなるんだよ。さっさと終わらせたくなる。

 

「必ず暴発するぞ。……現実は、誰のシナリオ通りにも転がらない」

 

 そう。

 もうすぐ、ヤバマーズは……たぶん、ちょっとした計算違いでヤバいことになる。

 人間の理性を信じすぎたせいで。

 

 ――ヤバマーズ領、崩壊まであと少し。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。