すげぇ戦いたくねぇ……。
知らないルール、勝手に導入すんなよ。
もう、いっそわかりやすく、いっぱい殺したら勝ちってことにしろよ。
「なあ、やっぱおかしいだろ。……勝利条件、僕の側だけ厳し過ぎないか?」
「不公平だと思うけど、政治ってその前提を有利にするためのものじゃないの?」
あまり強い正論を言うな、僕が泣くぞ。
頭を抱えていると、オノレが話題を変えた。
「ちなみにだけど、アスタ。……裏切りそうな身内に心当たりは?」
「正直、僕の親族だけで山ほどいる。……歴史と伝統だけはそこそこあるから」
「なら、そのうちの誰かが旗印だね。お膳立てはバッチリなはずさ、その人物がここに到着する手筈だろう」
「マジで?」
「ああ、シャルル王太子ならそこまでするさ」
「……はっ、誰が来るか知らんがな。家督が欲しかったなら、僕が継ぐ前に異議を唱えろってんだ。ヤバマーズの男なら正面から噛み殺すか、黙って毒を盛るかの二択だろ。腰抜けめ」
裏切り者への怒りより、呆れが勝る。
御上に尻尾を振って、地位を恵んでもらう。
そんな情けない奴に家督を譲るのは、さすがに気に入らない。
「にしてもマジで病的だな、シャルル王太子……ガチでそこまでやってんなら、神経質すぎんだろ」
「そりゃ、ねぇ。おおざっぱな人間には、陰謀は向いてないと思うよ」
「……つくづく僕向きじゃないやつだなあ」
実際、金をやるから同じように整えろと言われても、僕には無理。
どこから手を付けていいか、まるでわからん。
仕事の量が膨大なのだけは、わかるけどさ。
だが、景色を眺めているうちに――その華麗なるシナリオに
「……でもな、オノレ。王太子の筋書き通りにはならないぞ、どうやら拮抗はもうすぐ破綻する」
「おや、どうしてだい? ああ、さては君がなんとかするってことだね?」
「残念ながら、違う」
「……違う?」
「ああ、全然違う。……というか、そう言えたらカッコよかったんだが」
オノレは怪訝そうにする。
僕は、仕方なく教えてやった。
「アイツらな、日が沈んでからすぐに攻め込んでくるぞ」
「……は?」
「それもわりと必死の形相でな。だから――あ、やば。こうなると守っても、普通にやると死闘になる。あー、さすがにどうっすかな~?」
「必死? 死闘? ……金で集まった賊なのに?」
「いや、まさか。これ、敵に飽きられてもアウトか! ここで耐えても、別の村に行かれたらダメなのか。領地が荒らされるってか。クソ、敗北条件まで増えた」
「飽きる? 領地が荒らされるって……ちょっと待ちなよ、そんなこと起きるわけがない」
オノレもまた、縁から身を乗り出した。
じっくりと観察を始める。
「……君は、なにを読み取ってるんだい?」
「あれ? ……まさか、わからないのか」
「ああ、どの辺りを見たらいい? 軍勢のどこを見たら理解できる?」
オノレは理解不能だと、疑問を呈する。
あまりに意外。
戸惑いを隠せないのは、僕の方だ。
伯爵家三男たるオノレは、遥かに見えるものだと。
今までの会話でも分かる。
軍を率いる教育の下地は、オノレの方が上のはずだ。
しかも僕より断然、頭がいいのに?
「……なら教えてやるけどな。
「私語? ……声なんて聞こえないけど」
「あー、そりゃ初夏の夜風は音をさらうからな。でも、聞こえずとも見ればわかんだろ?」
「だから、見てもわからないってば!?」
「んなもんっ! 無駄口叩いているっぽいのを、顔の向きや動作で読むんだよっ!」
「……夕闇でほとんど見えないよ」
「あんなぁっ! 例えば、ああやって松明の火が動いてるのは、苛立って地面を蹴ったり、隣の奴を小突いたり、貧乏ゆすりしてる時のヤツなんだよ! あの火の動きはもはや制御不能寸前ってことなのっ!」
「わかんないって、そんなのっ!」
「はあ!? お前それでも――……いや、そっか。お前
思わず、ツッコミかけて――。
実は、オノレが貴族の標準なんじゃないか、って思った。
どれだけ頭が良くて、政治や陰謀に長けている頭脳明晰たちでも……ふかふかの椅子からじゃ、絶対にわからないことがある?
物事の解像度に、人生経験ってそんなに大事なのか……?
確かに僕は、下品な領民とずっとずっと一緒に生活して来たが――。
「あのなぁ? まず、そこでヨダレを垂らしてる連中が、朝までお行儀よく“待て”が出来るほど育ちが良いと思うか?」
それは生々しい人間の暴力性、愚かしさ、生理欲求。
まあ、現場の
「しかも、死の森を抜けて来たんだぞ。かなり追い詰められてる」
「つまり、あれかい。……彼らが主君からの命を無視し、独断で襲ってくるっていうのかい?」
「主君? 野良犬に忠誠心なんてないぞ」
「いや、だとしてもね。その判断はメリットが少ないだろう?」
「……メリットね」
「ああ。雇い主である王太子を敵に回すし……攻め込んだら、お互いただでは済まない。なら、命令を聞いて正規軍が来るまで待つ方が得でしょ?」
「うん、そうだな。今、戦うとお互い損をするから拮抗する。理屈ではそれが正しい」
マジで正しい。
軍事論では本当にそう、“抑止”ってやつだ。
足し算引き算が出来る脳味噌同士ならそうなる。
「オノレ。お前って実は……普通の人間は“利益が最大になるよう行動する”と頭のどこかで思ってんだろ」
「え? ああ、言われてみれば……そう、かもしれないな」
「やっぱりなぁ」
「当たり前じゃ……ないのかい?」
ぜんぜん当たり前じゃない。
「これ、育ちと頭の良い奴、特有の勘違いなんだな。お前らって……気を抜くと、下々の人間ですらきちんと動ける。そんな前提で薄っすら考えちまうんだ」
でも、そりゃそうか、と思った。
生まれながらに、大なり小なり合理的な人材ばかりに囲まれてるんだもん。それが最低ラインだって思い込むよなあ。
ハイソなお貴族様たちは、想定する底辺のレベルが高すぎる。
「大半の人間は利害計算も出来ねえし、判断も間違うし、命令すらまともに聞けねぇんだよ。……で、そこが無理って大前提で戦うのが地方なんだ」
そもそも、僕がよく判断を間違うからな。
だから、他人の間違いなんて笑えないってのはそこなんだが……。
差し引いても、オノレの知る正規軍と、僕の知る地方軍は根本から実態が違う。
「で、なかでも一番難しい命令は……実はなにもさせず、耐えさせること。――つまり、“待て”だ。なにもさせないってのは、マジで難しい」
そう。僕がいつも領民を戦わせるときに、短期決戦を狙う理由。
大半の人間は、すぐ限界が来る。
「逆に、バカでも実行出来る命令は“逃げろ”と“突撃”だけ」
人間は動物。
腹が減れば理性を失うバカ。
特に、今みたいな……
「腹が減った野良犬に“待て”はできない。奴ら、早く獲物にありつきたいんだ。
「彼らは、ほんの数時間待つだけで勝てるのに、かい?」
「そうだ。ほんの数時間待つだけで勝てるのに、だ」
死ぬほど腹が減ったことなんてないから、きっとわからないよな。
シャルル王太子も、きっとそうだったんだろう。
「本物の底辺ってのは……明日、パンがもらえるって言われても、今、殺して奪うとか言い出すんだよ」
とっくに、オノレのすまし顔は崩れていた。
あの中の誰かが一人でも我慢しきれず、一歩踏み出すようなことをしたら――……始まる。
「きっかけは、そうだな。……闇に呑まれ、身体が冷え込んだ途端だな」
生理的な限界点、空腹を最大級にする冷たい夜風。
それがすべての引き金だ。もう、動きたくてたまらなくなる。
極限まで腹減ってるときに、風が吹いて寒くなるとな。
目の前の相手を、今すぐ殺したくなるんだよ。さっさと終わらせたくなる。
「必ず暴発するぞ。……現実は、誰のシナリオ通りにも転がらない」
そう。
もうすぐ、ヤバマーズは……たぶん、ちょっとした計算違いでヤバいことになる。
人間の理性を信じすぎたせいで。
――ヤバマーズ領、崩壊まであと少し。
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