「アスタ男爵! 一体どうなっているのですか!?」
「賊に包囲されたというのは事実か!?」
「我々の安全はどう保証してくれるのだ! 敵の数は?!」
僕が大広間に降るなり、商人たちに詰め寄られた。
豪商バルトロメウスに至っては、青ざめた秘書を背後に隠し脂汗を流している。
「アスタ男爵。……あれだ、危険などないのだろう?」
バルトロメウスは、願望を口にしているのか?
なんとも言えない違和感。
僕は、ゆったり席に戻る。
「皆の者、静粛に。……宴席の途中で失礼した」
赤ワインを一口。余裕ぶって、喉を湿らせた。
さあて、どんな風に切り出そうかな。
「結論から言おう。確かに、薄汚れた野良犬どもが、屋敷を囲んでいるようだ」
「野良犬ですと?」
「
「富を……!? それでは商談どころでは――」
「気持ちはわかる。数は百か二百か。数えるのは別に専門ではないが……まあ、それなりに揃っていそうだな」
一同、絶句。
「……そんな軍勢、相手に出来るのか?」
「今、
「え? ああ……」
「ふははは! ……
僕は、高らかに笑ってみせた。
内心では“一刻も早く、暴発を止めなきゃ”と冷や汗をかいている。
だが、顔に出したら負けだ。
今こそ、ハッタリの張りどころである。
「烏合の衆……?」
「そうとも、所詮は野盗。鍛え上げられた僕の猟兵たちの敵ではない」
どっしりと椅子に深く腰を下ろし、足を組む。
この余裕こそが、パニックを抑え込む唯一の楔。
「そうだな、諸君らは余興が一つ増えたと思えばよろしい。ヤバマーズの活躍を、土産話にくれてやろう」
「……そこまで余裕綽々な状況なのですか?」
「もちろんだとも! 今から、僕が叩き潰してやる!」
そこまで断言してやると、商人たちはようやく幾分か落ち着きを見せた。
(いや、ぶっちゃけ……勝てる算段は付いてないが)
黒墨髪の冒険者が、バルトロメウスになにやら耳打ちを続けている。
わずかに募る不快感。
そういや、こいつ巡礼冒険者だったか?
なら、聖王教会の回し者の可能性があるな。……余計な真似をしたら、始末しないと。
「……アスタ様」
隣へと歩み寄ってくる、大切なリュス。
静かに、張り詰めた視線を送ってくる。
指先はすでに、法衣の下で聖剣の柄を捉えているのだろう。
あの腕前を披露してくれれば一騎当千。賊の士気を挫けるかもしれん。
だが――。
「ご命令を。わたくしとロダンがいれば、あのような者たち――」
「いや、リュス。今回は、貴女たちの出番はない」
「……――え?」
「聖王教会の手を借りる必要はない、と言ったのだ」
リュスは呆然と青ざめ、唇を震わせた。
すまない、今は貴女の献身にかまってやれる余裕がないんだ。
「慈悲深い
「そん、な……わたくしは、あなたを……」
「これは魔の討滅ではない。つまるところ、僕の責務なのだよ。わかってくださるかな?」
「……アスタ様」
有無を言わせず、黙らせた。
防衛に聖王教会の戦力に頼ったとなれば、今度は教会の干渉を許す。
あくまで、聖王教会の任務に手を貸してやっている。
そう見えるスタンスは、守るべきだ。
(ヤバマーズが自治を失えば、教会に対抗できなくなる。ましてや、シャルル王太子の目が入るリスクを考えれば、リュスは参戦させるべきではない)
僕は、皆に向き直った。
「諸君。奴らはヤバマーズの威を恐れているが、放置すれば襲って来るだろう。では、対処に暫しお時間を頂きたい」
「……アスタ男爵。今、盗賊が襲ってくると仰ったか?」
バルトロメウスは、なぜかショックを受けた顔をしていた。
「ああ、連中は襲ってくるつもりだな。命知らずにも死の森を越えてきたらしい。よほど食い詰めているのだろう……そうは思わないか?」
言ってやると、バルトロメウスはふらふらと椅子に崩れ落ちる。
なんだよ、そのリアクション。
そこに、ラ・ボアジエ教授が含み笑い。
興味深そうに目を細めた。
「随分と忙しないことだ、
この老いた怪物には、僕のハッタリなんてお見通しなのだろうな。
「教授。承認サインをいただいたばかりで恐縮ですが、どうにも夜が騒がしくなりそうです」
「案ずるな。俗世の喧騒程度で、いちいち機嫌を損ねたりはしない。……ところで、アスタくん」
「なんでしょう」
「いささか荷が重かろう。……救いの手を、差し伸べてあげようか?」
思考が、硬直した。あまりに想定外。
大学最高位の
これは政治的にありなのか、それともなしか?
(だが、魔術とは知性に比例する……っ! その圧倒的な力があれば、軍勢など相手にならぬかもしれない)
皆の前で、オノレに相談は出来ない。
どうにかして、適切な返答をせねば。
しかし、そんな計算が終わる前に、ラ・ボアジエ教授は告げた。
「ただし、条件がある」
「……条件?」
「お前という存在が、
それは、つまり――僕にヤバマーズを捨てろ、と?
「無しですね。我々だけで十分ですよ、
僕は、間髪入れずに言い切る。
検討の余地など、まったくなかった。
「何が不満かね?
教授は嘆息まじりに問うた。
「当然、不満ですよ。僕が自力で解決できる問題に、交換条件付きで応じるなんて……そんな取引、成立するはずがないでしょう」
「いいや、それこそが理にそぐわぬ歪みなのさ」
「理にそぐわぬ?」
「いいかね、人間というものはね。――
ラ・ボアジエ教授は、まったく笑いもしなかった。
『1+1=2』であると断ずるように。
至極、当然な帰結だと宣ったのだ。
「目の前で、数十人程度を……そう、適当に燃やしてやるだけで、抗う気力を喪失する。
――恐ろしい。
そう、恐ろしく感情が乗ってなかった。
教授は、凄んでいるつもりもないのだ。普段の雑談と変わらない。
今日の天気を語る気軽さで、これまで処理した記録を見たままに読みあげている。
「稀に、恐怖を知らぬ異物が紛れ込むこともあろう。だが、そのような“外れ値”は数百に一人の塵芥。結局は等しく炭と化す」
「……個人の武勇は、誤差だと?」
「そうだよ、
根本的に、立っている地平が違う。
この怪物は、本当に親切心で「
「さあ、戻ってきたまえ。
「む、無理を言わないでくださいよ……ラ・ボアジエ
「フム。……なにが、お前の足を止めているのかね? どの未練が、お前の影を繋ぎ留めていると言うのか」
「なにがって……そりゃあ――」
「家督などという錆びついた檻、欲して止まぬ親類共にくれてやれば済むことだろう? お前にとって欲しい宝ではなかったはずだ」
「家臣と客人の前でなに言うんだっ! いいや、僕は絶対にそんなことはしない!」
ほほう、と、ラ・ボアジエ教授は頷く。
「なるほど、家臣という重荷かね。ならば、このような手法はどうかな。我がラ・ボアジエ伯爵家の名において、有用な代官や役人を貸し与えよう」
「……代官、役人?」
「そうだ。お前は男爵という殻を被ったまま、再び学徒の門をくぐればよい。お前の生活も学びも……あらゆる負担を掌に引き受けよう。なにも案ずることはない」
「――っ!?」
さすがに、心臓が跳ねた。
そう、心臓はあまりに正直だった。
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