ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

91 / 94
第91話 視えた星、半欠けた魂のテーゼ。(前半)

「アスタ男爵! 一体どうなっているのですか!?」

「賊に包囲されたというのは事実か!?」

「我々の安全はどう保証してくれるのだ! 敵の数は?!」

 

 僕が大広間に降るなり、商人たちに詰め寄られた。

 豪商バルトロメウスに至っては、青ざめた秘書を背後に隠し脂汗を流している。

 

「アスタ男爵。……あれだ、危険などないのだろう?」

 

 バルトロメウスは、願望を口にしているのか?

 なんとも言えない違和感。

 

 僕は、ゆったり席に戻る。

 

「皆の者、静粛に。……宴席の途中で失礼した」

 

 赤ワインを一口。余裕ぶって、喉を湿らせた。

 さあて、どんな風に切り出そうかな。

 

「結論から言おう。確かに、薄汚れた野良犬どもが、屋敷を囲んでいるようだ」

「野良犬ですと?」

黒銀結晶(クロシュライト)の輝きは、賊さえ惹きつけるらしい。やつらは、我々の富を奪いに来たのだ」

「富を……!? それでは商談どころでは――」

「気持ちはわかる。数は百か二百か。数えるのは別に専門ではないが……まあ、それなりに揃っていそうだな」

 

 一同、絶句。

 

「……そんな軍勢、相手に出来るのか?」

「今、軍勢(・・)と言ったか」

「え? ああ……」

「ふははは! ……(けい)は冗談が上手いな。なら、羊飼いが率いる家畜は大軍勢になるのかな? 規律の欠片もない烏合の衆を、軍と呼ぶならば、真の将兵に対する侮辱というものだよ」

 

 僕は、高らかに笑ってみせた。

 内心では“一刻も早く、暴発を止めなきゃ”と冷や汗をかいている。

 だが、顔に出したら負けだ。

 

 今こそ、ハッタリの張りどころである。

 

「烏合の衆……?」

「そうとも、所詮は野盗。鍛え上げられた僕の猟兵たちの敵ではない」

 

 どっしりと椅子に深く腰を下ろし、足を組む。

 この余裕こそが、パニックを抑え込む唯一の楔。

 

「そうだな、諸君らは余興が一つ増えたと思えばよろしい。ヤバマーズの活躍を、土産話にくれてやろう」

「……そこまで余裕綽々な状況なのですか?」

「もちろんだとも! 今から、僕が叩き潰してやる!」

 

 そこまで断言してやると、商人たちはようやく幾分か落ち着きを見せた。

 

(いや、ぶっちゃけ……勝てる算段は付いてないが)

 

 黒墨髪の冒険者が、バルトロメウスになにやら耳打ちを続けている。

 わずかに募る不快感。

 

 そういや、こいつ巡礼冒険者だったか?

 なら、聖王教会の回し者の可能性があるな。……余計な真似をしたら、始末しないと。

 

「……アスタ様」

 

 隣へと歩み寄ってくる、大切なリュス。

 

 静かに、張り詰めた視線を送ってくる。

 指先はすでに、法衣の下で聖剣の柄を捉えているのだろう。

 

 あの腕前を披露してくれれば一騎当千。賊の士気を挫けるかもしれん。

 だが――。

 

「ご命令を。わたくしとロダンがいれば、あのような者たち――」

「いや、リュス。今回は、貴女たちの出番はない」

「……――え?」

「聖王教会の手を借りる必要はない、と言ったのだ」

 

 リュスは呆然と青ざめ、唇を震わせた。

 すまない、今は貴女の献身にかまってやれる余裕がないんだ。

 

「慈悲深い祓魔女(エクソシスター)よ、正義の申し出には感謝する。だが、そうだな。貴女は客人の傍にいて、安寧を祈って差し上げてくれ」

「そん、な……わたくしは、あなたを……」

「これは魔の討滅ではない。つまるところ、僕の責務なのだよ。わかってくださるかな?」

「……アスタ様」

 

 有無を言わせず、黙らせた。

 

 防衛に聖王教会の戦力に頼ったとなれば、今度は教会の干渉を許す。

 

 あくまで、聖王教会の任務に手を貸してやっている。

 そう見えるスタンスは、守るべきだ。

 

(ヤバマーズが自治を失えば、教会に対抗できなくなる。ましてや、シャルル王太子の目が入るリスクを考えれば、リュスは参戦させるべきではない)

 

 僕は、皆に向き直った。

 

「諸君。奴らはヤバマーズの威を恐れているが、放置すれば襲って来るだろう。では、対処に暫しお時間を頂きたい」

「……アスタ男爵。今、盗賊が襲ってくると仰ったか?」

 

 バルトロメウスは、なぜかショックを受けた顔をしていた。

 

「ああ、連中は襲ってくるつもりだな。命知らずにも死の森を越えてきたらしい。よほど食い詰めているのだろう……そうは思わないか?」

 

 言ってやると、バルトロメウスはふらふらと椅子に崩れ落ちる。

 なんだよ、そのリアクション。

 

 そこに、ラ・ボアジエ教授が含み笑い。

 興味深そうに目を細めた。

 

「随分と忙しないことだ、我が学生(エティヤント)よ。脈拍に余裕が入り込む隙間もないな?」

 

 この老いた怪物には、僕のハッタリなんてお見通しなのだろうな。

 

「教授。承認サインをいただいたばかりで恐縮ですが、どうにも夜が騒がしくなりそうです」

「案ずるな。俗世の喧騒程度で、いちいち機嫌を損ねたりはしない。……ところで、アスタくん」

「なんでしょう」

「いささか荷が重かろう。……救いの手を、差し伸べてあげようか?」

 

 思考が、硬直した。あまりに想定外。

 

 大学最高位の魔導師(マギ)。到達者たる炎達士(フラメトル)の助力。

 これは政治的にありなのか、それともなしか?

 

(だが、魔術とは知性に比例する……っ! その圧倒的な力があれば、軍勢など相手にならぬかもしれない)

 

 皆の前で、オノレに相談は出来ない。

 どうにかして、適切な返答をせねば。

 

 しかし、そんな計算が終わる前に、ラ・ボアジエ教授は告げた。

 

「ただし、条件がある」

「……条件?」

「お前という存在が、王立大学(アカデミア)という機構に還り、精微な歯車として回るのであれば――だがね」

 

 それは、つまり――僕にヤバマーズを捨てろ、と?

 

「無しですね。我々だけで十分ですよ、教授(マギステル)

 

 僕は、間髪入れずに言い切る。

 検討の余地など、まったくなかった。

 

「何が不満かね? 狭隘(きょうあい)なる辺境で統治遊びに興じるなど、あまりに勿体ないことだ。我が学生(エティヤント)よ」

 

 教授は嘆息まじりに問うた。

 

「当然、不満ですよ。僕が自力で解決できる問題に、交換条件付きで応じるなんて……そんな取引、成立するはずがないでしょう」

「いいや、それこそが理にそぐわぬ歪みなのさ」

「理にそぐわぬ?」

「いいかね、人間というものはね。――我が学生(エティヤント)

 

 ラ・ボアジエ教授は、まったく笑いもしなかった。

 

 『1+1=2』であると断ずるように。

 至極、当然な帰結だと宣ったのだ。

 

「目の前で、数十人程度を……そう、適当に燃やしてやるだけで、抗う気力を喪失する。銷魂(しょうこん)を呼び起こすのに、大した手間も工夫も必要としない。その程度の生き物なのだよ?」

 

 ――恐ろしい。

 

 そう、恐ろしく感情が乗ってなかった。 

 教授は、凄んでいるつもりもないのだ。普段の雑談と変わらない。

 

 今日の天気を語る気軽さで、これまで処理した記録を見たままに読みあげている。

 

「稀に、恐怖を知らぬ異物が紛れ込むこともあろう。だが、そのような“外れ値”は数百に一人の塵芥。結局は等しく炭と化す」

「……個人の武勇は、誤差だと?」

「そうだよ、我が学生(エティヤント)。そのような些事に、いちいちお前の貴重な労力を費やす生活。ああ、なんといかに無意味な浪費であるか」

 

 根本的に、立っている地平が違う。

 この怪物は、本当に親切心で「虫ケラ(にんげん)を殺す程度の雑務より、もっと高尚な仕事をしないか?」と誘っているのだ。

 

「さあ、戻ってきたまえ。我が学生(エティヤント)よ。お前を待つのは、学問という果てしなく広がる偉大な宇宙なのだから」

「む、無理を言わないでくださいよ……ラ・ボアジエ教授(マギステル)

「フム。……なにが、お前の足を止めているのかね? どの未練が、お前の影を繋ぎ留めていると言うのか」

「なにがって……そりゃあ――」

「家督などという錆びついた檻、欲して止まぬ親類共にくれてやれば済むことだろう? お前にとって欲しい宝ではなかったはずだ」

「家臣と客人の前でなに言うんだっ! いいや、僕は絶対にそんなことはしない!」

 

 ほほう、と、ラ・ボアジエ教授は頷く。

 

「なるほど、家臣という重荷かね。ならば、このような手法はどうかな。我がラ・ボアジエ伯爵家の名において、有用な代官や役人を貸し与えよう」

「……代官、役人?」

「そうだ。お前は男爵という殻を被ったまま、再び学徒の門をくぐればよい。お前の生活も学びも……あらゆる負担を掌に引き受けよう。なにも案ずることはない」

「――っ!?」

 

 さすがに、心臓が跳ねた。

 そう、心臓はあまりに正直だった。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。