最前線。
ヤバマーズの村を追い詰める、松明の包囲網。
一角に陣取る盗賊たちは、苛立ちを隠そうともしていなかった。
「おい。……いつまで待たせる気だ、あの青二才はよぉ」
粘った唾を吐き捨てる、鼻がつぶれた大男――異名を
街道を血に染め、物言わぬ骸を積み上げて来た凶漢である。
「チッ。……お頭、あいつら未だに“待て”だとよ。反吐が出るぜ」
「今すぐ突っ込めば、あんなちんけな村なんて一捻りだろうによ。なあ」
「商人が集まってんだってな。なら、あそこにゃ金もメシもたんまりあるんだろ?」
盗賊たちに燻る不満は、どんどん膨れ上がっていく。
だが、狂騒のすぐ傍ら。
一心不乱に、愛剣を研ぎ澄ます男が一人。
「……獅子鼻、静かにしろ。あくまで指揮官殿のご命令だ」
声の主は、盗賊には不釣り合いなほど整った鎧を纏う。
しかし、誇りであるはずの紋章が、錆止めで無惨に塗りつぶされていた。
「指揮官殿だぁ? けっ、軍人気取りかよ。テメェも俺らと同じドブネズミだろうがっ!」
「……」
「その身なり、どうせ落ちぶれた『黒騎士』サマだろ? 没落してる分際で、お高く留まってんじゃねえっ!」
「私のことは、どうでもいい。……だが、指揮官殿の命には従え。それが、お前のためにもなる」
「はっ、ふざけんなっ。俺たちゃもう、とっくに限界なんだよっ!」
軍勢の正体は、社会からあぶれた落とし子だ。
逃亡犯、戦場を失った傭兵、故郷を焼かれた難民、夢破れた冒険者、禁忌に触れたはぐれ魔術師――そして、名誉を剥奪された黒騎士。
内側には、あまりに長く患い続けた“飢え”が病のように巣食っている。
「今の今まで、俺たちがどんだけ苦しんで来たと思ってやがる! なのに、すぐそこでっ! 奴らは商人どもと呑気に宴会を開いているって言うじゃねえかっ……ふざけんなっ、ふざけんなぁあああっ! 許せるかよ、そんな不公平がよぉッ!」
魔素による、乾いた霧の停滞。
天から届く太陽の恵みは年々弱り、不作が続く。
冬を乗り越え、どこの村も蓄えはすっからかん。
ある者は木の皮を齧り、ある者は泥水を啜って、辛うじて命を繋ぐ惨状。
「巷じゃどこにも略奪できるメシがねえっ! 腹を空かせて死んだダチが、何人いたと思ってる! 家畜のクソだって食った奴がいたんだぞっ!」
最初の収穫期まで、あとわずか。
だが、その数週間が遠い。あまりに遠すぎる。
蓄え尽きる、
皮肉なことに、最も餓死者が出る残酷な季節こそ――緑が輝く、初夏なのだ。
「夏の収穫までは、もう待てねえんだよ! どうせ平民だ、いくら死のうが知らねえ関係ねえ。テメェも俺にそう抜かす気かぁ、あぁッ!?」
「……いや、そのようなことは」
「奴らは無関心なツラして、安全な柵のなかでふんぞり返ってやがる! ……生かしちゃおけねえ。根こそぎぶんどって血溜まりに沈めてやる」
「気持ちはわかる。しかし……村人たちには、何の
「それこそ知ったことか! いいか、死の森を抜ける間に、俺の仲間は三人も魔物に食い殺されたんだ。それ相応の“報酬”を毟り取ってやらにゃ、アイツらだって死んでも死にきれねえんだよッ!」
獅子鼻が、真っ赤な眼で村を睨みつける。
今は不気味なほど静かだが。
さきほどまで、異常なほどの
甘く見ていたはずの獲物から立ち昇った、想定外の士気。
それが、盗賊たちの焦燥に火をつけた。
……待てば待つほどに、不安になる。
不安が殺意へ変換される。
吹き込む初夏の夜風が、空腹と苛立ちを薪に、さらにさらにと殺意の炎を燃え上がらせていく。
――ああ、もう限界だ。
寒い。五臓六腑が、空っぽの胃袋が悲鳴を上げる。俺たち自身を食い荒らそうとしている。耐えられない。
……なんで、こんなに寒い?
決まってる。空っぽすぎて、命を燃やすもんが残ってねえからだ。
……どうして、こんなに苦しい?
魔物が潜む暗闇で、獲物を前にお預け食らってるからだ。
早く。
一刻も早く――あいつらの笑顔を、ブチ壊したい。
暖かい家を奪い、滴る肉汁で空虚を満たしたい。
自分たちを無視して、安全な場所で温かい食事を貪るあいつらをッ!!
自分たちをのけ者にして、明るく明日を語っているだろうあいつらを……ッ!!!
盗賊たちは互いに、血走った目を合わせた。
もはや、語り合う必要なんてなかった。
もう理屈は不要だ。殺そう。こんなの理不尽だ。
「おい、野郎ども準備しろ。指くわえて、朝までなんて待ってられるか」
「やめておけ、獅子鼻。……犬死にしたいのか、待つだけでいい。我々には報酬が約束されている」
「黙ってろ、腑抜けの木偶の坊がッ!」
「誰も血を流さなくていいのだ! ……待てば金が入るのだぞっ!」
「そんなこと知ったことかよ! お貴族様の約束なんざ、何の保証があるってんだ! んなもん、
そう、最初からそのつもりだった。
最初からかこつけて、略奪と殺戮に走るつもりだった。
なぜなら、それが彼らの“当たり前”だから。
明日の約束が守られた経験なんて……その人生になかったのだ。
あるいは――もう、彼らの人生から
「松明を消せ、闇に紛れて進めっ! 殺せっ! 他の連中に一番乗りを奪われる前になぁっ!」
獅子鼻が吼えると、すぐさま周囲に伝播する。
巧みに構築された包囲網に、致命的な綻びが生じる。
夜襲に、光など不要。
自ら明かりを消した盗賊たちは、ジリジリと侵攻を開始した。
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