ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~   作:裃 左右

95 / 96
第95話 盤上の純白、戦場の深紅。摩擦係数は、死者の数で計られる。

「襲撃か。……別に構わんだろう」

 

 驚くほど冷淡で、無関心。

 

 鉄仮面により、素顔を隠す男。

 ――盗賊団を操る指揮官から、発せられた声だった。

 

 副官である女魔術師(メイガス)は、呼吸を忘れて絶句した。

 

「し、しかし、ヤン指揮官(コマンダン)。シャルル殿下の計画によれば、今回の作戦において死傷者は『限りなくゼロ』に抑えられる予定だったはずです!」

「ふむ。確かに、事前に賜った絵図の上では(・・)そうだったな」

「ならば、今すぐ暴走を食い止めるべきです! 使い魔によれば、どの集団も血の気に当てられ、我先にと襲撃を開始しようとしています。今ならまだ、兵を介して統制を――」

「不要だと言っている」

 

 ピシャリ、と。

 拒絶が、進言を叩き切った。

 

「殿下には、現地戦力の自発的な暴発と報告する。それで終わりだ」

「……まさか、これは予定されていた事態なのですか」

「予定……これまた妙なことを言う。これは必然というやつだ」

「必然?」

「ああ。元より俺は、拝命時点から前線の暴走を規定事項と見越している」

「なっ……!?」

「別に驚くことではない。ならず者風情に“待て”が機能すると信じるのは、戦場を知らぬ者の論理だ。だが、かといって殿下に異を唱えるほどのことでもない」

「なぜ、ですか……! このままでは、ヤバマーズの罪なき民にまで凄惨な被害が及びます! それは殿下が望まれる、気高き統治に泥を塗る行為ではありませんかっ!」

 

 若き王太子が、宮殿なる温室で紡いだ陰謀。

 極力、血の匂いを排し、法と名誉の焼印をもって屈服させる。――いわば『高潔なる去勢の儀式』だったはず。

 

 そう、女魔術師(メイガス)は必死に理想を訴えた。

 

「いいや。まさしく殿下が立案された作戦と、本質的には違っていない」

「……っ、どうして肯定できるのです!?」

「いいか。この作戦の性質上、統制のとれる正規軍を動かすことはできん。一方で、かき集めた傭兵どもは必ず暴走する。これは避けようがない」

「それは……表立って、精鋭を派遣は出来ませんから」

「当然だ。そして、ならず者を従わせる方法は? 奴らを満たしてやれと? 餌か? 娯楽か?」

「……そうできたとして、じっとしていたとは思いません」

「そうだろう。有効なのは、恐怖と粛清のみ、だ」

 

 雇われたならず者が、民衆を傷つける凄惨な例は枚挙にいとまがない。

 ……いつの時代も。

 

「しかし、事件を彩るには“適度な盗賊団らしさ”も必要だ。いっそ、カモフラージュを兼ね、ほどほどに無惨な死体として転がってもらうのが合理的と言える」

「完璧な規律を強いては、かえって不自然だと?」

「なんだ、わかってるじゃあないか。指揮官として攻撃命令は下さないが、現場の暴走は黙認し、推移を観察。必要に応じて、死体の数を調整する」

「お待ちくださいっ! その試みでヤバマーズが滅びれば、計画そのものが覆ります!」

「いや、そうはならん」

 

 指揮官は、ガサリと地図を広げた。

 皮手袋の指先が、ヤバマーズの村をなぞりゆく。

 

「ここは僻地の小領主の庭にしては、驚くほど牙を隠し持っている。要塞には程遠いが、土着の者たちが積み上げた執念めいた防御力。たいしたものだ」

「執念めいた……防御力……」

「ああ、評価に値する。あのような突撃では、どう足掻いても攻め落とせはせん。少なくとも、正面からであればな」

「……つまり、攻撃は必ず失敗する、と?」

「その通りだ。さすがに防衛側も、容赦なく消耗するだろうがな」

 

 消耗。

 指揮官は、命が散ることを“消耗”と数字に置き換えた。

 

「奪う側も奪われる側も、等しく血を流し、互いに攻めあぐねる。最終的には泥沼の硬直状態……。これでいい。作戦目標からすれば、一分の狂いもない」

「……本気で仰っているのですか?」

「俺が冗談好きに見えるのか? なら逆に聞きたいが。アスタ男爵を追求する上で、領民が死ぬと何か不都合があるのか?」

「それは……っ、いえ、そう考えれば論理的には……むしろ……っ?!」

「そう、死んでもらった方が圧倒的に好都合(・・・・・・・)だ。被害が少なければ、一時の不運だと思われかねん。事故のように抗弁されたくもないし、救援軍が駆けつけるなら危機にこそ支持を得られる」

「おっしゃる……とおりです」

「殿下の見解に修正すべき点があったとすれば――“無血という甘い見通し”のみ。多くの領民を殺傷せしめたなら、これぞまさにアスタ男爵の失策となる」

 

 略奪の試みは、決して実を結ばない。

 だが、ヤバマーズという名の盾もまた、無傷ではいられない。

 

「結論として。――概ね、目標は達成可能な範疇であり、殿下の作戦は正しい」

 

 そんな悲劇こそが、最も都合の良い終着点。

 生き残る商人も、別に歯向かうことはしないだろう。

 彼らは間違いなく、賢い人間なのだから。

 

「なにやら不服そうだな?」

「……っ」

「貴官は、根本的な勘違いをしているようだ」

「勘違い……」

「我々の役割は、到着する焔王国正規軍のために“救済されるべき被害者”と“掃討されるべき悪役”を適切に調達することにある。極論、夜明けまで混沌が継続し、ヤバマーズの秩序が崩壊していれば我々の勝利だ」

「しかし、殿下のご意志はあくまで――」

「殿下が純白を望んだとて、戦場の霧が赤く染まるのは摂理。(いくさ)において、理想と実態が異なるのは珍しいことではない」

「それは……そうかもしれませんが」

「現実の作戦には、必ず摩擦が生じる。司令部と共有すべきは、『目標の定義』と『許容できぬライン』だ。それ以外は誤差に過ぎん」

 

 鉄仮面に沈む双眸は、まったく揺れない。

 

「盤上演習で行われる理想論ならば、シャルル殿下の筋は悪くない。なかなかに弁も立つ。だが、初陣すら経験していない人間に、戦場のリアリティを説いても時間の無駄だ」

「そんな……っ! 少しくらい上申なさってもいいはずです!」

「間違っていない作戦に、なぜ反抗する必要がある? 別の無能に交代させられては、それこそ成功率が下がる。それとも貴官は、より無惨な結末を望むのか?」

「いえ、まさか。他の指揮官(コマンダン)にこのような作戦は……」

「ならば、可能な限り全力を尽くし、現場が理想論とどう異なる動きをするのか。答え合わせをして差し上げたほうが、有意義な教育となるだろう」

 

 誰がどれだけ死のうとも、最終的な成果が変わらないのであれば、計画変更は不要。

 むしろ、凄惨な結果こそが、理想に燃える若き為政者を育てるのだと。

 

 あくまで、指揮官はぶれない。

 

「実際、黒銀結晶(クロシュライト)が軍需品であるならば、ヤバマーズ男爵は放置できん危険分子だ。早期対処の判断は正しい」

「私が言いたいのは、方法の問題です!」

「方法か。殿下はまだ若い。此度は、得難い教訓となるはずだ。次回は、犠牲をあらかじめ算定に入れた上で、より洗練された作戦を立案していただくことにしよう。……焔王国の未来にとって、この上なく意義がある作戦じゃあないか?」

 

 淡々と、犠牲を秤にかける指揮官。

 

 副官の女魔術師(メイガス)は、もはや項垂れるしかなかった。

 プロフェッショナルとして、彼女も理解してしまっているからだ。

 

 衝動と暴力の連鎖は、より強力な武力以外では鎮圧できないことを。

 

「では、ヤン指揮官(コマンダン)。……すべては、貴方の狙い通りに推移するのですね?」

「別に、そうとも限るまい。未来など神のみぞ知る領域だ、この世はひどく気まぐれに満ちている。……投入されうる戦力も、不明瞭な点が多い」

 

 鉄仮面の指揮官は、わずかな沈黙の後――。

 ふと、一つの仮定をする。

 

「そうだな。……例えばもし、俺がヤバマーズ男爵の立場だったとしよう」

 

 指先が示したのは……包囲網の後方だった。

 

 

***

 

 

 盗賊たちの興奮は、予想外の方向から破られた。

 

 ――ヒュルルルルルル……。

 

 闇夜から飛来する、正体不明の風切り音。

 

「……あん?」

 

 盗賊の頭目が一人、獅子鼻が間抜けた面で空を仰いだ。

 背後から放たれた『何か』。

 

 それが密に固まった、群衆のど真ん中へ吸い込まれていく。

 

 直後。

 

 ――ドォォォォォンッ!!

 

 鼓膜を破壊するような衝撃、立ち昇る火柱。

 

「なっ、なんだぁっ!? 何が起きたっ!?」

 

 爆心地の草木が瞬く間に燃え広がり、続いて紫煙が辺りに充満。

 煙に巻かれた部下たちが、次々に喉を掻きむしって嘔吐を始めた。

 

「目が見えねえ、息ができねえ……っ! たす、けて」

「おい、しっかりしろ! お前ら、どうしたっていうんだよぉっ!?」

「敵襲かぁ!?」

「いや、裏だ! 裏から来やがった!」

 

 悲鳴と怒号が交差。急速に膨れ上がる猜疑心。

 火炎と毒煙に巻かれ、ならず者たちは退路を断たれたと錯覚する。

 

 混乱に追い打ちを掛けるように、すかさずそこに矢が飛んできて――。

 

「う、撃ち返せっ!」

「そうだ! やられっぱなしでいられるかっ!」

 

 黒騎士は、喉が潰れんばかりに制止を試みた。

 

「やめろ!こんな夜闇で応射をすれば――!」

 

 しかし、一人が指摘したところで、もう止まらない。

 もう理屈は届かない。

 

 列を乱した包囲網は崩れ去り、盗賊たちは互いに弓を向け合い始める。

 それが、剣に変わるまでに、時間はかからなかった。

 

 そもそもが、互いに見知らぬ混成軍。欲と飢えだけで繋がった烏合の衆。

 深い闇、着ている装備もバラバラ……敵味方の区別などつくはずもない。

 

 何より――欲にかられた者たちは、互いを識別する唯一の手段だった松明を、自ら消してしまったのだから。

 

 混沌が混沌を生んでいく。




いつも応援ありがとうございます!

「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。

作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。