「襲撃か。……別に構わんだろう」
驚くほど冷淡で、無関心。
鉄仮面により、素顔を隠す男。
――盗賊団を操る指揮官から、発せられた声だった。
副官である女
「し、しかし、ヤン
「ふむ。確かに、事前に賜った絵図の上
「ならば、今すぐ暴走を食い止めるべきです! 使い魔によれば、どの集団も血の気に当てられ、我先にと襲撃を開始しようとしています。今ならまだ、兵を介して統制を――」
「不要だと言っている」
ピシャリ、と。
拒絶が、進言を叩き切った。
「殿下には、現地戦力の自発的な暴発と報告する。それで終わりだ」
「……まさか、これは予定されていた事態なのですか」
「予定……これまた妙なことを言う。これは必然というやつだ」
「必然?」
「ああ。元より俺は、拝命時点から前線の暴走を規定事項と見越している」
「なっ……!?」
「別に驚くことではない。ならず者風情に“待て”が機能すると信じるのは、戦場を知らぬ者の論理だ。だが、かといって殿下に異を唱えるほどのことでもない」
「なぜ、ですか……! このままでは、ヤバマーズの罪なき民にまで凄惨な被害が及びます! それは殿下が望まれる、気高き統治に泥を塗る行為ではありませんかっ!」
若き王太子が、宮殿なる温室で紡いだ陰謀。
極力、血の匂いを排し、法と名誉の焼印をもって屈服させる。――いわば『高潔なる去勢の儀式』だったはず。
そう、女
「いいや。まさしく殿下が立案された作戦と、本質的には違っていない」
「……っ、どうして肯定できるのです!?」
「いいか。この作戦の性質上、統制のとれる正規軍を動かすことはできん。一方で、かき集めた傭兵どもは必ず暴走する。これは避けようがない」
「それは……表立って、精鋭を派遣は出来ませんから」
「当然だ。そして、ならず者を従わせる方法は? 奴らを満たしてやれと? 餌か? 娯楽か?」
「……そうできたとして、じっとしていたとは思いません」
「そうだろう。有効なのは、恐怖と粛清のみ、だ」
雇われたならず者が、民衆を傷つける凄惨な例は枚挙にいとまがない。
……いつの時代も。
「しかし、事件を彩るには“適度な盗賊団らしさ”も必要だ。いっそ、カモフラージュを兼ね、ほどほどに無惨な死体として転がってもらうのが合理的と言える」
「完璧な規律を強いては、かえって不自然だと?」
「なんだ、わかってるじゃあないか。指揮官として攻撃命令は下さないが、現場の暴走は黙認し、推移を観察。必要に応じて、死体の数を調整する」
「お待ちくださいっ! その試みでヤバマーズが滅びれば、計画そのものが覆ります!」
「いや、そうはならん」
指揮官は、ガサリと地図を広げた。
皮手袋の指先が、ヤバマーズの村をなぞりゆく。
「ここは僻地の小領主の庭にしては、驚くほど牙を隠し持っている。要塞には程遠いが、土着の者たちが積み上げた執念めいた防御力。たいしたものだ」
「執念めいた……防御力……」
「ああ、評価に値する。あのような突撃では、どう足掻いても攻め落とせはせん。少なくとも、正面からであればな」
「……つまり、攻撃は必ず失敗する、と?」
「その通りだ。さすがに防衛側も、容赦なく消耗するだろうがな」
消耗。
指揮官は、命が散ることを“消耗”と数字に置き換えた。
「奪う側も奪われる側も、等しく血を流し、互いに攻めあぐねる。最終的には泥沼の硬直状態……。これでいい。作戦目標からすれば、一分の狂いもない」
「……本気で仰っているのですか?」
「俺が冗談好きに見えるのか? なら逆に聞きたいが。アスタ男爵を追求する上で、領民が死ぬと何か不都合があるのか?」
「それは……っ、いえ、そう考えれば論理的には……むしろ……っ?!」
「そう、死んでもらった方が
「おっしゃる……とおりです」
「殿下の見解に修正すべき点があったとすれば――“無血という甘い見通し”のみ。多くの領民を殺傷せしめたなら、これぞまさにアスタ男爵の失策となる」
略奪の試みは、決して実を結ばない。
だが、ヤバマーズという名の盾もまた、無傷ではいられない。
「結論として。――概ね、目標は達成可能な範疇であり、殿下の作戦は正しい」
そんな悲劇こそが、最も都合の良い終着点。
生き残る商人も、別に歯向かうことはしないだろう。
彼らは間違いなく、賢い人間なのだから。
「なにやら不服そうだな?」
「……っ」
「貴官は、根本的な勘違いをしているようだ」
「勘違い……」
「我々の役割は、到着する焔王国正規軍のために“救済されるべき被害者”と“掃討されるべき悪役”を適切に調達することにある。極論、夜明けまで混沌が継続し、ヤバマーズの秩序が崩壊していれば我々の勝利だ」
「しかし、殿下のご意志はあくまで――」
「殿下が純白を望んだとて、戦場の霧が赤く染まるのは摂理。
「それは……そうかもしれませんが」
「現実の作戦には、必ず摩擦が生じる。司令部と共有すべきは、『目標の定義』と『許容できぬライン』だ。それ以外は誤差に過ぎん」
鉄仮面に沈む双眸は、まったく揺れない。
「盤上演習で行われる理想論ならば、シャルル殿下の筋は悪くない。なかなかに弁も立つ。だが、初陣すら経験していない人間に、戦場のリアリティを説いても時間の無駄だ」
「そんな……っ! 少しくらい上申なさってもいいはずです!」
「間違っていない作戦に、なぜ反抗する必要がある? 別の無能に交代させられては、それこそ成功率が下がる。それとも貴官は、より無惨な結末を望むのか?」
「いえ、まさか。他の
「ならば、可能な限り全力を尽くし、現場が理想論とどう異なる動きをするのか。答え合わせをして差し上げたほうが、有意義な教育となるだろう」
誰がどれだけ死のうとも、最終的な成果が変わらないのであれば、計画変更は不要。
むしろ、凄惨な結果こそが、理想に燃える若き為政者を育てるのだと。
あくまで、指揮官はぶれない。
「実際、
「私が言いたいのは、方法の問題です!」
「方法か。殿下はまだ若い。此度は、得難い教訓となるはずだ。次回は、犠牲をあらかじめ算定に入れた上で、より洗練された作戦を立案していただくことにしよう。……焔王国の未来にとって、この上なく意義がある作戦じゃあないか?」
淡々と、犠牲を秤にかける指揮官。
副官の女
プロフェッショナルとして、彼女も理解してしまっているからだ。
衝動と暴力の連鎖は、より強力な武力以外では鎮圧できないことを。
「では、ヤン
「別に、そうとも限るまい。未来など神のみぞ知る領域だ、この世はひどく気まぐれに満ちている。……投入されうる戦力も、不明瞭な点が多い」
鉄仮面の指揮官は、わずかな沈黙の後――。
ふと、一つの仮定をする。
「そうだな。……例えばもし、俺がヤバマーズ男爵の立場だったとしよう」
指先が示したのは……包囲網の後方だった。
***
盗賊たちの興奮は、予想外の方向から破られた。
――ヒュルルルルルル……。
闇夜から飛来する、正体不明の風切り音。
「……あん?」
盗賊の頭目が一人、獅子鼻が間抜けた面で空を仰いだ。
背後から放たれた『何か』。
それが密に固まった、群衆のど真ん中へ吸い込まれていく。
直後。
――ドォォォォォンッ!!
鼓膜を破壊するような衝撃、立ち昇る火柱。
「なっ、なんだぁっ!? 何が起きたっ!?」
爆心地の草木が瞬く間に燃え広がり、続いて紫煙が辺りに充満。
煙に巻かれた部下たちが、次々に喉を掻きむしって嘔吐を始めた。
「目が見えねえ、息ができねえ……っ! たす、けて」
「おい、しっかりしろ! お前ら、どうしたっていうんだよぉっ!?」
「敵襲かぁ!?」
「いや、裏だ! 裏から来やがった!」
悲鳴と怒号が交差。急速に膨れ上がる猜疑心。
火炎と毒煙に巻かれ、ならず者たちは退路を断たれたと錯覚する。
混乱に追い打ちを掛けるように、すかさずそこに矢が飛んできて――。
「う、撃ち返せっ!」
「そうだ! やられっぱなしでいられるかっ!」
黒騎士は、喉が潰れんばかりに制止を試みた。
「やめろ!こんな夜闇で応射をすれば――!」
しかし、一人が指摘したところで、もう止まらない。
もう理屈は届かない。
列を乱した包囲網は崩れ去り、盗賊たちは互いに弓を向け合い始める。
それが、剣に変わるまでに、時間はかからなかった。
そもそもが、互いに見知らぬ混成軍。欲と飢えだけで繋がった烏合の衆。
深い闇、着ている装備もバラバラ……敵味方の区別などつくはずもない。
何より――欲にかられた者たちは、互いを識別する唯一の手段だった松明を、自ら消してしまったのだから。
混沌が混沌を生んでいく。
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