魔導書あげるので見逃してください……   作:倭猛らない

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引きこもりを決意する魔族

 陽射しが小窓から差し込む部屋の中、老女と白髪のエルフが談笑している。

 老女の名をフランメ。人類における魔法の開祖であり、自他ともに認める大魔法使い。魔族との殺し合いをしなくなって久しいが、それでも魔力の制限は続けている。

 エルフの名はフリーレン。フランメの一番弟子である。師に比べて、まだまだ魔力制限が甘い。

 

 

「フリーレン、ひとつ面白い話をしてやる」

 

「頭撫でんな。……なに師匠(せんせい)。最近やけに昔話をしようとするね」

 

「年寄りってのはそういうもんだ。まぁ黙って聞け。

 

 ────そう、忘れもしない。アレは55年前の事だ」

 

 

 長くなりそう……。と、フリーレンはしょんぼりした。

 

 

 

 

 

 立ち寄った村で行方不明者が頻出していた。

 最初に消えたのは村長の娘。それを探しに出た村人、守衛数人が失踪。ちょうど滞在していた冒険者一行に捜査を依頼するも、全員帰らず。

 魔物か魔族か。それとも盗賊か。どちらにせよ、碌なもんじゃない。もう死んでいる事が殆どだからだ。

 

 悲嘆に暮れる村人達を哀れに思って、捜索を申し出た。当時はまだ、魔法が魔族の技術として忌み嫌われていた時代。村人達はそれでも、その忌むべき技術を使う私に一縷の望みを託した。

 もう死んでしまっているとしても、せめて遺体を。せめて遺品を。

 

 そう懇願する行方不明者の親族に、さしもの私も思うところが……ないわけではなかった。今思えば、私自身の境遇と重ねたのかもしれない。

 

 

「さて」

 

 

 まず使ったのは『足跡を辿る魔法(ルークスクーラ)』。夥しい数の足跡から最後に失踪した冒険者一行のものを特定し、辿っていく。

 

 足跡は、村からだいぶ離れた森へ続いていた。行方不明者の捜索地点としてはベターだな。

 森は鬱蒼としていて、魔物や魔族の住処として理想的な環境だった。何故か分かるなフリーレン。

 

 ……そうだ。自分の姿を隠して、不意打ちを仕掛けやすい。こういった地域では標的の偵察も比較的容易にできるから、特に魔物や魔族の幼体が潜んでいることが多い。

 

 ある程度森を進むと、魔力探知に反応があった。魔力の雰囲気から、まず魔族ではない。冒険者一行の魔法使いだろうとアタリをつけた。

 まぁ、とんでもない間違いだったわけだが。

 

 鉄の匂いと、濃くなる腐臭。

 まさか、この私が判別を違えたか? そう思いながら草木をかき分けた瞬間だった。

 

 

「あ」

 

 

 山羊のような角を生やした魔族が、血の海の中に佇んでいた。向こうも既に私を認識している。こうなるとどちらが先に魔法を発動するかの勝負だ。早撃ちに自信はあるが、より確実な方法を取るのが合理。

 そうして、私は魔族へ命乞いをした。よく知っているだろうフリーレン? みっともなく喚き散らしながら土下座して、油断を誘うアレだ。

 

 今回もソレで呆然としたクソ魔族をぶっ殺してやろうと思ってたんだが……

 

 

「ごめんなさい食べないで殺さないでぇ!!」

「魔導書あげるので見逃してくださぁい!!」

 

「「……!?」」

 

 

 クソ魔族は私と同じ事をしやがったのさ。思わず面食らったね。致命的な隙だったが、向こうも私が命乞いしてくる事は予想外だったのか完全に停止中。幸いにも、再起は私の方が早かった。

 ……『爆破する魔法(ヴェルバーム)』を使っても良かったが、周囲に散らばる遺体ごと吹き飛ばす羽目になる。捜索を引き受けた手前、流石に気が引けてな。

 

 

「『空気を砲弾に変える魔法(シュトラガーテ)』!」

 

 使用したのは『爆破する魔法(ヴェルバーム)』よりかは控えめな『空気を砲弾に変える魔法(シュトラガーテ)』。

 発動速度の割に破壊力があり、攻撃範囲が広く、目視が難しい。実戦向きの魔法だ。私は状況によって『石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)』と使い分けているが……この時はパワーが足りなかった。

 

 

「『旋風を起こす魔法(バギマ)』!」

 

 

 より発動速度の早い風の魔法で相殺された。信じられなかったね、『空気を砲弾に変える魔法(シュトラガーテ)』の発動を見てから対処した。見えない空気の砲弾をだ。

 

 

「少し待ってくれ、話を聞いて欲しい! 私はシックザールという! 私はやっていない!!」

 

 

 魔族が何かを喚いていたが、獣の鳴き声に一々反応するほど私は青くない。『空気を砲弾に変える魔法(シュトラガーテ)』がダメなら、次は『石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)』。速度ならこの魔法が上だ。

 

 この時点で、私は既にこのクソ魔族が大魔族に近しい実力を持っていると判断していた。コイツを野放しにすれば、どれだけの被害が出るか分からない。

 殺す。必ず、ここで殺す。

 

 放たれた弾丸は腕を交差させて防御姿勢を取るクソ魔族を、確実に消し飛ばす……はずだった。

 

 

「っ、『物体を固定する魔法(クラフト・ワーク)』! おぼふっ」

 

 

 弾丸は魔族と接触した時点で空間に静止。ぶっ飛ばしはしたが、少し出血する程度の傷しか与えられなかった。後にも先にも、私の『石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)』を生身で受けて生きていた魔族はアイツだけだった。

 余程強力な魔法だったんだろうさ。恐らく、発動条件が厳しい類の。

 ただ、体勢は崩れて隙はできた。今度こそと言わんばかりに『空気を砲弾に変える魔法(シュトラガーテ)』をブチ込んでやったよ。

 

 

『ごっ!?』

 

 

 マトモに食らって地面を数回跳ねながら吹っ飛んでいくが、悲鳴をあげられるぐらいには元気そうだった。これでは仕留められないと悟った私は、『爆破する魔法(ヴェルバーム)』で消し飛ばす事に決めた。遺体も遺品も巻き添えを食らうから、少しは迷ったさ。

 

 まぁ……撃つことはなかった。ある種感謝だ。

 

 

「じ、死ぬ゛ぅ゛…………ピ、『素早くなる魔法(ピオラ)』、『体内時間速度を操る魔法(タイムアルター)三倍速(トリプルアクセル)』!」

 

 

 今でも知らない魔法の組み合わせ。反応する間もなく、一瞬で私の探知範囲内から離脱していった。悔恨の極みだったさ、殺すと決めた魔族に逃げられたのは初めて…………いや、見逃してやったんだ。「私じゃない」みたいな事も言っていたし、その辺を汲んでやったんだ。

 …………なんだその目は。

 

 とにかく。生存者はなし、遺体の損傷も酷い。それでも、故郷に連れ帰ってやらないと可哀想だ。『遺体を回収する魔法(ライベルジーテ)』と『遺品を回収する魔法(ライレステール)』を使って、村へ引き返そうとした時。

 

 

「ん?」

 

 

 魔法で回収されていない物があった。手のひらほどの巾着袋のような、布の包み。魔力の痕跡を調べてみると、今さっき逃げていった魔族のものと一致した。あまりの速度に、アイツ自身も落とし物をしていったのさ。逃げ足が早過ぎるってのも考えものだな。

 一目見て魔導具と分かったが、如何せん魔族が落としたもの。迂闊には触れない。遠巻きに解析魔法を使ってみると、思わず顔がひきつったよ。

 

 

「えぇ……キモいな」

 

 

 何十、何百にも重ねられた術式。その構築は未だかつて見た事がないほどの緻密さで、一種の芸術品のようだった。ぐちゃぐちゃに見えるが、一定の規則性がある。これを作るのにどれだけ時間がかかるか、想像もつかない。

 

 そこの椅子にかけられているのがそれだ。意外と大きいだろう? 

 風呂敷に包めるものは、何でも手のひらに収まるほどの大きさに縮めて持ち運べる効果があった。解明し、量産するのが目的だったんだが、私が解明するには時間が足りなかったな。

 分かったことは、「製作者の魔力が一定期間込められないと、ただの布に戻る」術式が組まれていること。おかげで、とっくの昔にただの風呂敷になっちまった。性格が悪いにも程がある。

 

 村へ戻り、遺体と遺品を返して依頼を終えた。村人達は悲しみつつも、私に深い感謝の意を述べた。ちゃんと弔ってやれると、涙を拭いながらな。冒険者一行も、村の共同墓地へ入れられるらしかった。村の為に働いて死んだのだから、労ってやりたいとさ。

 

 ……結局、彼らを殺したのが誰なのか。分からずじまいだった。何かしらの魔法で誘き寄せられたのか、連れ去られたのか。

 

 少なくとも、この風呂敷を持っていた魔族が何かしら知っている事は間違いない。

 妙な魔法を使い、変な魔導具を持ち、クソみたいな驕りも油断もなく、痛い目に遭ったらすぐ逃げ出す。

 

 そして……

 

 

「おいおい……」

 

 

 変な魔導書を山ほど持っていた。

 言ったろう、その風呂敷は物を包んで手のひらぐらいにまで縮める事ができた。何が包んであるのかと思って広げれば、たちまち部屋が魔導書で埋め尽くされた。……魔族の忘れ物にしちゃ、中身が平和的過ぎたが。

 

 フリーレン、2階に本棚があるだろう? そこにあるのは全部、その魔族が置いていった魔導書だ。もしくは、その写し。

 

 冗談みたいだろ? お前も知っての通り、そこにあるのはくだらない魔導書ばかりだ。『ちょうどいい塩加減にする魔法(ザルツグラート)』、『砂のお城を作る魔法(シュロザンドース)』、『布団を暖かくする魔法(カームベルゼー)』、『スープを温め直す魔法(バルムズペール)』、『綺麗にエビの殻を剥く魔法(ムガルレーシェ)』、『蜘蛛の巣にかかった蝶を逃がしてあげる魔法(フェーリスペーラ)』、『猫と和解する魔法(トーカムボルカ)』……その他諸々だ。生活に役立つものからそうでないものまで。

 

 ……私は、興味が湧いた。殺す対象でしかなかった魔族に。一体どういう価値観を持っているのか。得意とする魔法は? 好きな魔法は?

 知りたいと思ったんだよ。魔族は人食いの化物だというのにな。まったく気持ち悪い、自分に吐き気がする。

 

 まぁ、そんな変な魔族と遭遇して逃げられたという話だ。面白い話だったろう? ……そうでもないか? はは、老人の話ってのはそういうもんだぞ。

 

 

 

 

 

「フリーレン。ひとつ頼まれて欲しい」

 

「ん? ……なにこの魔導書」

 

「風呂敷の中にひとつだけ、書きかけの魔導書があってな。私が手を加えて完成させた。シックザールという魔族に遭遇したなら、返しておいてくれ」

 

「私がソイツと分かる前に殺す事は考えないの、師匠(せんせい)

 

「お前が殺す前に逃げるか、名乗るかするだろうさ」

 

「ふぅん。まぁ、分かったよ。ソイツがどういう容姿してるか教えて」

 

「お前は忘れっぽいからなぁ……意味があるかどうか」

 




シックザール……千年前から魔力探知ガバ野郎。森へ魔法薬の材料を採りに来たら、人を食べている魔族の幼体を発見。さっくり殺して、血みどろの惨状にゲンナリしつつ、犠牲者の弔いをしようと思っていた所にフランメと遭遇。逃げる際に『不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)』と沢山の魔導書を落としてしまう。泣きながら作り直した。千年にも及ぶ引きこもりを開始。

フランメ……シックザールという魔族に興味を持つが、二度と会うことはなかった。

フリーレン……すっかりシックザールの容姿を忘れていた。


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