『
理由は単純で、理解できないものを態々見ようとは思えないから。魔族の身体を持っているとはいえ、私の感性は人間のもの。奴らの訳の分からない魔法は使えない。
私の作る魔法は、人類にも使える。そもそもが民間魔法のようなくだらない魔法が殆どだし、さらに言えば私は人間の価値観で、人の理解力で魔法を作っているから。
それでは、ダメなんだ。人類最強の魔法使いである彼女には、人のままでは勝てない。
「フリーレン」
「……なに?」
「今まで出会った魔族の魔法を教えて欲しい。どんなのがあった?」
魔族の使う魔法は、時折呪いと称されることがある。人では解明できない、魔法の遥か高みにあるもの。
作る必要がある。魔族としての自分が、極めるべきただひとつの魔法を。
そうするにあたって、情報収集は必須だ。かつて勇者一行の魔法使いとして、多くの魔族と交戦し七崩賢をも討伐した経験のあるフリーレンならば、様々な魔法を知っているに違いない。
だから、『
フリーレンは眉を顰めて聞き返す。
「なんでそんな事を?」
「知りたいからだ。魔族の魔法を」
「……」
明らかな警戒。恐らくこのままでは喋ってくれないだろう。
……正直に話そう。彼女からの疑いは晴らしておきたい。
「フリーレン、ゼーリエというエルフを知っているか」
「……その名前を聞くことになるなんてね」
「命を狙われている訳ではないが、契約によって数十年後に戦わなくてはならないんだ。我ながら馬鹿な契約をしたと思っているが、その時その場を生き延びる為には必要な事だった」
フリーレンは大きくため息を吐いて、首を横に振る。
「絶対に勝てないよ。魔族らしい魔法を習得したとしても、お前じゃとても敵わない」
「それは分かっている。私にとっての勝利は彼女を打ち負かすことではない。その戦いで彼女に「殺すには惜しい」と思ってもらうことだ」
自分で言うのもなんだが……性格さえ魔族らしければお前は二人目の魔王になっていただろうと、お褒めの言葉? を彼女から受けた事がある。
彼女は戦乱の中で生まれる洗練された天才を欲している。もし私が二人目の魔王になれば、間違いなく元々居た魔王と対立するだろう。戦火は拡がり、大陸全体が戦場になったかもしれない。大陸最北端を拠点とする当時の魔王とは逆方向、南側で魔族を纏めあげれば……人類圏が阿鼻叫喚の様相を呈していただろう。ただでさえ南側は人同士での争いが絶えない、酷い情勢が続いている。より最悪な地獄と化すだろう事は想像に難くない。
だが、私はそんな器じゃなかった。私は魔族を従えるどころか、関わるなんて真っ平御免であるし、そもそも圧倒的に実力が不足している。彼女の足元にすら到底及ばない私の魔法技術では、幾ら破壊力のある魔法を使えたってまるで無意味。模擬戦では使おうとする魔法を全て発動前に潰された。
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私の最強の魔法達は、こういう時にこそ役立つハズだったのに。不甲斐ない。偉大な作品の、強大な呪文の名を冠する魔法。私は、未だに実戦で使えていない。
正直なところ……私は戦いは嫌いだし、痛いのも嫌だし、相手にそんな思いをさせるのも好かない。だが戦えば誰にも負けないと思っていた。
何を勘違いしていたのだろうな。私はただ、長生きしているだけだったというのに。
私は、人に魔法を向けるのが苦手だったのだ。故にこそ……戦いを、強者を求める彼女から凄まじく失望された。
「ゼーリエに目を付けられるなんて、一体何をやったのさ」
「寧ろ、何もできなかったからだろうな」
私は作るのが得意なだけで、その他はてんでダメだったのだ。
あの日、私は紛失した『
コンコン、とノックが静かな家に響く。こんな山奥に客人など珍しいと思いながら返事をし、ドアを開ける。
……思い出すだけでも肌が粟立つ。自分のマヌケぶりに呆れる。
「お前がシックザールか」
なぜあのレベルの脅威が接近している事に気付けなかったのか。彼女と相対した私は命乞いも逃亡も忘れて、ただ呆然としていた。絶望していたとも言える。
蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。
圧倒的な魔力量、私を吟味するような冷たい瞳。そのどれもが、私に胃がひっくり返りそうになる程の恐怖を刻んでいた。その場で嘔吐しなかった自分を褒めてやりたいほど。
「……ただ長生きしているだけの魔族とはな。一応私は客のつもりで来たんだが……いつまで外に立たせておくつもりだ?」
その言葉で、ようやく私の頭は再起動する。圧倒的な強者に頭を下げ、非礼を詫びながら我が家へと招く。機嫌を損ねないように、殺されないように。
『
「粗茶ですが……」
「……その言葉で本当に粗茶が出てくる事があるとはな」
「恐縮です……。ご要件をお伺いしても……?」
「そう怯えるな、殺すつもりはない。今はな。……気まぐれに取ったとはいえ、私の弟子から逃げ仰せた魔族に興味が湧いた。そしてお前を見に来た。ただそれだけだ」
湯気を立てる茶をゆっくりと飲み、彼女はそう言った。その時私は、半世紀ほど前に女性の魔法使いに遭遇し、死にかけながらとなんとか逃げられた事を思い出す。
本当に、技術でなにか私が彼女を上回ったから逃げる事に成功したとかでは全くない。初見の魔法で僅かな隙を通り抜けたに過ぎない。もし二度目があったなら、その時こそ私の命日だっただろう。
「……お眼鏡にはかないませんでしたか」
「全くだ。ただ逃げるのが上手いだけの魔族に興味はない、正直殺そうと思っていた。ついさっきまではな」
「今は違うので?」
「お前の作るものに興味が湧いた。その魔導具はなんだ?」
壁に掛けられた三又の短剣を指さす。儀式用の剣にも見えるそれは、他に置いてある幾つかの魔導具と比べても特別異質な雰囲気を纏っていた。
それは奥の手。
どうにもならない呪いに冒された時用に作った最終手段。
制作にかけた年月は軽く千年を超える、私の超大作にして最高傑作。
「……『
「なるほどな、解析が弾かれるわけだ。裁縫途中のように見えるその布切れは?」
次いで指さしたのは、制作途中の『
その次は『不死のトーテム』。その次は『釈魂刀』、『
『不死のトーテム』は、一度限り所有者の死を肩代わりしてくれる魔導具。砕け散るトーテムからは強力な回復魔法が施され、所有者の傷を完璧に癒す。
『釈魂刀』は、物体の硬度を無視して切れる刀。封魔鉱は切れなかったが、殆どなんでも切れる。
『
これらは『
その他にも、『如意棒』、『良い夢を見れる枕』、『魔法冷蔵庫』、『魔法エアコン』と色々ある。生活に便利なものを中心に揃えた。
『如意棒』は突っ張り棒として洗濯を干す時に使うし、『良い夢を見れる枕』は普段使いしている。元現代人として『魔法冷蔵庫』、『魔法エアコン』は手放せない。どれも大事なものだ。
「見事だ。素晴らしい」
特に『
「お前、魔法も自作しているだろう。今さっき見せた茶を出す魔法、もう一度見せろ」
「あ、はい……『
「……」
いつの間にか飲み切っていた湯呑みを差し出し、魔法の披露を催促される。恐る恐る『
「……その魔法の魔導書はあるか?」
「少々お待ちください」
『
「どうぞ」
「………………」
彼女は受け取った魔導書をパラパラと速読していく。その速さは、学生が授業中に暇を持て余して教科書かノートの端に書き込んだ、パラパラ漫画の出来栄えを見るかのようだった。
程なくして読み終えたその顔は喜悦に歪んでいて、口は三日月のように曲がっている。
「何だこれは」
「お求めになられた、『
「違うな、構築の話だ。私は今まで書かれたほぼ全ての魔導書の知識を持っているが、こんな術式の組み方は知らん。どの時代の魔導書のソレとも、全く一致しない。一見アリの巣のようなめちゃくちゃさだが、細かく見れば蜂の巣のような規則性がある。あの布切れにしてもそうだが、この組み方はどこで知った?」
……あんな流し見程度にしか見えない速読で、そこまでしっかり見ていたのか。流石と言わざるを得ない。
「全て独学です。術式の起動速度と、魔力の効率……そして最上の出力結果を求めた所、あのような構築になりました」
魔導書、魔導具を作る際にひとつ決めている事がある。
一切の妥協をしない。
どうせ時間は飽きる程あるのだから、存分にリソースを突っ込んでしまえ。それがどれだけくだらない魔導書でも構うものか。好きな事に全力を注ぐのは、精神衛生的にも良い事だ。
締切や納期なんてものはないのだから。作ろうと思ったものを、心ゆくまで作り込んでいいのだ。
実際、すごくいいものができる。時間とリソースをふんだんに使えば、本当にいいものができるんだ。それが楽しくて仕方がない。
「あの粗茶で、最上の出力結果か?」
「あなたは一度飲み切っています」
「…………」
無言になった彼女は、茶菓子を口に入れる。今回出力したお茶請けはどら焼き。この世界には存在しない、私の故郷の甘味。私の好物でもある。
「……しかし勿体ないな。それほど熟練した魔法制作の技量があるというのに、お前という魔族は貧弱だ。お前の魔力は、穏やかな人間のそれによく似ている」
続いて、湯呑みを呷って飲み干す。露骨な話題逸らしだが、もし指摘すれば私の首は泣き別れだ。グッと喉まで出かかった「やっぱり美味しかったんですよね?」という言葉を呑み込む。
「性格さえ違っていれば、お前は間違いなく二人目の魔王となっていただろうさ。全く勿体ない」
「……ふむ」
勝手にお褒めの言葉として受け取っておこう。悪い気はしないし、寧ろ良い気分だ。誰かに褒められるというのは、一体何年ぶりだろうか。少なくとも、この世界に生を受けてからは無い。
浮き足立った気分になったからか、私はこの時欲を搔いた。
この人から認められたいと。
だから、あんな馬鹿なことをしたんだ。昔の自分へ何かを一言だけ伝えられるとするなら、「やめておけバカ!」と言うだろう。間違いない。
「……大変遅くなりましたが、お名前をお聞きしても?」
「ゼーリエ。かつて
「ではゼーリエ様。
私と、戦いませんか」
本当に、やめておけば良かったのに。馬鹿だよおれは。
あぁ、思い出すのも恐ろしい。
その時彼女が浮かべた、口元が真っ赤な三日月のような……あの笑み。
シックザール……慢心馬鹿野郎。この後消えない癒えない塞がらないトラウマを背負う。
ゼーリエ……おもしれー魔族。殺すのは最後にしてやる。
フランメの死後、ボーっと彼女との記憶を思い返していたら、いつだかの彼女が「変な魔族に逃げられた」と愚痴っていたのを思い出して、シックザールを探し秒で見つけた。