ある魔法学者の手記 ―蘇生とネクロマンシーの境―   作:AI小説

8 / 8
Gemini 3 Pro


魂の摩耗係数と肉体保存則に関する覚書

 

**表題:『魂の摩耗係数と肉体保存則に関する覚書』より抜粋**

**著者:王立魔法院 第六席 エイベル・D・クローヴィス**

 

### 序:器と中身の不均衡について

 

まず、残酷な真実を記述せねばならない。

我々魔法使いが追い求めた「永遠」とは、無限に水を注ぐことのできる杯のことではなかった。我々が作り出したのは、決して割れない杯に過ぎない。

だが、注がれる水――即ち「精神」や「自我」と呼ばれる流体――は、杯の中で腐るのだ。

 

本稿で定義する「不死者(No-Dead)」とは、生物学的成功者ではない。彼らは、情報の代謝不全に陥った廃棄物である。

 

### 第一章:三百年限界説の臨床的証明

 

数多の延命術、聖法による細胞再生、あるいは禁忌とされる死霊術的置換。そのいずれを用いても、超えられない壁が存在する。

我々はこれを「三百年境界(The 300-year Boundary)」と呼ぶ。

 

人間の脳、より正確には魂を定着させている霊的回路の可塑性は、約三世紀分の記憶と経験しか許容しない。それ以上を書き込めば、古いデータから上書きされるか、あるいは全てのデータが融解し、渾然一体となる。

 

私が診察したある高名な賢者は、三百二十歳を迎えた朝、食卓のパンと愛娘の区別がつかなくなった。

彼は娘をナイフで切断し、バターを塗ろうとした。

悲劇的なのは、彼の手際が全盛期のまま、極めて優雅で、無駄のない所作であったことだ。

 

彼の中で「愛するもの」と「糧とするもの」の境界線が消失していたのだ。

これが、我々が恐れる「高機能獣性退行」の正体である。

 

### 第二章:英雄■□の過ちと、B帝国の落日

 

歴史を知る者は、B帝国の英雄、■□(検閲により削除)将軍の名を記憶しているだろう。

彼は怪物になったのではない。彼は「完璧な兵士」のまま、故障したのだ。

 

当時の記録を紐解けば、帝国の愚かさが浮き彫りになる。

三百五十歳を超えた将軍に対し、協会は再三の廃棄処分を勧告した。だが皇帝は拒んだ。「彼は今も、模擬戦で若手の騎士を圧倒しているではないか」と。

 

確かに彼は強かった。

反乱――否、彼にとっては単なる「掃除」が始まった日、彼は城下町の住民三千人を、敵兵と誤認して殲滅したのではない。

彼は、住民を「守るべき対象」ではなく「移動する障害物」として認識したのだ。

 

彼が振るう剣技は、老いを知らず、神速の域に達していた。

彼が放つ殲滅魔法は、正確無比に急所を穿った。

ただ、その切っ先が向くべき方向を示す羅針盤だけが、砕け散っていた。

 

封印部隊が到着した時、彼は死体の山の上で、端座して空を見上げていたという。

その瞳には狂気も殺意もなく、ただ澄み切った虚無だけがあった。

彼を討ち取るために費やされた命と、彼が守ってきた国の威信は、その日同時に失われた。

 

### 結語:我々が刈り取るもの

 

異端刈り(Heretic Hunting)。

この野蛮な響きを持つ制度は、決して懲罰ではない。

 

人間が人間としての尊厳を保てるのは、死という終着点があるからだ。

終わりを失った物語は、やがて意味を失った文字列の羅列となり、最後にはインクの染みになる。

 

我々が刈り取るのは、かつて英雄だったモノの、その尊厳が泥にまみれる前の「最後の機会」なのだ。

■□将軍のような悲劇を二度と生まぬために。

我々は、愛する英雄たちの首に、鈴ではなく刃を懸けねばならない。

 

---

 

## 2. 別視点(現場の執行者)

**タイトル:『銀の犬は吠えない』**

 

「対象確認。北の塔、最上階だ」

 

降りしきる雨音に紛れ、灰色のフードを目深に被った男が呟く。

隣に控える相棒の若手魔導師、エリオは震える手で杖を握りしめていた。無理もない。今から殺しに行く相手は、教科書に載っている「生ける伝説」なのだから。

 

「隊長……本当に、彼女が?」

「そうだ。大賢者マティア。齢(よわい)三百十四。先月まで、国一番の治療師として崇められていた聖女だ」

 

隊長と呼ばれた男、グレイは感情の抜け落ちた声で答える。

腰の「対不死者用減衰剣」の柄に手をかける。協会から支給された、魔力を強制散逸させる処刑道具だ。

 

「ですが! 先週の視察報告では、彼女はまだ明晰だと……子供たちに魔法を教えていたと!」

「ああ、教えていたさ」

 

グレイは塔を見上げた。窓から漏れる光は暖かい。

 

「彼女は子供たちを愛していた。だからこそ、壊れたんだ」

「どういう意味ですか」

「昨日、彼女は『究極の保護魔法』を完成させたと言って、弟子を一人、壁に埋め込んだ」

 

エリオが息を飲む音が聞こえた。

 

「物理的な遮断こそが最強の防御だと、彼女の脳が結論付けたんだ。悪意はない。彼女は全盛期の魔力と技術を総動員して、弟子を石壁と分子レベルで融合させた。本気で、弟子を守るために」

 

それが、不死者(アンデッド)の末路だ。

ゾンビのように肉が腐るわけではない。吸血鬼のように血を欲するわけではない。

ただ、「人間としての文脈」だけが抜け落ちる。

高度な知能を持ったまま、倫理の配線だけが焼き切れる。

 

「行くぞ。彼女がこれ以上、善意で犠牲者を増やす前に」

 

扉を蹴破る。

円形の広間、その中央に、老女がいた。

肌は艶やかで、瞳には知的な光が宿っている。三百歳を超えているとは到底思えない、神々しいまでの魔力。

彼女はグレイたちを見ると、慈愛に満ちた微笑みを向けた。

 

「おや、新しい生徒たちかい? 準備はできているよ」

 

彼女の背後には、歪な肉塊が浮遊していた。

かつて人間だったものが、幾重にも折りたたまれ、圧縮され、保存食のように加工されている。

 

「さあ、いらっしゃい。あなたたちも『永遠』にしてあげる。もう二度と、傷つかないように」

 

マティアが指先を振るう。

その動作は、芸術的なまでに洗練されていた。一分の隙もない、最高位の空間魔法の起動シークエンス。

彼女は正気だ。正気のまま、狂っている。

 

「総員、散開! 異端認定(ヘレシー・コール)ッ!」

 

グレイは叫び、地面を蹴った。

これは戦闘ではない。

これは、かつて人間だった偉大な先達への、せめてもの手向けだ。

 

「――おやすみ、マティア先生」

 

銀の刃が閃く。

英雄が悪夢に変わる前に幕を引くこと。それが、犬と呼ばれ蔑まれる我々の、唯一の矜持だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。