Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
どこか、勘違いをしていたのかもしれない
夜のビル、誰もいるはずのないその場所には、足音がよく響く。幾度となくやってきた場所、この光景も慣れてしまって、それでも慣れたくなかった場所。簡素で、どこにでもあるようなペラッペラの木のドア一枚が隔てるのは、何も空間だけの話ではなかった。
「...おや」
ノックもせず、ドアを開ける。その先、不釣り合いなほどに綺麗で、不気味で、整理されたオフィスのような空間の真ん中、デスクの先に鎮座する黒いスーツを纏った男に覚える不快感を、目をギュッとつぶって抑える。それは、あまりに変わらない、読めない煙のような顔をゆらゆらと揺らし、席を立とうとする。
「夜分遅くに珍しいお客さんですね。今お茶を…」
「御託はいいよ」
ガタリ、と乱雑に椅子を引いた。学校の、もうボロボロでささくれまみれの椅子とは違う、しっかり漆でコーティングされた、滑らかな背もたれが憎たらしい。ミシリ、と音がしたので、慌てて力を抜いて、けれど目の前の男からは一度だって目を逸らさずに、座る。
「分かってるでしょ?私がここにきたわけ」
「...そうですか。わかりました。少々お待ちください、契約書を用意いたしますので」
そういう彼は少し屈んで、引き出しを弄る。油断しているのか、それとも慢心か、私は武装しているのにそれに一切気を止めず、なんの対応も、焦りも揺れも見せない...肉肉しい男だ、つくづくそう思う。
「こちらですね。カイザーPMCとの雇用契約、そして私との免責契約です」
「これにサインすれば、アビドスの借金はなし...ってことでいいんだよね」
たった二枚の紙切れ、それだけで私の、みんなの運命が左右される。その心地が、心の底から気持ち悪い。奪い取るように、テーブルの上のペンを握って、さっさとサインをして、そのまま全てを受け入れてしまおう
「...お待ちを」
「何?」
手を、握られ静止される。振り払えばなんの抵抗もなくするりと解かれるそれは、物理的な力という物差しにおいて私が彼よりどれほど優れているかをご丁寧に示してくれている。そんなものがあろうと、人っ子一人救えやしないのに。
「サイン前に契約事項を、読み上げてください」
「なんで」
「決まりですので」
この男は、どれだけ私を踏みにじれば気が済むのか。睨めど微塵も変わりない男の顔から目を逸らし、契約書を掴んで、少しシワができてしまったから伸ばして、書かれた文章を目で追う
「えー...小鳥遊ホシノ、以下甲という、とカイザーPMC Inc.、以下乙という、は本日甲乙間において以下記載の労働条件を締結した...
えー、契約内容は、戦闘員で、従事する職務内容は、戦闘員。他事業への貸出の可能性もあり。主な業務内容は、指定された地域における施設要人警護、暴動の鎮圧など。
勤務場所は、雇い入れ直後はアビドス砂漠だが、乙の業務上の必要性に応じて変更される場合がある。休暇は勤務シフト表により乙が指定した日である...と。
基本給は...月額100万クレジットで、仕事一回につき手当が5万クレジットで、また、危険手当として仕事中は日給1万クレジットが別途で振り込まれる、と。賃金締切日は毎月月末で、賃金支払日は翌月一日。支払方法は口座への振り込みかぁ。で、昇給と賞与はなし。退職は乙がキヴォトスを去るまでで、自己都合退職の手続は一ヶ月前までに完了しなければならない。
で...乙は甲に対し、本契約に基づく業務を安全かつ適切に遂行するために必要な銃器、弾薬、防弾装備、戦術衣類、通信機器、その他一切の装備品を乙の費用負担において支給する。支給装備品の所有権はすべて甲に帰属する。業務遂行に伴う弾薬の消費、および通常の使用による支給装備品の摩耗や破損の補充・修理費用は、すべて甲が負担する。ただし、甲の故意または重大な過失によって紛失・損壊した場合は、甲はその実費を賠償する責任を負う...と。
乙は甲に対し、派遣地における居住施設、食事、ならびに日常生活に必要な被服を無償で提供する。宿舎の確保、現地での食糧調達、およびこれらに付随する光熱費や通信環境に係る費用は、すべて乙が負担する。甲が業務上移動する際の交通手段およびその費用は、すべて乙が手配および負担する。派遣地における甲の個人的な嗜好品の購入費用、および業務に関係のない私的な通信・移動費用は、甲の自己負担とする。
後は...甲は、本契約に基づく勤務地が武力紛争、テロ、暴動、誘拐、その他生命や身体に重大な危害を及ぼす潜在的リスクが存在する地域であることを十分に理解し、これを承諾した上で本契約に同意する。甲は、業務遂行中に発生した負傷、病気、精神的疾病、死亡について、甲に故意または重大な過失がない限り、甲に対し一切の損害賠償を請求しないものとする。
甲は、本契約の履行に関し知り得た甲の作戦計画、人員配置、装備、顧客情報、その他一切の機密情報を、契約期間中および契約終了後も、乙の事前の書面による承諾なく第三者に漏洩してはならない。
乙は、甲が以下の各号のいずれかに該当した場合、何らの催告を要せず直ちに本契約を解除することができる。一、正当な理由なく職務を放棄した場合と、二、重大な規律違反を行った場合...ねぇ」
長い長い、大人というものがどういうものかをよく表している契約書。くだらない文字の雁字搦め、見え透いた意図を建前のために...溜め息が出る。契約書をペラペラ仰いで、黒服を見やる
「なかなかいい待遇なんじゃない?これは」
「貴方は、それだけの条件を出してもいいと思われるほど、買われているんですよ。けれど...足りないでしょう?」
こちらから一切目を離さず、紙を一枚差し出す。黒服に私の権利を帰属させるための契約書。
「...カイザーPMC Inc.、以下甲という、と黒服、以下乙という、は本日甲乙間において、小鳥遊ホシノの同意の元、以下記載の契約を締結した。
甲は、乙に従業員、小鳥遊ホシノを以下の条件で貸出する。
小鳥遊ホシノは、本実験の開始と同時に、自身の肉体、精神、およびそれに付随するすべての生体データの所有権を乙に無償で譲渡するものとする。小鳥遊ホシノは以後、いかなる理由があっても自身の身体に関する所有権、及び人道的人権を主張することはできない。
で、本実験の期間は無期限とする。本実験の協力費は、5億クレジットとする。
本実験において、小鳥遊ホシノに重篤な肉体的損害、精神の崩壊、変異、あるいは死亡等の結果が生じた場合であっても、甲乙はその一切の責任を負わない。
そして...乙は、本実験の内容、施設の所在地、および実験によって得られた自身の変異等について、第三者に一切口外してはならない。
万が一、何れかの契約違反が発生した場合、小鳥遊ホシノは協力金を返還する義務を負う...」
...なんだこれは
「…なにこれ、奴隷契約じゃん」
「何か、不都合が?」
「…まぁ、いっか」
ペンを今一度握り直す。今度はより丁寧に、震えそうになる手を押さえて、何も考えないように、みんなの笑顔だけを、そう、笑顔を、日常を、それだけを考えて。
「待てッ!」
私の時とは違う、乱暴に、ドアが開いた。荒い息と乱れた衣服に髪が、同時に知覚できた。私にとって、一番最近の異物。色が違うだけで、同じスーツを着る大人の人。
「おや」
「…先生…?なんで…」
その人は、体の砂を一生懸命落として、息を整えて、それでも焦っているように口を動かして。
「…君を、助けにきた」
「…はは。そっか、そっかぁ。そうなのかぁ〜…」
わかった、やっとわかったよ。貴方の正体。貴方って人は、本当に
「お前ら、グルだな?」
どうしようもない、ロクデナシなんだな。
◆ ◆ ◆ ◆
横に飛んで回避できたのは、偶然だったという他ない。たまたま、彼女が椅子に立てかけていた銃に触れるのが、目に見えただけだった。
転ぶように、急いで回避して、遅れて炸裂するような音が聞こえて、息が、また荒くなって
「なんでお前がこの場所を知ってるの?誰にも言ってないし、誰にも見つからないようにしたのにさ〜」
「ほ、ホシっ...!?」
笑っていない。目どころか、口さえも。排莢音も、中を舞う弾薬だってあんなに明瞭で遅いのに、銃口だって、こっちに向けられてるって、確かに見えているのに。体が動かない。頭がチカチカする、あの場所に突っ立っていたら、私は
「それに今、深夜だよね。外も暗いし、私は今日夕方から校舎に戻ってない。たまたま見つけた、なんて言うには無理があるよ」
「ま、待っ」
二発目は、ど真ん中だった。ちょうど老朽化していたらしい。コンクリートの壁を突き破って、そのまま中に放り投げられるまで衝撃すら察知できなくて、やっと痛みを知覚した時にはアロナに地面からの衝撃を受け流してもらってからだった。大きく息を吸って、汗まみれの顔で口を大きく歪ませて、後方を見ながら体を引く。壁に空いた大穴。その下から私を覗く影は、私が立つまで待ってはくれず、そのままジャンプして下まで降りた
「ホシノッ...ちがっ、これは勘違いで」
「貴方が今するべきことは、みっともない言い訳なんかじゃなくて、命乞いなんじゃないの?」
『...理。先生代理!』
盾が展開されたと同時に、ようやっと立ち姿勢に戻れた。壁に手探りで、視界が暗くなっていくような、頭から血の気が弾くけれど、それと同時に暖かくなるような矛盾した感覚を、体は覚えていた
「ま、とりあえず......此処にきたってことは、ある程度の覚悟はあるってことだよね」
『タクシーが到着しました! 凡そ200m先、先ずは後ろの角を曲がって!』
壁を伝って、必死で、自分が何をしてるのかわからなくなるほどに意識をかき乱しながら背を向けて角を曲がるまで、彼女は待ってくれた。
「さ、鬼ごっこの始まりだ。」
夜明けまでは、まだ遠い
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砂舞う夜の街を足がちぎれそうになりながら駆け抜ける。肩で息をしながら、真後ろに目をやろうとしてー屈んで右側に飛んだ。
瞬間、桃色の光を後ろにたなびかせた閃光を見た。わたしの居た場所に鉛の玉が飛び散り、体に鈍い衝撃が走ると同時にパキン、と何かが砕け散るような、そんな音がかすかに聞こえた。
膝、咄嗟に避けるが
『バリア...停止しました』
「...ぅっ!」
「さっきから随分と運がいいねぇ。それとも、それにも何か種があるのかな?」
バリアで軽減したらしい、どうにか拳銃を持ち堪えた腕は酷く痺れている...今ので、アロナの力はもう尽きた。万に一に賭け、瓦礫を払いすぐさま逃亡を再開する。
微かに鉄が擦れる音がした...俺は無理矢理後ろを向き、手のひらに収まった銃を三度発砲する。狙い通り目の前の彼女、小鳥遊ホシノはそれを盾で受け流し、拳銃の軌道がずれる
それでも一発、彼女が放ったたった一発は確かに左足の太ももを貫いた。それを認識するや否や、盾の下に潜り押し付けるようにタックルに移行する彼女...
半身になり、真横に向けられたショットガンを下から持ち上げ無理矢理標準を狂わせながら受けながす。そのまま、足を引きずり後ろに下がって
「にしても随分と不細工で安っぽい銃だね。君にピッタリだ」
「っはぁっ...っはぁっ...」
「早く目的を言ってよ。そうすれば楽に殺してあげられるかもしれないのに」
「だからっ...私の...くてきは...ビドスの援助...借金...返済...」
「嘘を吐くなよ。黒服と繋がってたんだ、差し詰め部活を内部から瓦解させるため...違うかな?」
「違っ...」
「あっそ。じゃあそのまま挽肉になりなよ」
どこで、間違えたのだろうか。全力で調べて、全力で走って、成立したところで傷口が膿むだけの黒服との取引を取りやめさせた。その結果がこれだ。
彼女は最初から私を信じていなかった、助けなんていらなかったのだ。私は、最初っから部外者で、必要とされていなくて、不必要だった
...馬鹿なことを今考えるな。考えるのは生きてればできる、今じゃない。
まるで何も動いていないような彼女の髪が少し揺れるのを視認した...左の視界の端で光が瞬く。それは近づくと、脇腹を抉る
幸い、致命傷ではないのだろう。痛みはない。脇腹を確認する余裕はなかった。彼女の追撃をかわすため、少し下がる、下がろうとした
気がつけば、体が軋み、壁にめり込んでいた。盾に横薙されたのだろうか。視界がチカつく、頭が痛い、体が暖かい。見れば、脇腹は酷く抉れていて、止めどなく血が溢れて地面に溜まり場を作る。
少し見えてるそれは...ゴムのような質感の何かで、デロリと外に露出して、ぬらぬらとゆらめくそれはあまりに悍ましく、見ているだけで意識が飛びそうになる。
自分を幸い背骨は折れていないらしい、片方の足は押さえつけられている感覚が確かにある。紅く鈍い視界では、確かにデコには銃口が突きつけられている。
「いやぁ驚いたよ。まさか私が5分も足止めを喰らっちゃうなんて」
「...くはっ...ヒューッ...カヒューッ...」
一ヶ月前には銃も撃った事のなかった小僧にしては善戦はしたほうなのではないか。脇腹を抑え、命を繋ぐために肺に息を取り込む。満身創痍、武器は地面にあり、文字通りの詰み。
このままでは死ぬ、なんてのは本能で察知できた。どう足掻いても負け、勝てるわけがない...なら、愚者であり弱者である私が取るべき行動は。
「多少お世話にはなったしね、遺言くらいは聞いてあげるよ」
「...主は、仰られた」
ほんの少し、藁のような油断の隙を突き、あらかじめピンにくくりつけておいた紐を、傷口を抑えていた右手で思いっきり引っ張る。カラン、と閃光爆弾が落ちる音がした。
「『光あれ』と」
「ッ!?」
右手を蹴られた、が遅い。瞬間、あらかじめスーツ内に仕込んでおいた閃光爆弾が煌めき、目を閉じて...そして、光があった。
『先生代理...すぐそこです、無理せず、そのまままっすぐ進んでください』
弱者はどこまでも狡猾で卑怯であるべきだ。耳が痛い、幸いに目は見えているが、それでも何がどこでどうなっているのか頭の理解が追いつかない。
アロナのナビゲートを頼りに、折れ感覚を喪失した右腕で手探りに無理矢理銃を拾って、後ろで何発か響いた破裂音を無視して、半ば体全体を引きずるように、私はその場を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆
目が慣れれば、そこには途切れた血痕と、一つの切符しか残されていなかった。血だらけで、かろうじてシャーレに行くためのものだと認識できるそれを拾い上げる。右足、確実に折ったはずなんだけどなぁ...
「やっぱり、バックショット一発じゃあ、死なないか」
わかってはいた、私たちは平気で耐えるそれに彼はどれほど耐えられるのかを私は知らない。もしかすれば、たったショットガンシェル一発で殺せてしまえると思っていたのだが...目論見は甘かったようだ。いつも、肝心なところで間違える。溜息をつく。
「何を企んでいるかはわからないけど...私はあなたを殺すよ、先生。後輩を守るために、そして、私が私であるために」
それは、ただの独白。そして、唯一の先輩への決意表明。髪を縛り直し、リロードを挟んで私は行動を開始する...目標は駅、罠であるとしても、シャーレ自体を張って仕舞えば彼を見つけることなど容易いはずだ。
揺れる電車に身を任せ、膝にちょこんと銃を鎮座させながら、ぼーっと考え事をする。
...思えば、今まで立ち止まることなく突き進んできたような気がする。ユメ先輩が意識不明になってからは大変で、それこそずっと『先生』に呪詛を吐きながら、学校を成り立たせるために、ユメ先輩を生かすために色々な場所へ駆けずり回ったものだ。
二年生になってからは後輩もできて、それでも借金も仕事も相変わらずで、先輩は眠ったままで。虚しさとどうしようもない孤独さを紛らわすように、眠い眼を擦り仕事に没頭していた。それでも、物理的には一人じゃない。それだけで、随分楽になった。
三年生になって、最年長になって、先輩が同級生になって。五人で毎日頑張って、はしゃいで、ダラダラして。そんな日々が大好きだった、愛おしかった。少しずつ自分の心とも折り合いをつけて、前をやっと向けそうだ。そう思った時だった。あの男がやってきた。
最初は不審な人間が来たと思った。大人はいつも私たちを食い物にする、信用してなるものかと憤怒をあらわにするセリカちゃんと全く同じで、前任の件もあり信用できなかった。
けれど、彼はどんなに嫌われようと私たちだけじゃない、生徒みんなに真摯だった。手を差し伸べようと頑張ってくれた、気にかけてくれたんだ。信じてもいいって、任せてもいいって、そう思えてきてたのに。
...それが今となっては、ただの見せかけだと知ってしまっている。あの夜、あのタイミング、確信した。嗚呼、あの大人も他と同じだ。自分たちを貶め、搾取するだけの塵屑だ。
一人が乗る電車の中で血まみれの切符を握りしめ、流れる外の景色を眺める。駅員の人にはひどく怯えられたが、幸い何事もなかった。と、そうこうしているうちに着いたようだ。普段通り、少しあくびをしながら、私はシャーレへ向けて足音を鳴らす。
一時間経過、未だ見えない。
二時間経過、一向に現れない。
そして三時間が経過しようとしていた頃、 スマホが鳴った。アヤネちゃんからだ...気づけば日が昇り始めている。このままだと遅刻が確定だと呑気なことを考える余裕を感じながら、電話に出る。
「もしもし、おじさんだけど」
『たったた、大変ですよ先輩!』
焦った様子で彼女は告げる...あいつがみんなに何かしたのか?それとも、校舎に被害が...?もしかしたらあいつ自身がスケープゴートだった?黒服を逃したのが悪かったか?
悪いイメージに悪い想像が重なり、憎悪はより一層深くなる...いけないいけない。頬をぱんぱんと叩き、気の抜けた声で応答する。
「どったのアヤネちゃん。もしかしてだけど先生関連?」
『そうなのかもしれません、断言できませんけど...ともかく先輩!』
そう言って、彼女は切り出す。何があっても驚かない、あの下衆のやりそうなことなんてわかりきっている。
『カイザーコーポレーションに解散命令が出ました!なんでも、長年に渡り数多の不正を働き、キヴォトス転覆も狙っていたそうで…だから、詳しいことは私にも分かりませんが、一緒に私たちの借金も無くなりそうなんですよ!』
「...は?」
かたり、と地面とスマホが衝突する。画面のその向こうの少女は話を続けているが、もはや聞こえてなどいない。私はシャーレを睨みつけた。
◆ ◆ ◆ ◆
『────撒──よか────すよ─ント。─ご───壊さ────まっ──────いで──』
「ですね...噂には、聞いていました...が...」
『─理。先────』
脂汗を滲ませ、ながら私は、傷口に布を当てガムテープで圧迫する作業を継続する。その隣で、鉄製の体が、未だに聞きなれない機械音声がぼやいているらしい、アロナが内容を伝えてくれる。耳が聞こえない、先ほどの後遺症だろう、すこぶる気持ちが悪い。
いつの間にか時間は0時を回っている。揺れを抑え、全身の傷...脇腹や頭、最後に打たれた右肩を、前のゲヘナの衛生兵のように規則正しく巻いていく。脇腹は、酷いらしい。
抉れている、骨やズタズタになった血管が垂れ下がり、先ほど見えたゴムのようなものは、やはり臓器だったらしい、やけにスースーするのを感じながら、それをボケっと眺める。席に血が溜まるのは、汚すのは、本当によろしくない。頭が、痛い。
『こ──────便──いの────要──て...──と、連───ぎ────装が間に──てない───し──ず』
「あぐっ...それは...仕様がない、っくぅっ...ですっよっ...ぁぁっ...」
揺れる体を制御しながらドライバーの話を聞き流し、私は濡れ滑る指でシッテムの箱を操作し、メールを眺める。私のやったことは実にシンプルだ。ただ証拠を集め議会に提出しただけ。
アビドスでの初日、カイザーの行動が原作と同じであると確認した私はカイザーが動いている自治区の条例や法律を無理やりアビドスに適応させるように生徒会に交渉。
さらゴルゴンに頼みアロナがカイザー内部にアクセスするためのUSBを渡してもらい、カイザー全体の取引履歴や業務履歴、都市計画などどこからどう見ても真っ黒であるものをを引っ張り、さらにはヘルメット団などからも証言、資料をかき集め、違法及び非倫理的かつ悪質な行動を書類に纏めて議会に提出した。
要するに重箱の埃をかき集め塊にしただけである。本編よりアビドスが学校として弱体化しているためか、カイザーの動きにある程度の油断や怠慢が混ざっていたから楽だった。
ずっと疑問だったのだ、本編での動き、アレはあからさまに法に触れてるだろう?
それがようやく終わったのが一週間と少し前、丁度便利屋の騒動の次の日くらいであったはず。後は承認を待つだけだったが、本日付で正式に違法性を認められた。 カイザーPMC理事など全ての重役の拘束にも踏み切るらしい、これで暫く安泰...であると願おう。
「…夜分...遅くに...すみません...シャーレ顧問...です」
重い瞼を擦り、私は電話をかける。ノータイムで電話に出たのは、私がここにきて最初に遭遇した人物であり、今回の件最大の立役者、七神リンだ。
『こ───は、先─。今は───間──す、タメ語───すよ』
「曲がり...なりにも...私は...先生...です、生徒に...タメ口は...ない、です...」
『はぁ...まぁ──です、今電話に出───も全部先生の───ので。で、今度はどん────とを?』
電話の先の彼女は大層お怒りなようだ。それもしょうがない。カイザーコーポレーション関係の書類を質疑に通したのは彼女だ、その処理に追われるのは当然といえよう...
多少は手伝ったが、それでもとてつもない量であった、数多の事業に手を出していたのだから当然と言えば当然ではあるが。今度何か買ってあげようか、何なら喜ぶだろう...万年筆?紅茶の茶葉なんてのもいいかな、などと考えながら電話先の相手に要件を告げる。
「戦闘、しまして…今から、病院へ、向かいますので…」
『...はぁぁぁぁ!?ちょ───まっ』
電話が切れる。いや、思考がぶつ切りになったのか、それとも聴覚が機能しなくなったのか。どっちでもいい。もう、限界だ。全身が、冷えて、意識が、泥のように、底へ、底へ、沈んで
書きたい話の一つが書けて感無量という部分がある。ここまで読んでくれた人の多大なる感謝を