Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
1-1:アビドスでの初日
『おはようございます、先生代理』
「おはよう、アロナさん」
冷たい機械音声にもとうとう慣れてしまった今日この頃。未だ包帯の取れない右手を奮い、以前よりはマシになった資料の山を見上げながらため息を吐く。
確実に1人に任せていい量じゃない。未だ部員は貫禄の0。その上で対処すべき問題ごとがあまりに多すぎるのだ。街中の爆発事故でさえもう3件は処理している。温泉と美食の文字列をもう見たくはない。
目覚めてからから七日余り、嫌な予感がし本編ではプラナと呼ばれていた彼女と酷似した見た目をしたアロナに問いただした結果本編世界ではない別時間軸であることが判明した。
しかしながら、おそらくと言えばいいか、最終章の、確かプレナパデスと言ったか、の先生がいた時間軸ではないと言うことも確認できた。
生徒や設備、企業や学校名など、すべて本編遵守であるはずだ。
「...っとと。ぼーっとしてた」
『しっかりしてください。今転んで汚されたら世話ないです』
思考がはっきりしない。寝不足である。五時間ほどの睡眠時間が取れたとてそれが毎日続けば体はもちろんボロボロになっていく。
論文を書いてた頃のように何か娯楽でもあれば少しはマシだったかもしれない。
けれどそう何かをする余裕は心身ともにありはしない、空いた一時間の昼寝が私の唯一のオアシスだ。
外に出れば生徒に追いかけられ、部室に入れば狙撃される、既に床に4つほど銃痕が鎮座している。
当然窓も割れたし修理代も実費、そこにいざという時のための貯蓄が加われば初任給は一瞬で消えた。
おかげで飯もお茶も買う余裕がないため格安の飲料水とゼリータイプの完全栄養食、近所のパン屋でタダで配布されているパンの耳で食い繋いでる。
最近はすっかり店員のロボットとも顔見知りになってしまって、駄弁ったりする時間が愛おしい。
「この資料、図4と7、注訳2~5と9を直して万魔殿に送りかえしてくれるかな」
『承知しました』
前任のやらかしについても空いた時間で少し調べてはみたが、情報はなし。どこで迷惑をかけたかはわかったものの、具体的に何をしたのかは、今のところ死因が射殺であること以外点で見当がつかない。
どうやら彼はアロナにもあまり情報を与えていなかった様子で、取り敢えずはそのわかっている情報から、情報と誠意のために各方面に謝罪をして回ろうと言う話になったのだ。一向に届かない手紙と、本編への介入も兼ねて
「...確か、今日はアビドスへの謝罪の日だったっけか」
『ですね。地図はダウンロード済みです』
「ありがとう。リンちゃんには出張届け…出したな」
アロナは協力はしてくれている、が頑なにこちらを先生代理と呼び、こちらにもさん付けを要請してくるため、相当な距離を感じる。
こう、親しげにしてくれる人間がリン以外に居ない。その上、辛いからと全て投げ出そうにも、そうすれば世界が滅ぶ前に生徒が傷つくではないか。
今から前任のやらかしの謝罪に行かなきゃいけないわけだし、まぁ支援物資とその証明、私が議会に問題提起してプロジェクトを立ち上げた、を運ぶ意味合いもあるのだが…足が重くなる、どんな歓迎をされるのかが容易に想像がつくからだ。
護身用の銃を腰のホルスターに差し、支援物資やいざという時の非常食を入れたキャリーバッグ、仕事道具にタブレットと水を背負って、万が一にもワカモなどの生徒が入れないようにセキュリティをアロナに任せて外に向かう。
幸い、事情が事情なので仕事は少なくはなっているが...嗚呼、胃と頭が痛い...
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「…生きてる?」
「…ここは」
目が覚めれば、そこは道路であった…何がどうしてここにいるのかが思い出せない。頭が痛い。
何がどうなって目の前の少女に助けられることに…砂狼シロコ、そう、そんな名前だったはずだ。
ならばここがアビドスか。なら、手持ちの水があるはず。
…何故、ペットボトルがないのだろうか。確かに鞄の中に2Lのものを詰めていたはずだ。
それなのに今見ればペットボトルも、よく考えれば持ってきたはずのキャリーバッグですら影も形もない。
電車内に置いてきたのだろうか?だとすればもったいないことをしたものだ。
それに、シッテムの箱は向こうで砂に埋もれているではないか。相当酷い倒れ方をしたように思える。
「…大丈夫?」
「脱水症状が、少し。申し訳ないのですが、何かお飲み物を頂いても?」
体がだるい上に頭が響くように痛い。なんなら記憶もはっきりしていない。
私が端的にそう言えば彼女は「ん」と返事をした後カバンを漁り、一本のペットボトルを差し出してくれる。
その間に少しあった日陰に腰掛け体を休める。
...少しだけ、思考力が戻ってきた気がする。
恐らく、私は何日かここを彷徨っていたのだろう。証拠として、カバンの中にあった非常食が今は残骸のみになっている。
ヘリでの移動を「誠意がない、格好がつかない」と断った挙句、予定通りに学校につけずに行き倒れ...恥ずかしい限りである。
「はい、これ。エナジードリンク。今はそれくらいしか持ってなくて…でも、喉の渇きは潤せると思う。えっと、コップは…」
正直な話、この過酷な環境下何時間も飲み物を飲んでいない可能性があるというのは死神に肩を組まれていると同義である。私はコップを待たず、ペットボトルから、唇と飲み口の間に親指を挟んで水分を摂取する。
「...ふぅ。ありがとうございます。アビドス高校の生徒さん...で合ってますかね」
「...」
「警戒しないでください、校章が見えただけなので」
「...だったら、何。シャーレの先生」
一瞬でシャーレの先生だとバレた上、あからさまに警戒されている。まぁ、道端に倒れていた人間か急にこんなこと言い始めたら、当たり前だろう。その上、前任がアビドスに迷惑をかけた影響で多少大人への不信も入っていると見える。だからと言って、ここまであからさまに銃を持とうとしてくるのは流石に辛いし怖い。
「お察しの通り私、シャーレの顧問を担当している者です。本日は前任の件に関する謝罪と支援に伺えればなと思いまして。まぁ、道端に斃れていたわけですけど」
「...ほんと?」
「アポイントも取っていますよ、ほら」
シッテムの箱を拾い上げ砂を払い、起動してスケジュールやメールでのやり取りを見せる。基本偽装はできないようになっているので、信用はしてくれる筈...
それを一瞥すると、彼女は近くにロードバイクをロックをかけて置き、未だ座り込んでいる私に手を差し伸べた。
「それじゃあ、案内してあげる。すぐそこだから」
「有難いです」
彼女の手を取り、ふらつきを抑えて立ち上がる。手土産は...少し砂をかぶってしまったが、無事だ。
全身の砂埃を払いつつ、私はいつの間にかはるか前方にいるシロコの背を追った。
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「おかえり、シロコせんぱ...誰よアンタ。もしかしてだけど、お客さん?」
「そうみたい...」
「わあ、お客様が来るなんて、とっても久しぶりですね」
「そ、それもそうですね…えーっと、確か来客の予定は…」
対策委員会編。廃校の危機にあるアビトス高等学校を救おうと奮起する少女五人と共に青春を歩むストーリー、だった筈だ。
アロナに聞く限り今日は部室を出た日当日であるらしく、無事間に合った形だ。ただ、本編とは違い警戒度合が高く、とても歓迎されてはいない。
アヤネはメールを確認しているからともかく、セリカは恐怖で瞳孔が丸くなってるし、シロコとノノミはこちらをジッと見つめている…随分と、大人に散々煮湯を飲まされてきたのだろうな。
「シャーレの二代目顧問先生を務めております。本日は前任の件に対する謝罪と、物資支援に参りました。これは、支援物資の証明と日程です。」
「シャーレの顧問先生!?」
「わあ⭐︎支援要請が受理されたのですね!良かったですね、アヤネちゃん!」
「はい!これで…弾薬や補給品の援助が受けられます!早くホシノ先輩にも知らせてあげないと…」
「委員長なら多分いつも通り保健室にいるんじゃないかな。私、呼んでくる」
正式な書類を見せた途端、喜びを露わにし、分かち合う彼女達を見ていると、蚊帳の外にいる感覚がして正直居心地が悪い。
悪い大人に騙されているからか、ちょくちょく警戒してこちらをじっと見てくるし、少し動けば銃に手をかけるそぶりを見せる。これではおちおち座ることだってできない…
と、突然銃声が校門あたりから響く。恐らくカタカタヘルメット団だろう。命の危険を感知し、すぐさま頭を下げ銃弾が当たらないようにかがむ。
『ひゃーっはははは!』
『攻撃、攻撃だ!奴らはすでに弾薬の補給を断たれている!襲撃せよ!!学校を占領するのだ!!』
「わわっ!?武装集団が学校に接近しています!カタカタヘルメット団のようです!」
「あいつら......!!性懲りも無く!」
外から聞こえるくぐもった声と銃声が私に命の危機を教えてくれる。
これから戦闘が始まるのだろう、覚えてはいたので一応補給品としてカバンの奥底に入れておいた弾薬などを出しておく…
が、持ってきた分よりも数が少ない気がするが、恐らくこっちも部室に置き忘れたのだろう。
こういう自分の性質にはつくづくため息が出る。
ちらりと窓の外から見えた敵の新品同然のライフルが、彼女らを支援している存在を示唆していた。
この世界でも、カイザーが裏で糸引いてるのだろうか?後で軽い調査をしようか...
と考えていた時、がらりと教室の扉が開けられた。見覚えのある桃色の髪をたなびかせた少女、小鳥遊ホシノはあくびをしながら周囲を一瞥する。私は一旦姿勢を正し立ち上がって彼女と相対する。
「むにゃ...外がうるさいね、おちおち昼寝もできないじゃないか」
「ホシノ先輩!ヘルメット団が再び襲撃を!あ、こちらの方はシャーレの先生です」
「...ふぅん」
...静寂が聞こえるようだった。今私は、正しく息をできているのだろうか。
血液が体を回っている気がしない、なのに心臓だけはやたらうるさい。
外にいた時よりもずっとひどく汗が吹き出しているようで、開きっぱなしの目に沁みる。
殺気、と言えばいいのだろうか。下手なことを言えばこの場で死んでしまう、そう信じさせる程の物を持っている。
これは、相当だ。
『先生』という役職にトラウマがあるように見える...ユメ先輩に何かしたのか?取り敢えず、顔を取り繕い挨拶を返す。
「ご紹介に預かりました、シャーレの二代目顧問先生です。以後お見知り置きを」
「うん、よろしくー」
「よろしく...じゃなくて!出動だよ!装備持って!学校を守らないと!」
「すぐに出るよ。弾薬と補給品も十分」
「はーい、みんなで出撃です☆」
信念と個性を見せ、用意を一瞬で終えた彼女たちは急足で教室を出る。最後に残った、桃髪の少女は落ち着き払った様子で私の方に手を置いてこう言った。
「...セリカちゃんのこと、ちゃんとよろしくね」
信頼でも信用でもない。ただ、何もさせないための釘刺し、そして警告。捻くれた解釈でも何でもない、ただ、彼女の目はそう冷たく語っていた。
そのまま窓からジャンプした彼女を見送り、取り残されて教室で二人きりになった私とセリカは、気まずそうに笑い合う。
「私がオペレーターを担当します!先生は...」
「私は資料整理をしてますよ、突然見知らぬ大人に指示を任せられないでしょうし。もし用事があれば、いつでもどうぞ。隣の教室、使っても?」
「はい、分かりました!お仕事頑張ってください!」
「そちらこそ、ご武運を」
アヤネの激励で少し元気が出た気がする。誰にも信用されない今、体に染みるのは暖かな飯ではなく優しさだ。無論、現状どちらも確保が難しいが...
正直、経験も特殊な道具もない私にまともな指揮ができる気がしないのはずっとそうだ。なら、自分ができることをコツコツと続けなければ、そうしなければ得られるはずの信頼も、きっと泡に帰してしまう。
誰もいない教室を眺めながら、廊下側の机に座った私は、カバンからパソコンを取り出し、部室から持ってきた、『未処理』と書かれた分厚いバインダーを横に置き、作業に取り掛かるのだった。
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「終わ...った...のか?」
『はい、先生代理。本日の業務はこれで以上です』
5時間ほどが経過しただろうか、昨日の徹夜が功を奏したのか、なんと今日分の仕事が片付いてしまった。
アビドス関連の書類も、早急なものは全て終わっている。一応不備はチェックした、強いてやることがあるとすれば校内の点検だろうが、それも先に生徒たちに話を通さないと怪しまれるだろう。
太陽は少しずつ傾き始め、外の銃声もいつの間にか聞こえなくなっている。対策委員会の子達が対処してくれたのだろうか...
時間を見るに、私に報告せずにそのままヘルメット団のアジトへと突撃したと思われる。
隣の部屋で、和気藹々とした声が今は聞こえるので、皆無事なのだろう。
心配はしなくていいし、わざわざ水を刺しにいく必要もない...
これは、今から明日の仕事も片付けるか?それとも、調査やらなんやらを...いや、ここは。
「アロナさん、寝るので三時間ほど経ったら起こして」
『了解しました。アラームをセットしておきますね』
睡眠は資本である。此処最近あまりまともに寝れていなかったのだ、その負債を返すチャンスではなかろうか。
と考えついた私は早速アイマスクを取り出し、目に着けて椅子に体重を預ける。
軽くかすみがかった思考が、微睡の中を潜って...
「...せんせー?」
「...どうしたんですか?」
と、意識を失う直前誰かが尋ねてきた。アイマスクを上げると、それはどうやらホシノらしかった。
笑顔ではあるが、プレッシャーが凄まじい。信用しないぞという意思と何サボってんだという睨みをひしひしと感じる...
画面越しで見る分には可愛らしい少女だったが、現実で相対すると大人顔負けのオーラを発している。
正直、彼女を好いていた私にとって、嫌われるというのはどうしようもなく辛い事実だ。目頭に皺が寄る。
「みんな帰ってきたし、先生を呼びにきただけだよー。お休み中だったみたいだけど」
「いえいえ、大丈夫ですよ。後で前任の件に対して、お時間いただきたいんですけどよろしいですかね」
「いいよー。どうせ暇だしねー」
軽いあくびをしながら彼女はそう答える。が、決して気を許しているとは言えないだろう。現にいつでも即座に取り出し撃てる胸の位置に拳銃を仕舞い込んでいる。そんな彼女に腕を引っ張られ、対策委員会の部屋に戻る。
「あ、先生!お疲れ様です!」
「ただいまー」
「あ、いた!アンタ、アヤネを放ってどこに行ってたのよ!」
怒声が私を歓迎する。辺りを見ると全員が揃っているようだ。軽い会釈を添え、すでに把握している個々の紹介を聞き流す。
どうやら、もうすでにヘルメット団の本部を襲撃し終えたらしく、不平不満と怪我の処理をこなしていた。幸いにも、あまり私の知っているものと大差がなかったため、安堵する。ここは本編とは別の世界、かつ前任が未だ詳細はわからないが色々やらかしているのだ。
カイザーローンが暗黒銀行やらになっていたり、秘密金庫を襲おうと言う話があったりなどのたいそれた変化があってもなんら不思議ではない、実際シロコテラーはそんな話を本編でしていた、ような気がする。つまり、この世界は本編に限りなく近い並行世界なのか?などと考える最中、自己紹介を完遂したタイミングで彼女は言った。
「多分さ、あいつが何したか知らないよね、先生。せっかくだから見せてあげるよ」
そうそう言うと、扉を開け彼女は先導する。私は大人しくその背中を追う。いや、私が先導して、彼女が後ろでただじっとこちらを見つめているような、そんな感覚がする。
嫌な汗が首筋を伝って、風邪を引いてしまいそうなほどの寒気を抑えながら、私は歩みを進めた。止まることは、許されない。
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扉を開ければ、そこにはまるで病室の一つをそのまま持ってきたかのような空間が広がっていた。白を基調とした、と言うより白以外に存在しないような部屋。
だからなのか、周囲の明らかに高価な機械とベッド、 その上で酸素マスクを着けた眠り姫は、まるでコラージュのように、少し歪に見えた。
「これはね、私の先輩。梔子ユメ先輩、って言うんだ」
少し空いた、窓に手をおいて、淵に腰掛けながらホシノは、慈しむように話し始める。
「二年前はさ、この学校私と先輩しかいなくて...借金もあって大変でさ、そんな時先生は来た。私達と仲良くしたいって、借金返済の手伝いをしたいって言ってくれて。それで、三人でバカやって、二人を説教したりしてさ...」
声のトーンでわかるのは、彼女にとってそれが最愛の思い出たちであると言うこと。そして、それらは永久に失われてしまったと言うことだ。
一体何があれば、窓際に飾られている三人で写った写真の、その『彼』の部分だけを引き裂いて飾るようなことになるのだろうか。
「で、ある日。彼は血まみれの先輩を持って帰ってきた。すごい焦ってて、うわ言呟きながら逃げちゃって。そこから死ぬまで会えずじまいでさ。今でも、真相はよくわかってない。けど、先輩が傷ついて、今も眠ってる事実だけがそこにあって」
白い息を吐きながら、彼女は遠い目をする。諦めたような、けれどいまだに復習に燃えているような、そんな情熱と達観を織り交ぜた視線を彼女の先輩に向ける。
今なら、に彼女たちの態度の、その全てに納得できる。
彼は、先生は、梔子ユメを助けようとした。
恐らく、どういうわけか彼女が死ぬ未来を感じ取ったのだろう、お宝を掘りに、二人で行って。
そして、そのまま。
「それで、私は決めたんだ」
ふと、窓から立ってずい、とこちらに顔を寄せる彼女。もしこれが、彼女との関係を発展させた後であれば、想像の余地はいくらでもあったのだろう。だが、今までの発言、行動が答えを一つに定めていた。
「もう二度と、大人は信じないって」
ある種の宣戦布告、或いは殺害予告。冷たく、ただ引き延ばしたようなトーンと張り付いた笑顔は、私にそう告げるには十分だった。
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「…ふぅ」
蛍光灯のついた部屋、パソコンを眺めて私は白い息を吐く。
皆はもう帰ってしまったようで、この学校には私と、あとは自主的に残っているホシノしかいない。
夜も深い、窓から外を見れば、皆寝ているのだろうか、明かりがまばらに目立つような時間帯だ。
昔からの砂漠地帯だからなのか、昼間とは打って変わって冷え込んでいる…
まさか、ユメが生きていたとは。本編の展開を知っている分、口から出てきそうな「生きていてよかった」を押し込むには随分苦労した...未だ影響はわからない。分からないが、分からないなりに、やりようはある。
「アロナさん」
『どうしましたか?先生代理』
動くのならば、早めにしたほうがいい。少し前屈みになり、モニターに集中しながらキーボードをカタカタと鳴らす。
その中で、私は彼女に指示を出した。随分と大雑把で、適当な命令。それでも彼女は『了解しました』と言って、引っ込んでいった。
これで多少はどうにかできるだろう、そう考えながら仕事にはない資料を必死で書き上げる。
今も、ホシノは一人で苦しみ、寝れないことをパトロールで誤魔化しながら、夜を彷徨っているのだろう。だが、私には何もしてあげられない。彼女には、何も。虚しさと一端の寂しさが、心をくすぐる。
「…今日は月がよく見える」
雲ひとつない、魚の一匹でも泳いでいそうな、どこまでも暗く、澄んだ夜空。まだまだこれから冷え込みそうだと、凛とした月はそう言った。