Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
「ここがブラックマーケット…」
「わあ☆すっごい賑わってますね?」
「本当に。小さな市場を想像していたけど、街ひとつぐらいの規模だなんて。連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化してるとは思わなかった」
「うへ~普段私たちはアビドスにばっかりいるからねー。学区外は結構変な場所が多いんだよー」
酷く煙ったい、瓦礫や壊れかけの建物が連なり、一つの文化を形成している。
客らしいオートマタの中身を弄る火花を散らすオートマタに、銃を丁寧に分解する両足の欠けた獣人、声を張り上げ客引きをしている目元をぐるぐると包帯で巻いた子もいる。
けれど、今まで見たどこよりも活気で溢れかえっているような気がしてならない。
「規制したところで、この暗部がキヴォトス各地に散らばるだけでしょうから、そう言う意味では必要な場所かもしれませんね」
「皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるかわからないんですよ。何かあったら私が…きゃあっ!?」
「銃声だ」
噂をすれば、というものだ。こちら方向に銃声が響く。
荒事には慣れているらしい、アヤネ以外の誰もが素知らぬ顔で歩いて行く。一度立ち寄ったスラムがこのような場所であったことは記憶している。
そうして、遠くから、銃声はどんどん近づいてきて。
「わわわっ、そこどいてくださいー!!」
ドン、と体に鈍い衝撃が走る。痛みを感じる程ではない、だからこそそのまま尻餅を着きそうな彼女、阿慈谷ヒフミの手を手を掴んで起き上がらせる。
「い、いたた…ご、ごめんなさい!」
「大丈夫…な訳ないか。追われてるみたいだし」
「そ…それが…」
「何だおまえらは。どけ!アタシたちはそこのトリニティの生徒に用がある」
「あ、あうう…わ、私の方は特に用はないのですけど…」
やはり、というべきか。そこそこの規模のチンピラ集団に追われ、慌てふためき涙目になっている。これでブラックマーケットに来た理由が『流通の少ないグッズを買うため』だったりするのだから、一見して普通の子でも随分図太いものだ。
「…!思い出しました、その制服…キヴォトス一のマンモス校のひとつ、トリニティ総合学園です!」
「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っている学校でもある!だから拉致って身代金をたんまり頂こうってわけさ!」
「拉致って交渉!なかなかの財テクだろう?くくくくっ」
自分の手の内をペラペラと喋り出し満足気な彼女達と裏腹に、周囲の空気は緊張している。
ブラックマーケットとはいえ銃撃戦が起これば面倒なのだろう、そそくさと店仕舞いを始める者、戦闘に参加するために銃の調子を見始める者、ヤジのために集まる者とそれぞれの反応を見せる。
このままだと大規模な戦闘に発展するか、酷いトラブルに巻き込まれるか。
何れにせよ、こちらに利はない。銃を構えようとするシロコとノノミを静止して、笑顔を作る。
「…へぇ、彼女を拉致、ですか。それは、少々見逃し難いですね」
「…あ?何様だよオマエ。てか、誰だよ」
「ああ、申し遅れました。この区画でしがない物貸しをしております。ブルバキと申します、お見知りおきを。彼女は私のお得意様でして、えぇ、よく銃や人材や、設備などをお貸しさせていただいております」
彼女たちが私を知らないという半ば確信があった。
何だお前ら、という言い草もそうであるし、シャーレは生徒会の一部。
それに対して一切の警戒を示さず拉致すると公に宣言するなんてことは、私が先生であると知っていれば起こり得ないことである。
少し手を広げ、周囲を強調する。ガシャン、と誰かが銃のレバーを操作する音が響く。
「それで、もう一度お伺いしますが」
ネクタイを締め直し、裾を叩く。身なりは、圧だ。第一印象を強調させるためだけに、自分の力を誇張するために、ゆっくりと丁寧に身なりを整える。
彼女たちの中だけでなく、アビドスの子たちにも緊張が走っているのが目に見えた。笑顔は、絶やさない。
「彼女を、どうしたいと?」
「...撤退だ」
「あ?」
「撤退だっつってんだよ!耳付いてんのか!」
そのまま、覚えてろよ!なんて捨て台詞を吐きながら逃げ帰る彼女たちをニコニコと手を振って見送り、きちんと見えなくなってから、ため息をついて肩の力を抜く。
こういうのはキャラじゃない。周囲のヤジから、まばらな拍手と口笛が耳に入る。
「...ふぅ。何とか、騙せましたか」
「あ…えっ?えっ?」
「役者だね〜先生」
「いやぁ〜!頭の切れる大人の人だねぇ!気に入ったよ〜!」
「わっ」
後ろから、何かが背中に乗っかる感触と共に耳のそばから声が聞こえる。
チラリと見れば、先ほどまで呼び込みをしていた女の子、ボサボサで癖のある黒緑の髪を揺らす、パーカーを羽織る目を包帯で巻いた女の子がそこにはいた。
同時に、意識の端から舌打ちが少し聞こえる。
「誰。知り合い?」
「い、いえ…」
「私はゴルゴン、ここで武器商人をしているんだ〜。とりあえず上がりなよ、立ち話も何だし」
私におぶさるような形で彼女は続ける。彼女が親指で指した先はここらの建物の中でも比較的綺麗な、それでも建物というには少し形が崩れているビルがある。
そのまま体を預けるらしい、彼女の腕を肩に引っ掛けてビルの中に入っていく。
「皆さんも、こちらに」
「…」
「あ…えっ、と…あ、ありがとうございます?」
「手慣れてるね〜、先生。こう言うとこ良く来るの?」
「そう見えます?今まで無縁な生活を過ごしてきたんですけれどね」
緊張からか、後ろで活発な話し声が聞こえる。
実はこっそり学園を抜け出してきたとか、そんな他愛もない話のすぐ前で、ホシノは私を見据えていた。
私自身驚いているところだ。大学の講義で経験はあるとはいえ、まさか自分にこんな喋りの才があるとは
廊下の奥を曲がれば、中は比較的簡素な、事務所と呼ぶに相応しい場所だ。
向かい合った大きな革製のソファが二つ、その間に挟まるように鉄製の長机がある。
奥に続く扉の横にはお大きな観葉植物が鎮座しており、すぐ横にある戸棚の上にも所狭しと小さなサボテンが置いてある。
部屋の一角にはダーツ板が掛けられている。
先程までプレイしていたのだろうか?何本かが壁に刺さったままだ。
「座って〜」
友人を自宅に招くような気さくさで彼女はソファに深く腰かける。
そう言われて座らなくては無礼というものだろう、皆一様に緊張しながらソファに座る。これも武器などの取引を円滑に進めるために身につけた技術なのだろうか。
「何か飲むかい?」
「お構いなく〜」
「ありがとうございます。なら私はコーヒーを」
「じゃ、じゃあ、紅茶を…」
「ごめんねー、紅茶は今ちょうど切れてるや〜。チャイでいいかな〜?」
「だ、大丈夫です…」
「はーい」
後ろに控えていたパグの獣人が礼をしてその場を立ち去る。
目の前の少女はその小さな体を前のめりにし、品定めをするような目つきで、いや、目が見えないので実際にそうではないが、こちらを見渡し、それでも威圧感を無くそうと微笑む。
「それで、君たちはなんでブラックマーケットなんかに〜?」
「あはは…じ、実は探し物がありまして…もう販売されていない物なんですけど、ブラックマーケットでは密かに取引されているって聞いて…」
「ふぅん…それは何か、骨董品の銃だったり?」
「もしかして……戦車?」
「もしくは違法な火器?」
「化学武器とか?」
「えっ!?い、いいえ…えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです」
「わあ☆モモフレンズですね!私も大好きです!」
そのまま、見知らぬ場所にいるとは思えないほどの快活さで彼女たちは雑談に花を咲かせ始める。いや、見知らぬ場所にいるからこそ、なのだろうか。
話についていけていないホシノは少し呆れた様子で、けれど全く緊張を解こうとしていない。
それは私も同じことだ、保護以外にここに連れてこられた理由が見つからないのに、確実にそれ以外の理由があるのだけはわかる。
ことんと、私の前に黒褐色の液体が運ばれてきた。琥珀色の薄い膜が艶やかに輝く。それを一口含んで
「…っ!?」
美味い…深煎りだろうか、脳の奥に直接響く苦味がまず感じられる。
口いっぱいに香ばしい炒り豆の香りが広がり、鼻を通って感じられる。
口の中で少し遊ばせればほんのりとした甘みが後を追い、それなのに後味が全くしつこくなく、そのまま体の内に溶け出してしまったような感覚だ。それが、最近余裕がなかった体に随分と染み入る。
「ロブスターだよ、ゲヘナの方はいい豆が多くてね〜。いやはや、そこまで喜んでもらえると選んだ甲斐があるって物だねぇ。もう一杯いる〜?」
「そうなんですか…!是非頂きたいです。今度行った時買ってこようかな...」
「ははっ、そんなにはしゃいでくれるとは嬉しいね〜。おかわりいる〜?」
思わず頷きそうになる。私と同じく、出された飲み物を飲んだヒフミが随分とお上品に驚く。
「このチャイもすごく美味しいです!」
「レッドウィンターの方から最近仕入れてね〜。寒いところのお茶って甘くて甘くて〜...それ、砂糖入ってないんだよ〜?どう、トリニティの方のお茶とも勝るとも劣らなんじゃない?」
「このクオリティなら、お店出せますよ!」
ここはお茶も随分とこだわっているらしい。猛烈にゲヘナに行きたくなってきた。
ふぅ、と自然にため息が出る。こうゆっくりコーヒーを飲んだのも久しぶりだろう。
皆の緊張もほぐれてきたところだろうか、けれどセリカが未だ警戒した調子で口を開く。
「...で、アンタの目的は何」
ああそうだった、なんて呑気なことを口にしながら、ゴルゴンは少し深くソファに座り込み、背もたれに寄りかかる。
「君たちが欲しているのは、カイザーPMCの動きを証明するためのデータ。見当違いなら教えてね、アビドス高等学校、廃校対策委員会様」
今一度、緊張が場を支配する。薄々向こうもこちらの正体に気がついているのだろうなとは思っていたのだが、まさか目的まで看破されるとは思いもしなかった。いや、それほどまでカイザーが大きく動いているのか?
「それで、なぜ貴方は私たちをここに…?」
「そりゃあ、君たちが何か買ってくれると思ったからだよ〜。だって、私は商人だからね〜」
アヤネの問いかけに、パチンと指を鳴らしながら彼女は答える。後ろから現れたパグがバインダーを彼女に手渡し、その中から数枚をこちらに見えるようにテーブルに置く。
取引の証明証であるらしい、少し砂埃で汚れ、文字が霞んだそれには、見え辛いが『カイザーPMC』と銘打たれているように見える。
「…情報も、武器だと思わない〜?」
それをどう受け取ったのか、どこからか喉が鳴る音が聞こえる。確かに、私たちが今日ブラックマーケットを訪ねた理由はカタカタヘルメット団や他の襲撃隊の銃の出所だった。紋章まで丁寧に削り取られていて、だったら正規の品ではなくブラックマーケットのものだろうと踏んだのは誰だっただろうか。
「貴方を、私は信用できません」
「あらら〜、残念。折角守ってあげたのにな〜」
「…何を」
「ま、気づいてたのは先生とホルスだけだったからしょうがないけどさ。あんな啖呵切ったら、普通は問い正されるものなんだよね〜。特に、先生とかは恨まれてるしさ〜」
あのレバーの音、微かな舌打ち。彼女が来なければ、私は確実に撃たれ死んでいたのだろう。ふと意識して粟立った肌が今も治らない。それすらも予見していたのだろうか、若いだろうに随分と苦労を重ねたように写る。
「…なら、カイザーへの武器の取引をやめてはいただけませんか?私たちの状況も、きっと知っているでしょう?」
「そのくっだらない君の事情は〜、私にまんまを食わせてくれるのかな〜?」
くっと喉の奥を鳴らしアヤネが黙り込む。へらへらと、それこそ当然ではあるが、彼女は笑った。こっちの事情なんて知ったことではないだろう、ならカイザーが何かをやらかしたから、私たちにそれをどうにかして欲しいのか?なんて考えていた。
それは、一瞬だった。
ホシノが机に足をかけ、ゴルゴンの頭に象徴的なショットガンを向けている。
ひどく苛立ち、それでも尚平常心を保とうと努めているホシノに対して彼女は微笑みを崩さず、いや、それこそ心底可笑しそうに口を開く。
「…何これー、脅しのつもりぃ?」
「ブラックマーケットっていいよねー…明確なルールも規定も、存在しないんだから」
目が据わっている。いつものようなにへらとした気楽なものではない。
もっと切羽詰まったような、無関心なようでどこかずっと怯えているような目。
「けど、暗黙の了解も、決まり事も、君が知らないだけで存在するんだ〜。ただ無秩序で混沌なわけじゃあないんだよ〜?友人が傷つけられたら報復するし、武力には武力で対抗する。これでも積極的に関係構築しているんだよぉ?私は」
そのまま彼女は前のめりになり、自分から額に銃口をぐりぐりと押し当てる。かちゃかちゃ、とオモチャのように揺れるショットガンの音だけが響いた。
「弾けるもんなら弾いてみなよぉ。重いよ〜?私の頭だけじゃなく、君達の命も、未来も、ぜぇ〜んぶ一緒に吹き飛ぶんだから」
「...」
「そ〜、偉い子偉い子」
彼女はショットガンを下ろす、そうしてそのまま踵を返して出口の方へと向かう。
「帰るよ、皆」
「...ん」
「え、えぇっと...」
「ヒフミちゃんも一緒に来る?うちの学校、あんまり見るところもないけど」
「え、ぜ、是非!」
緊張に耐えかねたのだろう、皆ゾロゾロと出口の方向へと向かい、先ほどの静けさとは打って変わって元気よく和気藹々と喋っている。ふと、未だソファに座っている私を認識したのか、後方からシロコの声が聞こえる。
「...先生?」
「先に行っていてください。暫くすれば帰ります」
「ん」
そのまま彼女の聞こえ辛い足音がぱたぱたとどこかへ向かっていくのが聞こえる。
ここからは、大人として彼女の情報の信憑性や力を吟味する必要がある。
嘘だと断じるのはいい、しかし本当であった場合のリターンが大きすぎる。
丁度やってきた二杯目のコーヒーを口にしつつ未だ机の上に転がっている決済書らしきものを読み込む。
「力比べは知らないけど、交渉は落第点みたいだねぇ。暁のホルスってのは」
ゴルゴンは変わらず、座り込んで笑う。
連邦兵器取引書類、キヴォトス全土においてある一定の威力以上の兵器の取引を行う際に記載が義務付けられているもの。事件捜査の際などの証拠品の一例として記載されていたのをどこかで見たような気がする。
規定がどうであったかは曖昧だが、これの記載があるということは彼女の言う通りここの銃器は通常のものより威力が高いらしい。
ここにある分は直近のもの、一番最近は一括で購入した取り扱いのしやすいライフル系統であるらしい。
『一致します。やはり、サイン欄の象形文字の解読はできませんが』
「まぁ、それはここ一ヶ月分のやつだからねぇ。商品として提供できるのは、直近三年分の取引とそれらの流通経路。一応彼らが銃を提供するよって団体にもサインとか、書類とか書いてもらったし」
少し前、せめてもの罪滅ぼしに、と貰った書類の中にも連邦兵器取引書類が入っていた。直近二週間分、それ以外は無くしたか燃やしたか。
それと情報が一致する、全体の信憑性を裏付ける根拠として十分ではある。
しかし一つ、どうしても引っかかる疑問を口に出す。
「...今更ですけど、いいんですか?顧客を切り捨てるような真似をして」
「いいんだよ、別に。最近随分不穏だったからさぁ。治安維持組織なんて作っちゃったりして、いずれこの場所も総統しようとしてたんじゃないかなぁ?ほんっと、バカだよねぇ。後は...センセとコネを作るための必要経費?」
カラコロと彼女は心底愉快そうに笑う。彼女にとっても不愉快であるらしい、痛快に笑い飛ばす、とはこう言うことなのだろう。嘘をついているような感じはしない。
ふと、外から声が聞こえる。
先ほどの不良たちか、後ろにはここの治安維持団体であろうか、オートマタの声も聞こえる。
「よくも大嘘こいてくれたな!出てこい、痛い目にあわせてやるぜ!」
『スーツ姿の人間及び女児五名の捕縛のため、ご協力の程お願いします。これは義務です』
物騒なものだ、軍隊の行進のようにまとまった数の、しかし統一感がなくバラバラな足音が響く。
生徒たちはすでにここにはいない、すでにブラックマーケットを抜けた後だろう。けれど、やはりこちらに近づいてきているそれには寒気がする。
ふと、それが止まり、今度は出口の方から声が木霊して聞こえる。
『こんにちは。近郊でスーツ姿の人間及び女児五名を目撃しませんでしたか?』
『...ウチのトップがえらく気に入ったようで。今男は彼女と商談中です』
『そうですか。迅速な引き渡しを願います』
『とりあえずは、お引き取りを願いたい。うちのトップが偉く気に入ったようなのです』
『迅速な引き渡しを願います。これは警告です』
機械的な声につづき、随分とざらついた声が聞こえる。どこか辟易した様子で、機械であるはずなのに人間味を感じさせると言うところが個人的には少し怖い。
そして、かちゃりと何かが構えられる音。ため息。バチン、と鉄同士が衝突したような音が鳴る。
そして、それは始まった。
銃声、銃声、銃声だ。
嵐のように鳴り響いては澄んだ金属の音を響かせ、おそらく外は地獄と化す。
ふと出口の方を見れば、飛んできたであろう銃弾が壁に突き刺さり熱を帯び光っているのがわかった。
目の前の彼女は随分と慣れたように、いつの間にか運ばれてきたのであろうコーヒーを飲んでいる。
暫くして終わった。
あっさりと、幻聴なのかとも思えるほど。
自分は巻き込まれていない、巻き込まれてはいないのだが、それでもやはり不安感を拭えない。
だから、暫く出口の方を見つめていたのだろうか、そこから出てきたのは両手一杯に銃を抱え、身体中のあちこちから配線が飛び出し、骨組みが剥き出しになり、所々に火花が走るオートマタ。
『鹵獲品。登録頼む』
「あいよぉ。にしてもすごい規模だなぁ?レモン」
『ここら一体全部掃除しようとしてるって言われても納得できる戦力だな。それじゃ、ボスは二人で楽しんで』
「さんきゅ〜」
部屋の一角にそれをばら撒いたかと思うと、さも当然かにようにそのまま出口の方に戻っていってしまった。そんな私の様子を見かねたのか、彼女は少し吹き出して
「ああ、あれあいつのファッション。私達が耳とかにピアス入れるのと同じ感覚らしいよぉ。ま、あいつはかなりの過激派だけどねぇ」
なんて話している。落ち着こうと手に取ったコーヒーはもう冷え切っていて、震える手で一気に飲み干す。
「何か、護身用の武器はありますか」
「あるよ〜。先生は...まぁ、武器の扱いには慣れてなさそうだし、フラッシュバンでいいんじゃなぁい?」
彼女が指を鳴らせば、すでにパグの獣人は彼女の手に筒状のものを載せていた。どこかで見たような閃光爆弾とよく似ていて、けれどそれより少しコンパクトにも思える。ピンを指先で弄びながら彼女は続ける。
「至近距離で食らったら、普通に人なら暫く気絶するくらいの威力かなぁ。ちょっと遠目でも、行動不能くらいにはできるよぉ。ロボにも効果バツグン、ジャム起こすよう改造してあるしぃ〜。あと、そんなに力まなくても抜けやすいからぁ、いざという時は安心かもねぇ」
そういうと、彼女は横のレバーを握り込みつつ、力を入れずにひょいとピンを抜いて、そのままピンを戻してニコリと微笑む。そして、先ほどから彼女のそばにあったバインダーとともにテーブルに置く。
「この通り。投げる時はレバー握りながらだと安全だねぇ。こっちと合わせて十五万ね」
...思ってはいたが、高い。いや、情報にしては安い方だとは思う。思うのだが...その値段をポンと出せるほど私は裕福ではないし、全財産を合わせても15万どころか10万にも届かないと記憶している。だからと言って買えませんと言い切ってしまうには惜しい。
「...もう少し安くなれば、即決で買えるんですけどね。十万」
「...あんまり舐めちゃいけないよ。十三万、これでも頑張ってるんだよぉ?」
「こちらもリスクと値段に折り合いをつけ泣け成程ばいけませんから。十」
「十二。これ以下は無理だねぇ」
「分かりました。カードいけます?」
「うちはキャッシュレス完全対応済みだからねぇ。ほら、これ」
いつの間にか手のひらに収まっていた機械にカードを挿入し、彼女に見えないようにパスワードを押す。キャッシング枠が10万ほどあったのだ、それを使おう。
少しのロードの後、それは軽快な音とともに無事購入が完了したことを伝えた。
「はーい。一応これ書いてねぇ」
「わかりました」
差し出されるは連邦兵器取引書類とペン、正式なもの、不備や怪しい点はない。
さらさらとサインをして、差し出された紙袋を受け取る。買い物をしたのに無地の紙袋、と言うのも少し面白いかもしれない。
彼女は今後もカイザーとの取引を継続するだろう、それ位が一番金になる。なら、一つ頼めることがあるかもしれない
「そうだ、今度カイザーの方と会った時、これを渡して欲しいのです」
「ん?わかったぁ」
残り少ない資産を叩いて買ったUSB、それを受け取りなんでもないように頼まれてくれた。おそらく私が何をしようとしているのかさえわかっているのだろう。末恐ろしい限りである。
「次はなにか、アルコールでも仕入れよっかなぁ」
「未成年飲酒は犯罪ですよ」
「ここをどこだと思っているのかなぁ?センセ」
ソファを立つ、もうここにいる用事はない。パグの獣人に見送られ、外の方にみえるオートマタに軽く会釈を返す。
あの子たちも心配しているだろうから、なにかお土産でも買って行こうか。一応、何かあった時のために閃光爆弾はジャケットの左内ポケットに仕舞っておこう。
「見送ってった方がいぃ?」
「大丈夫ですよ、では」
「こんだけおまけしたんだ。今後もご贔屓にね、センセ」
底が見えないと言うのは本当に恐ろしい限りだと、包帯越しに確かにこちらを見据える彼女に思いながら、私は日常への帰還を果たすのだった。