Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
「いやー。やっぱりみんなで食べる柴関ラーメンは絶品だぁ」
「ん、ノノミ先輩チャーシュー頂戴」
「はーい、どうぞー♧」
「何でいつも来るのよ!?早く食べて早く帰りなさいよ!」
平和な騒がしい昼下がり。三度目くらいになるラーメン屋訪問は、相も変わらず騒がしい。
この頃は少しアビドスの、賞味期限の近い非常用食料を分けてもらってやっと固形の物を戻さずに食べ切れるようになった。
やはり体が弱っていたのだなぁと実感する日々である。
なのでラーメンは食べず皆が食べているのを眺めていようと思い立った二回目の来訪時、彼は私のことについて色々察してくれたらしい、ラーメンの出汁だけをご飯にかけた汁かけ飯を開発してるから試食していってくれ、なんて言ってくれた時の驚きと、ストーリー本編で見たものと同じ優しさに思わず泣きそうになった。
口に入れるたびに魚介系のような出汁の味と軽い醤油の味が口いっぱいに広がる素晴らしいものであった。また来ようと心の奥底から思ったものだ。
今日もいつも通りワイワイと雑談に勤しむ皆を眺めつつ、ゆっくりとご飯を食べている。と、
「あ……あのう……」
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」
「580クレジットの柴関ラーメンです!看板メニューなんで、美味しいですよ!」
「あ、ありがとうございます!」
入り口の方、印象的な紫の髪を揺らしてハルカがそう尋ね、答えが返ってきたとわかれば慌てて奥へ引っ込んでいってしまう。
便利屋68、アル率いる四人組であり、それぞれの戦力も相応に高かったはずだ。
まぁ、なんだかほのぼのわちゃわちゃしている集団、と言う印象が強いが。
と、もう一度入り口が開き、覚えのある四人組がゾロゾロと入店してくる。
「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」
「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」
「そ、そうでしたか、さすが社長、何でもご存知ですね…」
「はあ…」
やはり資金を使いすぎたらしい、わいわいと雑談をし、何やら皆でセリカに話しかけて、ハルカが頭を下げ、それを慰めながら奥へ引っ込むセリカが遠目で見えた。
けれど積極的な盗み聞きというのも、不躾だろう。目の前のかけ飯に集中する。
今度はラーメン胡椒でも入れてみようか、ラー油も意外と合うかもしれない。
「…貴方が、シャーレの先生?」
ふと、横から声が掛かった。見れば特徴的な角にピンク色の髪、スナイパーライフルを担いだ陸八魔アルその人であった。
圧倒される眼力と一切上がっていない口角は、性格を知っていなければ魔王のようにも見える。
いそいそと銃を持ち始めたシロコを静止し、一旦食事を中断する。
「如何にも、私がシャーレの二代目先生ですが…御用は何でしょう?」
そう聞くと、彼女はしばらく間を置いた後、ビシッと私に指を指してこう言った
「貴方っ!アウトローの風上にも置けないわ!」
「…ん?はい?」
「大規模なテロまで起こしたのにそのまま姿を眩まして、罪も償わずにこんなところで何してるのよ!
周囲の風向きが少し変わった、というべきか。さっきまで聞こえてきた愉しげな会話がぴたりと止んでしまった…困った、心当たりらしい心当たりがない。前任の話をしているのか?
いや、彼女の言い分が正しければいくら忙しくて調べられなかったとて多少情報が入ってくるのではないか?昔から意識外にある情報を拾うのが苦手ではあったが、まさかそんな…
「…社長、その人は新しい先生。テロ起こしたのは別の人」
「え゛っ」
彼女が潰れたような鳴き声を発してフリーズする。
指摘したカヨコは少し凝った眉間をほぐすように手を当て、その後ろから、何か面白いことが起こっていると察知したのかムツキが顔を出してこちらを覗く。
ハルカは怯えたような顔で銃を抱え込みこちらを窺っているのが遠目で見えた。
そうして、私が周囲を見回した後ようやく彼女は落ち着き、裾をぱっと払ったあと口に手を当てわざとらしく咳をする。
「ん゛んっ...人違いだったようね。失礼したわ、食事中に気分を害してしまったわね、先生」
「いえいえ、私は気にしてませんよ」
「そ、そう?ならいいのだけれど...」
「せんせー?知り合いの子達?」
ホシノから声がかかる。多少警戒は解けたのだろうか、それとも入店時の掛け合いを見た影響もあるのか。
ひょっこりと後ろ側から顔を出し、いつも通りに緩くそう質問を投げかける。
知り合い…画面の外からこちらが勝手に事情を知っているだけで話したことだって初めてだ。と、するなら
「まぁ、私が一方的に名前を聞き及んでいるだけ、と言いますか」
「…ふぅん。ま、いっか。皆んなこっち来て座りなよー。食事はみんなで食べたほうが楽しい、でしょ?」
ちょいちょいと手招きして近くの空いたカウンター席を指差す。ほのぼのとした口調に、ゆったりとした笑顔。けれど、おそらく彼女は便利屋68を知っている。彼女たちが入ってきた時、少し顔が緊張していた。その上で、見極めようとしているのかもしれない。
「ん、賛成」
「まぁ、一人で食べても柴崎ラーメンは絶品ですけどね〜」
「へぇ〜、そうなんだ」
「そう?...なら、お言葉に甘えさせていただきましょう!」
「あ、あの...」
「ハルカちゃん、しー」
満面の笑みを浮かべ席に座るアルと、おそらく私たちが次の標的であることを察したらしいハルカ、イタズラっ子の顔をしてハルカを止めたムツキにこちらを少し品定めするように見つめるカヨコ。こうして実物を見れば、キヴォトスに名を轟かせる便利屋だと誰が思うのだろうか。
「はい、お待たせいたしました!お熱いのでお気をつけて!」
「ひぇっ、何これ!?ラーメン超大盛じゃん!」
「こ、これはオーダーミスなのでは?こんなの食べるお金、ありませんよう…」
「いやいや、これで合ってますって。580円の柴関ラーメン並!ですよね、大将?」
「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」
山盛りのラーメンに困惑する四人と、頑なにこちら側のミスだから気にせず食べろと促すセリカと大将。なんともほのぼのした光景である。
兎にも角にも、とそれぞれが器に盛り付け、ラーメンを啜った後に見せる柔らかい表情に、心が温まるのを感じる。
「お、おいしいっ!」
「なかなかイケるじゃん?こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて」
「ん、柴崎ラーメンは絶品」
「遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ」
ラーメンを起点に、遠くから来た誰かと語らい、絆を深める。何気ない人生の一コマ、アルも言っている通り、これこそ人生の醍醐味かもしれない。
けれど、この後を知っているからこそ、決裂を、諍いに意識が入ってしまうのは、私の悪い癖かもしれない。
どうしようもない事はどうしようもないと、けれど、もしかすればここは別の時空であるからそんなこと起こらないんじゃないかという淡い期待を胸に少し冷えた汁かけ飯を頬張った。
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「前方に傭兵を率いている集団を確認!」
「あれ…ラーメン屋さんの…?」
運命というものはそうそう変わる物でもないらしい。柴関ラーメンの時と同様に、本編と全く同じやり取りが眼前で繰り広げられる。
ノノミは当惑し、セリカは今にも怒鳴り出しそうなほどに顔が張っている。
アルは…少ししょぼしょぼしていた。本当にこの状態で戦闘するのか?
「あははは、その件はありがと。それはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ」
「残念だけど、公私はハッキリ区別しないと。受けた仕事はきっちりこなす」
「……なるほど。その仕事っていうのが、便利屋だったんだ」
「もう!学生なら、他にもっと健全なアルバイトがあるでしょう?それなのに便利屋だなんて!」
ノノミがそう問うと、アルは思い切りいきりたって、便利屋のメンバーの肩書を力説し、自慢げに胸を張る。カヨコが恥ずかしそうに額を抑えているのが見える。
これから銃撃戦が始まろうとしているとは思えないほどにごく一般的な、おままごとのような光景。
彼女たちの前方には傭兵とヘルメット団が入り混じり、淡々と戦闘準備をしている。
「総員!攻撃!」
はっと、アルのよく通る声が聞こえ、慌てて近くの瓦礫に身を隠し、すこし顔を出して辺りを伺う。相手の数はかなり多い、おそらく30人前後はいるだろう。
それらが一斉に駆け出し、入り乱れながら銃を乱射する光景には背筋が凍るような思いだ。
ふと、アルと目があった。
少しの間、何かを考えていたようだが、彼女はそのままこちらに狙撃銃を向ける。
「ターゲット発見...」
口の動きはそう語る。慌てて瓦礫の下に伏せて、周囲を警戒しながら耳を塞いで。
瞬間、地面にピンク色の光が瞬き、爆ぜた。私の前にあった瓦礫は壊れ吹き飛び、縦横無尽に飛び回る。
舞い上がった酷い砂埃に思わず視界を塞ぎ、ざらざらとした食感と呼吸のしづらさに思わず顔を顰めた。
「げほっ、げほっ…」
「食らえ〜!」
砂が鼻や口から執拗に入り込もうとしてきて厄介この上ない。顔を腕で覆っていれば、のんびりとした声が耳に入る。聞き覚えのある、甘ったるい声。
ざらざらとする視界をうっすらと開くと、眼前に迫るは少し大きな黒いボストンバッグ。
私は知っている、その中に詰められた致死量の絶望を。
「逃げ」
「バ〜ン!」
膨らんで、まるで風船のように、ポンと、弾けた。
閃光は肌を、目を、喉を、空気全体を焼き焦がす。瞬時に視界全体が白く覆われ、全身が突発的な熱波にうなされ汗をかく。
耳介の中では高い音波が絶え間なく響き、鼻には焼けついた匂いと火薬の香りしか残らない。
ようやく尻に鈍痛が走り、そのまま全身が擦り金で降ろさせるように転がって壁に叩きつけられるまで、右も左も上も下もよくわからない中で、ただただ風に流され空中を舞っているような状態。
言葉を選ばないとするならば、まるで白昼夢のようであった。
「先生ッ!」
遠くから悲鳴と銃声が響くのが聞こえる。いや、案外近くなのかもしれないと、そう思い立って、慌てて体を起こし、踏み込む勢いが強すぎたのか転んで、そのまま物陰に転がり込む。
耳はダメだ、キンキンうるさく哭いている。息が荒い、荒い、整えようとして、ダメで、心臓もうるさいほどに跳ねている。
目が痛い、涙が止まらない。視界がぼやけて、瞬きしたってそれは変わりはしない。
無意識にできて当然のはずの呼吸でさえ手こずる。
咳がひどい。喉の奥が焼けこげるほどに痛くて、反射的にむせかえる。
ちょうど同じ頃に、真後ろから爆音と共に風が吹き荒れた。頭を下げれば、少々無理をしすぎたのだろうか、何かに軽くヒビが入るような音と共に無機質な音声が脳内をこだまする。
それすらもまともに聞こえない。死がすぐそばにいる、肩に手をかけられている。
逃げたい、逃げるな、逃げられない。何故、どうして、どうすれば、いや、その前に─
「はーい、先生落ち着いてー...深呼吸しよ。はい吸ってー...吐いてー...」
「っかはっ...はぁっ...ふぅっ...…っはっ…はぁっ...はぁっ......はぁー...ふぅー...はぁー...」
「そうそう、その調子その調子」
「ありがと、っございます...」
「あんま無理に喋らなくてもいいよー?」
なるほど、強いわけだ。こちらを向いて、相当に重いだろうに盾を構えて、汗ひとつ書かずにこちらに笑顔を向け、あまつさえ落ち着かせようとするホシノ。
どこからその余裕が出てくるのか、私もいつかこのような状況になれて他人を気にかける余裕が生まれるのか...
いや、慣れることなんて考えたくない。一旦気持ちを切り替えよう。ガンガンと響く頭を一生懸命に振って。
もしも私にアロナがいなければ、私は死んでいたのだろう。全身が肉塊と成り果てていたのかもしれないし、全身が亡き別れをしていたのかもしれない。
私は、どこか心の中で信じ込んでたのかもしれない。彼女たちの扱う銃はおもちゃで、爆発だって何かの演出で、何か壮大なごっこ遊びのようなものだと、そう信じていたかったのだ。
けれど、コレは戦争だ。
彼女たちが安易に振るっているそれが一発心臓を掠めただけで、私はいとも容易く死ねるのだ。
「やれそう?」
「…」
無数の風切音と、不定期的な爆発と共に水鉄砲でも撃ってるのかと思うほど不釣り合いに呑気で元気な少女達の声が流れてくる。
軽く痙攣する腕も、耳を塞ぎたくなるほどの轟音も、泣きたくなる緊張感も、画面越しにはわからなかったのに。
拳銃を握ろうとする手は空を切って、無意味にかちゃかちゃと音を鳴らすのみだ。
そうしてやっとホルダーの存在に気がついて、それを開けられるほどに力をこめられないからようやく諦めた。
少し物陰から顔を出して周囲を見渡せば、十数人ほどのヘルメット団を携えた先に便利屋はいた。
ハルカが少しニヤけた顔でボタンを押せばそこら中が吹き上がり、思わず顔を顰めるしかない。
なかなかどうして、辺りは見えていないようで仲間も巻き込んで爆破させている。
鼻を刺激する火薬の香りと轟音に思わず耳を塞ぐ。それだけではない。流石の物量だ、何人か倒れたヘルメット団や傭兵の子達を確認できる。私にできることは…何か...
「...先生?」
ふと、声が聞こえた。そこにはヘルメット団の一員であろう少女が、こちらに構えていた銃を下ろしてこちらを見下ろしている。
その少女は銃をゆったりと下ろし、少し心地悪そうな手つきでヘルメットの目の部分を上に上げる。
見覚えのある目、聞き覚えのある声...おそらく、先日の。
「そう怯えなさんな先生。取って食ったりはしねぇよ」
「あ、ありがとう、ござ...ゲホッ、ゲホッ...」
「...ちょっと待ってな、ここは私がどうにかするから」
そう言うと、彼女はもう一度ヘルメットを深く被り直し、銃を握りしめて、私が止める間もなくそのまま後ろに振り向いて、今度は大きな怒鳴り声をあげる。
「おい!便利屋!」
「...何かしら?」
「アビドスを襲うとは聞いていたが、確かに聞いていたがなぁ!先生まで巻き込むなんて聞いてねぇぞ!」
怒鳴り声に乗っかって、その情報は伝染した。撃ち合いをやめ、何かを話し合っている生徒たちだって少なくはない。
頭を守り這うように物陰から覗いてみれば、困惑の声が多いらしい、躍起になった生徒がもう一人を問い詰めるなんて光景も遠目で見られる。
すると、軽い咳払いが聞こえて。
「もしそれが嫌なら、今すぐに帰ってもらって構わないわ。報酬を反故にすることはない、これなら構わないでしょう?」
然として、アルはそう言い切る。その表情はどこか頼もしく、どこか恐ろしくて、彼女の目標としているハードボイルドなアウトローにとても近いように見えた。
それでも彼女は、ヘルメットで見えずとも感じられるほどの怒気を纏い、再度声を荒げた。
「仕事もしてねぇのに報酬なんかいるか!お前ら、引き上げるぞ!」
「うーっす」
「あ、あんたら帰るの?じゃあ私も」
「帰りにそば屋でも寄ってく?」
彼女の一声に軽く返事をする者たちが便利屋の横を通り帰路についていく。それを見た何人かはもう勝算がないと諦めたらしい、雑談に興じながら、集団下校のように歩いて帰ってゆく。夕焼けに照らされて、輝く笑顔が見えた。
腰が砕けて、立てそうにない
「...」
「こりゃやばいね。こんなごっそりいなくなるなんて...アルちゃん?どうする?逃げる?」
「あ...うう...」
先程までの威勢は何処へやら、オロオロと狼狽えるアルを心配そうに見つめる面々。こちらも半ば困惑気味で、シロコが銃を上げたり下げたり忙しない。
浅く息を吐いて、吸って、繰り返す。
「これで終わったと思わないことね!アビドス!!」
「あはは、完全に三流悪役のセリフじゃんそれ」
「うるさい!逃げ...じゃなくて、撤退するわよ!」
ワイワイと、唯の小競り合いだったかのように、いや、実際彼女たちに取ってこれは例えば他校の生徒に悪口を言うくらいに気さくで、それこそ殴り合いの喧嘩のように暴力沙汰ではあるが流石に人は死なない、くらいのものなのかもしれない。
理解できない、頭がいたい。人間には根源的な恐怖というものがある。理解の及ばないものへの恐怖、そして拒絶だ。
「待って!...あ、行っちゃいましたね」
「うへ〜逃げ足早いね。あの子たち」
「...えーっと、敵兵力の退勤...いえ、撤退を確認」
感じてはいけないものだ、これは思ってはいけないこと。けれど、端へ追いやるたびに増幅しては思考を占拠するから構わない。
今、眼前で笑い合っている彼女たちと手に持たれた銃はあまりに不釣り合いで、それでいてあんまりになんでもないように会話するものだから。
こちらも必死で笑うしかないではないか。
部室を奪還した時は夢心地で、興奮もしていたし、実際に傷を負ったのだってワカモのあの時くらいだ。今回は違う。
死が、目の前で弾けたのだ。死んでいるのが、世の通りであるはずなのだ。
私は、何一つとして理解していなかったのだ、一端に触れてすらいなかったのだ。何が助けるだ。未だ地べたに這いずって膝を震わす腰抜けに、一体何ができるのだろう。
必死になって、そこら辺の壁に手をかけて、力が足りずにずり落ちて、それで、身体中ビシャビシャになりながら息を吐く。
「...先生?立てますか?」
「...あ、ああ。うん」
ひどく気分が悪い。もう一度吐きそうだ。こんなに優しくて、純粋な子供達を化け物と近しいものだと、そう思ってしまった自分に。
けれど、体はそれを許してくれない。安心したからか、どっと疲れた気がする。息を吸って、吐いて。
震える膝を一心不乱に叩いて、そのままズタボロの道路に沿って皆の方へ歩みを進める。
しばらくは、暴れる心臓を押さえつけるのに精一杯であった。