Blue Archive: Rewinding 作:Panofeed
ラーメンというのはやはりいいものだ。
具材にスープ、麺。どれを取っても成り立たなくなるその芸術性はさることながら、それでいて安くて美味しくて、食べ方の幅も広いと来たものだから素晴らしいことこの上ないではないか。
未だ消化器官の調子の関係で食べられないのが惜しまれるばかりだ。
「どうだい?先生」
「ふむ…こんなに美味しいと、一杯引っ掛けたくなりますね。あんまり辛くありませんし、酸味も絶妙だ。ラーメンのトッピングにしても合うかもしれません」
「そうかい、そうかい」
昼下がり、今日はアビドスの皆で賞金首狩りに行くらしいとのことなので、仕事も半ば終わり手持ち無沙汰になった私は柴崎ラーメンに来ていた。
すると、メニュー開発をしているから試食して行ってはどうだと柴崎大将からのご好意で、サイドメニューを少し食べさせてもらえることになったのだ。
羽付餃子などの単品系はさることながら、キムチが本当に美味しい。コリコリとした食感も楽しく、すっかり気に入ってしまって橋が止まらない。
それを眺め、うんうんと頷く大将を見ると少し小っ恥ずかしくもあるが。
「あれ?先生じゃん!」
「…」
「...久方ぶりね、先生」
「便利屋の皆さん、お久しぶりです」
ガヤガヤと店の中に入ってくる少女たちが元気に声をかけてくる。様子を見る限り、アルの元気がないからここにきたらしい。
連想されるのは、本編で便利屋が柴崎ラーメンを爆破したあのシーン。
おそらく今回も同じような状況なのだろうか、ハルカが緊張した様子でキョロキョロと辺りを見渡しているし、アルの覇気が本当にない。なんだかしょぼしょぼしている。
...いや、一旦その考えは排しておこう。
ここは本編じゃないのだ、違うことだって起こる。この間だってそうだ、結局は皆で取引データの真偽を確認して、カイザーが確実に関係していることを確信した。銀行強盗だって、結局やらなかったじゃないか。
「アビドスの子達は一緒じゃないの?あ、ここ座って良い?先生」
「今日は遠出をしているらしいので、ここにはいませんよ。だからどうぞ座ってください」
「先生も一人でここに来るんだ…意外」
柴崎大将の方に視線を送ると、力強く頷いて厨房の奥へと引っ込んでいった。
最近も懲りずにアビドスの子達にちょっかいをかけていると聞く。
メガネちゃんじゃないです!なんてプンスカと可愛らしく定例会議で起こっていたハルカは記憶に新しい。
ホシノも脅威にはならないと考えを改めたらしい、前は過剰なまでに反応していたのが少しずつまるで友人に接するような態度に軟化しつつある。
良い傾向...と言っていいのか?判断には迷うが。
「来たあ!!いただきまーす!」
「ひ、ひとりにつき1杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」
「アビドスの生徒たちと、いつも仲良くしてくれているお礼ですよ」
「……!?」
「本当!?ラッキー!」
大将の方を見ればお手本のようなサムズアップをこちらにしている。
彼としては奢りのつもりであろうが、そうはいかない。今日私の財布には意地で残した1万クレジットがあるのだ。
この前の買い物で実質的な借金をしている状態だが、このまま恩をほかっておくのも申し訳ないというもの。
ニコニコと嬉しそうにラーメンに向き合う彼女たちを見ていると、温もりが胸を覆う。頼みたいなら替え玉もいいんだぞ。
「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」
「場所が悪いんじゃない?廃校寸前の学校の近くだし」
「まあ、美味しいからいいけど。それじゃ、いただ…」
「…じゃない」
「ん?」
「仲良しなんかじゃないわよぉーーーー!!」
突然、アルが爆発するように叫び出す。本編を知っていると、やはりか、という感覚と、何か劇の中に知らぬ間に入ってしまったようなして少々心地が悪い。
もしかすれば私も何かの物語の中の登場人物で...なんて考えても無駄というものだろう。
「わわっ!?」
「わかった!!何が引っかかってたのかわかったわ!問題はこの店、この店よっ!!」
「!?」
「どゆこと!?」
「私たちは仕事しにこの辺りに来てるの!ハードボイルドに!!アウトローっぽく!!」
大袈裟に手を振り翳し、店内を見渡して彼女は続ける。
彼女は迷っている、焦っている。自分の夢と現実の乖離に、理想から離れていっている自分に。
「なのに何なのよ、この店は!お腹いっぱい食べられるし!!あったかくて親切で!話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの雰囲気!ここにいると、みんな仲良しになっちゃう気がするのよ!!」
「それに何か問題ある?」
「ダメでしょ!!メチャクチャでグダグダよ!私が一人前の悪党になるには、こんな店は要らないのよっ!!私に必要なのは冷酷さと無慈悲さと非情さなの!こんなほっこり感じゃない!!」
頭を抱えてカウンターにうずくまるアル。気持ちはよく分かる。自分は何故こんなことをしているのだろうかと、無性に不安になることなんてひっきりなしに起こる。
けれど、今君が捨てようとしているそれは、かけがいのない宝物だ。
「...アルさん」
「…何かしら」
思えば、こっちにやってきてあまり教師らしいことをやった記憶はない。
身体的にも精神的にも私の元々いた世界とは日にならないほどに過酷な世界を生き抜いているのだから、私は必要ないとそう甘える心根がどこかにあったのかもしれない。
けれど、ほら。等身大の悩みに苦しんでいる子どもがいる。
ならば道を示すことこそ私の仕事。
「例えば、大悪党が猫を飼っていて、その猫は大悪党にとても懐いている。大悪党も猫を愛していて、片時も手放さない。これってカッコいいですよね?」
「...そうね」
「例えば、バーでよく飲む二人組。けれど、お互いの暗殺命令が送られれば躊躇なく殺し合える。これもカッコいいですよね」
「...確かに」
生前、家には書斎があった。妻が旅立ってからずっと余分な時間を持て余していたのだ、伊達に本を読んでいない。
だからこそ、というべきか。そういった性格というものに関しては一定の理解をしているという自負がある。
私自身そういう要素を持ったキャラクターは好きなのだから。
「要するに、メリハリですよ。前にムツキさんの言っていた通り、公私混合を避け、冷酷さを貫けばいいんです。ただ非情なだけではいただけない、深い愛情を持ち合わせ、けれどそれに流されずに仕事をこなす。だからこそ、ハードボイルドなんじゃないですか?」
「そうね、確かに...」
固定観念に縛られてはいけない。きっと、それは君を転ばせる。
私はその悪癖で何度も後悔してきた。
「なら、敵との憩いの場があってもいいじゃありませんか」
「そうね!ありがとう先生、おかげで悩みが吹き飛んだ気がするわ!」
いつものような満面の笑みをやっと取り戻してくれた彼女。その横でムツキが不思議そうにこちらを見つめている。
「そう言えば、先生とか大将さんってなんでこんなに良くしてくれるの?」
それは私も気になるところだ。
見返りを求めない行動というものができる人間…まあいいか、はあまりに少ない。
いったい何が彼を突き動かし、彼の信念を支えているのか。記憶では、ついぞ語られなかったような気がしたから。
彼は少し照れくさそうに鼻の頭を掻いて、口を開いた。
「ちょっとした、憧れみたいなもんさ。昔、俺は少しヤンチャでね、そんな時俺に手を差し伸べてくれたのが、行きつけのラーメン屋のおっちゃんだったんだ。その背中を追ってたら、こんなとこまで来ちまった…あんたは?先生」
「…私は、どうしてもそうしないと気が済まないお人好しで、安易に後悔してしまう弱い人ですから。ただの我儘ですよ」
急に聞かれ、少し考えた。
脳裏によぎるのは、娘のこと。きっと、彼女もユメのようにベッドに横たわり、機械に頼って必死に生きていたはずなのに。甘えて、仕事ばっかりを優先して、結局一度だって病衣姿の彼女を見ることなく、見送ることになってしまったんだから。
誰にだって、あんな後悔はさせたくはない。私だって、あんな後悔は二度と御免なのだ。
せめて彼女たちは、手遅れになる前に全力で手助けしてあげたい。
たとえそれが私の勝手な罪悪で、偽善で、エゴだったとしても。
「そうかい、そうかい」なんて満足げに対象は頷き、ふんふんと話を聞いていたムツキとアルはラーメンが伸び始めていると察したらしい、慌てて食べ始める様子を見て思わず笑みがこぼれた。
ゆったりと時間が流れていく、こんな時間が永遠に続けばどれほど良いのかなんて考えていた。
冷静さを欠いた電子音を聴くまでは
『3km先に迫撃歩兵を確認…っ!目標、柴関ラーメン!着弾予想時間は...5...4...』
「っ…伏せろっ!」
嫌な汗が出る。殺伐としたものは、本当に、勘弁被りたいところだ。
慣れているらしい便利屋はすぐに反応してくれたが、やはり柴大将は戸惑いの方が大きいらしい、動作が遅れている。
キッチンのガスボンベ、ハルカが仕掛けたであろう爆弾が脳裏を過ぎった。私がまともに喰らえば木っ葉になるそれを、大将は耐えられるのか。
カウンターを飛び越え、大将を力ずくで伏せさせる。彼を守るように体を動かして。
その威力であれば吹き飛んだっておかしくはないのだ。あんな至近距離からの高威力の爆発を耐え切れるのだ、私へのダメージは多少ならアロナバリアでどうにかなる、筈。
『0』
頭上で、 パック寿司についてくる醤油差しのような形をしたそれが、障子を破るかのように、壁を突き破ってくるのが見えた。
必死に目を瞑って耳を塞いで、圧倒的な轟音と熱の奔流にただただ顔を伏せ耐えることしかできない。
視認できない速度で飛んでくる椅子や机や、こだわって作ったであろう内装のカケラが周囲を通り過ぎるのを感じる。
随分と仕事熱心であったらしい、そこらかしこで仕掛けられていたのであろう爆弾は暴発し、壁や柱に致命的なダメージを的確に負わせていた。
爆発よりかは遥かに良心的な轟音と共に天井は崩落し、大きなカケラが私のそばに逸れどすんと音を立てて落ちた時にはバリアはミシミシ…と軋むような嫌な音を立てる。
これがもし解体工事であれば大成功だろう、壁の全てが見事なまでに破壊され、天井は空色に模様替えされている。
そうして、爆発は止んだ。
耳鳴りがうるさい、ボストンバッグのトラウマ的を思い出して少し吐き気もする。死に関する事柄に対して、私は悉く耐性がない。耐性を持つのもおかしなことではあるが。慣れなければならない、いつかは。
立ち上がって周囲を見ながら口に手を当てていると...柴大将は無事らしい、こちらの安否を確認するように何かを話かけてくれてはいるがよく聞こえない。
大丈夫大丈夫と酷く曖昧な返事をして、熱い空気に咳き込んで、やっと音が聞こえてきたのか、と思った時に最初に聞こえてきたのはアルの声だった。
「この恩は、絶対に忘れないから!」
相手が風紀委員だと察したらしい、気がつけばその姿はどこへやら、雲隠れという言葉はこういう時のために作られたのだろう。ちょうど、曇り雲の空に浮かぶ月はこういった調子であったはずだ。大将と視線を合わせ肩をすくめる。
ふと、遠目からこちらに近づいてくる一個小隊が見えた。
先頭にいるのは...あれは、イオリだろうか。印象的なユニフォームと悪魔のような尻尾が揺れている。他のメンバーは伏兵がいないか周囲を警戒しているのだろう。視線は此方ではないどこかに向いている。
「此方はゲヘナ学園風紀委員会だ。この場所、柴関ラーメンが指名手配集団『便利屋68』のアジトとなっていると通報を受けてやってきた。引き渡し願おうか」
『...先生代理。バリアの使用率が95%を超過しました...いつ切れてもおかしくはありません。交戦はお控えを』
予想通り、というべきか。彼女たちはおそらくアルたちがここに入ったことを確認してから今砲撃したのだろう。質問、確認とは違う圧と確信がある...正直に話してしまった方が安全だ。彼女と交戦すれば、死ぬ可能性だって大いにある筈なのだから。
けれど...柴大将もおそらく同じことを思っているのだろう。きっともし彼女たちがここにいたとしても、答えは同じだ。
お互い目配せし、首を傾げる。
「さぁ?大将、便利屋68って何だか知ってます?」
「知らねぇなぁ」
私たちが知っているのはアル、ムツキ、カヨコ、ハルカ、四人の少し貧乏で、それでいてハードボイルドなアウトローになろうと悩み努力している少女たちであって、決して便利屋68ではない。屁理屈なのは重々承知だ。けれど、それが結論なのだからしょうがないではないか。
後ろで他の風紀委員が此方に銃を構えている、がそれを静止して銃を下ろさせ、腰に手を当て、疲れたように息を吐いて下を向く。
「そうか...」
こつ、こつ、と足がその場で後ろに蹴り上げられては戻される。呑気だと自覚はしている、がそれは少し闘牛のように見えた。
「残念だ」
顔を上げた。瞬間、彼女の輪郭がブレた。いや、ただ高速で移動したと言った方が正しいのか、すでに彼女は視界にいない。
彼女の視線はどこにあった?
真後ろ、確か真後ろだ。完全な死角、そこに移動してくるはず。
足を引き、体を逸らす。風を切る音と共に空間に浅黒い足が生えてくる。
「これを避けるか」
彼女は出した足を即座に、地面に突き刺すように踏みしめ、手に持っている銃を逆さにし、鳩尾を的確に狙う。
回避は厳しい、が喰らうのは論外だ。
向かってくる銃床の側面に右手を押し当て、受け流しつつ威力を受けがなため足を引いて後退。
...視界の外にちらりと、膝。
間に合え、左腕...っ!?
「...ぁっ...!?」
「良い反射神経だ」
ミシリ、という音が頭に響く。
どうにか踏みとどまってみれば、数メートルほど吹き飛ばされたようだ。
靴底が削り取られ熱を帯びるのを感じる、蹴りとの間に噛ませた左腕が痛くて痛くてたまらない。折れてはいない様子だが、確認する暇もないだろう。
息が上がる、向こうは汗ひとつすら書いていないのに。
痛みを誤魔化すように腕を振りながら顔を上げれば、いつの間にか彼女は此方に足を向け、宙にいる。
ドロップキップ。走れば間に合わない。ならば、前方に体重をもっていって
「...やるじゃん」
前転なんていつぶりだ?不格好で、うまく転がれない。
膝や肘、どこもかしこも擦ってしまった気がする。が回避できた、できたのだ。
急いで起き上がり彼女の方を向けばチャキ、と構えられるは彼女の象徴、Kar98k、であろうか。
あれをまともに喰らえば、私は死ぬ。
このままではどうしようもない、彼女は手加減というものを知らないらしかった。無論、風紀委員が犯罪者に持ち合わせる慈悲など存在しないのだろうが。
確か、あの銃はボルトアクション式であったと記憶している。であれば、一発撃てはその後に問答無用の隙ができるだろう。
そこに賭けねば、このまま嬲り殺されたっておかしくはない。
彼女の方向に走りながらホルスターを跳ね上げ、銃を取り出す。
このまま制圧できると踏んだか好機と見たか、そのまま私の頭を目掛けて銃口ははね上げられた。
けれど銃弾は、ガラスが砕け散るような音と共に耳の横を掠める。
『バリア、停止しました』
「んなっ...!?」
確実に制圧できると踏んでいたのだろう、隙が想定より大きい。
あの銃はボルトアクションだ、レバーを引かなければ次弾は装填されない。
無論彼女がインファイトにも強いことは知っている。
しかし、リロードの前に攻撃を畳み掛けつつ、動きを抑制すればどうにか勝てるかもしれない。
左手を彼女の銃を掴むように伸ばした。
右手で銃を持ち、狙いを定めて、そのまま、引き金を引く。
カチッ、と空虚な音だけが響いた。トリガーが重くない。スカスカと指を引いては空振る。
過ぎるのは、アビドスの初日。荷物も、シッテムの箱も、この銃だって例外なく砂に塗れたあの日。あの後、銃を分解して清掃したか?洗ったか?
蹴り飛ばされ宙を舞うHi-Point C9は、やけに明晰で長く長くくるくると回転している。確認を怠った、そんなことは真っ先にでも確認するべきことのはずなのに。
理解する、力量の差を。経験の差を。
今のままじゃあ、一生かかっても無理だ。
そのまま伸ばした腕を掴まれ、何かが、彼女の尻尾か?が足元に絡みつき私の足を掬ったかと思えば、そのまま乱暴に地面に組み伏せられる。
ヤスリにかけられているみたいに顔が地面に擦り付けられて、血が出ているのかもわからないくらいに体が冷え切っている。死を感じたからか。
左腕を上に押し上げられ、右手は曲げられ背中に押し付けられている。目の前は地面、砂が、小粒の石さえくっきりと見える。目に入りそうで、必死に瞑った。
腕、腕が軋み悲鳴をあげる。折れる、折れる。
「さぁ、便利屋68の連中がどこにいるか、どこに匿っているのか、吐け。それとも、この腕はもう不要か?」
「っあああっ...がぁぁぁっ!?」
「先生!」
「ほら。吐けば、楽になるぞ?」
ぐるる、と犬が喉を鳴らす音が聞こえはする。それに追従するように、威嚇するライフルを構える音すら。
けれど痛みで意識が酩酊する、ピカピカと目の前が光って、それが続くものだから参って喋ることすら億劫だ。
『やめなさい』
一喝、と言っていい。無線の声が響き、腕の痛みが少し引くような気がした。
つい二週間前まで、毎日のように聞いていた声に、ここまで安心感を覚えることになろうとは。
「アコちゃん?何を...」
『その手を離しなさい、と言っているのです』
「はぁっ!?私は命令通りにやったんだけど!?」
『命令に、『民間人であろうと、無差別に制圧せよ』なんて言葉が含まれてましたか?』
友達との会話、というにはあまりにも内容が殺伐としている。けれど、依然力は緩まないのはやはり慣れか、末恐ろしい限りである。
呼吸がしにくい、目に砂が入った、眉間が痒い。
それらのどれも対処できず、少し身を捩るしかない。
「い、いや、それはあいつらが抵抗したからで...」
『彼らは証言しかしていなかった。先に彼らを攻撃したのは貴方です。あの程度の行動は正当防衛に含まれますよ』
やれやれとため息をつき、声にも少しの苛立ちが見える。
頭を抱えるとはまさにこのことだろうと、ぼんやりとした意識の中で考える。それくらいしかやれることはなかった。
『それに...貴方が組み伏せている彼はシャーレの二代目先生です。彼は外部の人間であり、銃弾一発が致命傷になることを、お忘れではないでしょう?彼は脆いのです、今だって腕が折れる可能性を考慮していますか?些か過剰制圧が過ぎるのでは?』
「そ、それは...」
...何度か顔を合わせているから、私の顔はわかる筈だ。だからこそ、あそこまで銃を打ち渋ったのかもしれない。
銃を撃ったのだって、自分達は何発も耐えられる、きっと一発くらいは耐えられるだろうと少し甘く考えた結果なのではないか?
声が震えているし、きっと顔を見れば目が泳いでいるのだろう。
『イオリ。反省文のテンプレートは私の机の、左の引き出しにあります。ご存じですよね?』
「...わかった」
力が抜ける。右腕がどさりと地面に落ちる。両手を使って体を起こそうと思っても、左手にうまく力が入らない。捩り、捻り、ようやく右手だけで上半身を起こすと、目の前に差し出されるのは黒を基調としたグローブを纏う手。
「...すまなかった、先生」
「いえ...此方もすみませんね」
「大丈夫か、先生!?」
彼女の手を借りて、やっとの思いで体を起こす。柴大将も駆けつけてくれている。どこかで見た、主人にhisside 駆 け寄る飼い犬を思い出して、なんだかとてもかわいく思えた。
服にこびりついた砂を叩き、乱れ汗でひっついた髪をはがし、両サイドに分ける。
ジャケットが崩れていたので、襟元を持ってシワをピンと伸ばすために何度かパタパタと仰いだ。
風紀委員の一人から差し出された銃をホルスターに収めて、呼吸を整える。
イオリに蹴られ、抑えられていた左手を見れば手首がくっきりと青緑に変色している。おそらく蹴りを受けたであろう場所のシャツには赤黒い液体が今にも滴りそうなほど、じんわり染み付いていた。
ぐるぐると、手と肩を回して調子を計る。痛みは確実にある、が仕事に支障は出なさそうだ。
「ありがとうございます…アコさん」
『このような状況でなければ喜ばしい邂逅でしたでしょうに…先生』
こうして、やっとの思いで私は命の恩人に礼を言う。
丁度風の勢いは少しずつ強くなって、ビュウビュウと勢いよく音を立てて始めた頃であった。