ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その10

 

「ぅ……ん……」

 

ベッドの上で僅かに身動ぎする。生まれてからこの方付き合い続けているこの体は、今日も今日とて調子が上がらないようだ。それでも重たい体に鞭を打って、四苦八苦しながらも起き上がる。

 

「……なんか、変な夢をみてた気がする」

 

内容は……なんだっただろうか。何か……狐とお喋りしてたような……。思い出そうとしても、霞のように消えていく夢の残滓をかき集めようとして目をつむり……やがて諦めて頭を振った。

 

調子が良くない時につきものの、普段より高めの体温。

いつも通りの朝の支度。今日は大事な日なので、いつもより多めに薬を持っていく。

 

「一次試験……倒れないようにだけはしないと……」

 

一度。ただ一度だけ、試験の日に倒れたことがある。

その日は月のものが重なっていたこともあり、体調は朝から最悪だった。それでも大事な試験だったので、薬を使って体を宥めすかして誤魔化して、試験を受けた。

その結果、試験が終了した直後。安堵して溜め込んでいた不調がすべて噴出したのか、答案が回収され、席を立とうとした瞬間意識を失って崩れ落ちてしまったのだ。その後は高熱を出して一週間ほどベッドの住人となっていた。

私が倒れた時相当な騒ぎになったと後に聞いている。さぞや迷惑になっただろう。同じ轍を踏むわけにはいかない。

 

それに、今日は本を返しに行かなくちゃだしね。

カバンの中に収められた、一冊の本の表紙を撫でる。図書委員会のとある"先輩"にオススメされた本は、ハナコさんとの一件で倒れた後の数日間、無聊の慰めになってくれた。

 

「やっぱりシミコ先輩のオススメは面白いわね」

 

本人が聞いたら「同級生! 同級生ですからもう"先輩"呼びはやめてください……初対面のことは謝りますから」とまた言ってきそうだな、なんて考えて、思わず小さな笑みがこぼれた。

 

それにしても、今日はやけに静かだ。アイリではなくあの子が迎えに来る日は、いつも割と――あの子にしては大人しいとは言え、騒がしいと言うのに。

そろそろ時間になるが一向に現れない待ち人に、不思議に思った私は一度外の様子を確認しようと玄関へ向かった。

 

「……」

 

「――」

 

玄関口から、なにやら静かに会話する声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、どちらの声にも聞き覚えがあった。

この声は、もしかして――

 

思い切って扉を開けてみる。朝の日差しに照らされて、二人の人影が鮮明に映し出された。

片方はここ数日一緒に補習を受けた、もっとも印象深い人物。もう片方は待ち人その人。星型の光輪(ヘイロー)が印象的な、トリニティの自称スーパースター。

 

「レイサに……ハナコさん?」

 

「――あ、コハルさ「おはようございます。コハルさん」」

 

ハナコさんの声を遮るように、されどいつもより心なしかテンションの落ち着いた声が、私の耳に届いた。

 

 

時は少し遡る。コハルが夢から覚めて朝の準備をしている間の話である。

 

 

 

コハルちゃんが住んでいる寮の部屋。その玄関前で、右往左往するピンクの影が一つ。インターホンに指を向けては引っ込めるその姿は、まさしく不審者そのもの。なのだが……

 

(……どうしましょう)

 

――それこそが私、浦和ハナコである。今日は一次試験当日。コハルちゃんの体調が心配で、つい様子を見に来てしまったのだが……

 

結論から言おう。早すぎた。

 

時計の針はまだ朝の6時前を指していて、とてもじゃないがコハルちゃんが起きているとは思えない。

そもそも、コハルちゃんの寮の部屋は一方的に知っているだけで、お呼ばれしているわけでもなければ、本人に教えられたわけでもない。今まで得てきた情報から推測して、確信を得たので向かったらどんぴしゃり、というだけの話だ。それが問題なのだが。

今の私はさしずめ、人の家の玄関口で朝早くからウロウロしている不審人物……最早ストーカーだ。どう考えても正義実現委員会が呼ばれる案件である。しかもその家が、正義実現委員会の子の家なら尚更だ。

 

(本当、どうしちゃったんでしょう。私……)

 

今までは当然だが、こんな犯罪染みた真似はしなかった。これでも清楚でお淑やかな天才として通っていたのだ。……露出? あれは自然体でいただけなのでカウントしない。

 

だと言うのに……コハルちゃん。彼女が絡むだけで、今までの自分からは考えられないくらいに感情が溢れて止まらない。常からは考えられない行動に出てしまう。

 

コハルちゃんとお喋りしたい。他愛もない話をしたい。学のある話を共有したい。行動を共にしたい。一緒にバカなことをしたり、あるいはバカをやって窘められたい。困惑した顔を見たい。猥談を振られて焦った顔がまた見たい。体調が悪い時は介抱してあげたい。苦しんでいる時は今度こそ助けてあげたい。

――ずっと、私のそばで笑っていてほしい。

 

だって彼女は、初めて手に入れた、私の大切な……

 

「おはようございます!」

 

「ヒョッ!」

 

自分の世界に浸っていたところに突然後ろから大きな――早朝だからか声量が絞られてはいるが、それでも十分に大きな声をかけられて、私は思わず変な声を出してしまった。なんだ、ヒョッって。

早朝とはいえ、誰が見ているか分からない時間に周囲の把握を怠るなんて、やはり最近の私はおかしくなっている。猛省せねば。

自省しながらも「あら、おはようございます」と居住まいを正して返事をし、振り返ると、そこには面識のない生徒が立っていた。

 

トリニティの標準的な制服の上に上着を重ねた、小柄な少女だ。身長はコハルちゃんよりちょっと高い程度だろうか。特徴的なのは、薄い紫と水色の入り混じった髪色と、その頭上の光輪。二重に重なった星マークのようなそれは、まるで本人の笑顔に合わせているかのようにピカピカと輝いている。

 

……ふむ。一度見たら忘れられない風貌なだけに、今まで一度も会ったことはないと見ていいだろう。トリニティはキヴォトスでも屈指のマンモス校だから、それ自体は不思議なことじゃない。制服を見る限り、正義実現委員会でもティーパーティーでもないようだ。もちろんシスターフッドでも救護騎士団でもない。となると政治中枢とは関係ない一般生徒だろうか。

 

「はじめまして! 私は自警団所属の一年生にして、トリニティのスーパースター! 宇沢レイサと申します!」

 

そう言って彼女……宇沢レイサさんは頭をしっかり90度ほど下げた後、こちらに近づいてくる。時間帯に配慮してか、小声で元気に挨拶するという器用なことをしているが、それでもなかなかな元気さだ。この分だと普段はさぞや元気いっぱいなのだろう。ここまで目立つ子だと多少"噂話"に出てきてもおかしくはないが、聞いたことがないあたり、やはり派閥とは関係のない一般生徒の可能性が高い。自警団という組織がトリニティにおいて極めて異質な組織形態をしているため、団員の話がほとんど出回らないということもあるが。

 

「ええ、はじめまして。私は「浦和ハナコさん。ですね?」!」

 

……なぜ私の名前を? いや、トリニティの一年生と言っていた。つまりはコハルちゃんと同学年だ。コハルちゃんはどうやらかなりの人脈を持つようで、交友関係が幅広いようだし、所属組織等も気にしない子のようだから、自警団の彼女とも友人関係だとしてもおかしくはない。

コハルちゃんから私について話を聞いていたとしたら、今ここで私が誰なのかわかったのも辻褄が合う。

 

「ああ、すみません! そんなに警戒しないでください! コハルさんから新しい友人ができたとお話を聞いていまして……私も会いたいなと思っていました! まさかここで会えるとは思いませんでしたが、ちょうどよかったです」

 

宇沢さんはわたわたとオーバーなリアクションを取りながら私の直ぐ側まで近寄ってきた。ビンゴ。やはりコハルちゃんのお友達だったようだ。コハルちゃんから宇沢さんにどんな内容の話がされたのかは、今まで彼女の前で行った奇行の数々を考えると正直想像したくはないが。せめて少しはまともな情報であってほしい……?

……ちょっと待て。出鼻をくじかれたせいで気づかなかったが、距離が近すぎやしないか?

自然な流れで懐にまで踏み込まれたことに私が気づいたのと、至近距離まで入り込んだ宇沢さんが口を開くのは同じタイミングだった。

 

 

 

「ハナコさんとは一度お話をしたいと思っていたんです――コハルさんの、先日の発作について」

 

 

 

宇沢さんの真っ直ぐな眼光が私を貫く。私は返す言葉を持たず、代わりにヒュッと言う音だけが口から漏れた。

何故か、宇沢さんがスリングを介して下げている散弾銃がやけに目についた。

 

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