ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
今にして思えば、少し考えれば予測できることではあった。
虚弱なあの体に、社交的なあの性格だ。私と違って交友関係が幅広いのだから、私よりもずっとコハルちゃんを大切に思っている友人の方がいることなど、自明の理だった。
これまで周囲の人間の評価など、そのへんの石ころと大差ないものだったのに。どうしてだろう。今ではコハルちゃんの関係者というだけで、接するのに筆舌しがたい恐怖を覚えている。正直言って逃げたい。できることならこの場から立ち去りたい。
でも、これは私の罪だから。
今後もコハルちゃんと……私の唯一の友だちと関わり続けるならば、ここで逃げては絶対に駄目だ。確かに今の状況は怖い。が、ここで逃げだしてコハルちゃんと今後関われなくなる方がもっと怖い。ここで逃げたら、もうコハルちゃんの友だちを名乗れなくなる。それだけは、嫌だ。
情けなく震える素の自分を仮面の下に押し込めて、私は宇沢さんの目を見返した。
「先日のコハルちゃんの発作については、確かに私の罪で、私に責任があります。言い訳はしません。私の浅慮が、彼女を傷つけたのは事実ですから……「……あー、えっと、すみません。別にハナコさんを糾弾したいわけではないんです」償えるならばなんでも……はい?」
予想から大幅にズレた返事に、私は目を丸くした。
「あー、やっぱりそう思っちゃいます、よね……勘違いさせてごめんなさい。浦和ハナコさん、貴方を責めるような話をしたいわけではないんです。むしろ、フォローしに来たと言うか……」
とはいえ、急にこんな事言ったって信じてもらえるわけないですよね……距離の詰め方も強引すぎましたし。
宇沢さんは自嘲した笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「ん―どうしましょう。どうしたら誠意が伝わるでしょうか……そうだ!」
その目が自身の肩にスリングで引っ掛けていた愛銃に向かった時、彼女は何か思いついたようで、いそいそと肩からスリングを外し、愛銃を手に取った。
「えーい!」
そして、気の抜けた掛け声と共に、その手の愛銃を遠くへ放り捨てた。
カラカラン! と軽い音を立てて、宇沢さんの銃が手の届かないところへ落ちる。
「う、宇沢さん?」
「……。――これで! 私は丸腰です!」
とても丸腰とは思えない堂々とした様子で、宇沢さんはそう言い放った。
その声の大きさは、自棄になったのか……それとも、こちらを安心させるためか。
「銃を持ってるハナコさんには、これでもう抵抗できません! なんなら体格で負けてますから、普通に力で来られたらなす術ないかもしれません! 今なら逃げるも攻めるも好き放題できますね!」
――これで、信じていただけましたか?
宇沢さんは、どこか縋るような目で私に問いかけた。
この超がつく銃社会であるキヴォトスにおいて、初対面の人間相手に愛銃を捨てるのは、よほどの覚悟がなければできない行為だ。なにせ、銃を持たずに行動するなど、全裸で外を歩き回るに等しい行いなのだから。
にも関わらず、宇沢さんは私の目の前で丸腰になってみせた。
「信じます。銃は拾っていただいて結構ですよ。お話は、それからにしましょう」
いくら私でも、これを信じないのは人間不信を超えている。
「実を言いますと、コハルさんから大体の話は聞いているんです」
銃を拾い直した宇沢さんは、落ち着いた様子で語りかけてきた。
「ハナコさんが、その、あまり口では言えないことをして、コハルさんを興奮させたこと。それが、コハルさんの発作に繋がったと。コハルさんは割と自罰的なところがある人なので、発作を起こしたのは自制が足りなかったからだと言っていましたが……貴方は、そうは思っていない。違いますか? ハナコさん」
「……ええ。その通りです。私の軽挙妄動さが、コハルちゃんの命を危機に追いやりました。全ての責任は私にあります」
「……やっぱり。ハナコさん、貴方は今も後悔し続けているんですね」
「それはそうでしょう。もし過去に戻れるならば、あの日の私を張り倒している程度には後悔しています」
もしも、一瞬でも人生を戻ってやり直せるとするならば、私は真っ先にあの時へ戻って過去の自分を止めるだろう。
「私が話したかったのはそこなんです」
宇沢さんは心配そうな表情でそう言った。……心配そう? 誰を?
「コハルさんに発作を起こさせてしまったこと。確かに、ハナコさんの行動が原因かもしれません。でも、それが全てではないはずです。強いて言うなら、間が悪かっただけ……もちろんコハルさんは悪くないです。が、ハナコさんが全部悪いわけでもないと、この前コハルさんから話を聞いて思いました。ハナコさんと話をしたかったのは、今回の件で、ハナコさんが責任を感じて自分を追い詰めているんじゃないかと、勝手に心配になったからなんです。……会ったこともないのに、何をと思うかもしれませんが」
「……いえ、あのコハルちゃんの友だちならば、納得できます。過分なお言葉ありがとうございます」
そう返しながらも、私の心には暗雲が渦巻いていた。
宇沢さんは優しい人だ。コハルちゃんを傷つけた、見ず知らずの私に対してここまで親身になって話をしようとしてくれるのは。あのコハルちゃんの友人なだけはある。おせっかいだと思う人はいるかも知れないが、少なくとも私はそうは思わない。けれど……
「ですが、やはり私に責任があるのは事実なんです。そもそも、初対面の人間に猥談を仕掛けることが非常識なのは当然として。……コハルちゃんが反応してくれるのをいいことに、調子に乗って……それでも、コハルちゃんはこんな私に友だちになって欲しいと言ってくれましたが……正直、私如きがあの子の友だちでいていいものかと、今も思っています」
「気持ちはわかります。私も、昔同じ思いをしましたから」
「そうですか、同じ……今、なんと?」
聞き流しそうになった言葉に引っかかりを覚え、思わず素で反応を返してしまった。それに対して宇沢さんは、第一印象からはかけ離れた儚い笑みを浮かべて続けた。
「私も昔、今のハナコさんと同じ思いをしていた時期があります。流石に猥談はしていませんが。ハナコさんのことが心配になったのも、それが理由なんです。……貴方と同じく、以前、私もコハルさんに――」
宇沢さんが胸の内を明かしかけていた、その時。
すぐ近くにあった扉がゆっくりと開いていき、中から私たち二人にとってかけがえのない人物が現れた。
「レイサに……ハナコさん?」
「――あ、コハルさ「おはようございます。コハルさん」
困惑気味に話しかけてきた、どこかしんどそうなコハルちゃんに対し、思わず前の呼び名で呼ぼうとしてしまった私に被せるように、宇沢さんが落ち着いて挨拶を返した。
ま た あ と で
そんな言葉を、音に出さず口の動きだけで私に伝えながら。