ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
「おはようレイサ。今日はちょっと遅かったね……どうしたの? ハナコさんもこんなに朝早くからどうされました?」
「ご、ごめんなさい! ちょっとそこでハナコさんに初めてお会いしまして、つい世間話なんかして盛り上がっちゃいまして……ね? ハナコさん……ハナコさん?」
「……」
さっきまで話題の中心だったコハルちゃんがいきなり現れたことで、私の精神の均衡は今にも崩れ去りそうだった。目を逸らしたいがために、今のコハルちゃんの状態について考えている私がいる。
……気のせいだろうか。扉を開けた瞬間のコハルちゃん、少しばかり辛そうに見えたのだが。
でも受け答えはしっかりしているし……手すりを掴んだままなのが少し気になるが。
「……? ハナコさん?」
「……! あー、立ち話もなんですし。コハルさんの準備ができているならもう校舎に向かいましょうか。と、その前にちょっと失礼しますね」
私が考え事という名の現実逃避をしている間に、宇沢さんはおもむろにコハルさんの額に手を当てた。同時に自身の額にも手をやり、んーと唸っている。
「……いつもより体温高めですね。コハルさん、朝何度でした?」
「36.7。確かに高めだけど、試験も出なきゃいけないし、薬を調整すれば一日持つと思うから大丈夫」
「……うーん。試験がなければ大事を取って休みましょう! と言いたいところなんですが……仕方ないですね。薬を飲むタイミングと量は皆さんと要相談の方向でお願いします。歩けますか?」
「……ごめん、今はちょっと無理かも。薬が効いてきたら大丈夫になるから、少し待っていてくれる?」
「全然構いませんよ―! というか……こんなところで立ち話させること自体間違ってますよね、これ……気が利かなくてごめんなさい。一度ベッドに戻りましょうか。まだ時間も多少余裕がありますし」
支えますから、腕掴んでください。なんなら抱っこしましょうか?
体格がそこまで変わんないレイサに抱き上げられるのすごい敗北感があるから……気持ちだけ受け取っとく。ありがとう。
そんな会話を交わしながら、コハルちゃんは宇沢さんの腕を掴んで半ば体を預けた。宇沢さんは慣れた様子でコハルちゃんをリードし、玄関を通って奥に向かっていく。
……あれ? 私はどうすればいいのだろうか。
今の今まですっかり吹き飛んでいたが、私は特に呼ばれてもない単なる不審者なのであって、いくら友だちといっても最近なったばかり。このままコハルちゃんの家に入るのは……ここで待機したほうがいいだろうかでもコハルちゃんの部屋とか正直見てみたいいやいやいや欲望に負けるな私以前の惨状を忘れたのか欲に負けた結果がコハルちゃんの発作なのであって思い出したら死にたくなってきた。
一人玄関で悶々とする私の耳に、部屋の奥から大きな声が響いた。
「ハナコさーん! そんなところでずっと固まっていたら風邪引いちゃいますよー! コハルさんが許可出してくれましたので入って大丈夫ですー!」
コハルちゃんの部屋は、予想と違って非常に無味乾燥としたものだった。
壁の本棚に入った本を除けば、あとはベッドとその脇の小さなテーブル。その上に置かれているのは時計と……体温計、そしておそらく薬が入っているのだろうケースがいくつか。静かに鳴り響いている特徴的な音は、空気清浄機の稼働音か。
あまり女の子らしさのない、私室というより病室と言った方が正しい気がするほどに、物欲が皆無の部屋だった。
「ごめんなさいハナコさん。何かあったんでしょうけど、こんな状態で。もうちょっとしたら動けますから、それまで待ってもらってもいいですか?」
コハルちゃんはベッドに座って、両手を胸に当てて呼吸を整えていた。ついさっき宇沢さんに「一度横になるのはいかがですか?」と提案されていたが、「今横になったらしばらく起きれない気がするから」と申し訳無さそうに断っていた。
「い、いえ、お構いなく。大したことでは……というか、その、コハルちゃん。……そんなに具合が悪いのなら、今日は休んで体を大事にしたほうが」
「皆が頑張ってたのにそういうわけには行きませんから……それに、言いづらいんですけど、実は今の状態、特別具合が悪いというわけではないんです」
「その状態でですか!?……ア、スミマセ……」
驚いて思わず大きな声が出てしまった。私のバカ。これでコハルちゃんが発作を起こしたらどうするんだ。
幸いコハルちゃんは苦笑するだけに留めてくれた。
「はい……発作を起こしたのが響いてるのもあるんですが、朝方で薬がまだ効いてない時はだいたいこんな感じなので。ご心配おかけして申し訳ないです。少しお時間いただけたら、登校できるようになるので」
「い、いえ! コハルちゃんの体の具合を優先してください……」
虚弱なことは会う前から知っていたし、なんならこの前の件で骨身に染みた。だが、ここまで重症だとは……一体どんな病気を抱えているというのか。心臓に関係してはいるのだろうが……
「……ふぅ。ところでハナコさんはどうしてここに? かなり早い時間ですけど」
「ウッ」
やはり突っ込まれた。どうしよう。貴方が心配でつい家まで様子を見に来てしまいました、といえば本心だが、問題はコハルちゃんにお呼ばれもしてなければ家の場所も明かされてない上時間帯も早すぎること。……ストーカー扱いされないだろうか。実際やってることはストーカーのやり口で間違ってないのが尚悪い。
どうしよう。どうすればいい。正直に言ったら流石にドン引きされる気がする。いくら優しいコハルちゃんでも友情が冷めてしまいそうだ。そうなったらおしまいだもう死ぬしかないでも上手い言い訳も思いつかないというかコハルちゃんの前だと得意の弁舌が一切役に立たなくなる口が回らない私なんてただの有機物だ流石コハルちゃん私を無力化するなんてトリニティの上層部でもそうはいかないやいやいやいやそんなこと言ってる場合じゃない現実見ろ私でも現実逃避しないとやってられないコハルちゃんが不思議そうな顔してる早くなにか言え私あわあわあわあわあわわわわ……
「……そ!」
「……そ?」
「……その……コハルちゃんが、心配、で……おうちの場所を知ってたのでいてもたってもいられずこんな時間に様子を見に来てました大変申し訳ありませんでしたごめんなさい」
流れるように言葉を吐いた私はそのままコハルちゃんの前で土下座した。百鬼夜行に伝わる上位の謝罪として知ってはいたが、まさか自分がやる側になるとは思ってもいなかった。顔を上げられない。コハルちゃんがどんな顔をしてるのか見るのが怖すぎる。どうしよう、これで「あはは……明日から他人でお願いします」なんて言われたら。ははは終わった。辞世の句を考えておこう……
ごちゃごちゃと考えていると、ふと頭に感じる温かい感触。
「えっと。そんなに不安そうにしなくても大丈夫です」
コハルちゃんがベッドに座ったまま身を乗り出して、私の頭を撫でていた。
「ハナコさんのことだから、きっと私の寮の部屋くらい知ってるだろうなとは思ってました。ちょっと時間は早かったですけど……私のこと、心配して態々来てくれたんですよね? 感謝こそすれ、嫌がったりすることなんてないですよ」
「……本当に?」
「本当です。むしろ、こんな時間にありがとうございます」
だからそれはやめましょう? お膝が痛くなっちゃいますよ?
コハルちゃんは心配そうな顔で、私の頭を撫で続けた。安心させるように、一定の間隔で。窓から差す朝日に照らされたそれは、まるで、宗教画のような光景で……ああ。
「天使様……(字足らず)」
「……へ? 天使? え、あれ? ハナコさん?」
コハルちゃんの優しさに当てられて、心底安心した私は安らかに昇天していった。
「紅茶を淹れてきましたので、お二人共一息つきませんか? ……あれ? どうしたんですハナコさん? ――失神してる!?」
「えぇ!?」