ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その15

 

……おや、また来たのか。

 

ここに来ること自体珍しいというのに、今のところ皆勤賞というわけだ。素晴らしいね。何か祝いの品でもあげようか。もっとも、ここは夢の中だから、現実には持ち越せないけどね。

 

ふむ。こうも毎回会えるとなると、なかなか興味が湧くね。私と君、類似する点が多いからか、単に波長が合うだけなのか。それとも……血筋が似通っている可能性でもあるのか。

 

まあ証明するものはここにはない。暇つぶしの推測さ。さして重要なことではないから、忘れて欲しい。……おっと、そもそもここでの出来事は忘れてしまうんだったね。一部覚えていることもあるようだが。

 

まあいいさ。所詮、ここは泡沫の夢のようなもの。現実には何ら影響を及ぼさない。こうして駄弁っていても、目覚めれば忘れてしまう。

 

……さあ、そろそろ時間だろう。私にも聞こえるぞ、君の名を呼びかける声がね。全く、君は私と違ってたくさんの良き友人たちに恵まれたようだね。少しばかり羨ましいよ。

 

さらばだコハル。また会えたなら、次はもう少し明るい話をしよう。もっとも、君にその余裕があったなら、の話だが。

 

 

 

「待って、狐さん……」

 

「はい……?」

 

寝ぼけ眼で開口一番放った声は、私を起こそうとしたヒフミ先輩を困惑させてしまった。……? 狐さんって、誰?

 

 

 

【休んでいるところに申し訳ないんだけど、答案が返ってきて今から発表するから、起きてもらおうと思ってね】

 

申し訳無さそうにしながらも、先生が話しかけてきた。時刻はそろそろお昼時。今日はテストだけでカリキュラムは入れてないから、テストの結果を聞いたら、あとは昼食をとって、図書館に行ってから帰るだけだ。それくらいなら体も充分持つだろう。

睡眠をとって元気が戻った私は、「大丈夫です、結果を聞かせてください」と返して椅子に戻った。毛布、後でヒフミ先輩に返さなくちゃ。

 

【では、点数を発表していくよ】

 

先生が四枚の紙――私たちの答案を束にして自身の手元に用意する。テストの時とはまた違う独特な緊張感が訪れる。

合格ラインは100点満点中60点……よほどのことがない限り落としてはないはずだけど。

 

【まず、阿慈谷ヒフミ……72点。結果:合格】

 

「あ、ありがとうございます! なんだか無難な点数ですが、合格できて良かったです!」

 

まず発表されたのはヒフミ先輩。危なげもなく合格してみせた。まあヒフミ先輩に関しては安定感がありすぎて心配してないから、驚くこともない。おめでとうの意味を込めて軽く拍手しておく。

 

「わあ、ありがとうございますコハルちゃん。……で、では先生。続きを」

 

【うん。――下江コハル……100点。結果:合格。満点は凄いね、よく頑張ったよ】

 

……よかったぁ。合格できてたし、しかも満点だ。安堵で肩の力が抜けた私はホッと息をついた。

 

「満点は凄いです! 流石ですねコハルちゃん!」

 

「ありがとうヒフミ先輩。ただこれ1年生の内容だし、問題も基礎がほとんどだったからそこまで凄いことじゃ」

 

「それでも十分凄いですよ!」

 

「おめでとう。コハルなら問題ないと思っていた。満点は素晴らしいことだから、もっと誇っていいと思う」

 

「そ、そう? ありがとう2人とも」

 

二年生の内容なら流石にこうはいかなかっただろうけど、褒め言葉は素直に受け取っておく。満点の結果より、先生や2人に褒められる方が正直嬉しい。

 

【……コホン。まだ2人残ってるから、そちらも発表するよ】

 

感情が昂って軽く羽をパタパタさせていると、先生が苦笑しながら続きを言う姿勢に入った。残るは2人、アズサとハナコさん。一番不安なのはアズサだけど……今までの努力は一番近くで見てきたから、私はアズサを信じる。

 

【白洲アズサ……58点。結果:不合格。惜しかったね】

 

「あう、惜しいですね……」

 

「ッチ。紙一重だったか」

 

続くアズサの結果はそう酷いものじゃないけれど、残念ながら合格ラインにはギリギリ達しなかった。うわ、惜しい。これは悔やまれる結果だ。

 

【ケアレスミスで落としてるのがいくつかあるから、一つでも通ってたら合格だったね。でも初回でこれなら、次は十分合格を狙えるよ】

 

「合格はできなかったけど、凄いわよアズサ。転校してきたばかりで慣れない環境の中ギリギリのところまで届いたんだから。よく頑張ったね」

 

慰めるようにアズサの頭を撫でる。私ってかなり小柄な方だから、誰かを撫でる時って背伸びしないと届かなかったりするんだけど、アズサは私とほとんど体格が変わらないから撫でやすい。

……あれ? アズサ、固まってる?

 

「ごめんなさい、迷惑だった?」

 

「……あっ」

 

思わず手を引こうとした私に対して、アズサはすごい速さで私の腕をつかんで固定した。で、出だしが見えなかった……。

 

「……あ、すまない……そんなふうに褒められて、撫でられるのは、初めてだったから……その……もっと、してほしいというか」

 

モゴモゴと口を動かしながら、アズサは恥ずかしそうに上目遣いで私に催促してきた。白い羽がパタパタと忙しなく羽ばたいている。……可愛い。やっぱりこの子天使の生まれ変わりなんじゃない? ほっこりした私は思わず撫でくりまわしてしまった。アズサは恥ずかしそうだったけど、嫌がりはしなかった。

これで残すはあと一人。

 

【では最後だね。浦和ハナコ】

 

ハナコさんだ。こっちも正直そこまで心配はしてない。あれだけ頭が回るし知識もあるのだから、学校の試験なんて余裕に見える。

 

 

 

【……0点。結果:不合格】

 

 

 

……え?

 

 

 

試験そのものはかなり余裕でした。内容は基礎的なものばかりで、合格ラインも60点程度。正直鼻歌交じりでもクリアできるでしょう。

 

私はペンを走らせ、次々と問題を解いて行きました。全てを埋め終えて尚、時間は有り余っていました。

 

……ふむ、アズサちゃんが少しばかり手が止まったりしていますが、他は淀みない様子。これならば、アズサちゃんが頑張ってくれれば一次試験で全員合格も夢ではないですね。

 

ふふ。もし全員合格したらどうしましょうか……

 

 

 

――もし全員合格したら、どうなる?

 

 

 

ふと湧いた疑問に、私は固まりました。

この補習授業部の活動は、かつてアズサさんが言ったように一時的なものです。全員が合格すれば、成績不良は脱したと見なされ、補習授業部は解散となるでしょう。

……ここで解散したら、私はどうなりますか? まず皆との接点がなくなります。

 

ヒフミちゃんはもともと友人が多い人です。私一人にかまけている暇はないでしょう。

 

アズサちゃんは正直良くわかりません。このキヴォトスでは珍しい転校。本人は天然が入った素直ないい子ですが、背景にきな臭さを感じるのも事実です。恐らくティーパーティーが一枚噛んでいます。今後どう転ぶかは……

 

そして……コハルちゃん。補習授業部が解散したあとは元の正義実現委員会に戻るのでしょう。ただでさえ虚弱で病弱な身です。こちらも私に構っている時間はないと見ていいでしょう。

 

つまり、この場にいる3人全員。補習授業部が解散したら、一気に会う理由がなくなってしまうのです。……人の関係は常に一定ではありません。自然と会わなくなって、いつの間にか自然消滅。というのも、ありえない話ではありません。

そうなったら……この歪な友達関係も、終わってしまう。

 

 

 

では、もしも不合格になったら?

 

 

 

補習授業部は継続され、この関係もいくらか続くことになります。まだ猶予はありますし……たとえ3回とも落ちたとしても、そう悪いことにはならないでしょう。ティーパーティーの強権にも限りがありますから。

 

ですが。私は自分の答案を見つめました。自身で埋めた答案は、間違いようもなく満点だと確信があります。

 

もしここで私が点数を調整して不合格になったとして。流石にそれは、不自然なのでは?コハルちゃんとの一件で、私は地頭の良さをさらけ出してしまいました。合格ライン60点ギリギリ届かないまで調整しても、いくらか不自然さは残ります。

 

それに、こんなやり方は、ここまでの皆の努力を否定するものなのでは?

アズサちゃんとヒフミちゃんの努力を。何よりも、コハルちゃんの献身を。私一人の一存で、滅茶苦茶にするというのは。

 

ドッドッドッドッ

 

心音がやけに大きく聞こえて。

 

チクタクチクタク

 

時計の針が嫌に大きく聞こえて。

 

迫る試験終了の時間。チャイムが鳴ったらもうおしまいです。追い詰められた私は……自身の答案の一番上に目をつけました。

『浦和ハナコ』と書かれた名前欄に。

 

 

 

テスト終了後、体を丸めて眠りにつくコハルちゃんを横目に見ながら、私は一人呟きました。

 

「……ごめんなさい、コハルちゃん」

 

 

 

「ぜ、0点……ですか?」

 

困惑したように呟くヒフミ先輩。私は間抜けにもぽかんと口を開けていた。もしかしたら、ハナコさんが落ちることもあるかなとは考えたこともある。でも0点は流石に予想してない。いやできるわけないでしょ!?

 

「な、何かの間違いとかじゃ……? 採点ミスだとか……」

 

【採点にミスはなかったよ。採点にはね】

 

先生は心苦しそうな顔をして、ハナコさんの答案を返した。

チラッと見ただけでも、その答案には赤マルばかりで、バツなんて一つもないように見えた。え? これで0点? なんで?

 

「……なるほど、記名ミスか」

 

「あ……」

 

アズサが指摘した通り、その答案には名前が書かれていなかった。トリニティのテストの規則では、無記名は0点扱いになる。マンモス校だから、いちいち誰の答案かなんて探すとえらく時間を食ってしまうからだとか。

 

ハナコさんは、能面のような表情で固まってしまっていた。初歩的なミス……なまじこれさえなければ、赤マルの数的に合格ラインを超えていた可能性は高い。うわー居た堪れない。なんて声をかけたらいいのか……。

 

【ちなみに、名前さえ書いていれば満点だったそうだよ】

 

どうにかならないか言ってはみたんだけれど、規則は曲げられないと断られたよ。ごめん。

 

先生の謝罪に、ハナコさんはゆっくりと首を振った。

 

「いえ、そもそも私が確認しなかったのが悪いですから。……すみません皆さん、足を引っ張ってしまいました」

 

「ま、まあまあ! 問題自体は全問正解してたわけですし、次回気をつければいい話ですから! アズサちゃんも落ちてたので結果論ですが、第二次試験を受けることは確定してましたし! ……あうう、次回ですか」

 

意気消沈しているハナコさんに即座にフォローを入れてくれたヒフミ先輩が、何故かがっくりと肩を落とした。そのまま私の方を心配そうに見てくる。え? なんで?

 

「その……大丈夫だろうと思って言わなかったんですが……実はティーパーティーから、一次試験で目標を達成できなかった場合、合宿をするように言われていまして……」

 

「が、合宿?……え、私も?」

 

「は、はい。その通りです……すみません、例外はないとのことでして」

 

突然明かされた事実に、私は動揺を隠せなかった。合宿って……あの合宿? みんなで何処かに泊まり込むってことよね? 修学旅行とかまさにそんな感じらしいし。私行ったことないけど。

どうしよう。あんまり遠くだったり、変なところだったりしたら……持つかな、体……。

思わず制服の胸元――ちょうど心臓のあたりを握りしめてしまう。制服の裏に隠されたアンプルが、静かに存在を主張していた。

 

不安に駆られていた私は、「こんなはずでは……」と言いたげな、目を見開いたハナコさんの顔に気づくことはなかった。

 

 

 

第一次学力試験の結果

 

ハナコ――不合格

アズサ――不合格

コハル――合格

ヒフミ――合格

 

補習授業部、合宿決定

 

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