ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その16

 

衝撃の発表から、お昼を挟んでしばし後。私はヒフミ先輩とアズサの2人と共に、図書館へと向かう道を歩いていた。

 

「よかったのアズサ? 図書館への付き添いに付き合ってくれるのは、私としては嬉しいけど……」

 

「問題ない。遅かれ早かれ、トリニティの図書館には一度訪れるつもりだった。それが早まっただけだから」

 

私がヒフミ先輩と行く図書館に、アズサもついてきたいと言い出した。私としては拒む理由もないし、今は同じ部活の子が図書館に興味を持ってくれるのが、本好きの一人としては嬉しい。それに、アズサはさっき一次試験に落ちたばかりだ。対策として、図書館で参考書をいくつか借りるのも手だと思うし。

 

尚、アズサが来ることになったから、ハナコさんもよければどうかと誘ってはみたのだが……

 

「……ごめんなさい、コハルちゃん。私は……少し、用事がありますので……」

 

と、断られてしまった。まあ用事があるなら仕方ないし、ポカミスでテストを落としたばかりだからショックを受けてるのもあると思う。しばらく一人にしておいてあげよう。

 

「それにしても、今日は暑いですね……」

 

ヒフミ先輩が汗を拭いながらそう呟いた。朝方はそうでもなかったのだが、季節柄、日が昇るにつれてどんどん気温が上がっていった。お昼を過ぎた今となっては、直射日光の射す路面は、いくらか陽炎が沸き立つ有様だ。

 

「よければ、日傘使う? 予備が一本あるから」

 

「いえいえ、大丈夫です! お気持ちだけ、受け取っておきますね」

 

暑そうなヒフミ先輩に日傘を差し出すが、手を降って断られてしまった。日光に照らされて、ヒフミ先輩の髪が輝いて見える。この暑さと日差しの中で日傘なしでいられるのは凄いわね。……いや、これが普通なのよね。ちょっとだけ、羨ましい……暑そうだけど。

日傘なしで夏の日光に当たると色々と不調を起こす身としては、色んな意味で眩しい光景だった。

 

「……見えてきた。アレか」

 

アズサが指差す正面。陽炎が揺らめく道の先に悠然とそびえる、歴史と伝統のある……言い換えればちょっと古い石造りの建物こそ、私たちの目的地である『トリニティ総合図書館』だ。

 

 

 

「あんまり来たことはなかったんですが……なんというか、独特な匂いがしますね。」

 

「これだけの書籍を収蔵してるから、多少のカビ臭さはあるかもね。『図書委員会』がなるべく綺麗にしてくれてるけど、数が多いから」

 

私たちの背丈より何倍も大きい本棚。そこに詰められた、無数の本の数々。もう数えるのも馬鹿らしくなるほどの本と本棚の並んだ、広大な空間。それが、トリニティ総合図書館の常の光景だった。

これだけの本が置いてあると、埃とかも相応に溜まっていそうなものだが、それに反してかなり綺麗だ。如何せん私の体はあまり埃には強くないから、呼吸しやすくてありがたい。

 

「ここの構造……守りやすくていいな。いくつかの入り口を閉鎖して、正面玄関だけ開けておく。あとはブービートラップやIEDを仕掛けておいて、バリケードも構築すれば軍勢相手でも長い間籠城できる」

 

「ア、アズサちゃん。ここは図書館であって戦略拠点では……」

 

「……ぷっ。ふふふ……」

 

アズサがいつものミリタリチックな思考を展開し、ヒフミ先輩がそれに突っ込む。いつもなら私も困惑するか苦笑いするところなんだけど、正に似たようなことをしてる人が図書委員会にいるのを思い出してつい吹いてしまった。

 

「コ、コハルちゃん?」

 

「ごめんなさい。今アズサが言ったことを正に実践してる人がいたなと思って、つい笑っちゃった。馬鹿にしたわけじゃないから、許してね?」

 

「いるんですか!? そんなアズサちゃんみたいな人が他にも!?」

 

「アズサみたいと言うか……人嫌いすぎて結果的にそうなったと言うか……」

 

とある人物を思い浮かべる。割と夜型な人だから、今頃は古書館で寝てるだろうか。それとも今だに古書の修繕を続けてるのだろうか。引きこもりすぎて怒られてないといいけど。

 

そんな事を考えて口元を緩ませていた時だ。急に視界が真っ暗になった。と言っても発作とかじゃない。完全に光を遮断してるわけでもなく、うっすらと隙間から目の前の光景――驚くヒフミ先輩と、私を助けるべきか愛銃に手を伸ばしつつ逡巡するアズサが見える。

同時に、耳元で囁き声。

 

「だーれだ?」

 

「……ふふっ。ご機嫌よう、シミコ先輩?」

 

後ろを振り返るとそこには、「それまだ引っ張るんですか!?」と言いたげな、図書委員会の一人、円堂シミコ"先輩"が立っていた。

 

「コ、コハルさん! それまだ引っ張るんですか!?」

 

あ、ほんとに言った。

 

 

 

 

円堂シミコ。図書委員会所属。私が知る限り、最も本が好きな生徒2人の内の一人だ。トリニティの図書館にある膨大な蔵書を全て読破したと聞くのは、私の知る限りこの子かあの先輩くらいだろう。それくらい本が大好きな人で……私がトリニティに入学した一番最初の頃にお世話になった人でもある。

 

――トリニティに入学したばかりの頃。私には、一度行ってみたいところがあった。それがトリニティ総合図書館。

今まで満足に体を動かせなかった私にとって、本は時間を潰すのにも、体のことを忘れるのにもちょうどいいアイテムだった。その結果人並みに本が好きになっていた私は、このトリニティで一番大きな図書館を一度でも訪れてみたかったのだ。

あの日は確か、正義実現委員会への入部を断られてから数日後だったか。わかりきっていたとは言え、結構ショックだったから、前後のことはよく覚えてる。珍しいことに体調がよかったため、私は兼ねてより考えていた、トリニティ総合図書館に一人でやって来ていた。

 

建物の雰囲気と蔵書量の膨大さにただただ圧倒され、あたりを見回す私に、話しかけてきたのが……

 

「ご機嫌よう。何かお探しですか?」

 

当時図書委員会に入ったばかりのシミコさんだった。

 

「すごい量でしょう? ここはトリニティで最も本が集まる場所ですから、そうなるのもわかります。けど、ここにあるのはその蔵書の、ほんの一部だけなんです。奥にもっと色々ありますから、よければご案内しますよ」

 

シミコさんに連れられて、私は総合図書館内を巡った。膨大な書籍はただ乱雑に本棚に詰め込まれていることはなく、キチンとジャンルや作者ごとに整理されて並べられていた。これだけの量をここまで管理してるのは素直にすごいと思う。

 

「コハルちゃんは、普段どんな本を読むんですか? あ、待ってください! 言わないで。当ててみせますから」

 

人を見ると、「この人にはどんな本が会うだろう」とかよく考えちゃうんですよ。シミコさんはそう言って笑っていた。この人は本が好きとかじゃなくて、もう愛してるの領域なんだろうなと思ったのをよく覚えている。

 

「うーん。……言葉を濁しますが、ちょっと刺激的な恋愛物とかお読みになられます? あとは冒険小説とか」

 

ドンピシャリでビックリした。確かに、どちらも私がよく読んでいるものだ。まあ前者は……その、あんまり心臓に良くないからかなりゆっくりなペースでだけど。というか私って、そんなにえ……えっちな本が好きに見えるのかしら?

 

「あー、皆さんその年頃になるとそういうことに興味が湧くものですから、コハルちゃんが特別変ということはないので安心してくださいね。流石に図書館ですから、前者の本はこの総合図書館にもほとんどないのですが、後者はたくさん種類がありますよ」

 

そう言って、シミコさんはアドベンチャージャンルが収められた本棚に案内してくれた。古い本から新しい本、見たことのないような本まで、たくさんの本が私を出迎えてくれた。

 

「お好きな本があれば、貸し出し手続きをしますよ。本当なら中等部の子には一冊までしか貸せないんですが……コハルちゃんは私と同じ、本を大事にしてくれそうな子なので、特別に3冊までにします」

 

優しいシミコさんは便宜まで図ってくれたんだけど、一つ気になることが。中等部……?

 

「え゛。もしかして、高等部の方だったりします?」

 

こんななりだけど、トリニティ総合学園一年生です。そのことを伝えると、シミコさんはちょっと固まって……

 

「ご、ごめんなさい! 背丈的にてっきり中等部あたりの子かなって! 制服も着てないですし! ……同級生だったんですね……」

 

確かに私は小柄な方だし、今日は制服を着ていなかったから勘違いされるのもわかるんだけど、焦って百面相をするシミコさんがなんだかおかしくて、私はつい笑ってしまったのだった。

それからだ。私がシミコさんのことを、同級生なのに、親しみを込めて"先輩"と呼ぶようになったのは。

 

 

 

「ううう……。恥ずかしいからその呼び方はやめてください……」

 

「ごめんなさい。癖になっちゃって、つい。2人とも、この人は円堂シミコさん。図書委員会に所属していて、私がよくお世話になっている人なの。シミコさん、この2人は私と同じ補習授業部のメンバーで……」

 

「あ、阿慈谷ヒフミと申します。成り行きでですが、補習授業部の部長を務めています」

 

「白洲アズサだ」

 

「補習授業部……。ああ、これはご丁寧に。円堂シミコといいます。この図書館や、本についてわからないことがあったら、なんでも聞いてくださいね?」

 

シミコさんは一瞬目を伏せたけど、すぐいつもの調子に戻って2人に挨拶してくれた。まあ補習授業部って、成績悪いですよって公言してるようなものだから、あんまり言わないほうがいいか。ちょっと失念してた。

 

「シミコさん、この前借りた本の返却と、ちょっとお願いがあるんだけど。わかりやすい参考書の類ってない? 実は一次試験落ちちゃって……」

 

「え? コハルさんが落ちちゃったんですか? ……ああ、お連れの方ですか。これは失敬を。もちろん山のようにありますよ。こっちです。あ、返す本はこの場で預かっておきますね」

 

私から本を受け取ったシミコさんは、カウンターの裏にそれを置いたあと、手招きして案内し始めた。

 

流石は学園の総合図書館なだけあってか、参考書の類は本当に山のようにあった。本棚に詰められたたくさんの本の背表紙を指でなぞりながら、シミコさんが通路を歩いていく。

 

「わかりやすいのは、えーと……これと、これ……あと、これかな。この3冊だけでも、要点がまとめられててわかりやすいと思います。合格ラインは60点でしたっけ?」

 

「うん。ギリギリで落ちちゃったから、これがあれば次は受かると思う。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

シミコさんから受け取った本をアズサに手渡す。アズサは興味深そうに受け取った本を眺めていた。

 

「これが参考書……。思ったよりも薄い。もっと分厚いものかと思っていたけど」

 

「中にはもっと厚いものもありますよ。これらは必須の知識だけをまとめたものですから。『10日で受かる〜』とか、『猿でもわかる〜』とか、そんな感じのやつです。本当はもっと色々オススメしたいところなんですが、二次試験って確かそんなに余裕ないですよね?」

 

「うん。一週間合宿して次の日試験だから、全部含めてあと10日くらい。よく知ってたわねシミコさん」

 

「一応調べましたので……というか、合宿ですか?」

 

シミコさんは怪訝そうに眉を上げた。

 

「ティーパーティーから合宿しろって話で……。いわゆる勉強合宿ってやつ。私も参加するのはちょっと不安だけど、ティーパーティーからの命令じゃ仕方ないかなって。だよね、ヒフミ先輩……ヒフミ先輩?」

 

同意を得ようとヒフミ先輩の方を振り向いたら、彼女は全く別のことに気を取られてこちらを見ていなかった。……? 何を見てるのかな。

 

「こ、これは……!」

 

プルプルと震える指先が示したのは、一冊の本。なんというか……だいぶ独創的な感じの、白い鳥? みたいな生き物が、『難しい試験もこれで合格!』みたいなセリフを宣っている表紙が特徴的な参考書。正直ほんとに合格できるのか不安になっちゃうような本だ。

 

「あまりに売れなくて1刷で打ち止めになり、残ったものも捨てられたり的にされたりして今や完品がほとんど残ってない、『ペロロ様が教える学習の基礎』じゃないですか!! うはぁ~! ここまで綺麗な状態のものは初めて見ました!!」

 

あ、やっぱり売れなかったんだ。

ヒフミ先輩はその本を棚から抜き出し、感極まったかのように抱きしめた。……あの、ヒフミ先輩? 急にテンションおかしくなってない? どうしちゃったの突然!?

 

「すみませんこれ買取ってできますか!?」

 

「できません」

 

「言い値で買いますので!!」

 

「売り物ではないので……」

 

急に暴走特急と化したヒフミ先輩の要求を、シミコさんはにべもなく切り捨てる。まあ、そうなるよね。むしろ図書委員会の本関係でこの対応ならまだ温情かもしれない。聞いた話だと、期限を過ぎても本を返さない生徒相手に、大量の催涙弾でもって暴動起こしたりしたこともあるらしいし。

 

「あうぅ……どうしても、ダメですか?」

 

「そこまでその本を気に入ってくれるのは、図書委員会の人間としては好感を持てるんですが……委員会所有の本なので、私が許可を出すわけには……」

 

「そうですか……そうですよね……うぅ……」

 

どうしても諦めきれないのか、本を抱えたまま微動だにしなくなったヒフミ先輩に、シミコさんは優しい声で語りかけた。

 

「売ることはできませんが、貸し出しすることはできますよ。図書カード、作ります?」

 

「是非お願いします!」

 

すごい、ここまで即断即決する人初めて見た。ヒフミ先輩がこんなにもテンション爆発するなんて……そんなに好きなのかな、このキャラ。

いやまて。今気づいたけど、この本のキャラクター、ヒフミ先輩のリュックや小物に使われているキャラにそっくり、というか同じキャラだ。なるほど、ヒフミ先輩はマニアってやつだったのね……。正直だいぶ人を選びそうなキャラクターだと思うけど、好きなものは人それぞれだし。説明を思い返す限り希少な物っぽいから、テンション上がるのも仕方ないのかな。

私が一人うんうんと頷いていると、隣でアズサが震えていた。あれ、どうしたのアズサ?

 

「……か」

 

「か?」

 

「可愛い……!」

 

「へ?」

 

おおブルータス、お前もか。古代の王様と同じ心境になった私を置いて、アズサは満面の笑みでヒフミ先輩並にテンションを上げていた。待って、その表情初めて見たっていうかもうついていけないんだけど!?

 

「ア、アズサ?」

 

「か、可愛すぎる……! なんだこれは、この、丸くてふわふわした生き物は……!! この目、表情が読めない……何を考えているのか全くわからない……!」

 

「流石はアズサちゃん!」

 

ヒフミ先輩がこちらに気づいてグルンッ!と振り向いた。今の動きは正直かなり怖い。表情は普段と変わらないだけ余計に怖い!

 

「ペロロ様の可愛さに気づいてくれたんですね! まさにそうです! そういうところが可愛いんですよペロロ様は!」

 

「これがペロロ様……! こ、これは? このページの……」

 

「それはMr.ニコライさんといって……」

 

うわあすごいことになっちゃった。そんな感想しか出てこない光景に、私は一人置いてきぼりをくらっていた。い、いったん深呼吸して落ち着こう。これ以上興奮すると心臓に悪い。

スーハーと息を整えつつ、どうやってこの2人を止めようか考えていると……

 

「……お二人共」

 

「「「……あ」」」

 

「『図書館ではお静かに』と、聞いたことはありませんか? これ以上騒ぐようでしたら……」

 

 

 

「わかりますよね?」

 

「「ごめんなさい」」

 

シミコさんのプレッシャーに、2人の友人はたちまち屈したのだった。普段おとなしい人ほど、怒ると怖い。また一つ勉強になったわね、2人とも。

 

 

 

 

シミコさんに案内されて図書館内を巡り、色々な本を見たり、私が借りた本を返却したり、アズサ用の参考書を新しく借りたり、ヒフミ先輩が図書カードを作って例の鳥の本を借りて舞い上がったりしたあと。私たちは図書館を出ようとしていた。なんだかんだ時は過ぎていき、もう夕暮れ時だ。夕焼けが図書館を焼いて、私たちのいる正面玄関をオレンジ色に染め上げている。

もうこの時間帯だと日傘は必要ないかな。そう思って、取り出しかけていた日傘をカバンの奥底にしまい込む。ヒフミ先輩とアズサは二人で何やら話し合っているようだ。まあまず間違いなくペロロ……様? 関連だろう。

 

「コハルちゃん」

 

その時、お見送りに来てくれていたシミコさんが、私に話しかけてきた。その表情はいつになく不安そうだ。

 

「先程は聞きそびれましたが、合宿に行くんですよね? ……本当にティーパーティーがそんなことを?」

 

「う、うん。ヒフミ先輩がそう聞いたって」

 

「……ふーむ」

 

シミコさんは手を顎に当てて少し考え込んでいるようだった。

 

「……委員長の言うことも、あながち与太話ではないのかもしれませんね」

 

「? 今なんか言った?」

 

「いえ、なんでも。……コハルちゃん」

 

シミコさんは私の手を両手で包んで、真剣な顔で私を見つめた。眼鏡のレンズに、私の困惑した顔が映っているのが見える。

 

「今後、何かあったならすぐに連絡してくださいね。どんなに些細なことだとしても。すぐ助けに行きますから」

 

「シミコさん……」

 

……シミコさんがこんな反応をするあたり、やっぱり私、何かに巻き込まれてるみたいだ。間違いなく、ティーパーティーは絡んでるみたいだけど……。

 

「……ふふっ。心配してくれるなんて、流石はシミコ先輩、優しいね」

 

「! んもう! コハルさんはすぐにそう!」

 

シミコ"先輩"を茶化して雰囲気を和らげる。うん、シミコさんはそうやってるほうがよほどいい。私のことで気をもむ必要なんてないんだし。――これは私の問題だから。

 

「そういう悪い子には……こうです!」

 

「ひゃっ!」

 

急に悪そうな顔を浮かべたシミコさんは、いきなり私に近づいて背中と膝裏に手を回し……軽々と私を持ち上げた。こ、これ、お姫様抱っこ……!

実はシミコさんはこんな見た目でかなりの力持ちだ。本人は「いつも本を運んでいて鍛えられてるんです」と言っていたが、本ってそんなトレーニングアイテムだったっけ……?

 

「ちょ、シミコさん! 私が悪かったから、降ろしてぇ……!」

 

「! ……」

 

「シ、シミコさん?」

 

「……ふふふっ。ごめんなさい。日頃の仕返しです。えいやっ」

 

「ひゃあっ!?」

 

その場でクルンと一回転。景色が目まぐるしく移り変わり、一瞬だけ、浮遊感が私の体を支配した。シミコさんが私ごと一回転したのだ。

 

「め、目が回る……」

 

「あんまり人をからかいすぎると良くないですよ、お姫様。いつか手痛いしっぺ返しをくらいますから。さあ、降ろしますね」

 

「お、お姫……!?」

 

お、お姫様って、からかってくる時のイチカ先輩じゃないんだから……! ううう、恥ずかしいけど、今までからかう側だったぶん何も言い返せない……。地面に降ろされた私は、しばらくの間頭の羽で目元を隠してうずくまった。シミコさんのおかしそうな笑い声が、やけに印象に残った。

 

 

 

――コハルさんたちが去ったあとしばらくして。私は図書館のカウンターで一人、頬杖をついていた。

 

「……コハルさん」

 

口から自然と思考が零れ落ちる。独り言が大きいのは問題だが、図書館が閉館した今ここにいるのは私だけだから問題ない。

 

「……また、軽くなってました」

 

コハルさんを抱き上げた時に感じた違和感。以前、コハルさんを持ち上げた時よりも、わずかな差ではあるが……それでも確実に、体重が軽くなっていた。ただでさえ、小柄でもともと軽いというのに。これ以上軽くなったらいずれ魂だけになってしまうのではなかろうか。

この上さらに頭が痛いのは……

 

「合宿……ティーパーティーですか……」

 

・・・

 

コハルさんたちが訪れる前、急に委員長が図書館にやってきた。なんと自発的に外に出て人と話してきたという委員長に、それを聞いて仰天した私はすわ明日はトリニティ滅亡かと戦々恐々としたものだ。

 

「……ふいぃ。久しぶりに話しましたが、やはりあまりいい感じはしませんね、ティーパーティーは。せっかくのお茶も味わえる空気ではありませんでしたし、というかそもそも味も好みではありませんし……これだから外の人は……」

 

そんな私を尻目に、アイスコーヒーで喉を潤しながら、委員長――ウイ先輩は、苦々しい顔で私に言ったのだ。

 

「シミコ。コハルさんの動向には注意を払っておいてください。それと、動ける人には連絡を。できる限りなってほしくはないですが……そう遠くないうちに荒れますよ、今のティーパーティー――トリニティは」

 

その後、委員長は疲れたらしく、コハルさんに会うのを断念して古書館へと戻って行ったのだった。

流石に委員長が穿ちすぎなのでは? と、正直思っていた節があるのだが……

 

・・・

 

「コハルさん……大丈夫ですよね、きっと」

 

窓から見える月に、一人疑問を投げかける。まんまるのお月さまは、私に応えてくれることはなく、ただ神秘的に輝くばかりだった。

 

 

 

時は少々遡り、夕焼け時。カラスが鳴く声がわずかばかり聞こえる、どこかの公園。

寂れたブランコに腰掛けて、漕ぐわけでもなく、ただ地面を見つめる少女が一人。

 

「……」

 

意気消沈。という言葉が似合う様子の彼女。その瞳は、常よりも昏い。彼女以外誰もいない公園には普段の喧騒はなく、時折ブランコがキィ……キィ……と、静かに軋む音が響くだけだ。

 

そこへ、人影がもう一つ。

 

夕焼けに照らされた影は、ゆっくりと少女のもとへ近づいていき……

 

「……ひゃっ! 冷た……あ……」

 

「――こんにちは、ハナコさん」

 

突然感じた頬への冷たい接触。驚いた少女……浦和ハナコが振り向いたその先には、自販機ででも買ったのだろう、水滴が着いたペットボトルを持ち上げて、笑みを浮かべる影の正体が。

 

「……宇沢さ……レイサ、さん」

 

「えへへ。もうこんな時間ですから、こんばんは、が正しいですね。……ハナコさん」

 

少し、お話しませんか。

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