ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その17

 

「隣、失礼しますね」

 

そうひと声かけてから、レイサさんは私の隣のブランコに腰掛けた。錆びた金属の軋む音が一つ増える。寂れた公園に、二人の人間。それでも、あたりは静寂に包まれたままだった。

 

お話しようと言われたが、今の私に、口を開くような余裕は欠片もなかった。何故なら、自分の犯した罪に打ちのめされている最中だったから。

 

――私は、自分の意志で、一次試験を不合格になった。合格してしまったら、補習授業部が解散して、あの子たちと……もうコハルちゃんと話す機会がなくなるんじゃないかと、そう思ってしまったから。あの反吐が出るような灰色の日常に、また戻ってしまうのではないかと。

そんな、手前勝手な思考で行動した結果。蓋を開けてみれば全員参加の合宿が控えており……コハルちゃんの体に、多大な負担を背負わせる結果となった。言い訳にしかならないが、そんなつもりではなかったのだ。私はただ、もう少しだけ、このぬるま湯(補習授業部)に浸っていたくて……

 

だが、私の浅慮が、コハルちゃんをまた傷つけているのは事実だ。それも一度ならず二度までも。こんな人間が、コハルちゃんの友だちであっていいはずがない。

 

結局、私はどこまでも自分勝手な人間だったのだ。自分の都合で他者を巻き込み、歪める、そんな浅ましい人間だった。そういう勝手な人間に嫌気が差して、学校を辞めようとまでしていたというのに。その実私自身が、同じ穴の狢であったなどと……なんと滑稽なのだろう。

 

 

 

「……コハルさんと、何かあったんですね」

 

ぽつり。隣で夕焼けを見つめていたレイサさんが、静かに語りかけてきた。私は応える気力もなく、ただ地面を見つめ続けた。

 

「詳しいことは聞きません。今お話するのは、辛いんだろうなとは思いますから」

 

プシュッ! 破裂音がして、レイサさんの手に持ったペットボトルが開封される。シュワシュワと泡を立てる炭酸飲料を一口飲みながら、レイサさんは続けた。

 

「……その代わり、ひとつ話を聞いてはくれませんか?」

 

 

 

トリニティに、とある一人の女の子がいました。

その子は昔から正義感が強く、ヒーローになりたいと常に思っていました。

その気持ちは、体が成長するにつれて、次第に行動に現れていきます。

スケバン、不良、エトセトラ……数多の『悪い人たち』に、女の子は勝負を仕掛け、打倒してきました。何度か危ない目にも遭いましたが、それでも女の子は辞めませんでした。戦って、正義をなすことが、とても楽しかったからです。

そんなある日、女の子はとあるスケバンの話を聞きます。トリニティ中を震え上がらせているスケバン、怪猫キャスパリーグ……。

女の子は早速件のキャスパリーグを探して、勝負を挑みました。結果は惨敗。女の子は軽くあしらわれてしまいました。

ここまで余裕であしらわれるのは初めてでしたから、女の子は驚くと同時に、ふつふつと気持ちが湧いてきました。キャスパリーグを打倒したい、と。

それから、女の子は毎日キャスパリーグを襲い、その度に叩きのめされました。向こうは面倒くさかったかもしれませんが、女の子は楽しかったのです。

そんな日々が数年続いて……女の子は、高校一年生になっていました。正義実現委員会が肌に合わず、自警団に所属するようになっても、女の子はスケバン狩りを続けていました。しかし、キャスパリーグは……ある時を境に、ふっつりと姿を消してしまい、しばらく勝負を挑むことができていませんでした。

 

ある日、雨が降る夜道の中で、女の子は偶然キャスパリーグに遭遇します。久しぶりの邂逅……相手は気づいていないようです。

チャンスだと、女の子は思いました。今なら、不意打ちすれば通じるかもしれないと。あのキャスパリーグですから、恐らくは直前で迎撃されるでしょうが、それでもよかった。また、あの頃のように、勝負を挑みたかったのです。

女の子は即座にキャスパリーグを奇襲しました。

 

 

 

キャスパリーグの傍に、もう一人、別の人間がいたことに気づかずに。

 

 

 

キャスパリーグが女の子に気づかなかったのは、夜間で雨が降っていたのもありましたが、その別の子に注意を払っていたから。

その子は普通の人より体が弱い子で、キャスパリーグは心配して家路に付き添っていました。その子がかなり小柄だったこともあり、女の子からはキャスパリーグに隠れて見えなかったのです。

そんな状況での女の子の奇襲に、その子だけが気づきました。そして……

 

 

 

「コハル! コハルッ!! しっかりして!!」

 

暗い夜。振り続ける雨の中、街灯の光がおぼろげに映し出す光景。小さな女の子を抱えて呼びかける、猫耳を生やした少女。

 

「なんで……! なんで私をかばったの! そんな体で、どうして……! 起きてよ、お願いだから……」

 

涙声でその子を揺さぶるキャスパリーグ。それを見て、私は立ち尽くしていた。雨粒が頭から体を濡らすが、そんなことはどうでもいいことだった。

 

――先手必勝! 杏山カズサ、覚悟!

 

――! カズサ危ないっ!

 

――え? うわっ!

 

私の不意打ちは、予想とは違う形で防がれた。キャスパリーグの陰にいた少女が、キャスパリーグを突き飛ばし……代わりに、私が放った弾丸を受けたのだ。直撃だった。至近距離で散弾を全弾くらったその子は派手に吹っ飛び、地面に叩きつけられた。

そして今に至る。

 

キャスパリーグ……杏山カズサが狂乱してその子にすがりつく中、私はひたすら固まっているばかりだった。

無関係の子を、撃ってしまった。自警団として、正義を志していた私が。それも小さな子を。

やってしまった。カチカチと、私の意志とは関係なく歯が音を立て、雨の冷えとは無関係に体が震えた。手から力が抜け、持っていた愛銃が滑り落ちて、大きな音を立てた。

 

それで初めて気づいたように、杏山カズサが私の方を振り向いた。

 

「――宇沢、レイサ……!」

 

あの表情を、私は一生忘れることがないだろう。面倒な顔はされてきた。不敵な顔も見てきた。

でも、あんなに怒りと憎しみの籠もった顔を向けられたのは、初めてだった。

 

それもショックで。動揺していた私は、救護騎士団を呼ぶこともせず、「ち、違……こんな、つもりじゃ……」と、言葉を濁すばかりだった。

杏山カズサは無言で私を見つめていた。色のない怒りが、彼女の中で渦巻いているのは明らかだった。

しばらく彼女は私を見ていたが……ふと目を伏せ、視線を切って、かばった女の子のほうに向き直った。

 

「……宇沢」

 

 

 

「もう、私に関わらないで。二度とそのツラ見せるな」

 

 

 

「……そして女の子は頭がぐちゃぐちゃになって、その場から逃げ出したのです。落とした銃も拾わずに、雨の中を突っ切って。走って、走って、走りつづけて……」

 

地面を向いていた私の視線は、いつの間にかレイサさんの方を見つめていた。それだけ、今の話が衝撃的だったのだ。

私の視線に気づいて、レイサさんは自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「……その女の子が誰で、かばった子が誰なのかは、もう言わなくてもわかりますよね?」

 

私が朝、貴方に話そうとしたのはこのことです。――私も以前、コハルさんに傷をつけた人間なんです。

 

レイサさんの手に持ったペットボトルが、中で静かに泡を立ち上らせた。

 

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