ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その18

人間、罪の意識があると、悪い方向に物事を考えがちです。例に漏れず私もそうでした。

 

キャスパリーグに報復されるのではないか。

 

自警団にバレて軽蔑されるのではないか。

 

もしかしたら、このことでトリニティを退学になるのではないか。

 

……これらは正直、そこまで重要ではありませんでした。徹頭徹尾私が悪いわけですし、それで私にしっぺ返しが来るというのなら、それは正当な断罪でしょう。もちろん怖かったですけどね。

 

私が真に怖かったのは……私が撃ってしまったあの子――コハルさん。あの子が、もしも……光輪が砕けて(死んで)しまっていたら。

当時はコハルさんのことを何一つ知りませんでしたが、それでもキャスパリーグの取り乱した様子から、普通のキヴォトス生まれの子とは違うことはわかっていました。普通ならたかが一発やそこらの誤射でどうということはありませんが、あの子ならもしかすると……

 

そこまで想像が働いていながら、私は確認しに行くことはありませんでした。どんな顔で会いに行けばいいのかわかりませんでしたし、何より怖かったんです。自分の罪を直視することが。

日和った私は、常に罪の意識を感じながらも日常を過ごしていました。

 

ただ、このことは、私に他にも影響を与えていました。このことについて他に隠していた私は、自警団に呼ばれても適当な理由で活動に参加しませんでした。しかしいつまでも断り続けることもできず……私は、ついに自警団の活動に復帰することになりました。

未だに落とした愛銃を探しに行く気にもなれず。壊れてしまったと嘘をついて。

自警団が保有する銃を一丁借りて、私はパトロールに参加しました。しかし……

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

手が震える。動悸が激しくなる。照準が定まらない。引き金にかけた指が動かない。

 

あの日の光景が脳裏に蘇る。

 

――! カズサ危ない!

 

突き飛ばされるキャスパリーグ。かばった子に直撃する銃弾。吹き飛ばされ、叩きつけられた小さな子。慟哭するキャスパリーグ。

 

そして、それを為した、私自身。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!――」

 

「レイサさん……? 聞こえますかレイサさん!? どうしたんです!?」

 

「……? なんだコイツ? 撃ってこねえぞ?」

 

「なにが何だかわからんが、チャンスだ! 今のうちに袋にしちまえ!」

 

襲いかかってくる不良たち。しかし、今の私はそれどころではなく。

 

「――ッ! 閃光弾、投擲します!」

 

バシュッ! と、強烈な光が視界を焼き、何も見えなくなる。同時に、手に温かい感覚。

 

「撤退しますよ! こっちです!」

 

目が、目がァァァッ! とのたうち回る不良たちを尻目に、パトロールの同伴者、スズミさんに手を引かれて、私はその場を離脱した。

 

 

 

「……ここまで来れば、もう追ってはこれないでしょう。レイサさん、どうしたというのですか」

 

スズミさんに手を引かれて走ることしばし。十分に距離が離れたと判断したのか、スズミさんが手を離して私に詰問した。視力が復活していた私は、しかしその質問に答えることができなかった。

 

「はぁっ……はあっ…………うぷっ!」

 

咄嗟に口元を押さえたが、堪えきれなかったものが手から溢れる。ビシャビシャッと胃液が零れ落ちて、地面を汚した。

 

「レイサさん!?」

 

「ご、ごめ……ゲホッ。私……わたし、は……」

 

 

 

 

「ごめんなさいっ!」

 

「まっ、レイサさ――」

 

スズミさんの静止を振り切って、私はまたもやその場から逃げ出した。

 

……私は、銃が撃てなくなっていた。

 

 

 

銃を握れなくなった上、自警団の前でも無様を晒した私は、日常生活すら不安定なものとなっていました。

不良狩りもやめ、パトロールもせず、ただ学校と家を往復する毎日。それでも、私の中の罪悪感はいつも鎌首をもたげてきました。道行く人の視線が、私を責めているように感じたのです。

道行く学生。屯する不良。通りすがる人々。誰も私のことなんて見ていないはずなのに、私のことを見つめている。罪人を見つめている。逃げ続ける私を嘲笑っている。……実際はそんなことないんですけどね。全部思い込みです。でも当時の私には、そう見えていたんです。

 

それが辛くて、苦しくて。でも向き合う勇気も無くて。私はついに学校からも逃げ出しました。

 

 

 

「……ははっ」

 

口から渇いた笑みがこぼれる。誰もいない寂れた公園。ブランコに腰掛けた私は、それを揺らすこともなくただ座っているだけだった。

 

「学校、サボっちゃいました……」

 

まさか私自身が学校をサボることになるとは思いもしなかった。そんな不良じみた真似を、今まで不良狩りを続けてきた人間がやるなんて、なんと皮肉だろう。

 

「……もう、学校行きたくないな……」

 

それが逃げだとわかっていながら、私はその考えを止めることができなかった。結局、私はヒーローなんて器ではなかったのだ。無関係な人を傷つけ、勝手にライバルだと思っていた相手に軽蔑され、仲間にも迷惑をかけた。あげく過ちに向き合うこともできない。これのどこが、ヒーローなのか。スーパースターなのか。

 

「……いや、もう、いっそのこと……」

 

自身の首元に手をかける。光輪を砕いたことなんて一度もないし、ましてや自分のものなんて。だけど、こうすれば楽になる気がして。

そのまま力を込めようとした、その時。

 

ピトッと、頬に冷たい感触。

 

「冷たっ!?」

 

思わず飛び退った私は、驚いてそちらを向きました。そこにいたのは、飲み物のペットボトルを手に持った、正義実現委員会の黒い制服を着ている小柄な女の子――

 

「あ――」

 

「こんにちは」

 

 

 

「少し、お話しませんか?」

 

 

 

「本当は、もっと早く話したかったんだけど。お医者さんとか、救護騎士団とか、友達に止められちゃって、ここまで復帰に時間がかかっちゃった。ごめんなさい」

 

お隣、座りますね。そう言って、彼女は私の隣のブランコに座りました。立っているのが辛かったのか、軽く息を吐く音が聞こえました。

 

「……どうして、ここを」

 

「カズサ……私の友達が、いるならここじゃないかって。貴方のことはあんまり詳しくないとか言ってたけど、ドンピシャなんだから。割と以心伝心の仲よね、貴方たち」

 

意外でした。キャスパリーグ――杏山カズサは、こちらが一方的に勝負を挑む関係で。向こうのことは勿論、向こうもこちらのことはほとんど知らないと思っていたのに。

 

「改めて、はじめまして。下江コハルといいます。最初に言っておくけれど、今日は貴方のことを責めにきたわけじゃないの」

 

「えっ?」

 

どうして? 私の頭は疑問でいっぱいになりました。だって、私は、責められてもおかしくない……ううん、責められるのが当たり前なことをしでかしたというのに。

 

「……貴方のことは、スズミさんから聞き出してるの。パトロールにも参加してなくて、最近じゃ学校に来てるのも見てないって。これはかなり引きずってるなと思って、貴方を探してたの。……ああ、スズミさんにはそこまで詳しく事情は明かしてないから、安心して。まあだいぶ察してはいたけど」

 

そこまで言って、ペットボトルの中身を一口。喉を潤したコハルさんは、改めて私の方を向きました。

 

「この度は、話をややこしくしてごめんなさい」

 

そして頭を下げてきました。――え!?

 

「な、なんで貴方が頭を下げ……!? ま、待ってください! 本当に謝るべきなのは、私の方で」

 

「ううん。貴方とカズサの関係は、カズサ自身から聞いてる。貴方がとても正義感が強くて、……ちょっと空回りしがちだけど、悪い子じゃないってことも。あの時も、昔の感覚で勝負を仕掛けただけなんでしょ? 私が咄嗟に庇っちゃったから、あんなことになっただけで」

 

私が普通の体なら、ちょっとした、昔の貴方たちみたいな小競り合い程度で済んだと思うの。本当にごめんなさい。

 

そう言って、コハルさんは再び頭を下げてきました。

 

なんで。どうして。悪いのは、私の方なのに。

 

「どうして、そんな……っ!」

 

内心のぐちゃぐちゃが、荒んだ声になって表に出ました。

わからない。この子の考えることが、何もかも。

 

「なんで、私に謝るんですかっ!! 貴方は被害者じゃないですか!! 先に攻撃を仕掛けたのも私! 貴方に気づかなかったのも私! 全部私が悪いのに!!」

 

私はコハルさんに掴みかかりました。体が弱いことはもう察していたというのに。それでも、自分を抑えることができませんでした。

 

「貴方が責めないのなら、私は……誰に許しを請えばいいの……」

 

でもコハルさんは、ちょっと倒れかけましたが……そんな私を受け止めて、背中に手を回して、抱きしめました。

 

「レイサさん。私が悪くないというのなら、この件は、誰も悪くないの。ただ、間が悪かっただけ。……カズサは、思うところがあったみたいだけど……否定はしなかったから」

 

カズサから貴方のこと聞き出すの、結構大変だったんだよ?

 

コハルさんは笑って、当時のことを語り始めた。

 

 

 

「……う……ここは……」

 

悲しいことに見慣れてしまった白い天井。それを見つめながら、私は軽く息を吐いた。

 

「救護騎士団の病室……うっ!?」

 

「コハルっ!」

 

横から衝撃が走り、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。く、苦しい……発作とは別の意味で苦しい。

圧迫感を感じながらも下手人の腕をタップすると、すぐ気づいてロックが緩んだ。そのまま顔を確認し……ああ、やっぱり。

 

「カズサ、落ち着いてよ。中身が飛び出しちゃう」

 

「コハル……ごめん。でもアンタ、3日も起きなかったから、今まで怖くて……下手すると死んじゃうんじゃないかって」

 

3日も!? 至近距離の散弾とはいえ、たかが一発食らっただけで!? いや、我ながら弱すぎるでしょ、私の体。外の人間じゃないんだから。……外の人間なら流石に死んでるか。でもなぁ……

キヴォトス生まれとしてあるまじき肉体の脆弱さに辟易する。よく今まで生きてこられたわね、私……

 

「カズサの方は、大丈夫? 怪我はない?」

 

「こっちは無傷。アンタを盾にしといて怪我なんてしてたらもう……ね」

 

「……っ。そ、そうだ。あの子は? ほら、襲ってきた……」

 

「グスッ……ああ、アイツ?」

 

カズサは目元を拭うと、涙声から一転して低い声を吐き出した。

 

「アイツなら逃げたよ。銃も落としてったけど、拾わずに。謝るくらいはするかと思ってたけど、あんな奴だとは思わなかった」

 

「……知ってる子なの?」

 

「知ってるていうか……腐れ縁というか。昔、一方的に絡んできてただけ」

 

「……もしよかったら、教えてもらえない?」

 

「……はぁ」

 

あんまり昔の話はしたくないんだけどさ。そう言って苦い顔をしながらも、カズサはあの子について話してくれた。

 

宇沢レイサさん。なんというか、熱血!正義!って感じの人だったみたい。中学時代、だいぶグレてたカズサに対して、毎日勝負を仕掛けて来ていたそう。

 

「毎日毎日飽きもせずに、事あるごとに「挑戦状を、受け取ってくださいー!」ってつっかかってきてさ。ほんとに鬱陶しいったら。何度叩きのめしてもしぶとく付きまとってきて……仕方ないから、適当にあしらってた」

 

でも、私があの子に……『普通』に憧れて、スケバンを辞めて。足を洗ってからは、会うことはなくなってたんだけど……

 

そこまで言ってから、カズサは顔をゆがませて、私に頭を下げた。

 

「ごめんコハル。アンタが怪我したの、私のせいだ。足を洗う時、きっちりアイツと縁を切ってれば、こんなことにはならなかった……ほんとにごめん」

 

「……カズサ。手、出して?」

 

「手? って……あ、ちょっと」

 

困惑するカズサの手を勝手に握る。うん。私の手より大きくて、暖かい手だ。お菓子をつまんだり、銃を握ったり、私を気遣ってくれたりする、優しい手。

 

「カズサは悪くないよ。むしろ悪いのは私の体だから」

 

「……いや、なんでそうなるの?」

 

カズサは困惑した様子だった。

 

「コハルの体は、生まれつきそうなんだから仕方ないじゃん。あんまり自分を下げると怒るよ」

 

「……ありがと。でもね、こう思うの。私の体が普通だったなら、当たりどころが悪くてもしばらく気絶するだけで済んでたって。咄嗟に私が動いちゃったから、カズサも、レイサさんも傷つけちゃった。レイサさん、逃げちゃったんでしょ?」

 

「……そうとも言える、けど……でも!」

 

「聞いて。カズサの話を聞いてて思ったの。レイサさんは悪い人じゃない、ちょっと真っ直ぐすぎるだけで、誰かのために戦える正義の人なんだって。でなきゃカズサにしつこく戦いを挑まないし……カズサも、ただ鬱陶しいだけなら当時本気で叩き潰してるはず。そうしなかったのは、鬱陶しいだけじゃないものがあったからでしょ? ……違う?」

 

「……」

 

カズサは憮然とした顔で黙り込んでしまった。否定しないってことは、そういうことだよね?

 

「ねぇカズサ。一つお願いがあるんだけど、いい?」

 

「……内容にもよるけど」

 

「いいってことね。私、レイサさんと話してみたい。できれば一対一で。だから、レイサさんと渡りをつけてもらえない?」

 

「……あのさ、話聞いてた? 私は宇沢とは親しいわけじゃないし、渡りをつけるなんて無理。アンタだって今さっき目覚めたばっかだし、そんな状態でアイツとサシで話し合いとかもっと無理。そもそも、二度と顔見せるなって言った手前……」

 

「……ダメ、かな。やっぱり」

 

「……。はあぁぁぁ。あーもう、ほんとにアンタって……」

 

しょんぼりしながらカズサを見つめると、ガシガシと頭を掻き、ため息を吐きながらも、カズサは小さく頷いてくれた。

やっぱり、なんだかんだ言って優しい人だ。カズサは。

 

「言っとくけど、アイツと親しくないのは本当だから。アイツの家とか、普段何してるかなんて全然知らないし、わかんない。……ただ、アイツ正実を蹴って自警団に所属したって噂で聞いたから、同じ自警団の奴に話聞いたらいいんじゃない? アイツがどこにいるかぐらいは知ってるかもよ」

 

「それだけ聞ければ十分。ありがとうカズサ!」

 

「待った! 今すぐにでも行こうとしてるみたいだけど、さっきまで意識なかったの忘れたの? ――先に医者に診てもらって、元気だって太鼓判押されてから。じゃなきゃここでアンタをふん縛ってでも止めるから」

 

「うっ……。ちょっとだけだから、ダメ?「ダメ」わかりましたごめんなさい」

 

本気で縛られそうだったから、その日に動くのは諦めた。カズサがナースコールで救護騎士団の人を呼び出す音を聞きながら考える。……レイサさん、思い詰めてないといいんだけど。

 

 

 

私が撃たれてから二週間近く。お医者さんと救護騎士団の人たち、追加で何故か正実の同級生たちとアイリたちスイーツ部を宥めすかして泣きついて、なんとか退院を勝ち取ってから、私はレイサさんの話を聞こうと知り合いの自警団に連絡した。

 

「お久しぶりです、スズミ先輩」

 

「お久しぶりですね、コハルさん。今日は体の具合はどうですか?」

 

守月スズミ先輩。自警団所属の二年生。何度かトラブルに巻き込まれて死にかけたところを助けてもらってる人。正義実現委員会の入部を一度断られた時期に知り合ってて、そのせいか一度だけ自警団に誘われたことがある。どうしても自警団にいる私が想像できなくて、申し訳なさを感じつつも断ったけど。

 

「色々とありましたけど、今はだいぶ調子がいいです。ハスミ先輩達には随分と心配かけちゃいましたが」

 

「……そうですか。あまり無理はなさらないよう。貴方が傷つけば、私も辛いです」

 

「ありがとうございます。あんまり無理しないようにします」

 

「"あんまり"じゃなく常にそうしてください。でないと今まで助けてきた意味がなくなりますから。……ところで、今日は私になんの用事が?」

 

「少し聞きたいことがあって。宇沢レイサさんをご存知ですか?」

 

その名前を聞いたスズミ先輩は、少し複雑そうな顔をしていた。え? 何その反応?

 

「レイサさん、ですか……確かに、自警団の仲間ですが……彼女が何か?」

 

「その、ちょっといろいろあって勝手に心配してると言いますか……今、彼女の様子に変わったこととかは?」

 

「……」

 

スズミ先輩はしばらく黙ったあと、おもむろに私に頭を下げた。ってえぇ!? なんで!?

 

「皆まで言わずともわかります。レイサさんがまた何かやらかしたのですね。代わりに、私が謝ります」

 

「えええ!? いやスズミ先輩が謝るようなことでは……ていうか"また"って……」

 

「……レイサさんは、その……悪い人ではないのですが……」

 

ものすごく言いづらそうにしながらも、スズミ先輩は言葉を続けた。

 

「やる気があるのは大変結構なのですが、どうも空回りすることが度々……実力もあって優秀な人なんですが……」

 

「あー……」

 

ごめんなさい知ってます。主に被害に遭ってた友人からそれはもう色々と。レイサさん、カズサの前以外でも割と暴走しがちだったのね……

 

「ただ、ここのところ理由をつけてはパトロールを欠席しがちで。近頃ようやく出てきたんですが……」

 

スズミさんは以前のパトロールの様子を詳しく話してくれた。……! レイサさん、やっぱりめちゃくちゃ気に病んでる。銃が持てなくなってるのは尋常じゃない。きっとこの前のことがトラウマになってるんだ。うわあどうしよう早く会わないと!

 

「あの、スズミ先輩。今レイサさんはどちらに?」

 

「申し訳ないのですが、私にもわかりません。自警団として活動を共にはしますが、普段どこで何をしているかは……最近は連絡もつかなくて……」

 

「そう、ですか……」

 

せっかくの手がかりがここで途絶えてしまった。どうしよう。クラスもわからないし、もういそうなところを虱潰しに探すしか? この広いトリニティで、どれくらいかかることやら。

 

……もしかしたら、"あの人"なら何か知ってるかな。言葉を濁してたけど、ティーパーティーに近い位置にいるらしいし、かなりの事情通だし。でも、忙しいみたいでなかなか連絡つかないしなぁ……

 

悶々と悩む私に、スズミ先輩が声をかけてきた。

 

「あの、コハルさん。もしも、レイサさんに会えたなら。伝えて欲しいことがあるんです」

 

「……伝えてほしいこと……会えるかわからないけど、なんですか?」

 

「……自警団は、いつでも貴方の帰りを待っている、と。何があったのかはあえて聞きませんが……あの人のことですから、ここのところの無断欠勤も気にしていそうなので」

 

大仰な名前こそついていますが、所詮はボランティアの寄り合い所帯ですから。しばらく来れなくても、気にすることはありません。

 

スズミさんはそう言って微笑んだ。

 

……これは、絶対レイサさんに会わないと。理由が一つ増えた私は、「必ず伝えます」と笑みで返し、頭を下げてからその場をあとにした。

 

 

 

 

「――だからといって、会えるわけじゃないよね……」

 

「? どうしたのコハルちゃん」

 

「ううん、なんでも」

 

アイリが私の独り言に疑問符を浮かべた。

 

スズミ先輩との邂逅から数日。結局レイサさんとは会えないままだった。いや、私だって結構頑張ったのよ? クラスの子とか色々聞いて回ったし。でも、だいたいの子が、レイサさんのことを知らなかったみたい。一部は知ってたけど、自警団のことさら騒がしい子ってだけで……いやレイサさん、だいぶ暴れ過ぎでは? スズミ先輩が言葉を濁すのもわかる気がする……いやでも、たまたますれ違った子がいたけど「すごく大人しそうだったよ?」って話もあって……普段から突っ走っているわけじゃないと信じたい。

 

「どうやら探し人が見つからずお困りのようだねコハルくん」

 

「ナツ……」

 

「また始まったわね……」

 

 

私の独り言にいつもの調子で反応したナツに、ヨシミが呆れた様子でため息をつく。ここ最近の、帰り道の日常だ。

 

現在私の家路には、スイーツ部の子たち全員がくっついて帰っている。前は皆同じ寮に住んでるわけじゃないし、同じ住まいの私とアイリが一緒に帰ることが多かったんだけど、たまたまアイリの都合がつかなくて代わりにカズサが送ってくれて……例の一件が起きた。

それ以来、私の周囲には皆がいるというわけだ。そこまでしてくれなくてもいいのにとは思うけど、レイサさんとの一件を引き合いに出されると断りきれず、今に至る。今レイサさんが襲ってくるわけないけど、と言うと「別の人に襲われるかもしれないでしょ? コハルちゃん正実だから、変なところで恨み買っててもおかしくないし」とのこと。ぐうの音も出なかった。

 

閑話休題。

 

「発想を逆転させてみるのだコハルくん。こっちが探すんじゃなくて、相手に探させる。例えば……そう。コハルが『お前の秘密を知っている! バラされたくなければ何日に校舎裏に来るがいい! 待っているぞ!』みたいな内容の張り紙を至る所に貼っておくとか。にひ、どんなに美味しいスイーツも、人に知られなければ日の目を見ないからねー」

 

「な、ナツちゃん。それは……」

 

「それやったら正実がすっ飛んでくるでしょ……」

 

「まがりなりにも正義実現委員会だから、私。そういうのはダメ、廃案。気持ちだけ受け取っておくね」

 

「むう。いい案だと思ったんだけどなー」

 

「はいはい、アホなこと言ってないでさっさか歩く。コハルがいる分どうしたって時間かかるんだから、歩く邪魔しないの」

 

「おおーっ? そういうキャスパリーグさんはいい案がお有りギブギブ頭が割れるっ!?」

 

「その呼び方はやめろって言ったでしょ……!」

 

ギリギリと音を立ててナツの頭が軋む。カズサのアイアンクロー、傍から見てても痛そう。ナツが変にバカにならないといいけど。

 

「いやコハル、こいつ元からわりと馬鹿だから。むしろちょくちょくこうやってネジ締め直してやんないと「人の頭をなんだと思ってるのかなこのキティちゃんはへぶっ!」ほらこうやってってか誰がキティちゃんだはっ倒すよ」

 

「いやカズサ、もうはっ倒してるから……」

 

ヨシミのツッコミが今日も冴えわたる。……うん、私はいい友人を持てた。この思い出は墓場に行っても忘れないだろう。

 

「コハルちゃん? すごい遠い目してるけど、大丈夫? 疲れちゃった?」

 

「ううん。大丈夫。さっき休憩も取ったし。ただ楽しいなって思っただけだから。……ねぇカズサ。レイサさん、どこにいると思う?」

 

「いやだから知らないってアイツのことなんか……」

 

辟易した様子で返すカズサ。うーん、やっぱりもう虱潰ししかないのかな……

 

「……うーん。カズサ、ほんとに思い当たること、ない?」

 

「……ない、ことはない……けど」

 

ナツの真面目な疑問に、カズサが思わず折れた。え、思い当たることあるの? 何?

 

「……言っとくけど、確証があるわけじゃないから。ただアイツ、中学の頃はたまに公園でブランコに座ってるとこ見かけたなって。一人で漕ぎもせずぼーっとしてたからよく覚えてる」

 

「……ははーん。聞きましたかヨシミさんや」

 

「聞いたわよナツさんや。カズサさんってば鬱陶しい相手のこと意外としっかり覚えてるわね」

 

「これはもう相思相愛としか……っ!? おわっ!」

 

「ちょ、危な! カズサ待ってタンマ!」

 

「待つわけないでしょこのボンクラ共そこに直れ!」

 

ピューンッとすごい勢いで走って逃げるナツと、悪ノリしたばかりに巻き込まれるヨシミ。それを数倍の速さで追いかけるカズサ。あれじゃ捕まるのも時間の問題だろう。

 

「あはは……皆すごい早いね」

 

「うん。あれだけ走れるのはちょっとだけ羨ましいかも。あ、そうだアイリ」

 

明日は私、一人で帰るから。

 

その発言に、アイリは今日一で目を丸くしたのだった。

 

 

 

「……で、今日帰る時に公園を多く通る道を選んだら、ドンピシャだったってわけ」

 

虱潰しにならなくてよかったーと、胸をなでおろしているコハルさんに、私は二の句が継げずにいました。

 

「どうして、そこまでして……私なんかのために……」

 

「レイサさんを助けたかったから」

 

……。

 

「さっきも言ったとおり、スズミさんからパトロールの話は聞いてるの。レイサさん、今銃が持てないんでしょ? このキヴォトスで、銃が持てないのはかなりマズイから。そんな状態じゃ、自警団に復帰することもできないだろうし」

 

わ、私には、自警団に復帰する資格なんて……

 

「スズミさんから伝言があるの。『自警団は、いつでも貴方の帰りを待っている』って。しばらく欠勤してたみたいだけど、そもそもボランティアみたいなものだから来れなくても気にしてないって」

 

あ……。スズミさんが、そんなことを……

 

「レイサさん、昔から不良を相手取って大立ち回りしてたって聞いたの。私はこんな体だから、レイサさんがちょっと羨ましかった。だからこそ、こんなことで、レイサさんに躓いて欲しくないと思ってる」

 

コハルさんは私の手を掴んで、両手で包み込みました。体温が低いのか、そこまで温かいわけではありませんでしたが……それでも、温度では測れない温かさがそこにはありました。

 

「レイサさん。そんなに気に病まないで。この件は私が悪いし、そうでないなら、きっと間が悪かっただけ。お互いにね」

 

あとは、貴方が貴方自身を許すだけ。

 

そう言って、コハルさんは私を見つめました。

 

……私は。

 

「わ……わたしは……ゆるされても、いいのでしょうか……?」

 

「うん」

 

「じぶんかってに、おそって、けがをさせて……それでも?」

 

「うん」

 

「グスッ……わたしは、こんな、つみをおかした、わたしなんかが……また『正義』をかたっても……いいの?」

 

「レイサさん」

 

 

 

――この世に、赦されない罪なんてないの

 

 

 

もう、限界でした。

 

「う゛わ゛あ゛ああああッ――!! あ゛ああ゛ああ゛ぁぁぁん!!」

 

人生で初めて、私は声を上げて号泣しました。コハルさんは何も言わずに、ただ胸を貸してくれました。

 

 

 

――これで終わってたら、大団円だったんですけどね。

 

「……っ!? レイサさん危ないっ!」

 

「グスッ……え? うわっ!?」

 

コハルさんが急に私を抱えて体を捻りました。突然の動きになされるがままだった私の真横を、何かが通過していって……

 

公園の木に炸裂し、盛大に火を吹き上げました。

 

「なっ……RPG!?」

 

対戦車用の、個人携行型ロケット発射機。キヴォトスでは比較的よく見るとはいえ、一体誰が……!?

 

「久しぶりだなぁ、宇沢」

 

公園の入口に集まる、10人以上の人影。そのうちの1人が、私を見てニヤリと笑いました。私はその顔に見覚えがありました。何故ならば……

 

「お礼参りしに来てやったぜ。挑戦状、受け取ってくれるよなあ?」

 

私が昔打ち倒した不良の一人だったからです。

 

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