ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その2

正義実現委員会の建屋内を、三人で進んでいく。余談だが、シャーレの先生は背が高く、ハスミ先輩に至っては言わずもがな。

つまりはこの二人、歩幅も相応に広い。150に満たない上体力もない私では、この2人に合わせるとすぐ息切れしてしまうんだけど、付き合いの長いハスミ先輩は私に歩調を合わせてくれる。意外だったのは先生で、こちらも私とハスミ先輩のゆっくりとした歩みに合わせてくれていた。流石先生と言うべきか、よく周りを見ている人だ。ありがたい。

 

結果的に散歩のような速度で建屋内を歩いていると、当然だがちょくちょく正義実現委員会の子たちとすれ違う。

 

「あ!コハルちゃんだ!」

 

書類をいくつか抱えた、長い黒髪で目元を隠した子が、私をみて駆け寄ってきた。

 

「ハスミ先輩、お疲れ様です。コハルちゃん、管理室から出て来るなんて珍しいね。今日は大丈夫?」

 

「うん。今日は朝から調子がいいの。心配してくれてありがとう」

 

この子を筆頭に、この建屋にいる子たちは、私の体調がいい時よく仕事を手伝ったり、逆に悪い時、というかしょっちゅう手を貸してくれたりすることもあって仲がいい。

私の事情も知っていて、こうしてすれ違うと声をかけてくれて、体を気遣ってくれる。

 

「そういえば、『保守事業部』?……に移動するんだっけ。頑張りすぎちゃ駄目だよ?コハルちゃんは無茶することがあるから……」

 

「だ、大丈夫! 流石に同じ轍は踏まないわ。またテスト受けられませんでしたー、じゃお話にならないもの。あと、『補習授業部』ね」

 

「あ、間違えちゃった……その!補習授業部でのこと、戻ってきたら聞かせてね!長く引き止めちゃってごめんね、私はこれで」

 

「うん、また今度」

 

名残惜しそうに片手を振りながら、もう片手で器用に書類の束を保持して彼女は去っていった。最後にハスミ先輩と隣の先生に頭を下げて。

 

「すみません、おまたせしました」

 

「いえ、同僚との会話を邪魔するほど、切羽詰まってはいませんから。大丈夫ですよ」

 

【私も気にしてないよ】

 

「ありがとうございます……」

 

つくづく私は人に恵まれている。

 

 

 

ハスミ先輩についてしばらく歩くと、やがてある場所にたどり着いた。

私の普段の業務の関係上、ほとんど関わりのない場所。されど大多数の正義実現委員会の子たちはしょっちゅう関わる場所。

 

【ここは……】

 

「いわゆる『牢屋』、ですね。正義実現委員会が確保した被疑者たちはここで拘留されます。コハルはあまり来たことはありませんでしたね」

 

大きな両開きの扉が厳しく構えられた正面。その両脇に、おそらく見張りだろう、正義実現委員会の生徒が銃を下げつつ待機していた。

古書館の記録によれば、かつてトリニティがトリニティになる前の時代。地下牢として作られたこの場所は、比較的軽微な罪を犯した者たちを放り込んでいたそうだ。だからだろうか。入口とはいえ、気温が低いのか少し肌寒さを感じる。

 

思わず二の腕を擦った私だったが、不意に暖かいものが私の両肩を覆った。

見るとそれは、大きな真っ白いコートだった。明らかに大人向けに作られたそれは、連邦生徒会の意匠が凝らされており、つい先程まで目の前で着られていたものだ。

 

【寒そうだったからつい。大丈夫かい?】

 

「あ……ありがとうございます。あったかいです」

 

「……失念していました、申し訳ありませんコハル。先生も。カーディガンの一着くらい事前に用意すべきでした」

 

【私は大丈夫だよ】

 

「ご心配おかけしてすみませんハスミ先輩。私が変に敏感なのが悪いんです。どうか気にしないでください」

 

まさかここに来るとは思ってなかったから、上着は自室においてきてしまった。長い付き合いとはいえ、少しの気温差ですぐ不調を起こすこの体が恨めしい。

 

もう常日頃から上着の一着くらい持ち歩くべきか……そんなことを考えて反省していた私を尻目に、扉の前で警備していた二人の生徒のうち一人が、私たちに気づいて敬礼した。

 

「ハスミ副委員長!……と、コハルちゃん? お、お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です。中の囚人に用があるのですが、連れてきてもらえますか?ティーパーティー命令です」

 

「はっ!どなたでしょうか?」

 

「B号独房に収監されている浦……」

 

その時だ。

 

「ふぃ〜、やっととっ捕まえったすよ〜」

 

「任務完了です。白洲アズサさん、現行犯で確保しました」

 

二人の正義実現委員会生徒が、とある生徒を1人連れてやってきたのだ。

 

「……ん? おや? 誰かと思えばコハルちゃんじゃないっすかー! 珍しいっすね、こんなところに来るなんて。ハスミ先輩もお疲れ様っす」

 

「コハルさん、ハスミ先輩、お疲れ様です。お体は大丈夫ですか?」

 

「イチカ先輩、お疲れ様です。マシロもお疲れさま。体は大丈夫よ。今日は調子が良くて、ハスミ先輩に連れられてここに来たの」

 

誰にでも人当たりよく、頼りになる先輩。仲正イチカ。

正義実現委員会きってのスナイパーで、ハスミ先輩の後継者たり得るすごい子。静山マシロ。

どちらも正義実現委員会では名のしれた存在だ。特にマシロ。私と同学年なのにものすごい活躍を見せていて、ハスミ先輩からの覚えもめでたい。二年生三年生が引退したあとの正実を率いていく筆頭候補だろう。

 

 

 

……私も、もし体が丈夫だったら、彼女のように活躍できただろうか。

 

 

 

なんて、そんなのマシロに失礼よね。健康な体に努力を重ねて、今のマシロがあるんだから。

 

「……? コハルさん、どうかしましたか? まさか、体調が優れないのですか?」

 

「……へ? あ、ううん。なんでもない。ちょっと考えごとしてただけ。だから顔近づけるのはやめておでこくっつけようとしないで近い近い近い!」

 

「でもお顔が赤いですよ? 熱があるのでは?」

 

「マシロがぐんぐん近づいてくるから恥ずかしくなっただけ!」

 

いわゆるガチ恋距離まで近づいてきていたマシロから距離を取る。思わず体調とは関係なく顔が赤くなってしまう。全くもうこの子は、そういうのに全然頓着ないんだから。

 

「お話の最中申し訳ありませんが、マシロ。イチカも。今連れているその子をこちらに引き渡してもらえますか?」

 

「え? 白洲さんをですか? でもこのあと取り調べをしなくては……」

 

「……あーマシロ。その点に関しては大丈夫っす。例の件ですよね?」

 

「察しが早くて何よりです」

 

今の今まで蚊帳の外だった、イチカ先輩たちに確保された人が話題に出てきて、思わずそちらを見てしまう。

 

綺麗な子だった。髪も、背に生えた羽も、どちらも真っ白。私とほとんど変わらない程度の小柄な背丈。まるでシスターフッドの文献で見た天使のようだ。

 

 

 

「……シューッ……シューッ……」

 

何故かガスマスクで顔を覆っている点を除けば。

 

【ええっと……なんで、ガスマスク? というか現行犯って言ってたけど、何をしたの?】

 

「えー、校内での暴力行為の疑いで私たちの追跡を受け、逃走先にあった教材用催涙弾の弾薬庫を占拠。およそ1トン近くの催涙弾を爆破、3時間にわたって抵抗を続けて、ついさっきようやく確保したところっすね」

 

【……】

 

「3時間も……」

 

思ってたのよりとんでもない罪状だった。優秀な皆にマシロとイチカ先輩を相手取って3時間抵抗って、凄腕ゲリラ兵かなにか?

思わず開いた口が塞がらなくなる。

 

「……惜しかった。弾丸さえ足りていれば、もう少し道連れにできたのに。もういい。好きにして。ただ、拷問に耐える訓練は受けてるから、私の口を割るのはそう簡単じゃないよ」

 

可愛らしい声だけど内容が物騒すぎる。拷問に耐える訓練って、正義実現委員会でもそうはやらないんだけど……そんなものをカリキュラムに組み込んでた組織は、例えばユスティナとか、それはもう一昔は前の話になる。虚勢……いや、嘘は言ってなさそう。態度にブレがない。本当に訓練を受けたか、それに匹敵するレベルの自信があるんだ、この子。

 

「あなたの口を割る前に、あなたにはティーパーティーからとある命令が出ています。あなたは今日から【補習授業部】の所属となり、こちらにいらっしゃる先生を顧問にして、勉学に励んでもらいます。詳細は……」

 

ピリリリリリッ!

 

ハスミ先輩の話を遮るように、携帯の着信音が鳴り響く。出どころはハスミ先輩のポケットからだ。

素早く携帯を取り出したハスミ先輩は、失礼と一言断りを入れてから応答した。

 

「はい、私です。……はい。……わかりました、すぐに向かいます」

 

通話を切ったハスミ先輩は、マシロとイチカ先輩に再び声をかけた。

 

「二人共、応援要請です。私とともに向かってください。内容は追って説明します。先生、突然で申し訳ありませんが、アズサさんとコハルを除いた残りの補習授業部員のうち一人はここ、地下牢の独房にて勾留されています。話は通っていますので、見張りに連れてきてもらってください。あとは頼みました……コハル」

 

ハスミ先輩は私に向き直り、頭を優しく撫でてくれてからこう言った。

 

「白洲アズサさんと、これから呼び出されるであろうもう一人の補習授業部員に説明をお願いします。内容はかつて貴方に説明したことと全く同じです。……これから先、不安かもしれませんが、遠く離れていてもあなたは私の大事な後輩です。くれぐれも無茶はせず、自分の体を大事にするのですよ。いいですね?」

 

「は、はい!ありがとうございますハスミ先輩。頑張ります!」

 

ハスミ先輩はふっと微笑んで、その場から去っていった。

後を追うようにイチカ先輩とマシロも去る。

 

「えーと、コハルちゃん!ファイトっす!」

 

「コハルさん。些細なことでも何かあったら言ってくださいね。微力ながら力になりますので。では」

 

3人が去り、急にその場が静まり返る。

 

【えーと……とりあえず、もう一人を迎えに行こうか】

 

「補習授業部? そんな組織がトリニティにあるとは……初耳だ。流石は3大校、隠蔽能力は侮れないようだな」

 

「別に隠してたわけじゃないんだけど……全員揃ってから説明するから、ちょっとまっててね」

 

なんというか、独特なところがある人だ。このアズサさんは。天然……なのかな? あとそのガスマスクいつまでつけてるんだろう。

 

アズサさんを宥めてるうちに、先生が先程から置いてきぼりを食らっていた見張りの子たちに話しかけていた。

 

【というわけで、中にいる子を呼んできてもらえないかな? 『浦和ハナコ』っていう子なんだけど……】

 

 

 

 

 

「その必要はありませんよ。先程から、お話が聞こえてましたから」

 

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