ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その23

 

私の友人がすまないね。君にとっては完全にとばっちりだろう。代わりに私が謝ろう。本当に申し訳ない。

 

だが、どうかナギサを責めないでやってくれないか。彼女は彼女なりに、トリニティ全体を思って行動している。その方向性が少々危ういだけでね。

 

第一、彼女にとって君は……いや、部外者の私が言っていいことではないな。忘れてくれ。

 

本当は、私がやるべきことで、負うべき責任なんだ。なにせ本来のティーパーティーのホストは私だからね。生憎こんな状態なので、彼女にお鉢が回ってしまっている。……ナギサは本当によくやってくれているよ。

 

だがその努力も結局は……。シスターフッド曰く、神は乗り越えられる試練しか与えないという話だが、この先の結末がああである以上は……失礼、これも独り言だ、気にしないでくれ。

 

ただ、これだけは忘れないで欲しい。ナギサは君を疑っているわけではない。少なくとも、ナギサ個人としては。だが君の所属する組織、『正義実現委員会』には……と、どうやら時間切れのようだ。

 

尻切れトンボで申し訳ないが、今日はここまでだ。さらばだコハル。……また会おう。

 

 

 

「――ハル。コハル。コハル、大丈夫か?」

 

「……う、ん……? こ、こは……」

 

体を揺さぶられて、意識が戻る。……見たことのない天井だ。あれ? ここはどこ?

 

「ひどくうなされていたので、思わず起こしてしまった。おはようコハル。繰り返すけど、大丈夫?」

 

そう言って心配そうな顔で覗き込んでくるアズサ。……ああ、そっか。私、今合宿中だったっけ……。

ぼーっとする頭を振って多少意識をはっきりさせると、アズサに笑顔で「大丈夫」と返す。

 

「……酷く声がかすれてるんだが。少し水を飲んだほうがいいかもしれない。起き上がれる?」

 

逆に心配させてしまったようだ。アズサの声に反応して体を起こし……起こ……っ。

 

「ごめん、ちょっとだけ……手を貸してもらえる?」

 

「わかった。私の手を掴んでいい。……せーの」

 

アズサの手を掴み、背中にも手を回してもらったことでようやく体を起こせた。薬の切れてる朝はこれだから……我がことながら、本当に情けない。

アズサから手渡されたコップの水を飲んで喉を潤した私は、調子の戻った声で感謝を伝えた。

 

「ありがとうアズサ。助かったわ」

 

「……うーん。もしかして、体調が悪いのか?」

 

無理しないで、正直に言って欲しい。そんなアズサのお願いに、ついポリポリと頬を掻く。ごめんなさい、特に体調が悪いわけじゃなくて、朝は大体こんなもんなの。

そう伝えると、アズサはますます唸ってしまった。

 

「……そうだ。コハル、よければ私と一緒にシャワーを浴びないか? ここの設備は素晴らしい。お湯が簡単に出てくる上に使い放題だ。少し汗を流せば、体も楽になるかもしれない」

 

「え、えっと……」

 

チラと横のベッドを見る。私の一番近くのベッドでは、ハナちゃんが静かに寝息を立てている。正直シャワーを浴びるならハナちゃんについてきてほしいのだが……昨日朝早くから付き合わせて疲れているだろうし、もう少し寝かせてあげたいな。

……よし。アズサも一緒だし、きっと大丈夫だろう。ダメだったら私が謝っておこう。

 

「……そうね。じゃあ行こっか、アズサ。……申し訳ないんだけど、シャワー室まで支えてもらえる? まだ薬飲んでないから、自力じゃちょっと……」

 

「わかった。肩を貸すから、掴まって」

 

「ありがと……」

 

背丈が私とそう変わらないアズサの肩はとても掴まりやすかった。なんとかベッドから降りて立ち上がった私は、アズサに補助されつつシャワー室へと向かった。

 

 

 

アズサに手伝ってもらってどうにか寝巻きを脱ぎ、シャワー室に入った私は、そのままシャワーチェアに腰掛けた。思わずふぅ……とため息が溢れる。まだ移動してきただけだというのに、私の体はもう疲れ果てていた。

アズサはというと、シャワーの温度調節のために、出てきた水を手に当ててお湯になるのを待っている。私もそうだが、シャワーを浴びるため当然アズサも裸だ。その肌は翼と同じく真っ白で、なんだかとても神聖なものを見ている気分になった。マリーさんに連れられて、シスターフッドの礼拝堂の像を初めて見たときとおんなじ気分だ。わりと本当にアズサは天使の生まれ変わりなのかもしれない。

シャワー室に裸で二人きり……この状況、日頃の私ならどこかえっちに感じて同性だというのにドギマギしていたかもしれないが、生憎今の私にそんな余裕はどこにもない。正直早く汗を流して横になりたい……

 

「ごめん、待たせた。背中からかけるけど、熱かったら言ってくれ」

 

「ううん、気にしないで。全部任せてごめんね。……お願いします」

 

肩口から温かいお湯がかかり、私の体を濡らしていく。背中、腰、翼、おしり、足……朝からシャワーを浴びるのなんて初めてだけど、結構気持ちいい。この体じゃ朝一人では入れないから、こんな機会じゃないと無理だろう。アズサには感謝しなければ。

 

「……転校する前は、こうやって皆と一緒に入って洗いっこをしていた。水の節約になるからな」

 

「皆と?」

 

「ああ。……大事な、家族みたいなものだ」

 

そう言って微笑むアズサは、とてもじゃないが『氷の魔女』とは思えなかった。この異名をつけた人はアズサのことを何も分かってなかったに違いない。

……まあかくいう私も、アズサのことを理解しているとは到底言えない。恐らく、彼女の転校元はアリウス分派の生き残り……この仮説が正しいなら、ただトリニティに転校してきたわけではないだろう。なんらかの目的があるはず……いや、ダメだ。思い込みは目を曇らせる。何かしらの事情はあるのだろうが、彼女が実際に口に出すまでは、余計な詮索は控えるべきだろう。私は、彼女を信じてあげたい。

 

「頭を洗うから、少し頭を下げて姿勢を低く……できる? 無理ならこのままでいい」

 

「……ごめんなさい。体勢変えるのはちょっとキツイかも」

 

「大丈夫だ。ならこのまま行こう。お湯をかけるから目を瞑っていてくれ」

 

指示に従って目を閉じると、頭に温かい気配。お湯が髪の毛と頭の羽を湿らせる。……なんだか眠くなってきた。

 

「さっきシャンプーとボディーソープを発見した。せっかくだから、これを使わせてもらおう。痒いところはない?」

 

「ないよ。……アズサ、頭洗うの上手いね」

 

「よくやっていたから」

 

泡立てた手が私の頭上でワシャワシャと踊り、髪の毛に泡が揉み込まれていく。頭の羽も根本までしっかりと。

 

「……こんなところだろう。流すから、目を瞑って」

 

泡が落とされて、大分頭がスッキリした。少しだけ、体が軽くなったような気もする。薬を飲んでいないからそれでも日中と比べるとキツイが。

 

「次は体だな。じっとしていてくれ」

 

アズサが白い手を泡立てて、さらに真っ白にしながら近づいてくる。

 

「少しくすぐったいかもしれない」

 

そう注意しつつ、アズサは私の体を手のひらで洗い始めた。腰の黒い羽も含めて、泡で白く染まる私の体。言われた通りちょっとくすぐったいかも。

 

「……コハルの翼は、綺麗だな」

 

不意に、アズサがそんな事を言ってきた。いや、そういうアズサの翼こそものすごく綺麗だと思うけど。普段つけてるアクセサリー類もそんなに主張せず、元の良さを引き出しているし、かなりセンスがいい。

 

「ありがと。イチカ先輩から貰ったケア用品のおかげかな。あまりそういうのは持たない様にしてるんだけど、先輩が「せっかく綺麗な濡羽色なんだから、手入れしないと勿体ないっすよ」って、1回羽繕いをしてくれて……せっかくの貰い物だし、それから毎日使ってるの」

 

イチカ先輩は美容関係とかそういうのにも詳しくて、後輩たちにも髪の手入れとか教えてあげてるらしい。本当になんでもできる人だ。

 

「アズサにも今日貸してあげる。そんなに綺麗な羽なんだもの、手入れするともっと綺麗になるから」

 

「いや、私はそういうのはあまり……」

 

ふるふると頭を振ったアズサは、ふと動きを止め……

 

「……やっぱり、ちょっとだけ貸してもらえないか? 少し興味がある」

 

「全然いいよぉ。やってあげるから、どうなるか楽しみにしててね」

 

体を泡だらけにされながら、私は笑って快諾した。……私の予想が正しければ、アズサは羽の手入れなんてできる環境じゃなかったと思う。だって、『vanitas vanitatum, et omnia vanitas』を、『全てが虚しい』だなんて悲観的な解釈しか教わっていないのだもの。歴史的に見てもユスティナに弾圧されたあとだし、まともな環境を作れているとは到底思えない。

この予想が、私の思い込みであればいいけど……万が一、真実だったなら。願わくば、ここにいる間だけでも、彼女が楽しい時を過ごすことができますように。

 

 

 

その後、全身洗われてピカピカになった私は、予想以上に体力を消費したのか自力で動くことができず。アズサの体を洗ってあげることはおろか、結局体を拭くのも着替えるのも全てアズサに任せきりになってしまった。なんなら寝室へもアズサに背負われて戻ったのだ。……こんなに迷惑かけるならはじめから断ればよかったかも。もう後の祭りだけど。

 

「……アズサさん」

 

そして今。私たちは絶賛ハナちゃんに叱られています。アズサは正座して。私はベッドに寝た状態で。

 

「コハルちゃんをシャワーに連れて行ったのはあなたの優しさからだとわかっていますが……次からは、私を起こしてくださいね! 何かあった場合、アズサさんだけでは対処できない可能性がありますので!」

 

「……すまない」

 

ご立腹のハナちゃんを見てアズサがしょぼんとしている。流石にフォローを入れてあげないと可哀想だ。まずかったら私が謝るって決めてたし。

 

「ごめんねハナちゃん。私がいけるって判断したの。ハナちゃんをもう少し寝かせてあげたいと思って……怒るなら私に怒って」

 

「……はあぁ。コハルちゃん、その優しさはありがたいんですが……もっと自分にも向けてください! コハルちゃんはもう少し、わがままになっていいんです!」

 

「わ、わがままって……」

 

私だいぶわがままなほうだと思うけど……結構周囲の人を振り回してるし。

でもハナちゃんはそうは思っていないみたいで……

 

「今の私は、貴方のために救護騎士団から派遣されています。この合宿中、貴方の体調をいい方向に維持するのが私の仕事です。――ですのでコハルちゃん、もっと私を頼ってください。私の都合は考えなくていいんです。……それでコハルちゃんが無理するのが、一番辛いですから」

 

「ハナちゃん……ごめんなさい」

 

気を遣った結果、逆に苦しめてしまったようだ。ほんとにごめんね、ハナちゃん……

 

「わかってくれたならいいんです。……さて! 朝ごはん食べて、歯磨きして、お薬飲んだら少し休みましょうか! コハルちゃん疲れてそうですし。 部長さんも、それでよろしいですか?」

 

「あ、はい! 私は大丈夫です! ……コハルちゃん、ゆっくり休んでくださいね。落ち着いたら、教室に顔を出して貰えますか? 用意しているものがありますので」

 

「わかりました、ヒフミ先輩。アズサ、今朝はありがとう。少し寝れば回復するから、気にしないでね」

 

「コハル……ごめん。次は気をつける」

 

アズサは申し訳無さそうにしながら、ヒフミ先輩と一緒に寝室を出ていった。今日から勉強合宿本番だし、これから補習授業かな。

 

「コハルちゃん……」

 

そして、残る最後の一人。ハナコさんが話しかけてきた。

 

「……スゥー……フゥー……失礼しますっ!」

 

「ひゃっ!? ちょ、ハナコさん何を……」

 

何回か深呼吸を続けたかと思うと、彼女はいきなり私を抱きしめてきた。む、胸元のおっきな果実が当たってる……! 制服で隠れてる分マシだけど、えっちなのはダメなんだってば!

 

「どうか、約束してください。コハルちゃん。自分を大事にすると。貴方が自分を虚ろにするのは、私が辛いです」

 

私、貴方の友達、なんでしょう?

 

確認するかのように、ハナコさんが言葉を紡いだ。

 

「ハナコさん……はい。私とハナコさんは友達です。何があっても」

 

「なら、お友達のお願いを、どうか聞いてください。決して自分をないがしろにしないと。……お願いします」

 

ハナコさん……。抱きしめられていて顔は見えないが、その体は少し震えていた。……私が発作を起こしたときのことが、尾を引いているのかもしれない。

 

「……ごめんなさい、ハナコさん。心配かけちゃったみたいで。もう少し、自分を大事にすることにします」

 

「……ついでに、敬語も結構ですよ。貴方に敬われるような人間ではないので。お友だちだと言うのなら、私たちは対等な関係でしょう?」

 

「それは……いや、もうヒフミ先輩にも使ってないから今更かな。わかった、その……ハナコ先輩?「敬称も不要です」あ、そうなの……じゃあ……"ハナコ"。改めて、よろしくね」

 

「! ……いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」

 

ベッドに寝たまま、ハナコさん……ううん。ハナコの方に手を伸ばす。ハナコは察して握手に応じてくれた。……なんだか、久々に奇行のないハナコを見た気がする。

 

「……あのー。いい話の最中申し訳ないですが。そろそろコハルちゃん薬飲まないとマズイので、お時間頂いてもよろしいですかね?」

 

「……はっ!? ご、ごめんなさい! というか勢いに任せて私は何を……! ごめんなさいコハルちゃんいきなり抱きついたりしてすいませんでした許してくださいユルシテ……」

 

あ、もう元に戻った。……もう、仕方ない人だ。そんなところが可愛いのだけど。

 

「気にしてないから大丈夫。むしろ嬉しかったよ?」

 

「嬉しかっ……そそそそうですかそれはよかったですはいあのその私あれがあれなのでそろそろ失礼しますね失礼しました失礼致します!」

 

ハナコは凄まじくギクシャクした動きで足早に寝室を出ていった。油の切れたロボットのほうがもう少しマシな動きをすると思う。

 

「……話に聞いていたより愉快な人ですね、ハナコさんって。――さ! まずは朝ごはんを済ませましょうか!」

 

「可愛い人でしょ? ――じゃあ色々とお願いします、ハナちゃん」

 

その後、朝食を済ませて薬も飲んだ私は、体力回復のため少しばかり床につくのであった。

 

 

 

……確かに『また会おう』とは言ったがね。少しばかり早すぎやしないかい?

 

 

 

なんか狐みたいな子に呆れられる夢を見た気がする。

 

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