ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その26

 

明くる日。ハナちゃんの力も借りてどうにか朝の身支度を済ませ、迎えた勉強合宿3日目。

 

「昨日は色々あって言いそびれちゃったんですが……今皆さんに解いて頂いている模試ですが、高得点を取れた方にはご褒美も用意しています!」

 

「ご褒美?」

 

高得点を取った人……ていうと、私も入ってるのかな。

 

「はい、こちらの……」

 

ガサゴソと自身のバッグを探ったヒフミ先輩が取り出したのは、どっかで見たことがある白い変な鳥と、その仲間たち……あ、なんか先の展開が読めた。

 

「『モモフレンズ』グッズを差し上げちゃいます!」

 

「「「……はい?」」」

 

あ、思わず声を上げた私と、ハナコとハナちゃんの疑問符が被った。や、やっぱりかー……

 

「も、モモフレンズ……?」

 

「あ、あれ……? 最近流行りの、あの『モモフレンズ』ですが……もしかして、ご存知ありませんか?」

 

「初めて見ましたね……いえ、何処かで見た気も……?」

 

いや流行ってない。さすがに流行ってないよヒフミ先輩。だって私そういう流行に詳しい放課後スイーツ部やゲヘナの"あの子"からモモフレンズのモの字も聞いたことないもの。いやどちらも話題が食べ物関係に偏るから仕方ないかもだけど。

 

「えぇ!?」

 

心底驚いた様子のヒフミ先輩。その腕の中で、ブタさんなのかカバさんなのか鳥さんなのかよくわからない生き物……ペロロ様? がくたりと身を折り曲げる。……どっちなんだろう? 気になったけど聞いたら最後マシンガントークが始まる気がしたので辞めておいた。と、そんな折。

 

「こ……これをもらえるのか!?」

 

一人だけ、すんごい勢いで食いついたのがいた。……ああそうだった。そういえば、総合図書館で沼に突っ込んだのが1人いたんだった。

 

「……アズサちゃん。アズサちゃんなら、きっとわかってくれると思っていました……! はい! アズサちゃんが頑張ったら、お好きな子のグッズを選んで持っていっていいですよ!」

 

「この子たちがもらえるなら是非もない。全力を出すとしよう。……いいモチベーション管理だ、ヒフミ。約束しよう。必ずや任務を果たして、ペロロ様とスカルマンを手に入れてみせる!」

 

「は、はい! ファイトですっアズサちゃん!」

 

妙にキリッとした目でそう宣言するアズサ。一体モモフレンズの何が彼女の琴線に触れたのか。……ま、まあやる気が出るのはいいことだし、この中で一番点数上げてほしいのはアズサだから、そのアズサのモチベが上がるなら下手なことは言うまい。

……いやほんとにどこに触れたんだろ。不思議に思いながらモモフレグッズを見つめる。……どう見ても、人を選ぶキャラクターデザインだけど……あ、でもこの子可愛いかも。ちょっとだけ。

ツンツンと、びっくりするくらい胴の長い猫のぬいぐるみを触る。なかなかにマヌケな顔をした猫は私の指を抵抗なく己の胴体に沈ませた。やわらかい……

 

「その子が気になりますか!?」

 

「ひゃわぁっ!?」

 

気がつくと、ヒフミ先輩が私の背後にいて急に至近距離から声をかけてきた。

び、びっくりしたー! ほんとモモフレンズが絡んだ時のヒフミ先輩の挙動が怖すぎる。心臓に悪いから辞めて欲しい。

 

「あ、ご、ごめんなさい。興味を持って頂けたのが嬉しくて、つい……」

 

「ヒフミさん! コハルちゃんに負担をかけるのは辞めてあげてください!」

 

「あうぅ、ごめんなさい……」

 

本人もすぐ謝ってきたが、ハナちゃんにも怒られてそっちにも謝っていた。う、ちょっと可哀想になってきた。

 

「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから……えと、ヒフミ先輩。この子はなんていうの?」

 

「その子はウェーブキャットさんです! いつもウェーブして踊っている猫さんですね!」

 

「い、いつも踊ってるんだ……」

 

思っていたよりなかなかにファンキーな猫さんだった。この胴の長さで踊るのは体壊しそう。まあ本人? 本猫? が楽しいならそれでいいのかな……?

 

「ちょうどコハルちゃんにオススメしようと思っていたのですが、こんなかんじのネックピローのグッズがありまして……寝るときにどうですか?」

 

そう言ってヒフミ先輩が取り出したのは、ウェーブキャットの姿をしたネックピロー。あー、確かにこれは気持ちよさそうだ。手に持った感じ、そこまで重くもないから、首に負担がかかることもなさそう。

 

「……じゃあちょっと試しに使ってみようかな」

 

「はい、どうぞ! コハルちゃんは昨日の模試でもいい成績でしたから、ここで渡しちゃいます!」

 

「あ、ありがとう。ヒフミ先輩」

 

私とヒフミ先輩がそんなやりとりをしている横で、困惑しながらも状況を見ていたハナちゃんがポツリと呟いた

 

「……あれ? そういえば先生はどこに……?」

 

 

 

「わぁっ、水が入ってるー!」

 

所変わって、初日に皆で掃除したプール。水の張られたそこに、明るい声が響き渡る。

 

「あはっ、ここに水が入ってるのなんて久しぶりに見たなー! もしかしてこれから泳いだりするの? それとも皆でプールパーティー?」

 

【待たせたね。用件を聞いてもいいかな?】

 

素早く繰り出されるマシンガントークを流しつつ、はしゃいだ様子の彼女を見据える。彼女のトークに付き合っていると日が暮れる勢いなのは最初に会ったときから理解していた。

 

「……えへへ」

 

舌をペロッとあざとく突き出し、失敗しちゃったと言わんばかりの彼女は、その場でくるっとターンした。鮮やかなピンクの長髪が夏空になびく。

 

「先生は上手くやってるかな、って思って」

 

そう言って、彼女……ティーパーティーの一人、『聖園ミカ』は朗らかな笑みを見せるのであった。

 

 

 

「……しっかしまあ、ずいぶんな入れ込みようだねぇナギちゃんも。わざわざこんな施設一つまるまる貸し出しちゃってさ。しかも業者雇って事前に清掃させるし、空気清浄機も導入するし。施設内はわかるけど、まさかプールまで綺麗にするなんてねー。……やっぱり、あの子がいるからかな?」

 

【(……あの子、か)プールはこっちで掃除させてもらったよ。残念ながら入る時間はなかったけれど】

 

「あ、そうなの? それは残念だったね。――ところで、合宿の方はどう? 遠いのをいいことに、何か楽しそうなことしたりしてない? 例えば皆水着でプールパーティー……は、1人参加できないか……」

 

【……】

 

矢継ぎ早に繰り出される彼女の会話に、沈黙で持って応える。彼女のペースに付き合っているといつまで経っても話が明後日の方向に進み続けるのは、この前嫌と言うほど理解した。それに……今の時期、彼女が一人でここに現れたことに、多少警戒を覚えているのもある。

 

聖園ミカ。【ティーパーティー】の一人にして、トリニティの中核を成す3つの派閥の内一つ、パテル分派の首長を務める人物だ。性格は……良く言えば天真爛漫、悪く言えば少々唯我独尊気味な、年相応の少女。かつてナギサに初めて会ったとき、横からひたすら茶々を入れてきた人物でもある。そんな彼女が、こうして私だけを呼び出して現れた。それも条約前でごたついているだろう今。それに何の意味もないと思うほど、私は耄碌していない。

 

「……あはっ☆」

 

こちらの警戒を悟ったか、彼女は誤魔化すように明るい笑い声をあげた。

 

「そこまで警戒されちゃうのは心外だなー。私、こう見えても繊細で、傷つきやすいんだよ?――ところでここ、食事とか大丈夫? 何か美味しいものでも送ろっか? ケーキとか紅茶とか……あー、コハルちゃんって何かアレルギーとかあったっけ? その辺気を使わないと、何かあったら困るし……何よりナギちゃんがキレるしね……」 

 

ぐだぐだと呟いていた彼女は、それが独り相撲であることに気づくと、困ったように笑った。

 

「……ふふっ、ごめんね。先生も、あんまり長い前置きは好みじゃないかな? ――じゃあ、本題に入るとしよっか。……あ、ちなみに、私がここにいることについてはナギちゃんは何も知らないよ? 見ての通り、付き添いもなしの私の単独行動!」

 

【……ずいぶんと豪胆だね】

 

いくらトリニティ内とはいえ、付き添いもなしで現れるとは。彼女の立場上は憚られるであろうに。思わず感想が口から漏れた。

 

「ふふっ、こう見えても私、それなりに強いからね。貧弱もやしのナギちゃんとは鍛え方が違うから! というわけで、改めて本題だけど……先生、ナギちゃんから取引とか提案されなかった?」

 

【……取引?】

 

「そう。例えばそうだなぁ……『トリニティの裏切り者』を探してほしい、とか」

 

……どうやら、彼女もまた、補習授業部を取り巻く事情について知っている人物のようだ。もっとも、彼女の立場上、おかしなことではない。

 

無言の肯定でもって返すと、ミカはどこか呆れたようにため息をついた。

 

「……ふぅ。やっぱり。もうナギちゃんったら、予想通りなんだから。何か詳しい情報とかは? そういうの何もなしで、ただ『探して』って言われた感じ? ――理由とか、目的とかは? どうして補習授業部がこのメンバー構成なのかとか、ナギちゃんは教えてくれなかった?」

 

【……いや。ほとんど何も聞かされていないに等しいね】

 

「……そっかー。もう、何も教えずに先生にこんな重荷を背負わせるなんて」

 

【……ああ。その提案についてだけど、もう断ったよ】

 

ミカは目を丸くした。

 

「え? そうなの? どうして? 自分の生徒たちを疑いたくないから? それとも――」

 

【それもあるけれど……私の役目では、ないからね】

 

私は"先生"であって、"先生"以外の何者でもない。そういう内偵じみたことはまた別の役割だ。少なくとも、トリニティの人間でない、私がすることじゃない。

 

「……へぇ?」

 

ミカは面白いものを見たように口角を上げた。

 

「そっかそっかぁ……確かに先生は【シャーレ】の所属で、トリニティとは本来無関係の第三者だもんね。まあ私たちにとってはトリニティが世界の中心みたいなものだからアレだけど……面白い答えだね。なるほど、それはそれで新鮮かも」

 

一人頷いたミカは、改めて私に問いかけてきた。

 

「――それじゃあ、先生は誰の味方?」

 

……誰の味方、か。

 

「もしトリニティの味方じゃないなら……ゲヘナの味方? 連邦生徒会の味方? それとも、誰の味方でもない……とか?」

 

その答えは、はじめから決まっている。

 

【私は、生徒たちの味方だよ】

 

「……。……あ、あぁー……」

 

ミカはしばし絶句した後、なんとも言い難い表情を浮かべた。

 

「生徒たちの味方、かぁ……そっかぁ……それはちょっと予想外だったなぁ……」

 

にへら、と誤魔化すように笑顔で蓋をするミカ。驚かせてしまったようだが……私の答えは変わらない。例えトリニティだろうがゲヘナだろうが明日には廃校になるような名もなき学校だろうが、生徒であるならば、それは私が味方すべき子たちだ。所属は関係ない。もっとも、今までトリニティが世界の中心として育ったのならこの反応も無理もないが。

 

「……あ、あのさ。……っていうことは、その……」

 

ポツリと、ミカがトーンを落として私に再び問いかけた。それは、今までの戯れとは雰囲気が異なるものだった。

 

「先生は一応……私の味方である……って考えても、いいのかな? 私も一応この立場とは言え、生徒であることに変わりはないんだけど……」

 

【もちろん、ミカの味方でもあるよ】

 

この問いには沈黙ではなく、即答した。ミカがティーパーティーだろうと、パテル分派の首長だろうと、関係ない。彼女もまた私の生徒であり……それすなわち、私が味方すべき一人なのだから。

 

「……わーお」

 

即答だったからか、それとも別の理由か……ミカは赤面して、そう返すのが精一杯のようだった。

 

「……さ、さらっとすごいことを言うね、先生。大人だねぇ。そういう話術? って思う気持ちもあるけれど……うん。純粋にちょっと嬉しいかも。えへへ……」

 

――でも、それを額面通りに受け取るのはちょっと難しいなぁ。

 

「だってそれって、同時に『誰の味方でもない』って解釈もできるよね?」

 

【それは……】

 

これもまた、正しい。私が言っていることは正直八方美人な言葉に聞こえても仕方のない内容だ。

 

ふっ、と笑ったミカは、困った私に一つ提案をしてきた。

 

「――だから、そのまま受け取るんじゃなくて……私から先生に、取引を提案させてもらおうかな」

 

【取引……?】

 

 

 

「補習授業部の中にいる『裏切り者』が誰か、教えてあげる」

 

 

 

【……っ!】

 

「ナギちゃんの言う『トリニティの裏切り者』。今必死に探して退学にさせようとしているその相手。……実際の所、もう少し複雑で大きい問題もあるんだけど……今このまま、先生がナギちゃんに振り回される姿をただ見てるだけ……ていうのは、ちょっと申し訳ないなって」

 

コツコツ。プールサイドをミカが歩く音が響く。真っ白なローファーが、掃除したばかりのプールサイドに少しばかりの足跡を残す。

 

「そもそも、先生を補習授業部の担任として招待したのは私だからね。知ってた?」

 

【ミカが、私を?】

 

初耳だ。てっきりナギサがシャーレの強権を利用するために招致したのだとばかり思っていた。

 

「うん。ナギちゃんにはずっと反対されてたんだけどね。せっかくの借りをこんな形で清算するなんてって……先生とナギちゃんの間で、色々あったんだね?」

 

【……まあ、そうだね。少し前、力を貸してもらったよ】

 

思い出されるのは砂にまみれた学校と、その土地を目的とした企業の陰謀。その影に隠れたとある自称研究者の企み。紆余曲折を経て、問題解決の際にヒフミ経由でトリニティに協力してもらったのは記憶に新しい。

 

「まあ、私の方にもいろいろあって。トリニティでもゲヘナでもない、第三の立場が欲しかったの。……ああ、『裏切り者』の話だったね。――補習授業部にいる『トリニティの裏切り者』。それは……白洲アズサ」

 

【……アズサが。そうか……】

 

「うん。知ってるかもしれないけど、あの子、トリニティに最初からいたわけじゃないんだ。ずいぶん前にトリニティから分かたれた分派……【アリウス分校】出身の生徒なの。……うーん、よく考えると、『生徒』って呼んでいいのかすら良くわからないんだけどね」

 

【……? それは、どういう……】

 

「『何かを学ぶ』ということがない生徒のことを、生徒って呼べるのかな?」

 

……非常に気になる話だが、あいにくそこを詰めるだけの時間の余裕はない。今重要なのは……

 

【このことを、私に教える理由はなんだい?】

 

「……ふふっ。いい眼だね、本当に。期待しちゃうな……」

 

何かお眼鏡に敵うものがあったのか、ミカがさらに近づいてくる。もうほとんど目と鼻の先。至近距離だ。

 

「あれこれ誤魔化しても仕方なさそうだし……うん。端的に言おっか。――あの子を、守ってほしいの」

 

【アズサを、守ってほしい?】

 

「……あー、ごめんね。ちょっと単刀直入すぎたかな。ナギちゃんの悪い癖が移っちゃったのかも」

 

パッと、ミカは私から離れて距離をとった。

 

「戸惑っている先生のために、もう少し最初の方から説明してみようかな? 私はナギちゃんやセイアちゃんみたいに頭がいいわけじゃないんだけど……ちゃんと伝わるように、頑張ってみるね!」

 

――その後のミカの説明を要約すると、以下の通りだ。

【トリニティ総合学園】は、はるか昔、沢山の分派が集まってできた学園だ。かつて互いを敵視していた分派たちは、やがて争い合うことを辞め、一つに纏まった。それが、『第一回公会議』。しかし、その中で、ただ一つ、纏まることを良しとしない分派が存在した。それが【アリウス分派】。話し合いはやがて争いとなり、連合となったことで強大化したトリニティはアリウスを徹底的に弾圧し……アリウスは、潰された。自治区から追放されたアリウスは何処かへと姿を消し、連邦生徒会すら今の居場所は把握していない。……アズサは、そのアリウス分校の出身者。

 

「ナギちゃんが推進してるエデン条約。これは、第一回公会議の再現なの。大きな2つの学園が、これからは仲良くしようねって約束。……いい話に聞こえるでしょ? でも本当のところはどうだろう。だってその核心は、ゲヘナとトリニティの武力を合わせた全く新しい武力集団を作ることなのに」

 

【……エデン条約機構(ETO)のことだね】

 

「先生正解! ……とどのつまり、エデン条約っていうのはある種の武力同盟。トリニティとゲヘナの戦力を合わせた、一つの大きな武力集団の誕生が目的……」

 

そんな圧倒的な力をもつ集団が誕生するの。連邦生徒会長が行方不明っていう、こんな混沌とした時期に。……それだけの力で、ナギちゃんは何をする気なのかな? 連邦生徒会の襲撃? ミレニアムっていう新しい芽を耕す?

 

「――もちろん、細かい目的はわからないけど……これだけははっきり言える。そんなに大きな力を手に入れたら、きっと自分が気に入らないものを排除する……昔、トリニティがアリウスにしたようにね」

 

そこで、ミカはトーンを落とした。その目に宿るものは……少しばかり、薄暗い。

 

「あるいはもしかしたら、セイアちゃんみたいに──っ! ……ううん、ごめんね。今のは失言だったかな」

 

【……セイアは、何かあったの?】

 

ここで私は一歩踏み込んだ。答えてくれるかは分からなかったし、機嫌を損ねてしまう可能性もあったが……幸いミカは口をつぐむことはなかった。

 

「……。セイアちゃんは、入院中なの」

 

【……今どこにいるか、聞いてもいいかい?】

 

その言葉に何処か白々しいものを感じて、私はミカに問いかけた。杞憂ならば、それでいい。だが……もし、違うのならば……

 

「……先生は、本当に知りたい?」

 

ミカの雰囲気が変わった。決定的に。プールサイドに、張り詰めた空気が走る。……私は今、パンドラの箱を開けようとしている。

 

「この話をしたら、私はもう戻れない。もしこの先の事実を知った先生が私を裏切ったら……私はもう終わり。それでも、知りたい?」

 

【裏切るだなんて――】

 

私の言葉を遮って、ミカは続けた。半ば独白するかのように。

 

「――ううん、でも大丈夫だね。だってさっき、先生は私の味方って言ってくれたもん。もしこれで裏切られたとしても、何ていうのかな……うん。それはそれで悪くないかもね。えへへ……」

 

 

 

セイアちゃんは入院中なんかじゃない。――壊されたの。ヘイローを。

 

 

 

【……っ!?】

 

……予想はしていた。していたが……正直、外れていて欲しかった予想だった。私は苦虫を噛み潰した。

 

「……冗談なんかじゃないよ。全部本当のこと。去年、セイアちゃんは何者かによって襲撃された。対外的には入院中ってことになってるけど……そっちのが、真実。私たちティーパーティーを除けば、このことはまだトリニティの誰も知らない。もしかしたら【シスターフッド】には知られてるかもだけど、まああそこの情報網は半端じゃないからね」

 

ともかく、それくらい秘匿事項なの。

 

そう言って、ミカは目を伏せた。……このキヴォトスにおいて、ヘイローを砕かれることは即ち、『死』を意味する。つまり、セイアはもう……。

 

【一体、誰が……】

 

「……うん、わかってない。捜査中っていうか、何もわかってないっていうか。もともとセイアちゃんは秘密の多い子だったから……うん、まあそういうことなんだ。とは言っても、目星が付いてないわけじゃないんだけど……今の段階で、推測を口にするのも、ね……」

 

それで、話は戻るんだけど……

 

ミカはそこで言葉を切ると、しばし沈黙した。何を言うか、考えているようだった。

 

「『白洲アズサ』。……あの子をこの学園に転校させたのは、私なの」

 

【ミカが?】

 

「うん。ナギちゃんには内緒でね。生徒名簿とか、関係する書類全部偽造して、あの子を入学させた」

 

……なぜそこまで? 危ない橋、というレベルではないリスクを負っているが……

 

私の疑問が顔に出ていたのか、ミカはすぐに答えてくれた。

 

「……どうしてって? ……アリウス分校は今もまだ、私たちのことを憎んでる。私たち(トリニティ)はこうして豊かな環境を謳歌してるのに、彼女たちは劣悪な環境の中で、『学ぶ』ということがなんなのかもわからないままでいる……。私たちから差し伸べた手も、連邦生徒会からの助けも拒絶し続けてるの。過去の憎しみのせいで」

 

――私は、アリウス分校と和解がしたかった。

 

【……それは】

 

茨の道、というレベルではない。話を聞いただけでも、アリウスのトリニティへの憎しみは察して余りあるほどだ。

それがもう分かっていたのか、ミカは力なく肩を落としていた。

 

「でも、その憎しみは簡単には拭えなくて……これまでの間に積み重なった誤解と疑念も、多すぎて……私の手には、負えなかったの。それに、ナギちゃんもセイアちゃんも、私の意見には反対だった……政治的な理由でね。でも、それがわからないわけじゃない。私だってティーパーティーだから」

 

【それでも、諦められなかった?】

 

コクリと、ミカは頷いた。

 

「私は不器用だから、そういう政治とかの話はちょっと得意じゃないんだけど……でも、また今から仲良くしようとするのは、難しいことなのかな?――前みたいにお茶会でもしながら、お互いの誤解を解くことはできないのかな?」

 

【ミカ……】

 

君は、心優しい子だ。他者をそこまで気にかけられる人は、そうはいない。私の内心の慰めが聞こえるはずもなく、ミカはそのまま話を続けた。

 

「私はあの子……『白洲アズサ』という存在に、和解の象徴になってほしかったの。あの子についてはそれほど詳しいわけではないんだけど、アリウスでもかなり優秀な生徒だったみたいだし、その可能性に賭けたかった」

 

ナギちゃんを説得して正式な手順で進めるって手もあったんだけど、そこはちょっと疑っちゃったっていうか……ナギちゃんはそういうの、聞いてくれないだろうなって。

 

さもありなん。確かに、この前のナギサの様子を見る限りでは、彼女の意見は聞き入れられそうにない。

 

「もしエデン条約が締結されたら、その時は今度こそ本当に、アリウスとの和解は不可能になっちゃう。その前に、どうにか実現させたかった……アリウスの生徒がトリニティでもちゃんと暮らしていけて、幸せになれるんだって……皆に証明して見せたかった」

 

はぁ、とミカはため息をこぼした。その姿に、最初の頃の元気さはどこにもない。何処かくたびれた様子だった。

 

「そんな中で、ナギちゃんがトリニティに『裏切り者』がいるって言い出して……」

 

【……】

 

これはまた、なんともタイミングの悪いものだ。

 

「ナギちゃんが、どうしてそんなことを言い始めたのかはわからない。私が色々やってるときに何かやらかしちゃったのかもしれない。……それでナギちゃんは、条約の邪魔をさせまいとして、【補習授業部】(ここ)を作ったの」

 

あはは……と、ミカは乾いた笑い声をあげた。もう笑うしかないと言った感じだった。

 

「最初は補習授業部なんて何のことやらって感じだったけど……あ、そういえば先生。なんであの子たちなのかって聞いたことある?」

 

【……いいや。ある程度予想はしているけど】

 

「んー。ネタバラシするとね……あそこにいるのは、ナギちゃんが疑った子たち。一部除いて、ね――」

 

ハナコちゃんは、すんごい優秀な子なの。本当に、本当に優秀な生徒。成績的な意味でもね。なんなら生徒会長……ティーパーティーの候補に挙がってた時期もあったの。シスターフッドも、あの子を引き入れようとしてすごい頑張ってたらしいね。上手くいかなかったみたいだけど。……まあ、知っての通りいつからか奇行に走るようになって、成績も落第寸前まで落ちて。礼拝堂の授業のとき凄かったよ? 私たまたまそこに居合わせたんだけど、あの敬虔な空気の中水着姿で現れて……皆の表情がそれはもう……あはっ。――まあ、今はその奇行も、鳴りを潜めてるみたいだけど。やっぱり例の一件がトラウマにでもなったかな?

 

「確かに、それで探りを入れたくなる気持ちはよくわかる。あの子は既にトリニティの上層部とか色々交流があって、結構な数の秘密を知っちゃってたから。ナギちゃんにとっては、気にせざるを得ないだろうね」

 

ヒフミちゃん。優しくて可愛くていい子だよね。ナギちゃんもすっごく気に入ってる。……でも、それでもナギちゃんの疑いの目が向いちゃったの。どうも、こっそりと学園の外に出て怪しいところに行ってたみたい。トリニティの生徒は出入り禁止になってるブラックマーケットとか、あちこちにね。

 

「それに、どこかの犯罪集団と関わりがあるって情報も流れてきた。あんなに善良そうで純粋な子に見えるのに……」

 

【……………………】

 

思わず沈黙する。どこかの犯罪集団……まさか、ね。脳裏に、覆面を被った謎の銀行強盗団の姿が浮かんだ。――ん。銀行を襲う。

 

「ナギちゃんだってヒフミちゃんのことを気に入ってるのに、それでも疑いの目を向けた。まあ、ナギちゃんらしいと言えばらしいんだけど……さて」

 

ミカは今まで饒舌に開いていた口を急に閉じた。その表情はどことなく困ったような雰囲気だ。

 

「あとは……あの子だね。下江コハルちゃん。――申し訳ないんだけど、正直コハルちゃんが選ばれた理由に関しては、私も断定できるわけじゃないの。私なりの推測混じりになっちゃうんだけど……」

 

コハルちゃん。この子は結構特殊でさ。たぶん唯一、ナギちゃんが疑ってない子なんじゃないかな。先生も知っての通り、この子って『裏切り者』をやれる体じゃないし……。そこを疑うってことは、ティーパーティーは愚か、正義実現委員会も、救護騎士団も全員節穴ってことになるから、まあまずないかな。

なら疑われてるわけでもないのになんで選ばれたのかって話だけど……これは、コハルちゃん本人じゃなくて、正義実現委員会が疑われたから、かな。原因はハスミちゃん達だね。

 

【ハスミたちが……?】

 

「巨大な武力を持った存在。それも、ハスミちゃんみたいな、ゲヘナに対して強い憎しみを持っている存在が、自分の統制下にないという不安感……何かが起きるんじゃないかっていう疑念……ナギちゃんはそこに対して、何らかの備えが欲しかったんだと思うよ」

 

【……一つ、いいかい?】

 

ミカが首肯するのを確認して、問いかける。

 

【だとしても、どうしてコハルなんだろう。あの子はかなりハスミたちから目をかけられてるようだった。その上で、こうして選ばれて、体に負担をかけている。……これでコハルに何かあったら、その方がよっぽど『何か起きる』と思うんだけど】

 

「そこなんだよねぇ……」

 

うーん、とミカは首を傾げた。

 

「正直、今の理由ならコハルちゃんじゃなくてもいいの。正義実現委員会に所属する生徒なら誰だって。その上で、コハルちゃんを態々選んだ理由……ここから推測になるんだけど、まず1つ目が『ちょうどよかったから』。コハルちゃんって直近の学力試験を体調不良で欠席してるの。だから、扱いとしては無得点。補習授業部の表向きの選出理由としては、まあ強引だけどこじつけられないわけではないかな。だから選ばれた。2つ目が……まあ、有り体に言えば『人質』かな。ハスミちゃん達がことさら目をかける大事な子だからこそ、選ぶことで正義実現委員会に圧をかけた。……ただこれは先生も言った通り諸刃の剣もいいところで、もし負担をかけすぎてコハルちゃんに何かあったらそれこそ『何か起きちゃう』から、これも選んだ主目的ではなさそうなんだよね……」

 

……うん、全然わかんないや。こればかりはナギちゃん自身の胸の内を見ないとなんとも、ね。

 

あははっ、と笑ったミカは、「あ、でも……」と言葉を続けた。

 

「ハスミちゃん達が原因なのは、たぶん本当。前、こういう事があったって聞いてね……」

 

 

 

正義実現委員会建屋内に、響き渡る破砕音。

 

「……」

 

どこか引き気味の正義実現委員会委員長、剣先ツルギに、

 

「……」

 

心配そうに見つめる静山マシロ。

 

「あ、あの。ハスミ先輩、落ち着いてくださ――」

 

見かねた正義実現委員の一人が止めに入ったのは、その視線の先。破壊活動を行っていた張本人。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息を荒げ、翼を広げ、目を血走らせ。明らかに興奮状態にある一人の少女。正義実現委員会副委員長、羽川ハスミ。

 

「――絶対に、絶対に許しません!! 万魔殿!! ゲヘナっ!! どうして、どうしてあそこまで……!!」

 

「ひっ……!」

 

怒りがぶり返したのか、恐ろしい形相で憤懣を撒き散らすハスミ。怯える正義実現委員。それに気づかず、ハスミは怒りのままに破壊活動を再開する。

 

(……だいぶ荒れてるな。これは長くなりそうだ)

 

ツルギは若干引きつつも冷静にハスミの様子を見ていた。まあ、前線で気楽に暴れ回れる自分とは違い、普段から色々面倒事を押し付けているのだ。こういうときくらい、好きにさせておいてやろう。人間、ガス抜きも必要だ。

そんなふうに半ば達観した姿勢でいたのだが……

 

(……? 足音?)

 

タッタッタッと、それほど速くはないが、確かにハスミの方へ駆けてくる音。今のハスミに近づくとは物好きな……そんな余裕は、走ってきた対象を視認した瞬間崩れ去った。

 

「――ッ!? マズっ!」

 

対象がハスミに駆け寄るのと、ツルギが動き出すのはほぼ同時だった。それでも、ツルギが暴れるハスミの腕をつかんで押さえる方が数段早かった。

 

「――ツルギ!? 何を……!」

 

「ハスミ、落ち着け。良く見ろ。……事故って一生後悔したいなら、話は別だが」

 

「? ……!? コハル!?」

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

駆け寄ってきた正体。今ハスミを止めようとしてしがみつき、息を荒げている者こそ、密かに正義実現委員会の光と呼ばれている人物。下江コハルだった。

 

「コハル! 走るなんて、その体でなんて無茶を……いや、私のせいですね。申し訳ありません。なんと言ったらいいか……」

 

大切な後輩に負担をかけてしまったことで一気に頭が冷えたのか、広がっていた翼を折りたたんだハスミがコハルを抱えた。心臓に負荷がかかったせいか息も絶え絶えなコハルは、それでもハスミを抱きしめるかのように両手で包みこんだ。

 

「はぁっ……はぁっ……ゲホっ……。――大丈夫です、ハスミ、先輩……。嫌なことが、あったんでしょう? ……ゲホっ。……話なら、聞きますから……物に当たるのは、やめてください……」

 

「コハル……」

 

「何か、辛いことがあったんですよね? ……でも、それで物や人に当たるのは、いけないことだから……落ち着いてください……無闇に力を振るう、ハスミ先輩を見るのは……何よりも、辛い、です……」

 

「っ……」

 

罪悪感で居た堪れなくなったか、ハスミはズルズルと力尽きていくコハルをぎゅっと抱き寄せて、ただ謝り続けた。

 

「ごめんなさい、コハル。私のせいで。無理をさせてしまって、走らせてしまって……こんな姿を見せて……本当に、ごめんなさい……」

 

「……マシロ、救護騎士団を呼べ」

 

「もう呼んでます。……でも、いいんですか? 原因を知ったら間違いなくツルギ委員長が怒られますけど……」

 

「コハルに何かあってからじゃ遅い。それに……問題が起きたとき責任を取るのが、上の仕事だ」

 

 

 

「まあ案の定、ツルギ委員長は救護騎士団の子にすんごい怒られたらしいよ。自分の状態がわかってるのに走っちゃったコハルちゃんもね。……まあそんなこともあったし、ハスミちゃんがゲヘナのことをすごく憎んでるってことは周知の事実かな。だからこそ、エデン条約に全力で反対するだろうってのは、火を見るより明らかじゃない? あのゲヘナとの同盟なんてー、って」

 

【……だから、人質としてコハルを選んだ?】

 

「さっきも言ったように、完全に推測だけどね。穴もあるし。――まあそんな感じで、ナギちゃんの中にあった『トリニティの中に裏切り者がいるかもしれない』っていう疑念は、色々と情報が集められて進んでいくうちに『あの中の誰が裏切り者なのか?』っていう疑念に変わったんじゃないかな。実際にいるかどうかじゃなく、『裏切り者』は既にナギちゃんにとって確定事項の現実問題になってる。……それが、今の状況。長くなっちゃったけど、これで私が知ってることは全部かな」

 

【……『裏切り者』、か……】

 

「……『裏切り者』っていう言葉が何を指すのか。それを多少はっきりさせた上でなら、ちゃんと解答は出せるの」

 

コホン、と1つ咳払いをし、ミカはさらに話を続けた。

 

「まずナギちゃんは今きっと、『自分たちを、トリニティを騙そうとしてる者がいる』って思ってる。誰かがスパイなんじゃないかって。そういう意味だと、今ナギちゃんが言ってる『裏切り者』は『白洲アズサ』。経歴を偽って入り込んでるからね。あの子はさっき話した通り、本当はトリニティが敵対してるアリウス出身の子だから。……あの子は何も知らないまま、こんな政治的で複雑な争いのど真ん中に立つことになっちゃって……でも」

 

ミカは私の眼をまっすぐ見つめた。

 

「こんな形で、あの子を退学になんてさせちゃいけない。だから、守ってほしいの。それは今、先生にしかできないことだから」

 

……それで、先程のアズサを守ってほしいという発言に繋がるわけか。

 

「それからある意味では……ナギちゃんにとっての『裏切り者』は私でもある。私は、ナギちゃんが進めてるエデン条約に賛成の立場じゃないから」

 

ホストじゃない私には何の力もないから、邪魔も何もできないんだけどね。

 

無力さを誤魔化すかのように笑顔で、ミカは言葉を吐いた。

 

「……それと、別の視点からはこういうことも言えるよね? 『トリニティの裏切り者』……それは、ナギちゃんだって言うこともできる。そう思わない?」

 

【……】

 

否定も肯定もしない私に、ミカはさらに言葉を重ねた。

 

「これまで調和を保ってきたトリニティを巨大な怪物(リヴァイアサン)に変えようとしている存在……そういう見方があっても、そんなにおかしくないよね。――まあ、それもこれも全部私の一方的な話でしかないんだけどね☆……だから、最終的には先生が決めて」

 

白洲アズサを守るのか。

 

裏切り者を見つけるのか。

 

ナギちゃんを信じるのか。

 

私を信じるのか。

 

【……ミカは、それだけで大丈夫?】

 

「あの子のことについては私に責任があって……でも、私にはお願いすることしかできないから。――ん? あれ? もしかして今のって……私のことを心配、してくれてるの?」

 

私の発言に頭が追いついたミカは、楽しそうな笑みを見せた。

 

「あはっ。本当に優しいね、先生は。うーん、なんだかつい勘違いしちゃいそう」

 

そのまま上機嫌な様子で、力こぶを作る。ミカの細腕に力がこもるのが見て取れた。

 

「私の心配は大丈夫! さっきも言ったでしょ。私、結構強い方だから。ナギちゃんとは鍛え方が違うんだよ♪」

 

そのまま腕時計へと眼をすべらせた彼女は、「うわ、もうこんな時間かー」と眼を丸くした。

 

「じゃ、今日はこんなところかな。そろそろ本校舎に戻らないと、ナギちゃんがお冠になっちゃう。……先生とまたこうしてお話できて、楽しかったよ。――それに、あんまり2人でいると変な噂が立っちゃいそうだもんね。ふふっ……まあ、私はそれでも構わないけどね☆」

 

【私は構うかな……】

 

「ふふっ……じゃあまたね、先生」

 

そう言って、ミカは合宿所から去っていった。

先程まで騒がしかったプールサイドに静寂が戻る。ミカがいた証は、うっすらとした足跡だけが示している。

 

【……戻るか】

 

色々と……それはもう、色々と考えながらも、私もまたプールサイドから離れるのだった。

 

 




ひぃん当時書いてて微妙だった表現を後から変えられるのは小説サイト様々だよーありがたやー
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