ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その32

 

「先生……こんな時間に、何故ここに……それに……」

 

私がここにいることに驚いたのか、ハスミが動揺を隠せずに疑問の声を上げた。その目が私から、後ろのヒフミ、アズサ……そしてハナコと、流れるように見つめる。特にハナコにはしばらく目を合わせたまま動かなかった。この前の一件があるからか、その目にあまりいい感情は浮かんでいない。しかし、夜中だからか、それとも場所が店舗だからか、以前のような攻撃性はかなり抑えられていた。

 

「補習授業部の皆さんまで……この時間帯の出歩きは、一応校則で制限されているのですが……」

 

「あ、あはは……ごめんなさい、ハスミさん。ちょっと事情がありまして……」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべたヒフミが、さりげなくハナコとハスミの間に割って入った。先日の一件もあり、ハナコとハスミを対面させるのは得策ではないとの判断だろう。こういう空気の読み方が、ヒフミは本当に手慣れている。ナギサが補習授業部の部長を任せたのはその点もあるかもしれないな。

 

「ところで、ハスミさんは何故ここに? 見回りの息抜きですか?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

ヒフミの疑問に、ハスミは胸を突かれたようにうめき声をあげた。一瞬口をまごつかせたが、諦めたかのように肩を落とした。

 

「……いえ、ここで嘘を付くのは、先日ハナコさんを糾弾した者として公正ではありませんね。白状しますと、もともと甘いものが好物でして……こうして夜に間食をするのが、謎の背徳感もあってつい辞められず……今日も見回りのついでに……」

 

そんなことを宣うハスミ。ま、まあこの年頃の少女なら仕方ないかもしれない。見るからに堅物な彼女だが、こういう少女らしいところもあるのだ。

 

「……コハルちゃんから聞きましたが。ハスミさん、今ダイエット中ではありませんでしたか?」

 

「ゔっ……」

 

ボソリと、ハナコが呟いた疑問に、痛いところを突かれたとばかりにハスミがビクリと肩を震わせた。そういえば、ハスミの話になったときにコハルが言っていた。万魔殿との会談から帰ってきた彼女が荒れていた、その理由。なんでも体型を弄られたらしい。コハルに暴走を止められて落ち着いたあと、ダイエットをすると宣言していたとかなんとか。

 

「確か『一日に2回以上食事をしたり、おやつを口にするところを発見したらその場で指摘して叱ってください』……そう、おっしゃったとか。……申し開きはありますか?」

 

ジトッとした目で、ハナコがハスミを見つめる。ハスミはと言うと目を泳がせながら、明後日の方向を見つめていた。しばしの沈黙。

 

「……まあ、いいです。ハスミさんも条約等の関係でストレスが溜まっているのでしょう。これについては、見なかったことと致しましょう」

 

ハナコの発言に、私は内心驚いた。先日の一件でハスミと対立したのは記憶に新しい。てっきりこの弱みを握っておくとばかり思っていたのだが。やりすぎるようなら止めなきゃならないし。ハスミも同じことを思っていたのか、目を丸くしてハナコを見ていた。

 

「……ただし」

 

ハナコは自身の人差し指を口元に当て、『しー』と"静かに"のジェスチャーをした。

 

「交換条件があります。――ハスミさんが購入された、まだ手を付けていない限定パフェ。こちらを一つ、譲っていただけませんか? なんならお代はお支払いしますので」

 

「パフェ……ですか?」

 

困惑気味にハナコを見るハスミ。

 

「はい。欲しがっている人がいますので。……どうですか?」

 

「……」

 

ハスミが再び流れるようにこちらを見やる。私、ヒフミ、アズサ、そしてハナコ。……少しして、ハスミは静かに頷いた。

 

「わかりました。正直、ストレスでつい頼みすぎてしまったとも思っていたので。『欲しがっている人』がいるのなら、その方が食べたほうがいいでしょう。……店員さん、こちらのパフェを持ち帰り用に仕立て直していただけませんでしょうか」

 

かしこまりました、とオートマタの店員が慇懃に応え、手のつけられていないパフェを持って店の奥に引っ込んでいく。

 

「……意外ですね。もう少しごねられるかと思っていたのですが」

 

「そうですね。貴方からのお願い、というだけでは、弱みを握られたとは言え正直聞く理由として薄いのですが……」

 

ストレートにドライな反応を見せるハスミ。しかし、その厳しい目線がふっと緩み、小さくだが微笑んだ。

 

「『欲しがる人』がいるというので。……できれば、合宿が終わったあとで構いませんので、感想をお聞かせ願えますか? あの子が何かを欲しがるのは、本当に珍しいので。ああ、できれば私の名前は出さずにお願いします。気にするでしょうから」

 

「……流石に気づきますか」

 

「いくら疲れていようと、このメンツを見れば流石にわかります」

 

苦笑いするハナコに、ハスミは苦笑で返した。……コハル以外の全員揃ってて、この場にいない『欲しがる人』と言ったらまあわかるよね。それにしてもハナコとハスミ、話し始めた時は割と警戒してたんだけど、穏便に終わりそうで何よりだ。隣にいたヒフミもハラハラしていたようで、ホッと息をつかせている。

 

「なにはともあれ、事情はわかりました。本来皆さんは、合宿中は外出禁止と聞いていましたが……先生もいらっしゃいますし、私も弱みを握られてしまいました。ここはお互い、目を瞑るとしましょうか」

 

そう言ってウインクするハスミ。……思ったよりハスミが理性的でよかった。これがコハル関係じゃなかったらもっとややこしいことになっていた気がするが……もっとも、コハルのことがなかったらこうして外出することもなかっただろうが。

 

ありがとうございます! とヒフミが感謝の礼を伝え、ハナコも静かに頭を下げたその時。ヴヴヴヴッとハスミの端末が震えた。

 

「……? こんな時間に、連絡……?」

 

疑問符を浮かべながらもハスミが端末を手に取り、耳に当てる。……なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 

「はい……イチカ? どうかしましたか?」

 

『ハスミ先輩、ちょっと問題が発生しちゃいまして……今どちらに?』

 

スピーカーモードになっているのか、会話の内容が漏れ聞こえてくる。相手はイチカか。彼女がハスミに救援を求めてくるなんて、よっぽどのことだが。

 

「問題……? 詳しく聞かせていただけますか?」

 

『どうも、学園の近郊にゲヘナと推測される生徒たちが無断で侵入、さらに無差別に銃撃を行いつつトリニティの施設を襲撃している、との情報が』

 

「襲撃……まさか、ゲヘナの風紀委員会ですか!? それとも万魔殿がついに本性を!?」

 

ゲヘナと聞いてハスミがヒートアップするが、流石に風紀委員会や万魔殿が条約前にこんな突発的な襲撃を起こすとは思えない。最も、条約前にこんな騒ぎを起こすこと自体あれなんだけど……ゲヘナだからなあ。夜中だと言うのに無駄に元気だ。

 

『あ、いえそれが……』

 

「誰であれ、きっとエデン条約を邪魔しようという意図に間違いありません! 規模は何個中隊ですか!? 場所は、その施設とはどこですか!?」

 

『落ち着いてくださいっす先輩。とりあえずゲヘナの風紀委員会じゃないっすね。兵力も全然少なくて、わずか5名だとか』

 

「風紀委員会ではなく……5名?」

 

あまりにも少ない敵戦力にハスミも気勢をそがれる。5人という超少数で、わざわざこの時期のトリニティに襲撃を仕掛けるゲヘナの人間……これだけでもかなり絞れる。ぶっちゃけ下手人の予想はついた。5人なのがちょっと気がかりだが。4人じゃなくて?

 

『はい。それで、襲撃されたのは……アクアリウムみたいっすね』

 

補習授業部仮装パーティーでの会話が思い出される。……あーうん。やっぱり彼女たちだろうか。

 

「あ、アクアリウム……? どうしてそんなところを……?」

 

『さあ? ぶっちゃけあたしも良くわからないんすけど、展示中だった希少種のゴールドマグロを強奪して逃げてるとかで』

 

「ご、ゴールドマグロ……?」

 

キテレツな答えにハスミの目が点になる。

 

『すげー高い魚らしくって、たぶんどっかに売り飛ばすのかと……あ、追加情報が来たっすね』

 

 

 

『えーっと……どうやら正体はゲヘナのテロリスト集団、【美食研究会】らしいっす』

 

 

 

トリニティのど真ん中。市街地の中を突っ切るように、1台の車が爆走する。そこに乗っているのは、5人の人間。

 

「うわわわわ! トリニティのど真ん中まで来ちゃうなんてぇ! これ絶対逃げる方向間違えてるよぉ!」

 

そう泣き言を漏らすのは、大きめのクーラーボックスを抱えた少女、獅子堂イズミ。声はへにゃへにゃだが、その手はけして落とすまいと、しっかりとクーラーボックスを抱えている。それに相槌を打つのは、一見おっとりとした金髪の少女。

 

「仕方ありません。正義実現委員会の国境封鎖が思ったより早かったですから。とはいえ、あのゴールドマグロと聞いては黙って見過ごす訳にもいきませんので☆」

 

にこやかにイズミを宥める鰐淵アカリ。その意見に、長い銀髪をなびかせた少女が賛同を示す。

 

「ふふっ。あの伝説のマグロを、ただ観賞用として扱うなんて……そんなこと、美食に対する礼儀がなっていないと言うものです。美食というものは孤高であって普遍……ただ見世物としてお金稼ぎの手段に終わるなど、このゴールドマグロさんも望んでいないはず。私たちはただ、その声に共鳴しただけ!――ですよね、フウカさん?」

 

「うっさい。黙らないと舌噛むわよ。ていうか、土地勘ないんだから脱出ルートの案内くらいしてよハルナ。そんくらい考えてるんでしょ?」

 

ピシャリと黒館ハルナの暴論を切り捨てたのは、三角帽を被った黒髪の少女、愛清フウカ。この中で唯一、美食研究会ではなく、ゲヘナ学園給食部所属の少女である。

トラックのハンドルを握り、時折クラッチペダルを踏んではシフトレバーを切り替える彼女は、一切美食研究会の面々に目を向けることなく運転を続ける。それに対し、「あら、申し訳ありません」と一言軽く謝罪したハルナは、再び助手席で地図を眺めた。ちなみに、マグロは泳ぎ続けないと死ぬ生き物であるため、クーラーボックスに入れられた時点で残念ながらゴールドマグロ氏は昇天なされている。共鳴もなにもあったものではない。

 

愛清フウカは先も言った通り、ゲヘナ給食部の人間であって美食研究会ではない。にも関わらずこうしてテロ同然の行為に加担しているのは、普段は美食研究会によって拉致され簀巻きにされている被害者だからなのだが……今回は、自ら運転手を買って出ている。今回に限って、何故自発的に協力しているのか。その理由は、今まで一言も喋らず後方で追っ手を警戒している赤髪の少女にあった。

 

つい数時間前、ゲヘナの食堂にて明日の仕込みをしていたフウカは、突如飛び込んできた美食研究会に、またいつものかと思いつつ無駄な抵抗を試みようとしたのだが……初手で赤髪の少女に土下座され、毛色が違うことに気付いた。

 

「虫のいいことなのはわかってる! ハルナがどう思ってようと、貴方にとっては全く利益のない、いい迷惑だってことも! でも、お願いします……力を貸してください……友達の命の瀬戸際なの」

 

事情を聞いた彼女は、始めて美食研究会の企てに協力することにした。まさかこうして、テロまがいの行動に加担することになるとは、自分でもびっくりだ。昨日の自分が聞いたら鼻で笑うことだろう。

 

(でもしょうがないじゃない……あんな話を聞いたら、流石に手を貸してやらないと寝覚めが悪くなるし)

 

チラと、バックミラーを伺う。それに映った赤髪の少女――赤司ジュンコは、普段の騒がしさが嘘のように静かに、愛銃を両手に握りしめつつじっと後方を伺っていた。後ろ姿しか見えないが、何か考え込んでいるようでもあった。

 

 

 

――あの子と初めて出会ったのは、ゲヘナに入学してしばらくしてからのこと。トリニティに美味しいスイーツがあると聞いた私は、一人でそこに向かった。美食研究会の面々は、普段は各々好きなように美食を追い求めていて、協力して活動するのは狙いが大物な時だけだ。なので、こうして一人で活動することもザラにある。そんなわけで、単身トリニティに向かった私だったが……

 

「ううぅ……おなか、すいた……」

 

グウゥ、とお腹が悲鳴をあげる。うっさい、私だって悲鳴あげたいわよ。うう、手に入るまでは上手く行ったのに……

 

思い返すと腹が立つあの時。わざわざトリニティまでくんだりしてやって来たスイーツショップ。角付きに向けられる奇異の視線をスルーして、念願のスイーツを手に入れて、いざ実食! という瞬間に、限定スイーツに端を発した銃撃戦に巻き込まれたのだ。いや、お嬢様学校の人間のクセに血の気多すぎでしょ。というツッコミを入れる暇もなく流れ弾がめちゃくちゃ飛んできて、避ける間もなく蜂の巣にされて、せっかく買ったスイーツも台無しに……思わずキレてその場の人間全員ぶちのめしたんだけど、だからといってダメになったスイーツが復活するわけでもなく。店員も気絶してるし、そうこうしてるうちに正義実現委員会が集まってくるしで、変に因縁つけられる前に慌てて逃げてきたのだ。連中、ゲヘナの人間と見ると妙に難癖つけてくるから……何よ、羽と角でそんなに違うっていうの?

 

うう、でももう限界……時間かけてトリニティに来たのに、スイーツは食べられないし、無駄に体力使うし、ここまで逃げてくるのにも体力使ったし……

 

へなへなと道端に座り込む。トリニティの片隅でうずくまるゲヘナの人間なんて、面白がった不良くらいしか突っかかってこないだろう。そうなってももうどうでもいい……お腹すいた……

 

せめて少しでも回復しようと、目を瞑ってじっとしていたその時。

 

「――大丈夫ですか?」

 

酷く可愛らしい声が聞こえて、思わず目を開けた。飛び込んできたのは、心配そうにこちらを見る、私とどっこいな小柄の少女。正義実現委員会の黒い制服に身を包んだ子が、しゃがみ込んでこちらを見ている。

 

「だ、大丈『グウゥー……』……」

 

「……。お腹、空いてるの?」

 

「……な、何よ! 悪い!? こっちは朝から何も食べてないの! お腹ぐらい鳴るでしょ!」

 

恥ずかしさのあまり、八つ当たり染みた叫びをぶつけるが、少女は気にした様子もなく。持っていた鞄の中を探ると、タッパーを一つ取り出した。

 

「よければ、食べる? お昼の残りだけど……」

 

「え……」

 

そう言ってタッパーを差し出す少女に、思わず動きを止める。……ゲヘナの人間に施しをするトリニティ生なんて初めて見た。それも、シスターフッドのシスターでもないのに……いるんだ、そんな奇特な人間。

 

「……やっぱり、いらない?」

 

「……いや、食べる。……頂きます」

 

タッパーに入っていたサンドイッチは、小さくて、中身もオーソドックスなものだったけど。

あんなに優しい味は、生まれて初めて食べた。美味しかった。

 

 

 

そこから、私とあの子……下江コハルとの交流が始まった。ゲヘナとトリニティ。美食研究会と、正義実現委員会。方向性はまるで正反対な私たちだったけど、コハルは気にしている様子はなかった。いや、美食研の活動に対して何回か釘を刺されはしたけれど、ただ頭ごなしに否定するのではなく、ある程度理解は示しつつ、私やハルナたちのことも気遣ってくれて……表には出さなかったけど、感謝はしていた。お礼に、今までの活動で知った美味しいお店とか、いろいろと教えてあげれば、コハルは嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言ってくれた。体調がよければ行ってみるとも。……どうして、あんなにいい子が虚弱に生まれてしまったのだろう。神様がいるとは思ってないけど、もしいるのなら、そいつは相当な性悪だ。

でも、そんなことはいいのだ。今が楽しければ、それでいい。美食を求めて、コハルに怒られて。でもいつか、そのうち彼女を連れて、いっしょに美食を味わえたら、それでいいのだ。そう思っていた。

 

そんな幸せがずうっと続くと、そう思っていたのだ。――彼女の部屋に隠されていた、ある紙切れ一枚を見るまでは。

 

 

 

「――イズミ。それ、落とさないでね。絶対に」

 

「へ? う、うん! 落とさないよ!」

 

ぎゅっとクーラーボックスを抱き込むイズミを見て、目線を外す。アレは今回の目的であり、私にとっては生命線だ。絶対になくすわけにはいかない。

 

「うぅ……なんか、今日のジュンコ怖いよ……」

 

「ふふっ。そもそも今回のゴールドマグロについては、言い出しっぺがジュンコさんですから☆ 気合の入り方からして普段と違いますからねー」

 

「……ねえハルナ。本当なの? その……ゴールドマグロが、食べればどんな難病にも効く薬にもなるって。私も聞いたことがないんだけど」

 

「そういう噂が、山海経で流れているのは知っています。まあ如何せん、伝説の魚ですので、実際の効果の程はわかりませんが。――それを確かめるのも、美食の道。美食研究会として、避けて通るわけには参りませんわ。『食べるか、死ぬか』。それこそが、私たち美食家が歩む孤高の道なのですから」

 

「私は美食家じゃなくて調理師なんだけどね……今は運転手してるけど」

 

そんな会話をしている矢先、突如ジュンコが愛銃2丁を構えた。

 

「正義実現委員会! 追ってきてる!」

 

「おっと、やはり動きが早いですわね。――さあ、包囲網を破って退却です! 一刻も早くフウカさんに、新鮮なマグロのお造りを作って頂かねば!」

 

助手席から後方を向いたハルナが、愛銃を構える。狙いをつけて引き金を引けば、PSG-1(アイディール)から放たれた7.62ミリ弾が、追ってきていた正義実現委員会の車両のフロントガラスをぶち抜いてドライバーに直撃。それが、今宵の開戦の合図となった。

 

 

 

「待っててね、コハル……絶対、助けるから」

 

 

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