ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その34

 

「――まあ、こんなものですわね」

 

星あかりがまばらに散らばった夜空を眺めながら、私は呟いた。

しこたま銃弾をくらったこの体ではもう動けない。愛銃は無茶の反動でイカれてハナっから使用不能。IEDも手持ちは全て使い切ってしまった。これ以上の抵抗は不可能だ。

 

負けた。順当に、ある種予定調和で。まあそもそもたった3人で正義実現委員会の戦力、まして先生の指揮下にある連中を相手に、それも正面切って勝てるとは微塵も思っていなかった。だからこそ、この結果に驚きはない。

ただ、口惜しさはない。むしろ、目的そのものは果たせたという達成感と満足が、私を満たしていた。

 

「……敵指揮官を制圧した。今後の指示を求む」

 

隣を見れば、多少ボロボロではあるものの、まだまだ戦闘継続可能な様子の、白い翼を持った小柄な少女が目に映る。今回の戦闘にて、恐らく一番前線で活躍してくれた少女だ。お陰様で前線を張ってくれていたアカリさんが比較的早めに沈められてしまった。あとは弾幕を張っていたイズミさんが動揺して止まったところを狙撃され、残った私が……と、芋づる式に撃破されていった。私の目から見ても、良く訓練された素晴らしい兵士だと思う。

 

「……了解、正義実現委員会に引き渡す。オーバー」

 

通信終了した彼女はくるりと振り返って、私を見た。目と目が合う。どこか冷たさを感じさせる無表情。……ふふっ、急に冷たいアイスが食べたくなってきましたわね。

 

「……何故だ?」

 

「……何故、とは?」

 

「この戦い、ほとんど負けが確定していた。たった3名という少数で、この戦力を正面から相手どるのは自殺行為に等しい。無駄なあがきとも言えるだろう。……事前に話だけは聞いている。お前たちは仲間意識が希薄で、躊躇なく味方を切り捨てることが多いと。……だからこそ、わからない。何故、今回はこんな真似を?」

 

時間稼ぎなことはわかっているが……だからこそ、余計に分からない。この場にいない、最後の美食研究会メンバー。赤司ジュンコを逃がすためだけに、こんな大立ち回りを演じるような者たちではないだろう。

 

少女――白洲アズサと言ったか。彼女には私の行動が理解できないようだった。ふむ。確かに、魔が差したと言われても仕方のない行いではありましたが……。

 

「そうですわね……まあ、たまには献身も乙なもの、と思ったまでですわ。普段ならば、私だけでも逃げさせていただくところでしたが……今回は、そういうわけにはいきませんでしたので。今回の奪取、一番の最優先はマグロとジュンコさんを逃がすことでしたから」

 

「……何故赤司ジュンコなんだ? マグロを食べたいのなら、まずお前が逃げ切らないと意味がないだろう」

 

「ええ。――ですが今回マグロを食べる必要があるのは、私でも、ジュンコさんでもありませんので」

 

「……何?」

 

どういうことだ? と無表情に疑問を浮かべた白洲アズサさんを尻目に、私はくすくすと笑みを浮かべた。

 

「さて、ジュンコさんは今頃どうしているのやら。逃げ切れていれば、こうして私が土に塗れる甲斐もあったというものですが……」

 

とはいえ、あまり心配はしていない。恐らく、この場にいない特級戦力、剣先ツルギに追撃されている可能性が高いが……普段はともかく、覚悟の決まった彼女の爆発力には目を見張るものがあると、これまでの付き合いで知っている。

 

「あとは貴方の意地次第です、ジュンコさん。――ご武運を」

 

 

 

「きひひ……終わりだ」

 

ゆっくりと、鬼が近づいてくる。一息に飛びかかって潰すこともできるだろうに、そうしないのは余裕の表れか、はたまた警戒しているのか。――たぶん、前者だろう。

それを横目で見ながら、私はボロボロになった状態で、仰向けにひっくり返って空を見上げていた。このあたりはあまり人工の光がないからか、星空がよく見える。キラキラと光輝く星々は、今まで見たどんな空よりも美しく見えた。

 

……もう、いいんじゃないか。

 

自分で言うのもなんだけど、今回私は相当頑張ったと思う。ハルナたちやフウカを味方につけて、条約前でピリついてる警戒態勢のトリニティに突っ込んで。マグロを奪って、ここまで逃げてきた。その上あの剣先ツルギを相手にして、30分もの間逃げ続けてここゲヘナとの境界線付近までこれたのだ。普段の私からすれば間違いなく大健闘だ。

もういいだろう。足に力が入らない。走り続けた分も含めて、今までの疲労が伸し掛かっている。……ここまで頑張ったのだから。あとはやっぱりダメでしたでも、あの子なら笑って許してくれる。あとはもう、降伏して……。

 

……コハル。

 

――記憶が蘇る。あの日。彼女の家で見てしまったもの。コハルが席を外して、手持ち無沙汰になった私が部屋の中を見て回っていたら偶然見つけた、本棚の下に入り込んでいた一枚の紙。破り捨てられた、一枚のページ。

 

『死ぬまでにやりたいことリスト』

 

そこには、彼女の願いが、未来への望みがびっしりと書き込まれていて。――その上から、黒く大きなバッテンが書かれていた。紙そのものも、本棚の下で汚れているのを除いても、なんだかよれていて。まるで、一度濡れてしまったかのようだった。

 

「ああ……それは……気にしなくていいよ」

 

お手洗いから帰ってきたコハルは、いつものように笑ってそう言った。

 

「一度書いたんだけど、流石に量が多すぎて。叶えられないから、諦めたの。そんなに重要じゃないから、忘れて」

 

――嘘だ。量が多すぎて諦めた? 違う、どれだけ量が多くても、時間をかければ達成できるものばかりだ。何よりも、リストの最後に書かれていた願いが……。

 

 

 

・卒業したい

 

 

 

それを諦めざるを得ないということは……つまり彼女は……私の想像以上に、彼女の容態は悪かったのだ。

さりとてあまりにも重すぎて、私もそれを飲み込めなくて、コハルを問い詰めて困らせることもしたくなくて。正直、その後どうやってゲヘナに帰ったのかまるで覚えていない。

どうにかしてあげたい、けど馬鹿な私じゃまるで方法が思いつかなくて。ゲヘナには救急医学部があるけど、それで治るなら救護騎士団が治してるはずで。そもそも彼女がどんな病なのかもわからない。正面切って聞くのも怖い。コハルを傷つけてしまいそうで。……コハルとの友情が、それで終わってしまいそうで、怖かった。

 

悶々としたまま、時間だけが過ぎていって。――そんな時、ある噂を聞いたのだ。山海経に行った時、ゴールドマグロはどんな病も癒すという伝説を。信憑性はかなり疑わしいものだったけれど……これしかない。そう思ったのだ。

 

――ああ、ダメだ。

 

足に力を込める。疲れた体が息を吹き返す。あちこち痛みが走るけど……あの子に比べたら、どうってことない!

 

「きひ……? まだぁ、抵抗する気かぁ?」

 

剣先ツルギが迫ってくる。ゆっくりと、しかし着実に。正直怖い……でも。

ぐっと目に力を込めてにらみ返す。

 

「……剣先ツルギ。アンタは強い。マジでヒナぐらい強いと思うわ。アタシじゃ逆立ちしたって勝てやしない。――それでも、ここで諦めるわけには行かない! "コハルのためにも"!!」

 

「――何?」

 

鬼の表情が崩れた。今まで余裕綽々だった、半ば狂気じみた雰囲気は消え去り、その目には理性の光と、驚愕が宿っている。

 

「何故、お前からコハルの名が出てくる? ……ゴールド、マグロ……まさか!?」

 

その様は、これまで見た中でも最大の隙だった。

すかさず私は懐からあるものを取り出した。今回ハルナから預けられていた、使えるかも分からない最後の切り札。

 

「っ!」

 

流石というべきか。剣先ツルギがすごい速度で突っ込んでこようとする。だが、ゆっくり近づいてきていたのが仇になって、まだ多少距離が空いていた。それが明暗を分けた。

私は取り出したスイッチを思いっきり押し込んだ。

 

――逃げ込んでいた路地一帯が、爆発で丸ごと吹き飛んだ。

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

よろよろと。おぼつかない足取りで、私はゲヘナとの境界線の最後。大きな橋を渡っていた。

あの大規模な爆発で、剣先ツルギを撒くことができたようだ。ヒナと同レベルの化け物なのでさしてダメージは負っていないだろうが……倒すことが目的ではないので、別に構わない。代わりに私がかなりのダメージを負ったが、あの化け物から逃げられるなら安いものだ。

 

あの路地の爆発を引き起こしたもの。それは、かつてトリニティで騒ぎを起こした時を見越して、逃走用としてあらかじめ設置しておいた大量の爆弾だ。結局使うことはなかったため、そのまま回収することなく路地に残されたままとなっていた。それがあったから、私はここを逃走ルートに選んだのだ。もっとも、今もそのまま残っているかは賭けだとハルナは言っていたが……上手いこと機能してくれたみたいだ。

 

トリニティの戦略兵器に一泡吹かせた。これは大金星なのではないだろうか。今度コハルにあった時に話したらどう反応するだろう。……まずここまでの無茶苦茶をしでかしたことで怒られる気がする。

 

でもこれで、あの子の病気も――あ?

 

足取りが止まる。

 

「――少々、おいたが過ぎたわね。ジュンコ」

 

コツコツ。硬質な音を立てて、橋の向こうから近づいてくる小柄な人影。小学生と見まがう体躯。ふわふわとした、毛量の多い白髪。きっちりと着こなされた……ゲヘナ風紀委員会の制服。

バサリと、コウモリのような翼が広がる。独特な音を立てて、彼女の愛銃(デストロイヤー)がチャージされる。

 

「一応、言っておくわ。――無駄な抵抗は辞めて、投降しなさい。だいぶボロボロのようだけど……抵抗するなら、容赦はしない」

 

……ああ、クソが。イオリやチナツならまだマシだったのに。やっぱり神様ってやつはいるならろくでもない奴だ。なんでよりによって……

 

「ここまで来て……なんでアンタが待ち構えてるのよ! 空崎ヒナァッ!!」

 

「それが私の仕事だから」

 

そう言って、ゲヘナの最高戦力……ひいてはキヴォトス最強との呼び声高い空崎ヒナは、静かに獲物を構えた。

 

 

 

「この大事な時期に、こんな大騒ぎを……全員まとめて、反省文じゃ済まさないから」

 

さっきも言ったけど、無駄な抵抗は辞めなさい。そんな体じゃ、抵抗したところで怪我が増えるだけよ。

 

絶望が、紫の波動を迸らせながらこちらに向けられる。デストロイヤーの砲口からは、静かにヒナの神秘が火花を散らしていた。

前にはヤル気満々のヒナ。それをすり抜けてゲヘナに入るのは不可能だ。というかすり抜けても追撃されて終わりだ。

かといって後ろに戻るとトリニティ、ひいては剣先ツルギがいる。戻ることはできない。

 

――ああ、これは詰んだ。

 

ガシャッと、手から愛銃が滑り落ちる。もう、掴み直す気にもなれなかった。

 

「それは、降伏の意思表示と捉えて良いのかしら。……ねえ、ジュンコ。一つ聞かせて。何故今トリニティを襲撃したの? 条約前でどこも対応が早いのは分かっていたでしょう」

 

わかってる。半ば自殺行為だったというのは。それでも、今しかなかった……時間がなかったのだ。

 

「ゴールドマグロを狙うなら、もっと時期をずらせばよかった。せめてエデン条約の調印式が終わってからなら、もう少し楽だったはず」

 

わかってる。そんなことは計画段階からわかってんのよ。

 

「一体、何が貴方をそんなに動かしたの? そんなにその、ゴールドマグロ? ……が食べたかったの?「――るさい」……?」

 

「うるさい。……うるさい、うるさい! うるさいっ!」

 

「……ジュ、ンコ?」

 

「何も知らないくせにっ! 知ったような口を聞くな! 友達が死ぬかもだなんて今まで考えたこともないくせに!!」

 

まごうことなき八つ当たりだ。ヒナが私とコハルの関係なんて知るわけがない。それでも、我慢がならなかった。

 

「ゴールドマグロなんて! ……食べてみたい、のは、否定しないけど……それでも、ただ食べたいだけで今狙うなんて馬鹿な真似しないっ! それとも何!? 私がそこまで馬鹿に見えるっていうの!?」

 

「ジュ、ジュンコ。ちょっと落ち着きなさ――」

 

おろおろとするヒナ。こんなヒナは初めて見たけれど、今の私にそんなことはどうでもよかった。

 

「もうあったまきた! 絶対逃げ切ってやる! このマグロは、絶対コハルに届けるんだから!」

 

「――そう。わかった。細かい話は後で聞くわ。今は頭を冷やしなさい」

 

キィインと甲高い音を立ててデストロイヤーの銃身が回る。今まで何度となく(不本意だが)くらってきたヒナの弾幕。今の状態でまともに当たったらあっという間に意識を刈り取られるだろう。前には逃げられない、後ろにも逃げられない。……なら!

 

ヒナの斉射が始まる寸前、私は最後の力を振り絞って大きく横に飛び出した。――橋の欄干を越えて、川へと。

 

「なっ!? 頭を冷やすってそういうことじゃ……くっ!」

 

まさかこの夜中の川に自分から飛び込む奴がいるとは思わなかったのだろう。夏とは言え、冷たいじゃ済まないし、ぶっちゃけ自殺行為だ。頑丈なキヴォトス人でも溺れれば死ぬのだから。驚愕したヒナの動きがワンテンポ遅れた結果、私は斉射を避けて川へと躍り出ることに成功した。

何も考えず飛び込んだけど結構な高さだ。果たして今の体力で、向こう岸までたどり着けるのか……いや、もうやるしかない。

クーラーボックスを抱きかかえて、できる限り息を吸い込み……私は水の中へと飛び込んだ。

 

 

 

――冷たい。最初に感じたのは、全身を包み込む水の温度。ついで、鈍い痛みが走っていることに気づく。着水の衝撃で一瞬意識が飛んだらしい。そのまま水底に沈まなくてよかった。幸い息は続く、このまま対岸まで……そこまで考えたところで、何か足りないことに気づく。――クーラーボックスは?

慌てて周りを見ると、光の差さない真っ暗な水の中、ゆっくりと流れていく金色の魚が見えた。ゴールドマグロが!

どうやら着水の衝撃に私は耐えれても、クーラーボックスは耐えられなかったらしい。急いで回収しようと泳ぎだす。幸い流れはそこまで急じゃない、追いつける!

 

そう思った次の瞬間。金色が何かに飲み込まれた。――は?

 

大きな魚が、ぱくりと一口でマグロを飲み込んだ。そのまま悠々と泳ぎ去っていく。……待って。待ってよ。それは、お前が食べていいものじゃない。それは、コハルの……

 

間抜けにも私は、息がなくなることも忘れてただ片手を突き出したまま固まっていた。

呆然とする中、突如ガシッと首に衝撃が走り、すごい力で上に引っ張られる。急激に水面が近づいていく……。

 

 

 

ざぶざぶと水をかき分けて、私は岸へとたどり着いた。引き上げた荷物を降ろしつつ辺りを見ると、向う側にポツポツと申し訳程度の人工的な明かりが見える。ゲヘナは向う側か。つまり今いるのはトリニティ側。……領土侵犯に近いが、救命活動なのでまだ言い訳が効くだろう。

 

「……ジュンコ、大丈夫? 息はしてる?」

 

水分を含んでビショビショの髪を雑巾のように絞りながら、私はジュンコに話しかけた。ジュンコは先ほどまでの激情が嘘のように静かだった。ポタポタと毛先から水を垂らしながら、不思議なくらい呆然と、ただ波打ち際を眺めている。呼吸は問題なさそうだが……ん?

 

「ジュンコ、マグロは?」

 

ジュンコはその手に何も持っていなかった。後生大事に抱えていたはずのマグロはどこへ行ったのか。

それを聞いたジュンコはハッとして……再び川に飛び込もうとした。待って!?

 

「辞めなさいジュンコ! こんな真っ暗な川で探し物は無理よ! 見つかるわけない! 体力的にもホントに死ぬわよ貴方!」

 

「離して!! マグロが!! あれがなきゃコハルが!!」

 

「ジュンコ!!」

 

半ば錯乱したかのように死にに行こうとするジュンコを押し留める。すごい力だ。ゲヘナで一番腕っぷしに自信がある私ですら引きずられそうなほどの、まさしく火事場の馬鹿力とでも言うのか。

それでも、自殺行為は見過ごせない。私は必死になってジュンコの顔を両手で挟んで目を合わせた。

 

「ジュンコ、落ち着いて。冷静になって。何かのっぴきならない事情があるのは分かった。でも……もう無理よ。夜中の川に落としたものはもう回収できない。飛び込んだところで見つからないわ」

 

「あ……あぁ……」

 

ガクリ、とジュンコは膝から崩れ落ちた。ポタポタと液体が地面に垂れ落ちる。川の水気じゃない……ジュンコ、貴方泣いてるの?

 

「うわあああああああぁぁぁっ!!!」

 

今まで聞いたこともないような、血を吐くような叫び声をあげながら、ジュンコは号泣していた。……ジュンコがここまで泣くところを初めて見た気がする。一体、何が貴方をそこまで駆り立てたというの?

 

「……もしもし、セナ? こっちに来れる? ……うん。命に別状はないけど、要救助者一名。川に落ちたの」

 

普段よりも後味の悪さを感じながら、とりあえず私はセナに連絡することにした。弱々しく地面を叩く音が、私の耳に響いていた。

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