ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
「――なるほど、状況は概ね理解しました。天下に名高いティーパーティーがそのようなことを……とにかく、この場所にいかねばならないのですね?」
【うん】
装甲車の車内。乗員が四人増えたことで、ようやく広かった車内は多少手狭に感じるようになっていた。ある種の圧迫感を感じる。……たぶん、人数が原因じゃない。私のすぐ横にいる……というか、しがみついている人物が原因だ。
「事情はわかりましたが、タイミングが悪かったですね……今この近辺は、それなりに大きな騒動が起こっていまして」
「温泉開発部が市街地のど真ん中をドカン★と爆発させたとかで、まあしっちゃかめっちゃかなんです」
ハルナさんの後を継いで、さっきの金髪の人……アカリさんが可笑しそうに笑いながら語る。楽しげな様子とは裏腹に状況はヘビーなようだ。
「そのせいで、風紀委員会も慌ただしく動いているわけでして……まあおかげさまで、その機に乗じて私たちも風紀委員会の牢屋から抜け出せたのですけれど。ふふっ♪」
「残念ながらフウカさんは回収できませんでしたが。まああの人なら大丈夫でしょう☆」
何故だろう。脳裏に、「残念でも何でも無いけど???」とジト目の少女がよぎった気がする。
「……ともかく、そちらの事情はわかりました。本当はこの装甲車を奪って脱出する予定でしたが……こうして再び出会ったのも何かの縁。私達が、試験会場なるところへエスコートして差し上げますわ」
【いいのかい?】
「ええ。それに……エスコートしないと、気が気じゃない人がそこにいますので」
ハルナさんが目線を送った人物は、それに気づきもせずグリグリと私の胸元に頭を押し付けている。ジュ、ジュンコ。皆見てるんだけど……
「……感謝する。ありがとう」
「え、えっと……それではよろしくお願いしますね……?」
「……スズミさん」
「……まあ、悪意はなさそうですし。言い方は悪いですが、使えるものは使いましょう」
各々思うところがあるようだが、敵対的な人はこっちにはいないらしい。とりあえず呉越同舟は成立したようだ。よかった。……ところでなんだけど……
「……ジュンコ、そろそろ離して」
「……んで」
「?」
「なんで、コハルばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの……」
「ジュンコ……」
「だっておかしいじゃん! コハルのことを知ってるのに、こんな……突然諸々変更して、しかもゲヘナに行かせる!? うちの万魔殿よりよっぽどイカれてるんじゃないの!? そのティーパーティーって奴ら!」
「ゲヘナを指定しておけば、コハルちゃんは来れないと確信していたのでしょう。実際、私もそう思っていましたから」
「……許せない」
ジュンコの声が危険な色をはらむ。
「そのティーパーティーって奴ら、絶対後悔させてやる」
「ジュンコ、落ち着いて。気持ちは嬉しいけど……ティーパーティーが、全部が全部間違ってるわけじゃないよ」
「は、はい? コハルちゃん!?」
何故か周囲がどよめいた。あれ? そんなにおかしなこと言ってる?
【どうしてそう思うんだい? コハル】
「……もし私がティーパーティーで、同じ立場にいたなら……こういう強引な手段で妨害する可能性は、ゼロじゃないからです。ティーパーティーは強権と引き換えに大きな責任を負う立場……それしか道がないなら、私でも同じ選択をするかもしれません。だから、一概にティーパーティーを……ナギサ様を責められない。私には」
全ては大義のために……トリニティの未来のため、エデン条約締結のために。そのためなら、多少強引な手段に走るのもやむを得ないかもしれない。これが多少と言っていいかは分からないが。勿論最後まで他の方法がないか探すけれど……見知らぬ相手ならば、切り捨てても心もそこまで痛まないのかもしれないし。
「コハルちゃんなら、そんな選択はしませんよ。たとえどれだけ追い詰められたとしても」
「ハナコ……こればっかりは、なってみないとわからないから……」
「……これは、ジュンコさんが心配するのもわかる気がしますわね。あまりにも……いえ、とにかく出発しましょう。道案内はお任せを」
「……そうですね、お願いします」
ハルナさんが頭を振って、スズミさんの隣に陣取った。
2時間後――私たちは、風紀委員会に追われていた。まあ、こうなるよね……
「うひゃあああああ!?」
爆音が響き、地面が爆ぜる。過ぎ去った後方が、爆発で明るく照らされている。ヒフミ先輩が悲鳴を上げた。
「しつこいですね……! 仕方ありません、レイサさん! アレを!」
「了解っ、ですっ!」
車体の中で激しく揺さぶられながらも、レイサが転がるように移動して、自身の端末と車内のコンピューターを接続した。備え付けられた液晶に外の風景が映る。これは……?
「こんなこともあろうかと、搭載しておいて正解でした……制圧射撃開始!」
スズミさんの号令が響くと同時、車体上部からバララララッ! と凄まじい音が。光の灯った液晶には、火を噴く銃口が、レイサの操作に合わせて右に左に弾丸をばら撒いているのが見える。
「12.7ミリ重機関銃か、いい趣味だ!」
「あら……またすごいものが出てきましたね☆」
アズサの賞賛とアカリさんの感嘆の間にも砲火は止まず、追ってきていた風紀委員会の車両を次々とスクラップにしていく。とんでもない火力だ。
「うう、でもまだ追ってきてるんだけど! これ大丈夫なのハルナァ!?」
「心配ありませんわ、イズミさん。……8秒後に爆撃が来ますわ」
ハルナさんの警告を聞いて、スズミ先輩がハンドルを切る。きっかり八秒後、通過した地点がまたしても吹き飛んだ。砲撃はティーパーティー傘下部隊の十八番だと思ったけど、風紀委員会もなかなかやるわね……精度がかなり高い。
「素晴らしいハンドルさばきですわ。フウカさんには及びませんが」
「どうも。褒め言葉として受け取っておきます」
知らない人の名前を出されて、スズミ先輩が困惑していた。そんなにすごいドライバーなのかしら、フウカさんって人。
「……! ま、待ってください、なんかショベルカーやらブルドーザーまで来てるんですけどぉ!?」
「まさか、温泉開発部!? なんでアイツらまで追ってきてんの!?」
「ノリでしょうかね、まあゲヘナの生徒ですから☆」
えええ……そんなお祭りみたいなノリで追撃戦してくるの? ジュンコ、あなたの言った通り私は1人できちゃ駄目な場所だわ、ここ。
「わ、私たちは試験を受けに来ただけなのに……どうしてこんなことになっているんですかぁ!? うわああぁんっ!!」
ヒフミ先輩の泣き声は、新たに生じた爆音にかき消された。
「あ、あうぅ……試験会場は、ここですか……?」
プレハブや、廃ビルが立ち並ぶスラムの一角。ようやく追っ手を撒いた私たちは、なんとか試験会場であろう廃墟にたどり着いていた。の、乗っていただけなのにめちゃくちゃ疲れた……。
「コハルさん、大丈夫ですか? 試験は受けられますか?」
「ハナちゃん……大丈夫。ここまで来て受けないなんて選択肢はないよ」
……実は、だんだんと体調が悪くなっているのは内緒だ。たぶんもうすぐ反動が来る。でも、試験さえ受けられれば、その間だけ保てばそれでいい……!
「ひとまず撒けたようですが……試験中に騒ぎを起こされても面倒でしょう。我々が陽動を行いますわ。貴方がたはどうされますか?」
ハルナさんの質問に、自警団の2人は顔を見合わせ……レイサがそれに答えた。
「私たちも陽動に参加します。ここまで来たんです、コハルさんの試験の邪魔だけはさせません」
「そうですか。ではこの装甲車もまだ使わせていただいても?」
「ええ、帰りの迎えが必要ですから、また戻ってきますが……その間なら。乗ってください」
再び出撃準備を始めるその背中に、思わず声を掛ける。
「スズミ先輩、レイサ……ハルナさんたちも。本当に、なんてお礼を言ったらいいか……」
「気にしないでください、コハルさん。貴方にはレイサさんがお世話になりましたから」
「コハルさん……必ず、試験合格してくださいね! 応援してますから!」
スズミ先輩が微笑み、レイサが拳を突き出してくるので、それに掌を合わせる。変則的なハイタッチ。
「ふふ。私としては、ジュンコさんからお話を聞いていて、個人的に興味を覚えていましたので。お礼と言うならそうですわね……今度、私達と一緒に美食を堪能いたしましょう。貴方と食卓を共にするのは、素敵な時間になりそうですわ」
「あ、ありがとうございます……?」
これは果たして高評価でいいんだろうか? 私と食事って、あんまり楽しくはないと思うけど……そんなに食べられないし。
と、その時ボスっと胸元に何かが突撃してきた。薬の効果もあって何とか受け止める。
「ジュンコ?」
「コハル……その。――無理しないで、ほどほどに頑張ってね! コハルならそれでも絶対合格できるから!」
「……ありがとう、ジュンコ」
ジュンコはギューッと私を強く抱きしめて……ようやく離れて装甲車に乗った。何度も、私の方を振り返りながら。
美食研究会を乗せて、装甲車が離れていく。……彼女たちの稼ぐ時間を無駄にしないようにしないと。
「急ごう。もう時間がない」
アズサの呼びかけに応じて、私たちは廃墟の中へと入っていった。
「ところで、こんなところで試験と言っても……試験用紙はどこにあるんでしょう? 誰か来てるんですかね?」
「いや、誰もいなさそうだ。だが、指定した以上何か用意してるはず」
「来れないだろうと高をくくってる場合は、面白いことになりますね。試験会場を変更したというのに何も用意してないなどと、手落ち以外の何ものでもありませんから」
そうだった場合、とても楽しいことになりそうですね♡
ハナコがかなり怖い事を言ってるけど、一旦放置だ。タラレバの話だし。
そんな事を言いながらゴソゴソと辺りを探っていると、アズサが何かを見つけた。
「……これだ」
「これは……不発弾、ですか?」
アズサが拾い上げたのは、一発の弾頭。……アレは確か、ティーパーティー傘下の砲兵隊がよく使ってる……
「L118、牽引式榴弾砲の弾頭だ。雷管と爆薬は取り除かれてる。爆発することはない」
「なるほど、L118というとティーパーティーの……つまり、ナギサさんからということですね」
「この中に何かあるはず。開けてみよう」
ガチャっと音を立てて開くと、中には紙が何枚か入っていた。あとは……これは、通信機?
「あ、中に紙が……これが試験用紙ですね!」
「破損は見受けられないな。こっちは……通信機か」
ピピっと音を立てて、通信機が起動する。空中に、ホログラムが映し出された――え?
『……これを見ているということは、到着してしまったのですね……』
亜麻色の髪の乙女が、ホログラム越しに喋っている。……嘘。そんな、まさか……
「な、ナギサ様!?」
【ナギサ……!】
ヒフミ先輩と先生の声が、彼女の正体を明かしている。……今まで見たことがなかった、ティーパーティーのホスト代理。桐藤ナギサ様。でもこの姿は、どう見ても……
「――キリちゃん?」
「コハルちゃん……?」
『恨み言は大変結構。ですが、これは録画映像なので、リアルタイムには聞こえません。ですので、今の私に話しかけても無駄ですよ』
……影武者? キリちゃんが、桐藤ナギサとして表に出てるだけ? ……いや、さっきヒフミ先輩が映像だけでナギサ様と判断していた。先生も同様に。――つまり、キリちゃんが……桐藤ナギサ?
私を裏切り者ごと切り捨てようとした人なの?
制服の内側で、懐中時計がこすれて揺れた。その存在を主張するかのように。
『……恐らく、ここにいるということは、コハルさんも連れてきているんでしょうね。どんな手品を使ったのかわかりませんが。…………。――約束の時間までには、試験を終えて戻ってきてくださいね。一応モニタリングは引き続きさせていただいておりますので、そのことをお忘れなく。……では、幸運を祈りますね、【補習授業部】の皆さん』
ピッと、短いメッセージは再生を終えた。……キリちゃん……そんな……
「……とにかく時間がない。始めよう」
「は、はい! 皆さん入りましょう、いよいよ第二次特別学力試験です!」
……そうだ。試験だ。とりあえず試験を受けなければ。そのためにここに来たんだから。疑問は一旦後回しだ。
内心をどうにか押し込めた私は、皆の後をついて行った。
「――で、ここが例の場所?」
同時刻。補習授業部の試験会場から少し離れた場所。2人の人間が、確認作業を行っていた。
「うん。住所的には合ってそう。ここから向こうの端まで全部かな」
彼女たちの所属部活は、【温泉開発部】。ゲヘナの悪名高き部活の一つ。
「へへっ、部長も人が悪いな。突然計画変更するとは思わなかったけど、まさか候補地を他にも見つけてたなんて。それを誰にも言わないなんて水くさいよな」
「秘密主義な人だし仕方ないよ。私たちバカだから下手に言うと他所に漏れるしな──よぉし、発破準備!」
彼女たちは知らない。今まさに自分たちが開発している場所で、事前の確認後に人が入り込んだなどと。ましてやその中に、キヴォトス人にあるまじき虚弱な人物がいるなどとは。夢にも。
「――開発だぁ!!」
そして、地獄の釜は開かれた。
「……う……」
――何が、起きた?
確か、試験がまさに始まろうとしてて……突然、吹き飛ばされて……爆発が……爆、発?
あたりを見回すと、もはや廃墟は建物の原型をとどめていなかった。天井は吹き抜け、壁は崩れ、無事なところが一つもない。試験用紙もどこかへ消えた。これではテストも続行不可能だろう。
「ぐっ……みんな、無事か?」
【私は大丈夫……】
「うぅ……い、一体何が……?」
瓦礫の中から、まばらに人影が見える。皆無事――待て、2人いない。ハナエちゃんに……
「コハルちゃん、は?」
「え……」
振り返る。いない。あたりを見回す。いない。――どこにもいない。
背中を、恐ろしいくらい冷たい何かが流れていった。
「――コハルちゃん! コハルちゃん、どこですか!?」
「……! コハル! どこだ!」
「コハルちゃん! 返事をしてください!」
大声を上げても、返答が返ってこない。不味い。
何か、何か手がかりは……
視界の端に、黒い布が引っかかった。
「コハルちゃん!!」
急いで駆け寄る。あの黒い布は間違いない、正義実現委員会の制服だ。――いた。コハルちゃんは、瓦礫に埋もれていた。そばにハナエちゃんも横たわっている。
「コハルちゃん、大丈夫ですか!? ……この……瓦礫が、邪魔ァ!!」
この状況に脳のリミッターでも外れたか、自分でも信じられない力が出て、瓦礫を押しのける。他の皆も駆け寄ってくるのが音で伝わる。
「コハル、無事か――」
「コハルちゃ――」
【……! そんな……】
顕になったコハルちゃんの姿。ぐったりとしているその腹部には……1本の金属片が突き刺さっていた。砕けた廃墟のコンクリート、その鉄筋の一部が。
「コハル……ちゃん……?」
どくどくと。命が赤い液体となり、彼女から流れ出し続けていた。
ひぃん当時読み返して微妙に思ってた表現を後から弄れるのありがたすぎるよー
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