ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
甲高いスキール音を立てて、物々しい装甲車が1台、横滑りしながら停車する。
「これ、はーー」
「……試験会場が……」
先ほど補習授業部を降ろした場所。もともとそんなに上等な、というかほぼ廃墟同然の建物ではあったが……今では、建物以前の問題であった。
試験会場は、辺り一面瓦礫の山と化していた。
思わず言葉を失ってしまう。ここに……ここに、本当にコハルさんたちを下ろしたのか? 場所を間違えているのではないか? 何度も自問しては座標を確認する。しかし、数字上は間違いなくこの場を指していた。
「こ、コハルさんは……コハルさんは何処ですか? 先生も、他の補習授業部の皆さんも……」
真っ青になったレイサさんがふらふらと、瓦礫に近づく。理解が追いついていないのか、崩れた瓦礫の山の前で呆然と立ち竦むのを、私は止めることもできず、運転席でただ見ているだけだった。
そんなレイサさんの横を走り抜ける影が1人。
「ジュンコ!?」
「ジュンコさん!」
狼狽するイズミさんも、咄嗟に静止しようとしたアカリさんの声も振り切って、ジュンコさんは瓦礫の山を身軽に飛び越えていく。その後を追って、ハルナさんが駆け出していった。遅れて、残りの美食研究会の皆さんも。
「……クソッ!」
あまりにもあんまりな現状に毒づきながら、私は車から降りてレイサさんの元へと走った。今は現実を理解していないからこれで済んでいるが、理解が追いついたらどうなってしまうのか予想がつかない。
「レイサさん!」
「スズミさん……何が、起きて……どうして、こんな……コハルさんは、コハルさんは何処ですか?」
「……。落ち着きましょう、コハルさんや先生はともかく、他の方々はこんな爆発で命を落とすほどやわな方々ではありません。姿が見えないあたり、恐らく皆さんこの場を離れられたはず……」
そうであってくれ。
そんな願望混じりの推測を、レイサさんというより自分に言い聞かせるつもりで口に出す。でないと私までおかしくなってしまいそうだ。
辺りを見回す。何か、何か残っていないか。補習授業部の手がかりが何かーーあれは?
瓦礫の上に置かれていた不自然な物。一枚の白い羽が括り付けられた、一発の砲弾。あれはL118の砲弾……ティーパーティーの……それにあの白い羽はもしや、アズサさんの羽か?
恐る恐る持ってみるととても軽い。中に入っているのは爆薬の類ではなさそうだ。開けてみると、走り書きされた小さなメモが一枚。
「……『目的達成ならず』……『温泉開発部』……『敵とも味方とも言えない』……『トリニティへ戻る』……っ!?」
「な、何が書いてあったんですか?」
「……ふぅ。……いえ、とりあえず皆さん無事のようです。この爆発でテストは失敗したようですが、向こうは向こうでトリニティへ戻るとか」
「〜〜っ。はぁ、よかったぁ……テストは残念ですが……無事なようで安心しました」
レイサさんがほっと息をついていた。その隙にメモを懐にしまっておく。……『コハルが重傷。応急処置はできたが、予断を許さない。私のせいだ』。その内容だけは伏せておいた。私ですらショックだったのだ、レイサさんに伝えたら非常に不味いことになる。……どうして、彼女ばかりこんなことに……いや、考えるのは後だ。
「……補習授業部の皆さんが離れた以上、私たちもここにいる必要はなくなりました。風紀委員会を撒いて帰りましょう」
「そうですね。捕まると不味いですし……そうだ、美食研究会の皆さんは?」
その時、タタタッと走ってくる音が数名分。思わず銃を握るが、その先にいたのは先ほど走り去った美食研究会のメンバーたち。
「撤収します! 運転を!」
「となるとトリニティに一緒に戻ることになりますが……」
「それでも構いませんわ! 今はどこでもいいから落ち着ける場所が必要です!」
黒館ハルナさんが叫ぶ。先ほどまでの落ち着きっぷりが嘘のようだ。その肩には、コハルさんくらい小さな生徒を担いでいる。
「ジュ、ジュンコさん? どうしちゃったんですか……?」
「説明は後にさせてください。今はとにかくここから離れないと……」
「お願い! 早くしないとジュンコがおかしくなっちゃう!」
イズミさんがガクガクとレイサさんを揺さぶる。明らかに様子がおかしい。特にジュンコさん、何故か気絶しているようだが……何があった?
「わ、わかりました! わかりましたから揺らさないでぇ! す、スズミさん!」
「乗ってください! 風紀委員会が来る前に離脱します!」
どの道ここで時間を浪費していれば、待っているのは風紀委員会の包囲網だ。散々引っかき回したからまだ余裕はあるはずだが、敵が集まってくるのを座して待つわけにもいかない。
様子のおかしい美食研究会を乗せた装甲車は速やかに発進。元試験会場を後にした。
「こ、これは一体……?」
愕然とした様子のヒフミちゃんが、思わずといった体で言葉を口にする。その隣でアズサちゃんが周囲を見回していた。
「まさかキヴォトスの地下にこんなものを作っていたとは……」
「――ハッハッハ! 我々温泉開発部はその目的上、様々な大型重機を開発地へ運ばなければいかん。それらの輸送方法というのはかなり重要な課題だった。下手な動きをすれば、すぐ風紀委員会に勘付かれるのでな。ではどうやって解決したか……その答えが、今君たちの目の前にある"これ"だ」
「すっごいでしょ? 全部部長がどっからか持ってきたんだよ?」
誇らしげにする温泉開発部の2人。その手が指し示す先には……何台かの列車が停まっていた。
温泉開発部によって導かれた先、地下の坑道の終着点にあったのは、地下鉄のプラットフォームだった。一般客の利用を想定していないためか、流石にハイランダーのような駅の整備はされておらず、最低限の造りだが……それでも、間違いなくここは地下鉄の駅そのものだった。結構な人数の温泉開発部員が行き交う中、話の通り重機の輸送用だろう、台車がいくつか連結された列車が複数台、静かに荷物の積み込みを待っている。
そのうちの1台、部員の輸送用だろう客車が接続された列車に案内される。
【こんな数の列車、一体何処で入手を?】
「そうだな……まあ色々、だ。ハイランダーの一部の頬を札束で叩いたり、昔のツテを頼ったり、もう使われていない路線に放置されていたものを少ぉしばかり拝借したり、な。全てはより良き温泉開発のためさ。……おっと、ここはオフレコで頼むぞ」
しー、と指を1本口元に当てたカスミは、悪戯っぽく笑ったかと思うと、ぴょんぴょんと身軽に動いて列車に飛び乗った。
「さあ、こっちだ! 医薬品はたんまりあるのでな。応急処置程度だが、救護騎士団に送るまで保たせる事はできるだろう。お嬢さんたちを寝かせるスペースもある。君たちが乗り次第、すぐトリニティへ出発するぞ!」
「……これ、もしかして……ゲヘナの部活がトリニティの地下を勝手にいじってるってことでは……あわわ……」
「そうですね。――それが、何だというのですか」
「は、ハナコちゃん……?」
ヒフミちゃんには応えず、コハルちゃんを抱えてさっさと列車に乗り込む。トリニティがどうなっていようが、私の知ったことじゃない。
「――さて、トリニティの地下へ着くには暫くかかる。それまでお話といこうじゃないか」
地下に作られた違法な路線を突き進む1台の列車。それに連結された客車の中で、鬼怒川カスミは座席に腰掛けて両手を組んだ。
それに対面するのは、窓際に座った私。隣にはコハルちゃんを寝かせている。先ほど改めて医薬品を使い、包帯を巻いたりと応急処置をしたのだが……ダメージを負いすぎたのと、荒療治が過ぎたのもあり、今だに意識が戻らないままだ。その顔はとても苦しげで、額に脂汗が滲んでいた。それをハンカチで拭き取るヒフミちゃんは、座席に座らず、心配そうにコハルちゃんの傍で屈み込んでいる。その脇、通路には愛銃を握り、警戒を維持したままのアズサちゃん。先生はハナエちゃんを寝かせつつ、通路を挟んで反対側の座席に座っていた。
「長話になる、君たちも座ったらどうかな? 揺れる列車の中立ったままなのは辛いと思うが」
「必要ない」
「そうか、ではご自由に。……まずはこちらから聞こうか。エデン条約で上がごたついてるのは知っているだろう? にも関わらず、こんな深夜にゲヘナの中央部にいた理由は?」
「それについては、こちらを見たほうが早いでしょう」
自身の携帯を取り出し、画面を見せる。そこには、トリニティの掲示板が映っていた。ヒフミちゃんが目を見開く。
「は、ハナコちゃん! トリニティの掲示板を外部生に見せるのはマズイです! 情報漏洩に「――ヒフミちゃん。少し黙っていてください」……う、うぅ……」
「ふむ。地下では電波は通じないぞと言いたいところだが、スクショか……少々拝見。…………なるほど? どうやらそちらの首脳部は、万魔殿とは別方向で頭のネジが外れてしまったようだな」
「でなければこんな暴挙には出ないでしょうね」
裏切り者に怯え、実態を掴めないまま虚構に踊らされた、その果てがこれだ。そのうち自身の影にすら怯えだすのではないか、あの女。
「そちらの状況はわかった。テストのために、ゲヘナにね。――この変更内容事態、頭が沸いているとしか言いようがないが、重要なのはそれに至った理由だ。……『補習授業』か。さしずめ、条約前に都合の悪い者たちを排除するための仕組み、といったところか?」
「概ね、それで合っていますよ」
……この情報だけでそこまでたどり着くか。温泉開発部部長……数年前は単なる同好会レベルだった連中を、この規模まで押し上げただけのことはある。侮れない。
「とすると……まんまとうちも利用された形だな。今度はこちらの説明と行くが、今夜の私たちはゲヘナ中央部にて開発を行っていた。ただし、君たちのいた試験会場の発破予定はなかったんだ。証拠としてこれを見てくれ」
鬼怒川カスミが下倉メグから一枚の紙を受け取り、机に大きく広げる。これは、ゲヘナの地図か? パッと見でかなりの情報が記されている。地形情報、地盤、人口、建物の構造、所有する企業とその社会的影響度……トリニティの上層部なら知りたがるだろう戦略情報の山だ。私にはどうでもいいが。
「今夜の開発計画に基づく、開発予定図だ。赤く塗りつぶされた部分が開発予定地、つまり発破範囲だな。ほら、君たちのいた場所は入っていないだろう?」
「突然計画を変更したんじゃないのか? それだけでは信用できない」
「ふむ、アズサと言ったな。君の意見はご尤もだ。それを否定する物的証拠もない。――だが、我々温泉開発部にもプライドがある。開発には入念に準備をし、調査をした上で開発計画を立てている。そのへんの不良集団みたく、突発的な行動や、思いつきによる予定変更などしない」
先ほどまで軽薄だったカスミの目つきは、真剣味を帯びていた。……おそらく、この部分に関しては真実と見ていい。彼女たちの温泉開発への熱意は相当なものだ。少なくとも、今回の試験会場への発破は彼女たちの意思ではないのだろう。――では何故、意図せぬ発破が行われたのか。
「ですが、試験会場が予定と違い、実際に発破されたのも事実です。貴方がたの部員の仕業でしょう?」
「それについてはそのとおりだ。なので、当事者たちに既に事情を聞いておいた。本人たちは、まあメンタル的に君たちの前に呼ぶのは憚られたのでな――メグ」
「はーい! えーとね……あの子たちは、部長から指示があったって言ってたよ?」
元気いっぱいに答えたメグの言葉に、車内は静まり返る。
「やはりお前の指示じゃないか……!」
「先走った結論を出すのは辞め給えお嬢さん。まだ続きがある。……メグ、その先が重要なんだ。ぶった切らずに全部言え全部」
「ごめんごめん。その『部長』曰く、『ここに源泉があると追加情報があったので、突発的な変更で申し訳ないが、発破範囲をズラす』って。それを1人で言いに来たんだって。……風紀委員会とバチバチやってる最中に、1人で」
「ハッハッハ、お世辞にも私は強くないのでね。現場では常にメグを隣につけている。単独行動をするなんてリスクが高すぎて、特にゲヘナ自治区内ではあり得ない。いつヒナが来るか分かったもんじゃないからな」
つまり、そいつは偽物だ。
苦々しく顔を歪め、ブルリとカスミは体を震わせた。……この反応は恐らく素だ。空崎ヒナに苦手意識でもあるのかもしれない。空崎ヒナに苦手意識がないゲヘナ生のほうが珍しそうだが。
「ただ、姿は部長そっくりだったらしくてね。なんと光輪(ヘイロー)含めてそっくりで、温泉開発部員が一目で部長だと思っちゃうくらい。そのせいで、事前の計画から外れるのは初めてだったけど、まあ部長が言うことなら〜って、納得しちゃったらしいよ? ただ――」
――今思い返してみると、なんか少し、様子が可笑しかった気が……なんていうか、いつもより真面目そうな……
――あ、そうだ! ヘイロー! ヘイローがなんか一瞬ボヤケてた! ……ような気がする……
「――そんな感じの話をしてた! 以上釈明終わり!」
「……いつもより真面目そうとはどういうことだ? こんなにも普段から真面目な人間はそういないだろうに……まあいい。うちの部員は少々オツムの出来が悪い者も多くてな、ホイホイ怪しいやつの言うことを聞いたことについてはご容赦願いたい。……さて、確認したいことがある。トリニティには他者に成り代われる技術か、もしくは凄腕の工作員でもいるのか? そのへん詳しいだろう? 浦和ハナコさん」
「あら――答えはNOです。そんな便利な物があるなら、今頃トリニティはゲヘナに対してもっと優位に動けていたでしょうね」
自慢できることではないが、ティーパーティーの諜報部については下手なティーパーティーの人間よりも知っている。あまり表沙汰にできる内容ではないが、まあ昔色々あって……人のプライバシーを侵害するなら、侵害される覚悟ぐらいしてるでしょうから問題ありませんよね?
その上で断言していい。ヘイロー含めて変装できるような達人も、その技術も、トリニティにはない。……そのカスミの偽物は、何処から出てきた?
そして地味に自己紹介すらしていない私のことを知っていたなこの女。呼び名だけで推測したか?
「ふむ、万魔殿でもないだろうな。あの議長のことだ、そんな技術や人員がいればもっと以前から有効利用しているか……もしくは、"アレ"絡みで徹底的に破棄するかの二択だろう。第一私の耳に入らないわけがない。……となると、トリニティでもゲヘナでもない、謎の技術を持った第三者の影が見えてくる」
「……整理しましょう。まず私たち補習授業部は、テストの内容変更によりここゲヘナにやってきました。これはティーパーティーの意思でしょう。裏切り者ごと私たちを放逐するための策……コハルちゃんの体を利用して、試験を受けさせず不合格にさせようとした……」
「……やはり、そのお嬢さんが下江コハルか。到底正義実現委員会にいられるとは思えないほど虚弱な委員がいると噂に聞いていたが。まあいい、そうして君たちは協力者の助けもあり、ここゲヘナへやって来た」
「会場にはティーパーティーからのメッセージが残されていました。もしかしたら、私たちがコハルちゃんを連れて来るかもしれないと思っていたようですね。そして試験開始直後――」
「――会場が発破された。犯人はうちの部員二人。曰く、私そっくりの何者かにそそのかされたため、と。……そうしてそこのお嬢さんが重傷を負い、不審に思った私が様子を見に来て、今につながるわけだ」
……物事には、必ず理由が存在する。今回の場合、わざわざ温泉開発部部長に何らかの手段で変装してまで試験会場を発破するという、そんな手の込んだ真似をするほどの理由が。それは一体何なのか。
条約絡みなのは間違いない。全ての発端は、エデン条約にある。トリニティとゲヘナ、両校の平和条約……それを不都合に思う者が存在する。それが、桐藤ナギサの言う裏切り者。彼女はそれを絞り込みきれず、疑いある者全てを『補習授業部』として一括りにし、まとめて放逐するという手に出た。私はまあ見ての通り。ヒフミちゃんはブラックマーケットの犯罪組織絡みの噂から。アズサちゃんは転校生にして、前歴がかなりグレーより、何よりあの制服の紋章……。そしてコハルちゃんは、ハスミさん以下嫌ゲヘナ派の正実への牽制兼、テストを確実に不合格にさせるためのギミックとして放り込まれたのだろう。実に不愉快極まりない。
さっきも言ったが、2次試験の試験内容変更はティーパーティーの意思で間違いない。権限的には問題ない上(常識的には問題がある)、試験を合格してほしくないティーパーティーとしては、これだけの悪条件を重ねることで私たちを確実に落としにきた。3次試験はコハルちゃんの体調を加味すると受けられる可能性が非常に低い。故にここで落としてしまえば、私たちの退学は確定する。現地に試験用紙を用意していたのは、万一私たちが実際に来た時、何も用意していないのを糾弾され、無効にならないように。残されたメッセージは……コハルちゃんについて言及した桐藤ナギサは、何か思うところがあるようだった。あの沈黙……今更罪悪感でも湧いたのかもしれない。
では試験会場の発破も桐藤ナギサの意思なのかと考えると、腹立たしいが違うだろう。コハルちゃんをゲヘナに送り込むだけでもラインスレスレなのだ。試験の内容変更については掲示板に挙げられていたため、誰でも確認できる。ウェブに挙げている以上、魚拓を取られることも想定しているだろうし(現に私が取った)消せばやましいことをしていますと喧伝するも同然、今後消すことはないだろう。ハスミさん辺りが知ったらティーパーティーにカチコミかましてもなんらおかしくないが、それでも何かしら言い訳が立つと、そう踏んだからこその今回の変更と見た。
しかし、加えて試験会場の爆破までしたらもう言い訳不能だ。カチコミどころか命を狙われてもおかしくない。裏切り者以外にも明確に敵を作っては本末転倒ではないか。……正義実現委員会はトリニティでも歴史の古い部活だ。数世紀以上前から、名を変えつつトリニティの治安を維持してきた。全てはその名の通り、正義のために。よって、所属する人員は大なり小なり正義にこだわる人材が多い。そんな彼女たちが、何の罪もない仲間を利用され、傷つけられ、命を奪われかけたと知ったら……最悪クーデターを起こしても不思議はない。当然条約も――待て、クーデター?
「――まさか、それが狙いですか?」
「ハナコちゃん……?」
正義実現委員会のコハルちゃんへの入れ込みようは相当なものだ。副委員長のハスミさんを筆頭に、委員長のツルギさん、次期委員長と目されるイチカさん、ホープと名高いマシロさんたちから気にかけられている上、他の委員たちも彼女のことを心配しているのだ。だというのに、ティーパーティーは半ば無理やりコハルちゃんを補習授業部に放り込み、合宿にも強制参加させた。この時点で、ティーパーティーと正義実現委員会の間には深い溝ができていたのだ。その上、テストを急に変更してゲヘナに向かわせたことで、その溝は確実に深まるだろう。ティーパーティーへ悪感情を抱くものは増加する。だがそれだけでは、まだクーデターなんて大事には至らない。……では、試験会場を爆破すれば?
私やヒフミちゃん、アズサちゃんならいざ知らず、先生や、何よりコハルちゃんは死んでもおかしくない。現に本当に死にかけたのだ。この状況が明るみになれば、端から見るとティーパーティー……桐藤ナギサが乱心し、コハルちゃんを謀殺しようとしたようにしか見えない。はて、正義実現委員会の人間が、身内にここまでの仕打ちを受けて黙っているだろうか? 自分たちの上司に、今まで守ってきた正義を汚されたにも等しいこの状況で? ……答えは否だ。少なくとも、確実にハスミさんは報復に出るだろう。それに続く者たちも大勢現れるはずだ。桐藤ナギサを、これ以上権力の座に座らせてはおけないと。剣先ツルギも、これほどの暴挙を受けては止めるに止められない可能性が高い。――これでティーパーティーにクーデターを起こす正義実現委員会という構図が成立し、トリニティはかつてのような、未曾有の内乱状態に突入する。成功すれば、桐藤ナギサは斃れ、ホストの権限は残る最後のティーパーティー代表、聖園ミカに移譲される。彼女はパテル分派首長、トリニティきってのタカ派だ。ゲヘナとの融和は望んでおらず、そもそもエデン条約反対派でもある。故に、間違いなくエデン条約は実現しなくなるだろう。逆にクーデターに失敗しても、正義実現委員会とティーパーティーの全面衝突が発生した時点でトリニティの大幅な弱体化は免れない。混乱も相当なものになる。当然、条約なんて結んでいる場合ではなくなり、ゲヘナにも足元を見られることになるだろう。――どちらに転んでも、条約を邪魔したい裏切り者にとって非常に都合がいい状況となるのだ。
……まずこの計画が可能なのは、ティーパーティーのテスト変更について事前に知ることができる人物のみ。それができるのは、同じくティーパーティーの人間、それも桐藤ナギサに近しい人間だけだ。……桐藤ナギサから警戒されることもなく情報を抜き出せる、エデン条約を望まない人物。この状況になって、一番得をする人物……そんなもの、たった1人しかいない。
「聖園、ミカ……!」
「パテル派の首長か。…………ふむ、なるほど。確かに動機は十分ある。パテル分派は嫌ゲヘナの過激派、彼女たちからすれば条約の調印は面白くないだろうな。まあまだ疑問点がいくつかあるが……その前に、その推論をお仲間にも分かるように教えてやったほうがいいのではないか? 疑問符が第二の光輪のように浮かんでるぞ」
「あ、あの、ハナコちゃん……そんな断片的な話では何が何だか……」
「……失礼しました。ヒフミちゃん、事態は当初の想定よりはるかに悪い方向に転げ落ちています。推察になりますが……このままではいずれ、ティーパーティーと正義実現委員会の全面衝突が起きることになります。率直に言えば、内乱です」
「………え?……………え、ええぇ!?!?」
【どういうことだいハナコ?】
「事態は既に、桐藤ナギサの手を離れているということです。……私たち裏切り者候補を排除するための策を、真の裏切り者に逆利用されたんですよ、彼女は」
時は少し遡る。
試験会場発破直後、温泉開発部員の目を盗み、スイスイとゲヘナの街中を進んでいく、一つの人影。大きな白衣を羽織り、赤いシャツを身に着けた、温泉開発部部長……鬼怒川カスミは、そうして人気のない路地裏へと入り込んだ。
周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、静かに自身の顔に手を伸ばす。バチバチッと紫電が弾け、"カスミの顔が外れた"。
瞬間、その少女の全身にノイズが走る。貼り付けていたテクスチャ―が剥がれ、彼女本来の姿が顕になる。
「……時間ギリギリだが、任務成功だな」
そう一人ごちるその少女は、先ほどまでの鬼怒川カスミの姿とは対照的なスタイルをしていた。スラリと伸びた長身、引き締まった肉体美を黒いインナースーツで覆い隠したその姿は、へそ出しなのを除けば、さながら何処かの特殊部隊にいてもおかしくない姿だ。それを裏付けるかのように、彼女の身のこなしには隙というものがなかった。
「確かテクストがどうとか言っていたが……持続時間が短いのが難点か」
彼女には、その手に握られた仮面……先ほどまで使っていた特殊装備の原理はよくわからない。製造者は何やら小難しいことを言っていた気もするが、彼女には理解する気もなかった。知ったところで、それに意味などあろうはずもないのだから。所詮は道具だ。ただ任務に使えるならば、それでいい。私と同じように。
徐ろに路地の壁を引き剥がした少女は、中に隠していた装備を取り出す。通信機を装備し、周波数をいじりつつ、白いコートをその背に羽織る。
「任務完了。……了解しました、マダム。帰投します」
短く報告し、くるりと踵を返す。その先には、街頭の明かりすら差さない、暗闇が広がっている。
――アズサには、連絡するべきだったのではないか。
ふと頭にそうよぎったが、それは私が判断することではないと思いを断ち切る。全ては、私たちを切り捨てたトリニティへの復讐のため。そのためならば、どんな犠牲も容認すると。光射す表側でのうのうと生きる者たちに鉄槌を下すためだと、そう教えられた。
「これはまだ序章にすぎない。いずれ時が来たなら、その時は――我々の痛みを思い出せ、トリニティ」
vanitas vanitatum, et omnia vanitas(全ては虚しい。何処まで行こうとも、全ては虚しいものだ)
白いコートの右肩、括り付けられた腕章には、特徴的な髑髏と共に、短く所属が刻まれていた。――ariusと。