ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その40

 

推測を粗方語り終えた後の列車内は、沈黙に包まれていた。

 

「そんな……ミカ様が……真の裏切り者……?」

 

「ええ。といっても、状況証拠からの推測ですが。桐藤ナギサが本当に乱心して手を回したのでない限り、今回の爆破を仕込めるのは彼女しかいません」

 

「そんな、そんなのって……!」

 

ギュッと、ヒフミちゃんは制服の袖口を握りしめた。

 

「あ、ありえません! ありえてはいけないんです! だってそれは、それは……! ミカ様が、ナギサ様を裏切っているだなんて……ミカ様は……っ、ミ、ミカ様は、ナギサ様の、幼馴染なんですよ!?」

 

【ヒフミ……】

 

「私は、ナギサ様によくお呼ばれして、色々とお話を聞いてきました。その中に、よくミカ様との思い出も……た、確かにナギサ様はミカ様のことで困っていたり、怒っていたりしましたが……それでも、ミカ様のことを本当に心配して、大切に思っていたんです! それなのに、そんなの……そんなのって……」

 

「……幼馴染だから。それが手心を加える理由にならないのが、政治の世界ですよ。ヒフミちゃん」

 

私はこれまで見てきたのだ。見てくれだけの友情を。利用し合うだけの絆を。いざとなったら切り捨てられるだけの関係を。嫌と言うほどに。

 

【……ハナコ、まだミカが本当にナギサを裏切ったかはわからないよ】

 

「わかっています、先生。ヒフミちゃん、これはあくまでも推測です。物的証拠がない以上、私としてもこれが真実だと断言はしません。それに、カスミさんの言う通り疑問点がまだ残っています」

 

「そうだな。特に、うちの部員をたぶらかした"温泉開発部部長"が果たして誰なのか、はっきりしていない。ハナコ嬢の言う通りなら、トリニティにそんな技術も工作員もいないそうだからな。ゲヘナも同様さ。……まあ"アレ"絡みならワンチャンありそうだが、まずこんな大事になる前に確実に議長やヒナが処理してるだろうからな」

 

トリニティやゲヘナではない、第三者が介在している。間違いなくな。

 

そう言って、鬼怒川カスミは両手を後頭部に回して枕にし、列車の天井を見上げた。

 

鬼怒川カスミの言う"アレ"とは、ゲヘナの黒歴史である"アレ"だろう。かつて恐怖政治を敷いた独裁者。ゲヘナの、"雷帝"。相当な技術を有していたと風の噂に聞いているが……最も、それ関連は資料とともに全て破棄されたとも。万魔殿はバカだが、馬鹿ではない。その情報収集力はトリニティ諜報部も舌を巻くレベルだ。それ絡みになった時点でこんなバカ騒ぎを起こさせる前に動いているだろう。そっち関連はあまり考えなくてよさそうだ。

それよりも、もっと確率の高い第三者はいる。少なくとも、その関係者は今目の前に。

 

チラリと視線を横に向けると、疑惑の少女……アズサちゃんは、先ほどまでカスミに噛みついていた勢いが嘘のように、顔を青くしてしおらしく目を伏せていた。何かに気づいてしまったかのように。

 

――白洲アズサ。キヴォトスでは珍しい転校生。まるで別の社会で生きてきたかのように極度の世間知らずで、天然。以前何かしらの、徹底的な軍事訓練を受けていたようだ。その制服には、特徴的なエンブレムが入っている。はるか昔、トリニティによって潰された者たちの、骸骨のようなシンボルマーク。

 

(【アリウス分派】。……まさか生き残りがいるとは思いませんでしたが)

 

彼女たちが関わっているならば納得だ。トリニティに叩き潰された恨み骨髄といったところ、動機は満載だろう。復讐のために動いているなら辻褄が合う。恐らく、鬼怒川カスミに化けて温泉開発部員を誑かしたのもアリウスだ。何せ数世紀前に潰されてから誰もその動向を知らないのだ。ここはキヴォトス、神秘が満ちる場所。アリウスの生き残りが、誰も知らない地で、未知の技術を手に入れていたとしても不思議はない。アズサちゃんの様子を見る限り、少なくとも兵隊の育成……軍事力には力を入れているようだし。一つの勢力として今存在できているのは間違いない。

 

(ですが、これはまだ伏せておきましょう)

 

ここでアリウスについてバラし、アズサを問い詰めるのは簡単だ。だが、恐らく彼女は今回の爆破については何も知らされていない。根拠は、爆破時の反応。温泉開発部員に襲い掛かった時や、鬼怒川カスミに食って掛かった時の彼女に、演技はなかったように思えた。そういうものは今まで散々見てきたから見分けがつく。それに……

 

(コハルちゃんも、アズサちゃんの背景に気づいているように見えました)

 

以前、第5の古則についての話の時、コハルちゃんは強引に話を反らしてきた。恐らくあの時点で、彼女もアズサちゃんの正体に気づいていたのだ。その上で、アズサちゃんがただのスパイではないことを信じて、彼女が問い詰められる状況を避けた。きっとアズサちゃんなら、自分から本当の事を話してくれると。

その思いを、私が勝手に踏みにじるわけには行かない。

 

「……まだピースが足りませんね。ひとまず桐藤ナギサと、疑惑のある聖園ミカ。両者についてはそれぞれ対処を考えるとして……今はコハルちゃんが優先です。トリニティにつき次第、すぐ病院へ連れて行かなければ……」

 

「……。――ハッハッハ! 案ずるな、もうすぐトリニティに着く。今は地下だが、地上に上がれば救護騎士団へ連絡もつくさ。何せここまでの重傷者に、身内も被害を受けてるんだ。連絡を受ければ直ぐ様向かってくるだろうよ」

 

重くなった空気を吹き飛ばすかのように、鬼怒川カスミが溌剌とした笑い声をあげた。……そういえばこの女、何故ここまで私たちに協力的なのだろうか。義憤にかられて……なんて素直な挙動はしなさそうだが。

 

「……ふむ、私が協力的なのが不思議と見えるな、答えは簡単だ。――平和に楽しく温泉開発をしていた我々を、こんな大騒動に巻き込んでくれたんだ。ここは一つ、お礼を返してあげるのが礼儀というものだろう? そのためには、君たちに協力するのが一番手っ取り早い。君たちを利用している、と言い換えてもいいな」

 

「り、利用って……」

 

「ハッハッハ! 当然、君たちも我々を遠慮なく利用してくれたまえよ! そこはお互い、上手くやっていこうじゃないか! 今は共通の敵がいるのだからな」

 

……なるほど、よく回る舌だ。あえてああいう言い方をすることで、ビジネスとしての付き合いを強調し、互いに利用し合う関係なのだとこちらの警戒心をほぐしに行った。……確かに、協力はしてくれるだろうが……協調するとは一言も言っていない。恐らくこちらの方針が、向こうの方針と噛み合わなくなった途端、関係を解消してくるだろう。最悪後ろから刺されかねない。コイツの弁舌に惑わされると不味い……その点をよく理解して使わなければなりませんね。

 

 

 

「…………う……うん……」

 

その時、通路を挟んで反対側、先生の座っている座席で動きがあった。

 

【! ハナエ、大丈夫かい?】

 

「う……? せ、先生……? ここは、一体……」

 

爆発の衝撃で失神していたハナエちゃんが意識を取り戻したようだ。頭を振りつつ起き上がり、辺りを見渡している。

 

「列車内……?」

 

「ハナエちゃん、何も覚えてませんか……? 試験会場が爆破されて……ずっと意識を失ってたんです……」

 

「試験会場……爆……破……」

 

朧げだった意識がはっきりしてくるにつれ、ハナエちゃんの目に光が戻り……ハッとした彼女は急に立ち上がった。

 

「! コハルさん……コハルさんは!? コハルさんは何処ですか!?」

 

「お、落ち着いてください! コハルちゃんなら……」

 

ヒフミちゃんが私の隣を指し示す。黒い制服の一部を赤黒く染めた、荒い息を吐きつつ、寝かされているコハルちゃんを。

 

「――」

 

【ハナエ、落ち着いて。大丈夫、とは言えないけれど……応急処置も終わってるし、今すぐ命がどうこうにはならないよ。もうすぐ救護騎士団と連絡を取れるようになるから……「私の……」……ん?】

 

「私の、せいだ……」

 

ポロポロと、ハナエちゃんの目から雫が落ちる。両手で顔を覆った彼女は、座席に座り込むように崩れ落ちた。

 

「私、私……あの時、爆発が起きて……コハルさんが、私を突き飛ばして……瓦礫が、コハルさんに……血が……どうして? どうして、私を庇ったりなんか……」

 

「……そういうことですか」

 

思わず顔を歪めてしまう。コハルちゃんだけ瓦礫の下で、ハナエちゃんがほとんど無傷だったのはそれが理由か。……如何にも他者を優先しがちな彼女のやりそうなことだ。あまりにも、自己犠牲が過ぎる……!

 

「庇う必要なんて無かったのに……! 私を盾にすれば良かったのに! どうしてぇ……!」

 

「ハナエちゃん……」

 

【……コハルならきっと、ハナエじゃなくても、それこそツルギでも庇ったと思うよ。短いつき合いでしかないけれど……そういう子だから……】

 

「うううぅぅ……!」

 

泣き崩れるハナエちゃんの肩に手を乗せて、しかしそれ以上何もできない様子のヒフミちゃん。そこに、淡々とした口調でハナエちゃんにフォローを入れる先生。しかし、その拳は膝上で握りしめられていた。

 

「――お待たせー! もうすぐでトリニティに着くから、救護騎士団に連絡の準備を……なんか、お取り込み中?」

 

「メグ、情報ありがとう。それ以上は口を開くな。少なくとも、今はな」

 

 

 

「――そら、着いたぞ諸君! お待ちかねのトリニティ自治区内だ!」

 

「ありがとうございます。アズサちゃん、先行を。ヒフミちゃんはハナエちゃんを見てあげてください。私はコハルちゃんを」

 

「……」

 

「……アズサちゃん?」

 

「……っ。すまない、ボーッとしていた。先行する」

 

頭を振って意識を戻したアズサちゃんは、通路を走って抜けていく。その後を追って、私たちも列車の扉へと向かった。

 

 

 

「――待った。様子がおかしい」

 

列車を降りて、地上へと続く分厚い金属の扉の前。アズサちゃんは覗き窓からチラリと外を覗いた後、私たちに警戒を促した。

 

「人影がいる。温泉開発部というには数が多い」

 

「何? ここはトリニティ自治区とはいえ、僻地だぞ? とっくの昔に放棄された廃倉庫だ。ティーパーティーが目をつける要素はない。うちの部員もまだ集まって来れるほど時間は……」

 

鬼怒川カスミが身をかがめつつ、同じく窓から様子をうかがう。……そして、頭痛を抑えるかのように額に手を当てた。

 

「……勘弁してくれ。今日は厄日か?――なんでシスターフッドがわざわざこんなところに集まっているんだ」

 

「シスターフッドが……?」

 

同じく覗き窓を眺めると、埃を被った資材が置かれた倉庫の中、いたるところに特徴的な人影……ベールを被った、修道女めいた者たちの姿が見える。

【シスターフッド】。このトリニティにおいて、最も謎めいた組織。秘匿と裏側の多い、慈善団体。なるほど彼女たちの情報網ならば、ここに温泉開発部の秘密の地下鉄があると把握していても不思議はない。何せここはトリニティ、彼女たちのホームグラウンドなのだから。だが何故今、この地に部隊を……?

 

「いや、シスターフッドだけではありませんね……あれは……救護騎士団?」

 

「え!?」

 

「おいこら、声が大きい!」

 

私の発言に、思わず反応してしまったヒフミちゃんが大声を出す。鬼怒川カスミが注意するが遅く、思ったより響いたその大声に、向こうの人影もこちらの存在に気づいたようだった。

 

「この声は――ヒフミさん! ご無事ですか!? 私です、マリーです!」

 

「え、マリーさん!?」

 

「……どうやら知り合いのようだな?」

 

「ええ。……扉を開けてくださいカスミさん。マリーちゃんなら、そう悪いことにはなりません」

 

「なるほど? ……その言葉、信じるぞ」

 

ガシュッ! と音がして、重厚な扉が自動的に開閉される。その先、廃倉庫の中には、武装したシスターの集団が音に反応してこちらを見つめていた。その中をかき分けて、二人ほどがこちらに駆け寄ってくる。

 

「ヒフミさん! ハナコさん! 先生!」

 

「マリーさん! どうしてここに!?」

 

「細かい話は後です! コハルさんは……これは、酷い血の匂い……一体どれだけの出血を……! っ、セリナさん!」

 

駆け寄ってきたマリーちゃんは、私の抱えるコハルちゃんの状態を見て顔を青褪めさせた。獣人らしく、血の匂いで傷の具合を察したらしい。共に駆け寄ってきていた、救護騎士団の人間に声を掛ける。彼女もまた、一目見て状態の悪さを察したのか、後ろの集団に向けて大声を上げた。にわかに場がざわめき始める。

 

「担架を! 早く!! ――傷の状態を見ます、失礼します」

 

「一応、出血は止まっています。相当な荒療治でしたが……」

 

膝を折って、コハルちゃんの状態が見やすいようにする。ありがとうございますと律儀にお礼を言った彼女……救護騎士団団員の鷲見セリナは、コハルさんの制服をめくり、巻かれていた包帯を外す。

 

「……! これは、焼灼止血ですか。すぐに手当てしないと……あと輸血も……」

 

「た、担架を持ってきましたー!」

 

「助かります、ヒナタさん! ハナコさん、コハルちゃんを載せてください」

 

とても長身なシスターが担架を片手で軽々担いで持ってくる。その怪力は相変わらずのようで。……シスター・ヒナタ、ヒナタさんまでここにいるとは。救護騎士団といい、この準備のよさ、まるでこちらの事情が筒抜けだったかのようだ。一体誰がここまでの根回しを? ……否、今は考えるのは後回しだ。

コハルちゃんを担架に乗せると、セリナさんは手際よくコハルちゃんを固定した。

 

「救急車を用意してあります。他の皆さんも、一応検査しますので乗ってください。違和感や痛みなどはありますか? 特に先生は?」

 

【私は大丈夫。ハナエがさっきまで意識を失ってたから、そっちはよく見てもらったほうがいいと思う。ハナエ、動けるかい?】

 

「ハナエちゃんが……!?」

 

ハナエちゃん、大丈夫ですか? 気持ち悪いとかありますか?

 

セリナさんがそう聞くが、ハナエちゃんは何も答えられず、ただただ震えるばかりだった。

 

「ハナエちゃん……? 何があったんですか?」

 

「……少しばかり、ショックな出来事がありまして、それで……後で聞いてあげてください。ハナエちゃん、動けますね?」

 

ハナエちゃんが小さく頷いたのを確認して、私はセリナさんに行動を促す。セリナさんも首肯して、マリーちゃんに声をかけた。

 

「では行きましょう! マリーさん、そっち持ってください」

 

「わかりました! ……持ちました!」

 

「せーので持ち上げて運びます! せー、の!」

 

マリーちゃんとセリナさんに持ち上げられて運ばれていく、コハルちゃんを載せた担架。私たちはそれについていく。倉庫内にはシスターフッドの所属だろう複数台の車両が止まっており、その中に1台、救護騎士団の救急車も停まっていた。赤と白で彩られた装甲をもち、防弾ガラスに換装した、大型の武装救急車だ。

大きめの車内は、運び込まれた担架と私たちが乗ったことであっという間に満員となった。

 

「移動します、出してください! ヒナタさん、先導をお願いします!」

 

『りょ、了解です! よ……予定通りエスコートします、ついてきてください!』

 

他の車両にシスターたちが乗り込み、静かに走り出す。その後を、私たちの乗り込んだ救急車がついて行った。その後ろにも、別のシスターの車両がくっついて走っている。まるで護送だ。

 

「びょ、病院へ行くにしては物々しい車列ですね……」

 

「病院には行きません」

 

「そ、そうなんですか――はい?」

 

改めてコハルちゃんの処置を行いつつ、なんてことのないように告げてきたセリナさんに、ヒフミちゃんの目が点になる。病院に行かない? この状態のコハルちゃんがいるのに? ……ならどこへ?

 

「悔しいですが、ミネ団長のいない今、通常の病院ではティーパーティーの謀略を防げない可能性がありますから。……なので、ティーパーティーでも手出しできない場所に、特別に医療設備を用意してもらいました。そこで治療にあたります」

 

【ティーパーティーでも手出しできない場所?】

 

 

 

「――シスターフッドの本拠地、トリニティ大聖堂地下……ティーパーティーでもそうやすやすと手を出せない、秘匿領域です」

 

 

 

「ぶ、部長……なんか話がさらに大きくなってない?」

 

「……どうしよう。流れでつい乗ってしまったが……今猛烈にゲヘナに帰りたくなっているんだが」

 

帰っていいか? 私とメグはケガしてるわけでもないし。

 

そんなことを宣う鬼怒川カスミの脇腹を抓っておく。ここまで来たからには一蓮托生です、逃がすわけないでしょう。

それにしても、あのシスターフッドがここまで大きく動くとは……間違いなくサクラコさんが絡んでいるが、何故ここまで? ……まさかコハルちゃん、サクラコさんとまで深い仲なんですか? ……あり得るな、コハルちゃんなら。

 

友人のとんでもない交友関係の広さに、半ば呆れを覚える私だった。

 

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