ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その42

 

――その日、トリニティは朝からある噂で持ちきりだった。通学路で、教室で、部室で。およそ人が集まるところでは、ざわめきが絶えることはなかった。それだけセンセーショナルな話だったのだ。

 

「ねぇ、知ってる? あの話――」

 

「掲示板に載ってたやつでしょ? テストの内容変更。 会場にゲヘナを選ぶなんて、ティーパーティーも強気だよね〜」

 

「なんかさ……テスト受けに行った子たち、まだ帰ってきてないらしいよ」

 

「え、マジ? なんかあったのかな。ゲヘナだし、何が起きてもおかしくないよね」

 

ざわざわざわ。

トリニティにて、こういった噂話が出回るのは早い。昨夜に発表されたこの突然の……そして異例の変更は、翌朝にはもうトリニティ生の大半が知る事実となっていた。

しかし、彼女たちにとっては、この話は「可哀想だね……」で終わるだけの話で、それ以外の何物でもなかった。成績の悪い者たちが、テストを受けにゲヘナに行かされる羽目になった。それだけ。その者たちが帰ってきていないという話も出回っているが、まあ何かあったんだろうなで終わっていた。皆頑丈なキヴォトス人、大抵なにかあっても死ぬことはない上、所詮は赤の他人。大半のトリニティ生にとって対岸の火事でしかなかったのである。この噂も、センセーショナルではあるが、今日のお昼ごろには語り尽くされて収束する程度のものであった。

 

それが一変したのは、少し経ってから。とある匿名アカウントによる、モモッターへの1件の写真付き投稿だった。

 

『温泉開発部がゲヘナ中央部をふっ飛ばしたらしい。なんか戦場跡地みたいになってんだけどwww風紀委員も昨日の夜から今までてんやわんやだしwww15エリアの77番街とかもうひでぇ有様www』

 

――この投稿に対し、とあるトリニティ生が引用リプライを送ったのだ。『ここ、補習授業部の試験会場じゃない?』と。

 

あーこれに巻き込まれたのか、そりゃ帰ってこれないよねーというのほほんとした反応が大半を示す中、一部からとあるコメントが書かれた。

 

『補習授業部って、確か体の具合が悪い子混ざってなかった?』『正義実現委員のあの子、補習授業部に入れられてた気がする』『あの子帰ってきてる?』『てか流石に行ってないよね、ゲヘナだもんね』『いくらなんでも行かないだろwww……あれ、じゃあティーパーティーはなんでゲヘナを会場指定したんだろ』

 

『友達が騒いでたんだけどさ、今連絡つかないらしいよ、その子』『…………それ不味くね?』

 

ここに来て、鎮静化していた噂話に一気に火がついた。正義実現委員会の体が悪い子が、直前になっての試験会場変更でゲヘナに向かい、そのまま消息不明。……ひょっとして命が危ないのでは? と。センセーショナルを飛び越えて過熱した噂は、トリニティ中を席巻した。

 

そしてこの話は、最初から対岸の火事では居られなかった者たちにとって、直接動き出すには十分な理由となったのである。

 

 

 

「――会えないってどういうことよっ!!?」

 

たった今、ティーパーティーがいるとされるテラス、そこに通じる扉の前で押し問答を繰り広げている少女たちも、その一部であった。

 

「さっきから言っているでしょう! この先はティーパーティー代表の方々がおわす場所、由緒正しき者しか入ることを許されません!」

 

「何が"由緒正しき"〜、よ! その由緒正しいアンタラのトップが、こんな巫山戯たこと仕出かしたんでしょうが!!」

 

扉の警備、門番として立っていた、ティーパーティー所属の生徒。それに噛みつくような勢いで気炎を吐く、金髪で小柄の「ちっちゃいって言うな!」……少々可愛らしい背丈の生徒。その後ろには、喧騒をそっちのけに自身の携帯をのぞき続ける少女と、隣で一緒になって画面を見ている黒髪獣人の少女がいる。更にその脇に、パックのイチゴ牛乳に突き刺したストローを口に加えつつ、黙って様子を見守る少女もいた。

彼女たち4人こそ、トリニティの部活の一つ、放課後スイーツ部。今朝の噂を知り、掲示板の告知を知って対岸の火事では居られなかった者たちであり、友人の危機に立ち上がった者たちでもある。

 

「テストの直前、それも夜中に突然あんな改定をして、しかも会場がゲヘナですって!? どんな頭してたらそんなイカれたことできるのよ!!」

 

「イカれたとはなんて失礼なことを! ナギサ様は普段のご多忙もさることながら、エデン条約を控えて更にお心を砕かれているんですよ!? この改定も、きっと必要なことだったのです!」

 

「そのためならアタシの友達が死んでもいいっていうの!? 知ってんのよ、アンタラが指定した会場、温泉開発部が爆破したって! ……朝からあの子と連絡がつかないの! きっと何かあったのよ……連絡も取れなくなるような何かが……っ、この件を仕組んだ本人なら、桐藤ナギサなら何か知ってんでしょ!? 会わせなさいよ!!」

 

「それは……っ、できません! ナギサ様はこのトリニティのトップ、その上今とてもお忙しいのです、どこの馬の骨ともわからぬ方とアポもなしでお会いすることはありません! 私の目が黒いうちは、ここを通すことはありませんよ!」

 

「! この……! ふざけんな!!」

 

「――ヨシミ、ストップ」

 

門番に掴みかかろうとした金髪の少女――ヨシミを、横で見ていた少女――ナツが、ストローから口を離し、片手で制した。肩で息をするヨシミを遠ざけるように間に割って入り、門番を見つめる。その視線は、どこか冷たい。

 

「……なんですか、いい加減にしないと正義実現委員会を呼びますよ」

 

「ヨシミの非礼を詫びよう、申し訳なかったね。――ところで貴方は砂糖って知ってる?」

 

「……は?」

 

唐突な質問に、門番が凍り付く。何を言ってるんだコイツは、という表情に一切ひるむことなく、ナツは言葉を重ねた。

 

「お砂糖だよ、お砂糖。クッキー、スコーン、マフィンにペストリー(※ケーキ)……アフタヌーンティーの伝統があるティーパーティー所属の生徒なら、とても馴染み深いスイーツたち。それらの原材料に欠かせない、お砂糖。最近は無添加を謳う物も増えたけど……防腐作用の兼ね合いもあるし、やっぱり砂糖を使うものが定番だよね。……違う?」

 

「……ち、違いませんが……それが、なんだというのですか?」

 

「……そんな、貴方にとって馴染み深いスイーツたち。その原材料である砂糖……今回の被害者である私たちの友人は、私たちにとっては砂糖も同然の存在なのだよ。決して主体になるわけではなく、なんなら取り除かれることすらある。それでも、大多数のスイーツに使われて、味を整え、甘みを与え、腐敗すら防止する。当たり前のように存在する、いわばスイーツたちにとっての空気……」

 

バンッ! とナツはその手を門番の顔のすぐ横に叩きつけた。一部の乙女にとって憧れのシチュエーション、壁ドン……しかし何故だろう、門番は今別の意味でトキメキを感じていた、主に身の危険という意味で。

 

「そんな砂糖が、行方不明になってしまったんだ……これは由々しき事態、早急に取り戻さなければならない。貴方も、砂糖のないお茶請けは嫌だろう? 故にこうして、私たちは此処に来た。すべての糸口を握っているだろう、桐藤ナギサ"様"にお会いしに。アポ無しなのは申し訳ないけれど、最早そんなことを言っている場合ではなくてね。あの子の状態を考えれば尚更に。――さあ、どうかナギサ"様"に会わせてくれないだろうか?」

 

敬称を強調しつつ、独特な理論でもって門番に迫るナツ。オブラートに包まれてこそいるが……常の彼女らしからぬ、攻撃的な雰囲気。

それに飲まれかけた門番は、ブンブンと首を振って気を取り直すと、ナツを押しやって離れさせた。

 

「だ、だから! 何を言っても無駄です! お会いになることはないと言っているでしょう!」

 

「……石頭が。……アイリ、どう? 連絡はついた?」

 

話を振られたアイリは、目の前のやり取りも目に入らないとばかりに弄っていた携帯を、力なく握りしめた。

 

「……ダメ、繋がらない……不在着信ばっかりで……きっと何かあったんだ……どうしよう、コハルちゃんが……」

 

「〜〜ッ、なんでよ……! なんでコハルがこんな目に遭わなきゃいけないのよぉ……!」

 

目に涙を貯め始めたアイリを見て、不安が頂点に達したのか、ヨシミが世の不条理を嘆き出す。それをずっと黙って見ていた、最後の一人がついに動いた。

 

「……ナツ。――もう、いいでしょ?」

 

「……うん、仕方ないね。これだけ言葉を尽くしても、にべもなかったのだから。――となれば、最早取れる手は一つ」

 

「やっぱり時間の無駄だった。だから言ったじゃん、この方が手っ取り早いって……」

 

「な、何を……」

 

門番の狼狽える声に、黒髪の獣人……カズサは言葉ではなく、銃口で応えた。彼女の愛銃、マビノギオン――ブレン軽機関銃が、門番に突きつけられる。

 

「死ぬほど痛い目見たくなければ、今すぐ桐藤ナギサを連れてきて。――説明責任くらい、果たすべきじゃない?」

 

「な、なんて野蛮な! 言葉でダメなら暴力などと……淑女としてありえません!」

 

「生憎淑女とは縁遠くてね……言っておくけど、今過去最高に苛ついてるから。死にたくなかったら早く連れてきなよ。それか、私たちを桐藤ナギサのところまで案内するか。さあ、どっち?」

 

その目は本気だった。瞬きが一切なく、見開かれた目は黒目だけが細く鋭く絞られている。特徴的な猫耳も、ピンと外側に向けて張っていた。獣人、それも猫科の獣人によく見られる威嚇行動。標的を絞った証。本気で対象に敵意を向けている証明でもある。

 

「……どうやら気狂いの類のようですね。ここは高貴なるティーパーティーの方々がおわす場所、警備は私以外にもいるのです。……! ほら、噂をすれば!」

 

喜色満面でスイーツ部の背後を指し示す門番。それに合わせて振り返ると、その先には、とても特徴的な姿をした人物がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「……黒い制服……正義実現委員会……」

 

「あ、あの大きな人は……もしかして、羽川ハスミさん?」

 

「羽川ハスミって……正実の副委員長じゃない! よくコハルが話してた!」

 

トリニティの生徒の中でも一際大きな体格。それに見合った大きな翼。正義実現委員会の証たる黒い制服に身を包んだ少女は、ゆっくりとこちらに向けて歩みを進めてくる。

 

「運がありませんでしたね、貴方方。この狼藉は、しっかりと報告させていただきます。――ハスミ副委員長、こちらに!」

 

「ちょ、ちょっとナツ! どうすんのよ、正実の副委員長がいるなんて……」

 

「……んー」

 

ヨシミに縋られるナツ。その目は、訝しげにハスミを見ていた。

 

「……事情が事情だし、たぶん話せば分かってくれると思うけど……なんか、様子がおかしいような……?」

 

首を傾げるナツを尻目に、その巨躯はドンドンと近づいてきて……やがて、スイーツ部と門番の前で立ち止まった。その目元は、陰になってよく見えない。

 

「ハスミ副委員長、聞いてください! この方々、アポイントメントもなしにナギサ様に「……ですか」……はい?」

 

門番が饒舌に話しだしたのを遮るかのように、ハスミが何かを口にした。それと同時、突然カズサがヨシミとアイリを抱えて大きく後ろに下がった。

 

「わ、カズサちゃん!?」

 

「ちょ、いきなり何すんのよカズサ! ……カズサ?」

 

カズサは応えない。否、応えられなかった。

その目は、先ほどまでの攻撃的な様相が嘘のように、恐怖に彩られていた。まるで、天敵と偶然遭遇してしまった獣の如く。

自発的に退避してきたナツが、その隣で盾に手をかけながら呟く。

 

「……本能的に逃げたくなったんでしょ。わかるよ、獣人じゃない私でも。だって今のハスミさんは間違いなく――」

 

――すんごい怒ってるから。

 

困惑する門番、その顔に、7.62ミリの銃口が真正面から突きつけられた。

 

一般生徒は立ち入りを禁じられている、ティーパーティーのテラス。そこへと繋がる門が、突如吹き飛ばされた。

 

木くずが飛び散り、門だった残骸が一帯に散らばる。それと共に、まともに銃弾を食らった門番もまた、同じように床に叩きつけられていた。肺から空気がすべて抜け、息が詰まる。

 

「う……ぐ、ゲホッゲホッ! ……ハ、ハスミ副委員長……どうして……グェッ!?」

 

ズンッ! と、勢いよく門番の胸が踏みつけられる。同時に、再びM1917エンフィールドの銃口が向けられた。

 

「――もう一度だけ聞きます。桐藤ナギサは、何処ですか?」

 

余計な感情を全てそぎ落としたかのような冷たい瞳が、哀れな門番の少女を見つめていた。

 

 

 

夢なら覚めて欲しかった。

 

受け入れたくなかった。信じたくなかった。

 

それでも、現実は変わらなかった。

 

朝から流れる噂の数々。動揺する後輩たち。呆然とするマシロ。荒れるイチカ。こんな時に限ってツルギは連絡がつかず、否定しようにも、掲示板に載っている試験内容の変更や、ネットに流れる温泉開発部の蛮行は、覆せぬ状況証拠となって私に突きつけられていた。

 

そして、連絡のつかない、大切な……愛おしい後輩。いくつも送った彼女へのメッセージに、一切の反応はなく。それこそが、彼女に何かが起きたことを如実に示していた。

 

……これが。これが、お前のやり方なのか。虚弱なあの子を強引に補習授業に放り込んで、試験直前になって強引にゲヘナに向かわせて……そして……

 

これが、正義だと言うつもりなのか。ティーパーティーにとっては、これが正義だと。……なら私達は、今まで、何のために。何をしてきたというのか。何を守ってきたというのか。

 

――話を。話を聞こう。聞きに行かなければ。桐藤ナギサから全てを。この意味不明な試験の変更も、あの子の安否も。それが……それが、納得できるものでなければ……私は……

 

私は、生涯あの女を赦さない。

 

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