ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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閑話:ミレニアムサイエンススクール

 

ミレニアム自治区。現行技術では解決不可能とされる、7つの難問――千年難題に立ち向かった研究者たちの集まりから始まり、実験や検証の過程で様々な研究機関が増えていった結果、発足された学園……【ミレニアムサイエンススクール】の治める自治区である。

歴史的には新興校の部類でありながら、キヴォトス全体で見ても比類なき技術力と、それを背景とした資金調達力から、過去災害によって凋落したとある高校を差し置いてトリニティ、ゲヘナと並び三大校と称されるほどに急成長を遂げた、異例の学園。

今となっては学園発足の理由を知らない生徒も増えたが、その理念は変わっておらず、千年難題解消に繋がることを期待して、日々様々な研究開発が行われている。……最も、その過程で多少の"事故"が多発しているようだが、そこはキヴォトスクオリティである。科学の発展に犠牲はつきもの、ということかもしれない。経理担当者は泣いていい。

 

そんな、キヴォトスの最先端を行く学園の敷地内。複数存在する部室棟のうちの一つ、少しばかり年季の入った建物の中に、その部活は存在していた。

 

 

 

目の前の端末以外は光源のない、狭く暗い場所。閉所恐怖症の人間ならパニックに陥りそうなその場所で、瞬きもせず画面を見つめる人間が一人。

 

「……」

 

彼女が見つめる光――その端末の画面には、モモトークの会話画面が映っており、電話の発信を意味するアイコンが灯っていた……しかし、暫くしてアイコンは『応答なし』という通知を発し、履歴に残るだけとあいなった。その履歴には、他にも彼女が発信したメッセージがいくつかあったが、いずれも既読がつかないままであった。

 

「ずっと繋がらないまま……大丈夫、なのかな」

 

心配そうに顔をゆがませて、彼女……花岡ユズは、ロッカーの中、応答のない携帯端末を見続けていた。

 

「……大丈夫だよね……倒れてたり、とか……ないといいんだけど……」

 

いいようのない不安感が、ここ暫くユズを包んでいた。

 

 

 

「たっだいまー! あっづぅい……ミドリー、アイスあるー?」

 

「冷凍庫の中探してみれば? ていうかお姉ちゃん、間違えて私の食べないでよ?」

 

「大丈夫だって! 愛しの妹のアイスと自分のを取り違えたりなんてしないからさ」

 

「そう言ってこの前平気で全部食べたくせに。……今が夏だからって、部長会議に行っただけだしそこまで暑くないでしょ? エアコン効いてたんじゃないの?」

 

「なーんかどっかしらが空調設備を一部吹っ飛ばしたらしくてさー、廊下が蒸し暑くて……」

 

妹と騒がしいやりとりを繰り広げつつ、私は冷凍庫を開いて中身を物色した。うーん、最近買い出し行ってないから碌なのが……あ、あった!

端に残っていた最後の1個を取り出す。……うん、ミドリの名前は書いてない。誰の名前も書いてない。即ち私のものってことでオッケーだよね? ま、早いもの勝ちってことで!

ルンルン気分で冷凍庫を足で閉め(ミドリが見てると嫌な顔をされるが、ちょうど作業が佳境なのかこちらを見てすらいなかった)、スプーンを取り出してアイスを片手にどっかりと座り込む。暑い日に、冷えた部屋で食べるアイスって贅沢の極みだよね~。

 

「……お姉ちゃん。余裕ぶっこいてるけど、シナリオの進捗大丈夫なの? 締め切りまでそんなに残ってないけど」

 

「ゔ。……だ、大丈夫だよ! 今は、こう……しんがーそんぐたいむ? だからさ」

 

「……それをいうならシンキングタイムじゃないの? まったくもう……」

 

そんなんでシナリオ書いたら、またあの子を困らせちゃうよ? 最初みたいに誤字脱字のオンパレードだったら余計に疲れさせちゃうんだから。

 

ミドリの鋭い指摘が私のハートに突き刺さる。効果は抜群だ! ……うぅ、わかってるよ。貴重なファンの期待を裏切ったりしないってば。真面目にやるって……明日になったら。

 

「そ、そうだ! あの子といえば、ユズは? まだロッカーの中?」

 

「うん。……あの子と連絡がつかなくなってから、ずっと。ねぇお姉ちゃん、大丈夫かな?」

 

流れに沿って話をそらした私に、初めて液タブから顔を上げたミドリは、不安そうな顔で私に問いかけた。

 

「――大丈夫だよ! ほら、最後に話した時言ってたじゃん! 補習がどうのこうのって。今忙しいんだよ、きっと。私たちより疲れやすいみたいだしさ」

 

「疲れやすいってレベルじゃないと思うけど……」

 

「まあそれはそうだけど……かといって、あんまり心配しすぎるのも返ってよくないと思うし。今はそっとしておいてあげよう?」

 

心配が顔に表れているミドリをなんとか宥める。……正直私も心配なんだけどさ。なにせ貴重な私の(私の! 大事なことだから2回言った)作品のファンだし。誤字脱字を訂正してくれるありがたーい外付け赤ペン先生でもあるのだ。その上あの体だから、そりゃあ心配もするよ。

でも、常に周囲から心配され続けてるような子だから、あんまりそういうのは表立ってやらないほうがいいんじゃないかと私は思う。普通に接してあげるのが一番だよ、きっと。

……よし、今までは好きにさせてたけど、そろそろユズを止めなくちゃ。今日まであの調子だとモモトークにへばりついてそうだし、これ以上放置したらあの子のモモトークに通知が100件くらい貯まっちゃう。絶対びっくりしちゃうって。

 

ケツイが漲ったその時、部室の扉が盛大に開かれた。

 

「――パンパカパーン! アリス、ただいま帰還しました!」

 

「あ、アリスお帰り! 今日の冒険はどうだった?」

 

「はい! アリスは敵を倒して経験値を積みました! 勇者レベルがアップしました!」

 

「敵? 敵って、何?」

 

「廊下でエンカウントした、オソウジロボ? という名の暴走キラーマシンです! 光の剣の錆になってもらいました!」

 

「暴走キラーマシン……もしかして空調設備に突き刺さってた、エンジニア部謹製試作型お掃除ロボの残骸って……」

 

……真相を暴いた太もも大魔王が部室にメガトンキックをぶちかましてくるフラグが立った気がするが、たぶんアリスのことだしほどほどの対応で済むはずだ。少なくとも今日中ではないだろうし。……うん、この話はこれ以上深掘りしないでおこう。ユウカの対応は明日以降の私に任せた!

 

「まあでも、アリスが早めに帰ってきてくれてよかったよ。おかけで今出来てる分のデバッグまでは終わりそう。……ユズー? そろそろ開発作業に戻らないとー!」

 

呼びかけるが、ロッカーからは返事がない。ただのしかばねのようだ……は流石に酷いか。

 

「? ユズは最近どうしたのですか?」

 

「あー、ユズは、その……そういえば、アリスってあの子のこと知ってるんだっけ?」

 

「いや、知らないと思う。ミレニアムプライスに掛り切りで教える暇もなかったし。ミレニアムの開発コンテストだから他校生に助けを求めるわけにもいかなくて、だからシャーレの先生を呼んだんだから」

 

「うーん……よし、この際だから教えておくよ。アリス、私たちゲーム開発部には一人協力者がいてね」

 

「協力者? シャーレの先生ではないのですか?」

 

「うん。トリニティの生徒さんでね。ユズの作ったTSC(テイルズ・サガ・クロニクル)のプロトタイプを評価してくれた、私やミドリと同じ数少ない一人なの!」

 

 

 

「コハルちゃんって言ってね、正義実現委員会の……」

 

 

 

――この世界線において、彼女たちはまだ交わることはない。少なくとも、エデン条約に関わることはないだろう。

だが、条約を超えた後……学区を超えた祭りの場から、歯車は噛み合い始める。

 

 

 

「アリスは、アリスです! 見習い勇者から見習い実行委員にジョブチェンジしました! おお勇者よ、そなたとの邂逅を待ちわびておった!」

 

「ゆ、勇者? ……もしかして、モモイの言ってた、アリスちゃん? ――私は下江コハルっていうの。同じ実行委員として、よろしくね」

 

 

 

そんな未来も、あるのかもしれない。

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