ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
「ぅ、う……ん……」
懐かしい夢を見た。私とキリちゃんが出会った、あの日の記憶。……キリちゃん、どうして……? ここは……?
ひどく重たい体に苦心しつつ、うっすらと目蓋を開けると、見たことのない天井が……え、ホントにどこ? ここ。救護騎士団の病室じゃなさそうだけど。すごく古めかしい石造りだし……
何がどうなってるのかわからず、できうる限り辺りを見渡すと、私の体に繋がれたいくつかの機械と点滴、そして、そんな私にくっついて、というかしがみついて寝てる子が一人……え?
「ジュ、ジュン、コ……?」
「……?」
私の声に反応したのか、ビクッと震えた赤髪の少女は、寝ぼけ眼で私を見つめた。あ、眼が見開かれた。
「……コハル?」
「……うん。あの……何があった「コハルッ!!!」うぶっ!?」
「コハル!! コハルゥ……よがっだあああぁぁぁ!! 生ぎでるうううぅぅぅ!!」
「ジュ、ジュンコ……苦し……」
なぜジュンコがいるのか、この物々しい機械群は何なのか、そもそもここはどこなのか。なにも答えを得られないまま絞め落とされかけたその時、別の誰かがジュンコに掴みかかって私から引き剥がした。
「ジュンコさん! コハルちゃんは重傷なんです! 気持ちはわかりますが、もう少し考えてから行動してください!」
「あ……ごめんなさい。コハルも、苦しかったよね……」
「う、ケホ……ううん、大丈夫。むしろごめんね、心配させちゃったみたいで。――ありがとうございます、セリナさん」
「いえ、救護騎士団として当然のことですから。……意識が戻ってくれてよかったです。コハルさん」
そういって、セリナさん――トリニティ2年、鷲見セリナは心底ほっとしたような笑みを見せた。
鷲見セリナ。救護騎士団所属の2年生。日々ちょっとしたことで銃撃戦が始まるこのキヴォトスにおいて、彼女の世話になったことのないトリニティ生のほうが少数派だろう。そう言えるくらいには、救護活動に力を注いできた生徒だ。『ミネが壊して団員が治す』の、団員側で最も腕のたつ人でもある。……ミネさんも、決して壊すだけじゃない、むしろ騎士団で一番医療に精通した人で、伊達に団長やってるわけじゃないんだけど……ご本人の信条と性格がね……お陰で誤解されやすいというか……
閑話休題。
簡単にだがメディカルチェックを受けた私は、セリナさんに現状について聞くことにした。
「セリナさん、私、何が起きたのか覚えてなくて……ここは一体……?」
「まずここは、トリニティ大聖堂の地下です。シスターフッドの協力のもと、重傷を負ったコハルさんをここに運び込ませていただきました。ここなら、ティーパーティーの権力も及びませんから」
「一体、いつ頃からそんな準備を……?」
私を取り囲む機械――医療機器を思わず見ながら、そう呟く。大聖堂の地下にこれだけの医療設備を運び込むのも大変だろうに、まるで私が怪我することを予期していたかのようだ。
「……最初からです。コハルさんが合宿に参加することが決まってから、何があってもいいようにと。図書委員会のウイ委員長が手配したそうです……ここまでの重傷を負うとは、誰も思っていませんでしたが」
「ウイ先輩が……!?」
素直に驚きだ。あの人嫌いで、シミコ先輩や私くらいしかまともに接することがないらしいあの人が、シスターフッドや救護騎士団と話をつけるなんて……今度会ったらお礼を言わないとね。
「そして状況ですが……補習授業部の皆さんでゲヘナに向かったのは覚えていますか?」
「はい。試験会場まで辿り着いて……メッセージが流れて……」
話すうちになんだか悲しくなってきて、私は黙り込んだ。キリちゃん……
「……試験会場が爆破され、コハルさんはハナエちゃんを庇い、重傷を負ったんです。……あの薬を使いましたね? あれを使えば確かにコハルちゃんも普通に動けるようになりますが、体にかなりの負担がかかるためか、キヴォトス人の頑丈さも薄れる厄介な特性があります。今回のように、ちょっとした金属片が命を奪いかねないんです。当たりどころにもよりますが、当然、銃弾一発でも。……正直、医療従事者としては使わないで欲しいと常々思っていますが……」
「……」
セリナさんの心配はもっともだ。あの薬は控えめに言って欠陥品。寿命を前借りしてるようなものだから、とてもじゃないけど常用はできない。私自身、今回のような時間の限られた状況になって初めて使うことを考慮する代物だ。これを渡してきたお医者さんも、口を酸っぱくして使いどころを見極めるように言っていた。
まさか試験会場を爆破までしてくるとは思ってなかったし、体調も万全じゃなかったから使うしかないと思って使ったけど……裏目に出ちゃったな。
「ですが、今回は状況的に時間がなかったのもわかります。使わざるをえない体調だったことも、ハナエちゃんから聞いています。なので、お小言を言うのはこれで辞めますね」
セリナさんはゆっくり私に近づくと、ギュッと私の手を両手で握った。
「――本当に、生きて帰って来てくれてよかったです……! コハルちゃん……!」
帰ってきた時、手の施しようがなかったら、どうしようって……探している間、ずっと心配で……!
心底ほっとした様子で、目尻を光らせているセリナさん。涙が一滴、頬を流れ落ちる。ああ、心配させちゃったんだ……ごめんなさい、セリナさん……。
「……暫く、静養していてください。ここなら、誰もコハルちゃんに危害を加えませんから。……優秀なボディーガードさんもいることですしね」
「ボディーガード……?」と不思議そうに首をかしげ辺りを見回すジュンコを茶目っ気たっぷりで見ながら、セリナさんは目尻を拭って私の手を離した。
「皆さんコハルちゃんが起きたと知ったら殺到すると思いますから、面会制限をかけておきます。それでも連日人が来ると思いますが、無理はしないでくださいね? それでは――」
「あ、待ってセリナさん! ……今後の話は、どうなってるの?」
そうだ。第二次試験が会場爆破で受けれていない以上、試験は不合格扱いになっているはず。となれば三次試験に向けて動かないと、大変なことになる! ……まあこの体で、試験を受けられるのかはわからないけど……
私の呼び止めに、セリナさんはピタリと動きを止めた。
「……大丈夫です。コハルちゃんは気にしないで……といっても難しいでしょうが、現在皆さんで今後について協議中ですので。コハルちゃんが動けるようになる頃には、決着がついていると思います」
「? 決着……?」
「大丈夫、大丈夫ですよ。――では、失礼しますね」
まるで自分に言い聞かせるかのように大丈夫と繰り返したセリナさんは、そのまま病室を去っていった。……本当に、大丈夫なんだろうか? 私には、とてもそうは思えないけれど。
……確か、皆で今後について協議中と彼女は言っていた。恐らく、当事者のハナコたちもそれに参加してるはず。後で話を聞いて情報を擦り合わせる必要があるかも。その前に心配かけた皆にお礼をして……や、やることが多い……!
――でも、生きててよかった。
生の感触を噛み締めながら、私はひとまず、先ほど絞め落としかけたのを気にしてるのかおずおずと近づいてきたジュンコの頭を、どうにか手を動かして撫でるのだった。まずは、この子のケアから始めよう。
「心配かけさせてごめんね、ジュンコ」
「コハルぅ……」
「――ご足労いただきまして、ありがとうございます」
大聖堂地下。恐らくかつて、トリニティがトリニティでなかった時代、他派閥との会合に使われていたのだろう、円卓が置かれた一室。その1席に腰掛け、両手を組む人物が一人。
「皆さん揃ったようなので、始めましょうか。――今後のトリニティについての面倒くさい会合を」
そういって、図書委員会委員長、古関ウイは睥睨する。隣で黙したまま静観する歌住サクラコを。ニコニコと笑顔を貼りつけている浦和ハナコを。そして、緊張した面持ちの大人、先生を。
「……いえ、もっとストレートに言いましょうか。――ティーパーティーを、桐藤ナギサをどう潰すか。お話合いといきましょうかね」