ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その5

私――下江コハルの朝は、まず体調の把握から始まる。

意識を取り戻したら、体に倦怠感があるか確認。ベッドの脇に置いてある体温計に手を伸ばして熱を計る。

 

「……36.4。平熱よりちょっと高いわね」

 

体が動くようならベッドから抜け出し、コップ一杯の水を飲む。喉を潤したら手すりを伝って洗面台へ移動し、顔を洗って意識をしゃっきりさせる。普段よりも体温が高めだからか、水が冷たく感じてちょっと気持ちがいい。

 

あまりウロウロ動きたくないので歯磨きまで済ませ、再びベッドへ。朝食としてゼリー飲料を飲んだあと、いくつもの錠剤を水で流し込む。10種類位あるから毎日飲むのは大変だけど、飲まないと体が持たないから仕方がない。

ベッドに座って休みながら、ゆっくりと制服に着替える。普通の人はパッパと済ませるんだろうけど、私にとっては結構な重労働だ。言うことを聞かない体を叱咤しつつ、どうにか着替え終えたら少し休憩。あがった息を整えつつ、姿見をつかって身だしなみを確認する。……うん。大丈夫。裏返しになってたりはしないみたい。もう一回着替え直しは体力が持たないわ。

 

ベッドに座って待つことしばし。ようやく薬が効いてきたのか体が楽になったので、ベッドから離れて荷物を装備。カバンよし。帽子よし。愛銃よし。日傘も錠剤もアンプルも、"最後の手段"もカバンの中にちゃんと入ってる、よし。

最後に予備のアンプルを、私の制服に誂えられた専用ポケットに差し込んで、準備完了。

 

あとは待つだけ……と思っていたところに、インターホンが鳴り響く。

 

「はい。いま出ます」

 

だいぶ動かしやすくなった体で玄関を開けると、扉の前には、この寮で一番お世話になっている人物が私に笑みを見せていた。

 

「おはよう。コハルちゃん」

 

「おはよう、アイリ。いつもありがとう」

 

 

 

「この間、発作を起こしたって正実の人たちから聞いたんだけど、大丈夫?」

 

「とりあえず症状は収まったから大丈夫。調子が良い、とは言えないけれど……発作のあとはしばらくこうだから。ある意味平常運行よ」

 

アイリと二人、並んで通学路を歩く。まだ朝早い時間帯だ。不良はおろか、通行人すらほとんど姿が見えない。

アイリはさほど戦える子ではないし、私に至っては戦ったら勝ち負けに限らず光輪(ヘイロー)が砕ける可能性がある。なので、下手な諍いに巻き込まれないよう、私とアイリは早朝に学校へ向かうことにしていた。

 

「そっかー……無理しないでね、コハルちゃん。私にできることがあったらなんでも言ってね。力になるから」

 

「既に随分力になってもらってるけどね。私一人だと学校に行く間に発作が起きたらどうしようもないし……こうして朝早くから付き合ってもらってること、本当に感謝してるの。これ以上を望んだらバチが当たるわ」

 

「そんなことないよ。コハルちゃんが悪いわけじゃないんだから。……あ、そうだ!」

 

ゴソゴソとアイリが何かを探し出す。しばらくの間を置いて彼女が取り出したのは、袋に包まれた……

 

「じゃじゃーん! 干し芋! の、チョコミント味だよ! 健康に良いって話題になっててこの前買っておいたの!」

 

「へぇー、ありがとう。干し芋のチョ……なんて???」

 

「干し芋の、チョコミント味! そのものずばり干し芋にチョコミントを練り込んでるんだって!」

 

「あ、ありがとう……」

 

あ、ちょっと待ってて。今ちぎるから。

 

そう言ってアイリはどぎつい色の干し芋を袋から取り出し、せっせと一口サイズにちぎり始めた。

 

栗村アイリ。所属は『放課後スイーツ部』。トリニティには美味しいスイーツがたくさんあって、名前の通り放課後に集まっては部員たちとスイーツを味わっている。のだけれど……この子、いつからかチョコミントにドハマリしてて、おすすめしてくるスイーツがだいたいチョコミント味なのよね……。

正直に言うとちょっと味が薬っぽくて好きではないんだけど、せっかくの好意だからといつも断らずにもらっている。

 

「おまたせ! はい、どうぞ」

 

「ありがと。いただきます」

 

喉を詰まらせないようにと細かくちぎられた、空色に近い干し芋の破片を口に含む。……うん、チョコミントだ。食感だけ干し芋。何とも言い難い……。

 

「一杯あるから、遠慮せずに食べていいよ!」

 

「ありがとね。だけど、さっき朝ごはん食べたばかりだから、申し訳ないけど遠慮しておくわ」

 

「そっかー。また食べたくなったらいつでも言ってね」

 

ゼリー飲料を飲んだのを朝食というべきかは疑問だけれど、朝から固形物を摂取すると胃が受け付けてくれなくて吐く可能性が高いのは事実だ。でもそれを言うと心配させてしまうから、朝ごはんを食べたことを口実にして少量だけ頂いた。

 

話はそのままアイリの近況に移る。放課後にみんなで食べたスイーツについてとか、ミラクル5000が人気すぎてだいたい買えないとか。私はそれに相槌を打ちつつ、時折休憩しながらゆっくりと校舎へ向かう。

 

――アイリとの出会いは、別に特別なことは何もない。トリニティに入学して間もない頃、体調を崩してうずくまっていた私に、お人好しだったアイリが声をかけてきたのが切っ掛け。

人に迷惑をかけたくなかった私は、最初強がって助けを断ったらしいんだけど、立ち上がった後倒れてしまったみたい。伝聞系なのは、申し訳ないことに当時のことをほとんど覚えてないから。意識を取り戻したあと、死んじゃうんじゃないかと心配したってアイリに泣かれちゃって大変だった。

 

それから、同じクラスだったことも相まって、アイリは私に世話を焼くようになった。こうして早朝から登校に付き合ってくれるのもその一環。おかげさまで調子が悪いとき、発作が起きることを恐れて学校に行けないことも減り、もうアイリには足を向けて寝られない。

その献身さに報いたいんだけど、この子ったら無欲すぎるのよね……。せめてものお返しとして、『放課後スイーツ部』の設立時には、トリニティの部活創設方法について調べあげて協力したけれど……こんなことで恩を返しきったとはとても言えない。

受けた恩に報いることは、正義実現委員会の『正義』以前に、人として為すべきことだから。

 

「……? コハルちゃん、急に黙り込んだけど大丈夫? 無理してない?」

 

「……あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって。 休憩もとってもらってるし、無理はしてないから大丈夫」

 

「そう? ならいいけど……」

 

そんな恩人と一緒に歩くことしばし。ちらほらと他の生徒の姿が見えてきた頃に、私たちは校舎にたどり着いた。

 

 

 

お嬢様学校らしく、掃除が行き届いたトリニティの教室。朝早く出た私たちだけど、移動時間が長いのもあって、ついた時には既に何人ものクラスメイトたちがそこかしこに散らばっていた。各々、友人と喋ったり、受けるカリキュラムの準備をしたりと思い思いに過ごしている。

 

「あ、来た! アイリ、コハル! おはよう!」

 

今話しかけてきた子も、そのクラスメイトの一人。

 

「おはよう、ヨシミ。みんなも」

 

「おはようヨシミちゃん。カズサちゃんにナツちゃんもおはよう」

 

「おはよ二人共。朝は一緒に行けなくてごめん。そこのバカが起きてこなくてさ」

 

「ふっふっふっ……。浪漫関係なく普通に寝坊してしまった。本当に申し訳ないと思っている」

 

「ならもう少し申し訳無さそうにしなよ……」

 

金髪に私と同じくらいちっちゃ「ちっちゃいって言うな!」「急にどうしたのヨシミ?」「いつものことだろう。気にしなーい気にしない」……同じくらいの背丈が特徴的なツンデレ系、井原木ヨシミ。

 

呆れ顔でナツにツッコミを入れる、猫耳が特徴的な黒髪クール系、杏山カズサ。

 

パックのイチゴミルクを飲みながらカズサと漫才を繰り広げる、言動が特徴的な不思議ちゃん系、柚鳥ナツ。

 

全員『放課後スイーツ部』に所属しているアイリの仲間で……私の友達だ。

 

「聞いたわよ。数日前にその……"アレ"を起こしたって。大丈夫なの?」

 

「別に伏せ字にしなくてもいいのに。発作は起こしたけど、先生に助けられたから大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

「おー。流石は先生。生徒の危機には必ず駆けつけるその姿、さながらコーヒーについてくるガムシロップのごとく。一人の師として誉れ高いよ。……にひ。ここではあんまりコーヒーは飲まれないけどねー」

 

「どこから目線の発言なのそれ……コハル。ちょっと動かないで」

 

「?」

 

カズサに呼びかけられて、椅子に座った状態で身動きを止める。カズサは見かけ通りの、猫みたいなしなやかな動きで私に近づいて……

 

ピトッとおでこを私のおでこにくっつけた。

 

「……ひゃわっ!?」

 

「大胆だねー」

 

「そこうっさい。急にごめんコハル。でもアンタ無理してることもあるから確認しないと怖くて……うん。ちょっとだけど普段より高めかな。薬を飲む時間調整したほうがいいかも」

 

「私も同じこと考えてた。お昼前に飲んでおいたほうがいいと思うの。今日はコハルちゃん午後から補習授業部の人たちと顔合せするって聞いてて……だよねコハルちゃん?」

 

「ふう、ふう……へ? あ、うん。この前は台無しにしちゃったから、今回は失敗しないようにしないと。今日は早めに薬を飲むことにするわ」

 

れ、レベルの高い顔が急に目の前に来たからびっくりした……。カズサってば、ナチュラルにこういうことするからドキッとする。別の意味で心臓が持たないって。

 

ドキドキする胸を押さえ……ると普通に心配されて救護騎士団を呼ばれかねないので代わりに深呼吸を繰り返す。動悸を落ち着かせている間、さりげなくナツが背中を擦ってくれた。こういうところが憎めないのよね、この不思議ちゃんは。

 

「放課後はどうするの? コハルを顔合わせの場所に送らなきゃでしょ」

 

「あ、それについては補習授業部の部長の人が迎えに来てくれるらしいから、私一人でも大丈夫。みんなは安心して甘いものを楽しんできて」

 

「いやアンタを一人にするほうが心配だから。ちゃんと部長さんに引き渡してから行くわ」

 

「そ、そんなに私信用ないの?」

 

「んーまあ仕方がないね。信用というものはミルクレープの如く積み重ねてこそ。一枚二枚だとほとんど味のしない単なるクレープ生地だからね。コハルはちょくちょくクレープ生地を食べちゃってるから、最早ミルクレープとは言えないのだよ」

 

「本当その言い回しわかりづらいわね……言いたいことはわかるけど」

 

「ま、まあこれがナツちゃんだから」

 

今までの積み重ねがあるからか、悲しいかな、私の健康に関しての発言はあんまり信用されてないようだ。結局補習授業部の部長さんが来るまでみんないてくれることになった。ありがたいけれど、友達の時間を奪っちゃってて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

午前中はカリキュラム通り学習を進めることになる。

ここキヴォトスではトリニティに限らず、授業というものはなく、BD教育による個人学習が基本なんだけれど、私にとってはこれがありがたい点だ。何と言っても自分のペースで進められるから、体調が良ければ本来の予定よりも……それこそ一学年上の生徒が習うような内容を学習することができ、体調が悪ければ途中で中断することもできる。

 

「コハルちゃん、本当に大丈夫?」

 

そう、ちょうど今みたいに。

 

私は現在教室を退席して、中庭の木陰の下、アイリの膝を枕にして横になっていた。

といっても、そこまで体調は酷い方ではないのよ? ちょっと休憩しようと思って席を立ったら立ち眩みを起こして、隣のアイリに支えられただけで。発作を起こしたわけでもないのに、さっきまで救護騎士団を呼ばれかけてたから大変だった。こんなことでいちいち呼んでたら騎士団の人が過労死しちゃうって。

 

「一瞬ふらついただけだから、大丈夫。こうして横になってればそのうち治るから。……ごめんね、勉強の邪魔した上に膝まで借りちゃって」

 

「気にしないで。カリキュラムは後からでも取り返しがつくから。コハルちゃんの体のほうがよっぽど大事だよ。それよりも、今日はどうする? 顔合わせは、また明日以降にしておく?」

 

「……いや、今日終わらせておかないとテストのスケジュールが厳しいわ。ただでさえ6日ロスしてるんだもの。今の体調でもマシな方だし、これ以上調子が良くなる日を待ってたら留年しちゃう」

 

「そっかー……ならせめて、少しでも休んでおいて、顔合せに備えないとね」

 

本当、ままならない体に生まれたものだ。おかげでアイリへ返す恩がまた増えてしまった。せめて、せめて午後からは多少良くなってますように。心の中で祈りながら、私はアイリの好意に甘えて目を閉じた。私の頭の羽を撫でるアイリの手からは、かすかにチョコミントの香りがした。

 

お昼時、今日の分のカリキュラムが終わったらしいみんなが合流して、お昼ごはんを食べ始めた。

私はと言うとちょっとお昼は入りそうになかったので、持ってきてたゼリー飲料を少し飲み、昼前に飲んだ薬とは別に、ちょっと強めの薬を追加で飲んで横になっていた。この薬、効くんだけど副作用で眠くなるのよね……。

うつらうつらとアイリの膝の上で船を漕いでいると、スイーツ部のみんながなにやら話しているのが聞こえる。耳をそばだててみるけど、ボーっとしている頭では何を言っているのか咀嚼できない。そのうち眠気がピークに達して、私は一人夢の世界へと旅立った。

 

 

 

「アイリ。コハルは寝ちゃった?」

 

「うん、ぐっすり。顔合せの間は持たせたいって、いつもより強いのを飲んだから……」

 

「……寝てるとこ見るといつも思うけど、なんというか、同じ高校生には見えないわね」

 

「ヨシミ。ブーメラン刺さってる」

 

「誰がちんちくり「ヨシミちゃん、シーッ」あ……ごめん」

 

「それにしても、難儀なものだねー。こうして薬をたくさん飲んでも、日常生活すらままならないなんて」

 

「これでもマシな方なんだけどね……本当に具合が悪いときのコハルちゃん、ベッドから起き上がることもできないから」

 

「……なんでここまでして学校に来るんだろう、コハルって」

 

「チッチッチ、わかってないなー中学時代に学生生活を投げ捨ててた仔猫ちゃんは」

 

殴打音。

 

「あんまふざけたこと言ってるとはっ倒すよ?」

 

「そ゛れ゛は゛は゛っ゛倒゛す゛前゛に゛言゛う゛セ゛リ゛フ゛……こほん。気を取り直して言うと、学生生活というものは人生で二度とない時間なのだよ、諸君。大人になる前のモラトリアム。盗んだバイクで走り出してもギリ許される期間。余人はそれを、『青春』と呼ぶ。

その貴重な時間を病院と自宅の往復で不意にするのは、さながらショートケーキのイチゴを食べずに捨てるようなもの。人生一度きりの甘美な瞬間をドブに捨てるのは、少々……かなり……めちゃくちゃもったいないと、私は思う。コハルも、同じ考えなんじゃないかなー?」

 

「長い。三行」

 

「学生生活は

浪漫だぜ

べいべー」

 

「雑にまとめたわね……」

 

「あ、コハルちゃんが起きた」

 

「……ぅぁ」

 

「おはようコハルちゃん。ぐっすり眠ってたけど、いい夢は見れた?」

 

「……おはよぅ……なんか、狐とお喋りしてた気がする」

 

「……狐?」

 

「狐じゃなくて猫ならほらここ目の前に待って暴力反対人は話し合いで解決できる生き物でぐえー」

 

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