ここだけ病弱コハル   作:匿名さん

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その6

 

薬の効果と睡眠でようやく体のエンジンがかかった私は、放課後スイーツ部の面々と共に、教室で補習授業部の部長を待っていた。

 

「そういえばさ。迎えに来るって話の補習授業部の部長って……誰?」

 

「いや知らないわよ。そもそも『補習授業部』なんて部活自体今回が初耳だもの。コハルは何か聞いてたりしない?」

 

「ううん。この前の顔合せでは私が倒れちゃったから、会えてないの。あの時会った2人は部長じゃないっぽいし……あ、でも先生曰く【頼りになるいい子だよ】って」

 

「その評価、先生から見た大体の生徒に当てはまるんじゃ……?」

 

確かに。先生にはあの時あったっきりだけど、生徒に優しそうなぶん、生徒への人物評価もだいぶ甘そうではある。

……そういえば、この前助けてもらったお礼、まだ伝えられてなかったな。

肩にかけたカバンの紐をぎゅっと握る。その中にはクリーニングに出しておいた、あの日借りたまま返せなかった先生のコートが入っている。

 

「……にしても、遅いねー。場所、ほんとにここで合ってる?」

 

「間違ってはない、はず……だけど……」

 

ナツの疑問につい不安になり、モモトークを開く。ハスミ先輩のモモトークに記された情報には、確かに私の教室まで迎えが行くと書かれていた。

だが予定の時間から10分ほど経っているのも事実。不安に駆られた私は、誰か教室の外に来ていないかと扉を開けて確認することにした。

 

「――ん? 足音……っ! コハル危なっ」

 

「え?」

 

カズサの声に反応して扉に手をかけたまま動きを止めるのと、その扉が突然開いたのは全く同タイミングだった。

 

 

 

「すみません遅くなりましわぁっ!?」

 

 

 

「ひゃあっ!?」

 

突然扉の向こうから突撃してきた誰かを、小柄な私が支えられるはずもなく。勢いに負けて押し倒された私は、ゴチンと後頭部を床にぶつけるのだった。

 

 

 

「痛たた……ごめんなさい、足を引っかけちゃって……て、大丈夫ですかっ!?」

 

し、視界で星が散ってる……。レイサから見た世界ってこんな感じなのかな……?

トリニティのスーパースターを自称している、この場にいない友人本人が聞いていたら「はい?」と素で返されるような謎の思考を繰り広げている間にも、状況は変化していた。

 

「ちょっ! コハル大丈夫!? 思いっきり頭打ってたけど!?」

 

「ヨシミちゃん揺らしちゃ駄目! コハルちゃんちょっと帽子取るよ……うん、切ったりはしてないね。気持ち悪かったりはしない?」

 

「素晴らしくダイナミックな突入だったねー。10点。……で、私の友達をエアバッグにした感想はいかが?」

 

「というか、普通ノックぐらいしない? ……てかアンタ、誰?」

 

カオスだった。テンパって私を揺らすヨシミ。それを落ち着かせつつ応急処置をしてくれるアイリ。

珍しく言葉に棘があるナツ。正論だけど棘しかないカズサ。

 

この自慢の友人たちはみんな優しいんだけど、仲間を傷つけられると割と沸点が低くなるところがある。特にアイリとか……あと何故か、私とか。アイリはわかるけど、私、こんな体でも一応は正義実現委員会の人間なんだけどな……。

ああまずい。カズサが睨んでる。この子ツリ目の美人だから睨むとめっちゃ怖いのよ。この辺で止めないと相手が可哀想だ。

 

「だ……ゲホッゲホッ! ――大丈夫、血も出てないし、ちょっとチカチカしただけだから。すみません、扉が開くとは思ってなくて……」

 

「いえいえいえ私が悪いんです! 急いでて扉の前に人がいるか考えてませんでした……本当にごめんなさい! もし怪我してたら言ってくださいね、治療費はお出ししますので……」

 

「いやほんとに気にしないでください、そこまですることでは……と、ところでこの教室には何をしに?」

 

「あ、そうでした!」と相手が気を取り直したタイミングで、アイリが私の応急処置を終え、初めて相手を見たとき「……あれ?」と首を傾げた。あ、いつの間にか頭の打った部分に保冷剤が当てられてる。冷たくて気持ちいい。

 

「ここで待ち合わせをしている人がいまして、正義実現委員会の『下江コハル』さんはいらっしゃいますか?」

 

「――ヒフミちゃん?」

 

「え?」

 

え? 知り合いなの?

 

 

 

「えと、この流れで紹介するのもなんだけど……こちらは『阿慈谷ヒフミ』ちゃん。トリニティの2年生で、私のお友達なの。ヒフミちゃん、こっちは前に言ってた私のお友達で、同じ部活の仲間たち」

 

「やぁやぁ、はじめまして。私はトリニティ総合学園は一年生の柚鳥ナツと申すもの。浪漫、探してます。見かけたら是非ご一報を。……あ、こっちの警戒してる野良猫みたいなのはキャスは゜っ!?」

 

「杏山カズサです。このバカの言うことは無視してください。……先程は先輩と知らず、申し訳ないことをしました。失礼しました」

 

「ナツ……アンタそろそろ頭の形変わっちゃうんじゃない? あ、私は井原木ヨシミって言います! いつもアイリがお世話になってます」

 

「あ、あはは……ご紹介に預かりました、阿慈谷ヒフミです。取り柄がないのが取り柄な普通の人間ですが……どうぞ、よろしくお願いします」

 

そう言って、阿慈谷ヒフミさん――ヒフミ先輩はペコリと腰を深く曲げて頭を下げた。背負ってる、なんか変な鳥?のリュックサックがそれに合わせて揺れる。

一部生意気といっていい様子の後輩に対して、すごく腰の低い人だ。なんというか、アイリと似たような雰囲気がある。学年の差があるのに友達になれたのも納得というか……

 

「……で、ヒフミちゃんが探してる人が、ここにいる下江コハルちゃん。今ちょうどぶつかっちゃった子だね」

 

「改めて、はじめまして。正義実現委員会の下江コハルです。よろしくお願いします。――おっとと……ありがと。

もしかして、迎えに来る補習授業部の部長さんってヒフミ先輩であっていますか?」

 

アイリの助けを借りて立ち上がる。さっきまでアイリに抱き起こされて背中を預けた体勢で固まってたせいか、あるいは頭をぶつけたせいか、立ち上がった瞬間ちょっとフラッとしたけれど、目ざといヨシミが支えて補助してくれた。

 

 

 

「あう、そのとおりです。さっきまでちょっとティーパーティーに呼び出しを受けてまして、到着が遅くなりました……すみません」

 

「大丈夫ですよ。気にしてませんから。無事に合流できて良かったです」

 

「そう言っていただけると助かります……。あ、あの、遅れてきた私が言うのも何なんですが……とりあえず、コハルさんにはついてきてもらってもいいですか? もう皆さん集まってまして、コハルさんで全員揃いますので」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

返事をしながら、皆の方に――ここまで付き合わせてしまった友達の方に振り返る。

 

「皆今日はありがとう。色々と助かったわ」

 

「気にするようなことじゃないわよ。私たち、友達でしょ?」

 

そう言って、ヨシミがウインクする。隣でアイリもうんうんと頷いていた。

……本当に、私は人に恵まれている。体には恵まれなかったけれど、この関係だけで十分だ。ちょっと目頭が熱くなった私は、誤魔化すように顔を背けた。

 

「……こほん! お待たせしてすみません。もう大丈夫です」

 

「では行きましょうか。先生ももう到着して向こうで待ってますので……ではアイリちゃん、皆さんも、コハルさんを連れて行きますね」

 

「ヒフミちゃん、コハルちゃんのこと、お願いするね」

 

「はい、任されました!」

 

「コハルちゃん。念を押すけど、無理しちゃ駄目だからね? 気をつけて行ってきてね!」

 

「ありがとアイリ。行ってきます!」

 

 

 

あ、事情は聞いてますので、一応車椅子を用意しておいたのですが……使いますか?

 

いえ、今日は自力で歩けるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。

 

そんなやり取りをしながら、私はヒフミ先輩に連れられて教室を出ていった。扉を閉めるとき、パック飲料を飲みつつ手をひらひらと振るナツにちょっと手を振り返しつつ、心配そうな目で見てくるカズサに「大丈夫」と目で伝えて。

 

「……行っちゃったわね。あの子、大丈夫かしら」

 

「薬が効いてる間は大丈夫のはずだけど……心配だなあ。後でヒフミちゃんにモモトーク送っとかないと」

 

「何を送るの?」

 

「コハルちゃんの体の注意点について。補習授業部に移動するって言うから、作っておいたほうがいいかと思ってまとめておいたの」

 

「……アイリって、時々凄い行動力があるわよね」

 

 

 

友人二人がわいわいと和やかに話をしているのを横目で見ながら、カズサは隣でパック飲料を吸っている友人に声をかけた。

 

「……どう思う?」

 

「んー……『作って半日経った無添加マフィン』ってとこ」

 

「『要警戒』、ね。根拠は?」

 

「あの人、重心移動にブレがないね。結構逃げ慣れてる、もしくは追いかけられるのに慣れてるっぽい。ちょっとどんくさそうだけど、どこまでほんとなのか。そういうキャスパリーグさんは、どう?」

 

「『匂い』がするのと、ああいう人畜無害そうな奴は割と『裏』にもいて、大体とんでもない奴だったとだけ」

 

「んー……」

 

ジュゴゴゴゴッと残りの飲料をすべて吸いきったナツは、ストローから口を離して小声で結論付けた。

 

「まあ、今は様子見かなー。コハルの様子にだけ注意しとく感じで」

 

「了解」

 

放課後スイーツ部はただお人好しなだけの集団ではない。一部がお人好しなぶん、残りの一部が外部を警戒しているのである。

 

 

 

ヒフミ先輩に連れられて歩くことしばし。トリニティ本校舎のとある空き教室にまでやってきた。

 

「ここが、私たち補習授業部が借りている教室です」

 

ちょっと忘れ物をしたので取ってきます! 先に入っていてください! と、扉を開けてくれたヒフミ先輩に入るよう促され、「失礼します」と声をかけながら入室する。

 

空き教室は、少人数で使う分には十分なほどの広さがあった。トリニティらしい清廉さが表れた、控えめな装飾の施された壁。奥には1枚の大きな黒板が設置され、その前に長机が複数と、一つの机につき複数の椅子がセットされていた。特別なことは何もない、ありふれたトリニティの教室だ。

 

【久しぶりだね、コハル】

 

黒板の前、教卓の上でなにやら本を読んでいた、以前お世話になった大人がこちらに気づいて声をかけてきた。

 

「あ……お久しぶりです、先生。この前はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

【迷惑なんかじゃないよ。コハルが無事でよかった。体は大丈夫かい?】

 

「元気です……というと嘘になりますけど、一応は。発作を起こすとしばらく良くないのはいつものことなので、気にしないでください。動けないわけではないので。あ、あと……」

 

カバンの中から白いコートを取り出して先生に渡す。クリーニングに出しておいたことを伝えると、先生は【そこまでしなくてもよかったのに……】と、苦笑しながらも受け取ってくれた。

 

【ありがとう】

 

「こちらこそ、先日はありがとうございました。先生が薬を打ってくれたおかげで、今の私がありますから。……ところでなんですが」

 

ちょいちょいと先生を手招きする。察しのいい先生は、私が何か小声で話したいことがあると悟ったのか、しゃがんで耳を傾けてくれた。そのままお耳を拝借。

 

「あの、私の見間違いじゃなければ、他に誰もいなさそうなんですけど……あの日の二人はどちらに?」

 

【ああ、それなら……】

 

ガチャッという音がして、先程閉めたはずの扉が再び開いた。 

 

「長丁場になりそうだから、飲み物を入手してきた。夏場はこまめに水分を取らないと作戦行動に支障が……あ」

 

現れたのは白髮白羽の、あの日見た少女だ。以前と違う点は、ゴツいガスマスクをつけていないところか。物騒な事を言っていた少女の顔は、天使のように整っていた。

 

「下江コハルだな。無事だったのか。以前倒れてしまってから会えなくて心配していた。見舞いに行こうかと思ったんだが面会謝絶で、救護騎士団のガードも固くて」

 

「ええと、白洲アズサさん……よね? その節はどうもありがとう。あの時、正実の見張りの子を止めてくれたって後から聞いたの。もし止められなかったら、あの子の『正義』はあそこで砕けてたかもしれないから……本当に感謝してる」

 

正義実現委員会に所属する人間が、感情に任せて引き金を引いてはいけない。……まあ状況によるし、そんなことを言ってられない事態もあったりするけれど、あの場面ではハナコさんを撃つととてもややこしいことになる可能性があった。

ハナコさんはただ水着姿で私をからかっただけだ。私が倒れたからといって武力行使するのは、正義実現委員会の人間としては問題になるだろう。ハスミ先輩たちなら小さな問題として処理してくれそうだけど、外部に漏れると、正義実現委員会を快く思わない人たちが騒ぎ出していたかもしれない。それを防いでくれたアズサさんには感謝しなければ。

 

「『正義』についてはよくわからないが、あそこで撃たせてはいけないと思った。ただそれだけ。そこまで感謝されるようなことじゃない」

 

「ううん、それでもお礼を言わせて。あそこで止めてくれなかったら色々ややこしいことになってたかもしれないから……本当にありがとう。アズサさんは天使みたいね」

 

「天……」

 

アズサさんは急に頬を染めて俯いてしまった。あれ、私なんかやらかした?

 

「ええと、ごめんなさい。なにか気に障った?」

 

「違う……。天使だなんて、初めて言われたから……。ちょっと恥ずかしい……。い、今はこっちを見ないで欲しい……」

 

……この子、この前凄まじく物騒なこと言ってた子と本当に同一人物? ちょっと自信がなくなってきた。

ついマジマジと見つめていたら、恥ずかしさが頂点に達したのかアズサさんは手で顔を、羽で体を覆ってしゃがみ込んでしまった。意外と恥ずかしがり屋さんだったようだ。

モフモフの繭玉と化したアズサさんにごめんねと声をかけていると、不意に何かを落としたような音が聞こえた。

 

振り返ると目に入ったのは、床に落ちた飲み物のペットボトル。それを急いで拾い上げようとする、長いピンクの髪が特徴的な女生徒。

私の視線に気づいた彼女がこちらを振り向いて、私と目が合った。

 

「「あ」」

 

互いに同じ反応を返し、その女生徒――浦和ハナコさんと私のあいだに、沈黙が舞い降りた。

 

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