ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
先日、地下牢で初めて出会った人。浦和ハナコさん。あのときは何故か水着姿で……え、え、えっちな感じのからかい方をしてきた人だ。アレは駄目よ。えっちすぎて思わず死刑を求刑しちゃったわ。逆に私が死ぬところだったけど。
これは後で聞いた話だけど、ハナコさんが往来で水着姿を披露して正義実現委員会に捕まったのは本当みたい。なんでも、シスターフッドの礼拝の時間に水着姿で参加しようとしたそうな。……あの厳粛な空間に水着で突入するとか、周囲の視線を想像しただけで心臓が止まりそうになる。マリーさんとか当時半泣きになったんじゃないかな……。
それはさておき、事情聴取でも煙に巻かれるし、反省の弁も特に見られなかったので、しばらく地下牢に入れられていたと。で、どういうわけか牢の鍵が空いてて、私たちのやり取りを聞いてて……私の発作にまで繋がるわけだ。
さしずめ、露出狂の気があるだけと言ったところか。うん、やっぱり悪いのは私だ。ハナコさんのスタイルの良さも相まって、すんごい、その、……えっち、だったけど。まさかそれで興奮して死にかける奴がいるなんてわかるはずもない。
今私の目の前にいるハナコさんは、流石に水着姿じゃなかった。トリニティの制服をきちんと着付けている。……そのはずなのに、何故かどことなくえっちさを感じるのは、初対面の印象に引っ張られてるからだと思いたい。わ、私の頭がピンク1色だからとかじゃないよね……? いや物理的にはピンクなんだけど。
私の頭については割とどうでもいいので置いておくとして、今重要なのはハナコさんの様子だ。
ハナコさんはペットボトルを拾ったまま、私を見つめて固まっていた。何か言おうとしているのか、ハクハクと口が動いては、考えが纏まらないのか口を閉じるを繰り返している。……なんか金魚みたいでちょっと可愛いかも。
向こうが会話を始められないのなら、私からアプローチする必要があるだろう。少しばかり息を吸って、口を開く。
「「あのっ」」
やっばタイミング被った。最悪だ、やってしまった……。
「……お先にどうぞ」
「……あー、じゃあ失礼して。えっと、この前は本当にごめんなさい!」
ハナコさんに頭を下げて謝罪する。下を向いてるので見えないが、ハナコさんが息を呑む音が聞こえた。
「な……何故? あなたが謝る必要はないはずです。むしろ謝らなければならないのはこちらの方で」
「そんなことないです。私、下手に興奮するとどうなるかなんて分かりきってたのに、あんなに叫んで……普通はちょっとしたからかいですむやりとりが、あんなことになってしまって。全部私の体が悪いんです」
「そ……それは違います!」
ハナコさんは声を張り上げた。お、思ってた以上に大きい声を出せるのねこの人。そんな声を荒らげる人には見えなかったからちょっとびっくりした。
「元々非常識な行動を取っていた自覚はあります。その際、周囲の反応を楽しんでいたのも事実です。……それが、誰かを傷つける可能性があることに思い至らなかった。独りよがりの勝手な嗜好で、コハルさん、あなたを殺すところだった! ……罪があるのは、私なんです」
「そんなこと……確かに、趣味嗜好として片付けるにはちょっと……え、えっち……でした、けど。でも、ハナコさんの言動は、私以外なら笑い話で済む範疇なんです。相手が私じゃなかったら問題なかったんです。初対面のハナコさんに、私の事情なんてわかるはずないですし」
「いえ、わかります」
「ですよね、わかるはず……え?」
今なんて言ったのこの人? 思わず下げてた頭を上げてハナコさんの顔を見つめてしまう。
ハナコさんは苦虫を100匹噛み潰したような、辛そうな表情を浮かべていた。
「下江コハルさん。15歳。トリニティ総合学園一年生。身長148センチ。4月16日生誕。本来は心身ともに健康でなければ所属できない正義実現委員会に、虚弱の身でありながら所属している異例の人。とりわけ心臓が悪く、興奮したり、激しい動きをすると発作を起こす。直近の功績は、救護騎士団との連携強化による正義実現委員会の救急体制強化と、押収品管理の効率化。……と、当時知るだけでもこれだけの情報を、私は把握していました」
……。
「ここに当時の状況を付加すると、あなたが『下江コハル』である可能性は、少し頭を回せば突き詰めることができました。
まず、地下牢で一人だけ大人用のサイズのコートを羽織っていた点。コートの模様と、隣にいた先生がシャツ1枚だったことから、先生のコートを借りていたのでしょう。地下牢は構造上気温が低くなりがちですが、今の時期的にコートを羽織るほどの体感温度ではない。となると、地下牢を肌寒く感じてしまうような人だということになります。
正義実現委員会特有の黒い制服を着用している点。背丈はおよそ150に達しているかいないか。これらから、正義実現委員会に所属していて、温度変化に弱く、またそれに対しての対策を自身で講じていないことから、普段は地下牢に来ることはない人物。それも150程度の背丈で。
これらがすべて当てはまるのは、下江コハルさん。私の知る限り、あなただけなんです」
……。
「ですが私は……! その可能性を考えなかった! 少しでも考えればわかることだったのに、一時の悦楽を優先して、面白がって……その結果がこれです。コハルさんは危うく死ぬところでした。私の考えが至らなかったばかりに……」
……えーと。
「ですので、あなたが私に謝る必要はないんです。むしろ謝るべきなのは私の方。なんなら罰せられて然るべきなのですから。……コハルさん。この度は大変申し訳ありませんでした。謝って許されることではないのは理解していますが、それでも。どうか、この謝罪を受け取っては頂けませんでしょうか」
……うん。なんというか、人って情報の洪水に晒されるとなんにも反応できないのね。一つ勉強になったわ。
しかしどうしよう。まさかハナコさんがこんなにも理知的で(あまりにも知りすぎててちょっと怖いけど)、私に対してここまでの罪悪感を抱いてるとは思わなかった。でも、やっぱりハナコさんが悪いとはどうしても思えないのよね。
だってそうだろう。ハナコさんは「少し考えれば分かること」だと言っていたが、普通はそこまで初対面の相手のことを考えることなんてないのだから。でもそれを言っても納得しないだろうし、ただ向こうの謝罪を受け入れるだけだとこの先ハナコさんがずっと引きずってしまいそうだ。うーん。
……よし。決めた。
「ハナコさん。そこまで私に悪いことをしたと思うなら、一つお願いがあります。それを聞いてくれたら、あなたのしたことを許します」
「……なんでしょう。命を奪いかけたのです。よほどのことでない限り、聞き入れますが」
すぅっと息を吸って、吐いて……私はハナコさんの近くへ駆け寄った。
教室の中から、扉付近までの、なんてことのない距離。しかしそれを駆け抜けた私の体は、間違いなくダメージを負っていた。
呼吸が乱れる。胸が痛い。体が鉛のように重くなったとさえ感じる。たかがこのくらいの距離を走った程度で弱音を吐くなんて、本当にこの体は……!
自然と膝に手をつきそうになるのを気合でこらえる。こちらのダメージを察したのか、顔が青くなったハナコさんが心配の言葉を吐くのを手で遮って、私は息を整えた。
そして、手を差し伸べて、一言。私の願いは……
「――ハナコさん。どうか、私の友達になってくれませんか?」
「――」
ハナコさんは、まるで彫像のように固まって動かなくなってしまった。
「――とも、だち?」
「はい。私と友達になってください。学年も、派閥も、所属する部活も、今までの過去も関係ない、対等なお友達に」
「……どうして、ですか? 私は、人前で露出して楽しむような、女ですよ? それを友達にしたところで、貴方にメリットは「友達は、メリットがあるからなるものではないですよ」……っ!?」
「なりたいから、友達になるんです。露出癖があるとかないとか、そんなのは友達になれない理由にはなりません」
「……。さ、先ほどの話は聞いていましたか……? 私はあなたの個人情報を、どこからともなく知った上記憶していた人間ですよ!? 怖くないんですか!?」
「怖くないと言ったら嘘になります。正直かなり正確な情報だったのでだいぶびっくりしました。でも、それを使って私に危害を加えようとはしなかったでしょう?」
あそこまで知っていて、ハナコさんくらい頭も回るなら、いくらでも悪用方法は思いつくはずだ。でも、今日までハナコさんが私に、能動的に悪意を向けたことはなかった。そのことが、ハナコさんの善性を証明している。
「ここまでのやりとりで確信しました。ハナコさんは、とても優しい人です。自分の行いを悔いることができる、優しい人です。私、そんな優しいハナコさんと、友達になりたいんです。……今さっき、ハナコさんのところに走ってくるだけで、結構辛い思いをしました。足りなければこの前の発作の苦しみも計上させてください。――これで、ハナコさんと私、同じくらいの胸の痛みを味わったと思います。ほら、対等な関係になりましたね」
言葉がまるで出てこなくなったハナコさんの手を握る。私の手と違って温かい。体温高めなんだ。
「もう一度言います。ハナコさん。私と友達になってください。それが、私からのお願いです」
さて、これでうまくいかなかったらどうしよう。落ち着かない心臓をなだめながら、私は内心ビクビクしていた。
正直ハナコさんの罪悪感を解消する方法がまるで思いつかなかったから、友達になって有耶無耶にしよう! なんて作戦とすら呼べない行動に出たわけだが。正直無理やりな流れなのは自覚している。
でも友達になりたいのは本音なので、あとはハナコさんの反応次第なんだけど……え!?
「は、ハナコさん……? どうして泣いてるの?」
「――え?……あ……」
ポロポロ。そんな擬音が似合うくらい、ハナコさんの目から涙がこぼれていた。
「あ、す、すみません。目にゴミが……あれ……どうして……」
誤魔化すように目をこするハナコさんだが、涙が溢れて止まらないようだ。あの、そんなに目を擦ると良くないわよ?
【……ハナコ】
ここで、今まで黙って成り行きを見守ってくれてた先生が声をかけてきた。隣にはさっきまで先生によしよしされてた繭玉改めアズサさんがこちらを気にしている。とりあえず大丈夫の意味を込めて笑みを見せた。
心配そうな顔になった。なんで?
【ここではもう、自分をごまかす必要はないよ。素直になっていいんだ。――君を利用しようとする人は、ここには居ないんだから】
「――ッ!!」
ハナコさんはうずくまって、本格的に泣き始めた。え、えっと、どういうことか分からないけど……。
泣いてるハナコさんをあやすように、私はハナコさんを抱きしめた。泣き出しちゃうようなときに、人肌が恋しくなるのは経験上わかっている。
「よしよし……。ハナコさん、差し支えなければ、答えを聞いてもいい?」
「……は゛い゛。……私でよければ、喜んで」
予定より6日遅れた、補習授業部の顔合せ。私はそこで、新しい友達を得たのだった。
「あ、あのー。……これって、どういう状況なんでしょうか?」
忘れ物を回収したのか戻ってきた補習授業部部長が、一人流れに取り残されていた。