ここだけ病弱コハル 作:匿名さん
ハナコさんが倒れてから十分。膝に乗せて介抱したりしてたらなんとか復活してくれたので、ようやく補習授業部として活動ができるようになった。いつもは介抱される側だったからなんか新鮮。……起きた直後のハナコさんまた固まってたけど。
「と、とりあえず、自己紹介も済みましたので、これから一次試験までの間、補習授業を進めていきたいと思います! と言っても、試験まであと数日なんですが……」
「うっ……。ごめんなさい」
「ああいえいえ! 気にしなくていいんですよコハルさんは! 実を言うと、コハルさん以外の人たちは既に補習授業を進めているんです。コハルさんのせいで補習が遅れたーとかはないので! あうう、先に言っておくべきでしたね、すみません……」
「あ、そうだったんですね。よかった……」
実を言うと、私が来れなかったからスケジュールがヤバいんじゃないかと思っていた。先に進めてくれているならその方が安心だ。
「コハルさんは一年生なので、内容はアズサちゃんと同じになりますね」
「あ、やっぱりアズサさんって一年生だったんですね。……一年生で正義実現委員会の精鋭相手に3時間戦えるのは将来有望だなあ……すごいねアズサさん」
「あ、いえ実は……」
ヒフミ先輩が何かを言おうとしたところを、アズサさんが遮って続けた。
「いや、私は二年生。最近トリニティに転校してきたばかりで、学習内容に差があるから、今は一年生の範囲を学習している」
「え!? 一年生じゃなかったの!?」
し、しまった。背丈からして私と大差ないからつい一年生だと思い込んでしまった。やらかした……思いっきり先輩じゃない。どうしよう、結構気安く話しかけてたけど、謝ったほうがいいよね?
「ご、ごめんなさい。てっきり一年生だと思ってしまっていて……これからはアズサ先輩って呼びますね」
「いや、構わない。もともとその文化には不慣れだし。それに、このチームアップは共通目標を達成するために組まれたもの。仲良しこよしをするためじゃないから。なんなら呼び捨てで、敬語もなしでいい」
「え、えーと。流石に年上にタメ口はちょっと抵抗があるんですけど……」
「短い間とは言え、同じチームだ。なら私たちは同じ目標を持った仲間と言える。それなのに敬語を使われるのは、壁を作られているように見える。……あと……」
アズサさんはちょっと言葉を濁して、顔を背けた。パタパタと腰の羽が忙しなく動いている。
「さっきまで距離が近かったのに、急に敬語を使われるのは、なんだかちょっと……嫌だ」
――か、可愛い。女の私でもそう思ってしまうくらい、今のアズサさんの様子はとても可愛らしかった。あれ? 人づてには『氷の魔女』って一部に呼ばれてるくらい鉄面皮って話だったんだけど。実際はすごく可愛らしい女の子じゃない。
「……! そ、その目。その目で見ないでほしい……なんか、その。温かくて……恥ずかしい……」
「……ふふっ。ごめんね。じゃあこれからはアズサって呼ぶわね。短い間でも、同じチームメンバーとしてよろしくね」
「ううう……」
アズサさん改めアズサが再び繭玉に進化、というか退化? しそうなところで、パンッとヒフミ先輩が手を合わせた。
「なら、私のこともタメ口でいいですよ! 同じチームですから」
「え!? ヒフミ先輩の場合は話が違」
「違くないです! アイリちゃんのお友達ですよね? なら私のお友達も同然ですから。その代わり、コハル"ちゃん"って呼んでもいいですか?」
私の手を両手で握りながら、ヒフミ先輩が尋ねてくる。あー、うん。この人ならアイリと学年の壁があっても友達になれるわ。類は友を呼ぶってホントだったのね。
「え、えーと。そこまで言うなら敬語はやめま……やめるけど。いいの?」
「はい! 末永くよろしくお願いしますね、コハルちゃん」
「こちらこそよろしく。ヒフミ先輩」
「あはは……先輩もなしでいいんですけど」
「流石にそれは抵抗があって……」
そんなやり取りをしているところに、「ぁ……」と小さな母音が混ざってきた。
「? どうかしましたかハナコさん?」
「……あ!? い、いえ、その…………私も…………ナンデモナイデスゴメンナサイ」
こ、声が小さすぎて聞き取れなかった。まあハナコさん自身なんでもないって言うならそこまで重要なことではないんでしょう、きっと。ものすごい早口だったけど。
【ハナコ……】
先生が額に手を当てて首を横に振っていたのが印象的だった。
さて。身から出た錆とはいえ、一次試験までそこまで時間がない。パラパラと試験範囲を確認した限りでは、内容はかなり基礎的なものに留まっていて、応用が必要な部分がほとんどない。これなら、出席さえできれば私が点数を落とすことはないと見ていいだろう。
ヒフミ先輩は問題なさそうだし、ハナコさんは言わずもがな。なら残るは……
「コハル。ここを教えてほしい」
「えーと、ここはね……」
アズサだ。最近転校してきたばかりという話の通り、アズサの学習レベルはまだトリニティのものに追いついていなかった。基礎的な内容で躓いている辺り、前の学校の学習内容が気になるところではあるんだけど……このキヴォトスで転校してくるってかなりのレアケースだから、下手に突っつくのはマズイわよね。
「――教科書ではこう書かれているんだけど、もっと簡単な証明方法があって……」
「うん」
アズサの試験は一年生のものを使うこともあり、自然と同じ試験を受ける私がアズサに対して教えるようになった。これに関しては問題ない。元々テスト前になると委員会の子たちに泣きつかれてたから。なんなら、むしろ人数が減ってる分やりやすいまである。アズサも向上心が凄くて、覚える速度も速いから、教えていて楽しい。
ただ問題が一つ。
「……」
なんかさっきからすごい見られてる。
ハナコさんが自分の学習をやりつつ、すごい頻度でチラチラ見てくる。あ、あのー。隣のヒフミさんが苦笑してるわよ? 全然気づいてないみたいだけど……。
「ハナコ、どうした? コハルが来るまで、私に勉強を教えてくれていたことには感謝しているが」
「あ、やっぱりそうだったんだ。あの。ハナコさん? どうかしましたか?」
「……え!? あ、ご、ごめんなさっ! その……」
ハナコさんは挙動不審になりながらも、おずおずと近づいてきた。すんごいビクビクしてる。肉食獣に近づいてるわけでもないのに、何を怖がってるんだろう? 私なんかやっちゃったかしら……?
「……こ、これを……教えて欲しくて……」
ハナコさんは手を震わせながら、握りしめたテストの問題文を指し示してきた。うわ、手汗すっごい。というか、え!?
「わ、私がハナコさんに教えるんですか?」
「……あ。だ、駄目でした……でしょうか。いや駄目ですよねよく考えれば二年生が1年生になんてそんなすいませんでしたごめんなさい帰りますスミマセンデシタ……」
「あああちょっと待ってハナコさん!」
ものすごいシナッシナになりつつ席に戻ろうとしたハナコさんを呼び止める。なんか放っといたら干からびるんじゃないかってくらい
どんよりしてる……!
「だ、大丈夫です! ハナコさん頭良さそうだし、アズサにも教えていたらしいから、ちょっとびっくりしちゃっただけで。全然教えますよ。どこがわからないんですか?」
「あ……その……ここ、です」
「ここは確か……」
ハナコさんが見せてきたのは二年生の内容だったけれど、幸い私は一学年上の内容までは学習を進めていたから、問題文を理解することができた。まさか体を動かせないからって時間つぶしにやってた勉強が、ここで役に立つとはね……。
ていうかこの問題、なんか一回解いた後消したみたいな跡が残ってるように見えるんだけど、気のせいかな?
「――というわけで、ここの答えはこうなります。お力には成れましたか?」
「あ、ありがとう、ございます。……っ! コ、コハル!……さんっ!」
「ひゃいっ!?」
突然ハナコさんが大きな声で私を呼んできた。び、びっくりしたー。これくらいで発作は起こさないけれど、心臓に悪いからできればやめてほしい。
「ぁ、スミマセ……。え、ええと。その……私!」
「ハナコ、落ち着いて。コハルはそう急かしたりはしない」
「あ、あはは……ハナコさん、深呼吸しましょう。深呼吸ー」
見かねたのか、アズサとヒフミ先輩が助け舟を出してくれた。
「し、深呼吸。そうですよね、深呼吸……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
【ハナコ、それ違うやつ】
何故かラマーズ法をやり始めたハナコさんに対し先生からツッコミが飛んだ。
ハナコさん、あなた出産するわけじゃないでしょ……。
「ご、ごめんなさい……ゴホン。失礼しました。あ、あの、コハル……さん」
「はい、どうしました?」
「その……。わ、私も! スゥーッ……と、とと、友達! なので! ……コハル"ちゃん"とお呼びしても……ヨロシイデショウカ……」
どもりまくってたし、最後の方なんかは小声と早口で消えかけてたけど、それでも何を言いたいかはよくわかった。なーんだ、そんなことだったの。
「全然いいですよ。遠慮せずに呼んでください」
「……いいんですか?」
「? いいですよ?」
しばらく動きを止めたハナコさんは……突然拳を天に突き上げて、やり遂げた表情で固まった。
「――わが生涯に一片の悔い無し」
「ヒフミ、ハナコは何をやっているんだ?」
「あ、あはは……」
【ハナコ……嬉しかったんだね】
「えーと、よくわからないけれど――ふふ。ハナコさんって、面白くて可愛い人ですね」
尚、正気に戻ったハナコさんが窓から飛び降りようとするのを止めるのが大変だったことをここに綴っておく。いくらキヴォトス人でもここから飛び降りたら結構なダメージ喰らっちゃうってハナコさん! 救護騎士団の人も困っちゃうから!
そんな感じで毎日放課後に補修をした数日後……いよいよ、一次試験当日の朝を迎えた。