それは、最悪の形で起きた。
村の外れ。
港へ続く道。
レオは、遠くからでも分かった。
――ヒグマだ。
山賊の頭。
あの日、酒場を荒らした男。
そして、その前に立っている小さな背中。
「……ルフィ」
嫌な予感が、胸を締めつける。
ヒグマは、下卑た笑みを浮かべていた。
「赤髪を馬鹿にされて、ムカついたか? ガキ」
「……当たり前だ!」
ルフィは拳を握りしめ、叫ぶ。
「シャンクスを馬鹿にするな!!」
――次の瞬間。
殴られた。
蹴られた。
投げ飛ばされた。
「……っ!」
レオは歯を食いしばる。
(知ってる……)
(このあと、シャンクスが来る)
(ヒグマは逃げる)
(ルフィを……海に落とす)
原作の記憶が、容赦なく蘇る。
背後から、足音。
シャンクスだった。
その場の空気が、一変する。
ヒグマは、シャンクスの姿を見ても、鼻で笑った。
「……なんだ。赤髪じゃねぇか」
余裕たっぷりの態度。
恐れなど、微塵もない。
「久しぶりだな。今日はガキを助けに来たのか?」
ヒグマは、ちらりとルフィを見る。
シャンクスは、何も言わずに立っていた。
するとヒグマは、背後を振り返り、顎で合図する。
「おい」
部下の一人が、すっと前に出た。
――銃。
その黒光りする銃口が、
シャンクスのこめかみに向けられる。
レオの心臓が、跳ねた。
(……来た)
だが、シャンクスは――
笑っていた。
「……ピストルを抜いたからには」
低く、静かな声。
「命、かけろよ」
「……あぁ!?」
銃を向けている男が、声を荒げる。
「何言ってんだ、この赤髪!」
その瞬間。
シャンクスの目が、わずかに鋭くなった。
「……そいつは」
一拍。
「脅しの道具じゃねぇって言ったんだ」
――ドンッ。
乾いた銃声。
誰もが反応できなかった。
ヒグマの部下が、目を見開いたまま、その場に崩れ落ちる。
こめかみから、血が流れていた。
「……は?」
撃ったのは、シャンクスじゃない。
後方で肉を頬張っていた男――
ラッキー・ルウだった。
「……食いながら撃つなよ」
ベン・ベックマンが、呆れたように呟く。
ヒグマの顔から、余裕が消えた。
空気が、完全に変わる。
シャンクスは、一歩前に出た。
「いいか、山賊」
その声は、怒鳴っていない。
だが、腹の底まで響く。
「俺は酒や食い物を頭からぶっかけられようが」
ゆっくりと、言葉を刻む。
「唾を吐きかけられようが」
「大抵のことは、笑って見過ごしてやる」
ヒグマの喉が、鳴った。
シャンクスは、視線を逸らさない。
「――だがな」
その瞬間、
レオははっきりと感じた。
この男が、本気だと。
「どんな理由があろうと」
「俺は」
「友達を傷つける奴は――」
一拍。
「許さない!」
言葉が、空気を切り裂いた。
ルフィは、息を呑んでシャンクスを見ている。
レオの拳は、震えていた。
(……これだ)
(これが、シャンクスだ)
笑って流す優しさと、
一線を越えた時の、圧倒的な覚悟。
ヒグマは、舌打ちをした。
「……チッ」
ヒグマは、焦ったように叫んだ。
「お前ら! やっちまえ!!」
襲い掛かってくる山賊を赤髪海賊団の副船長のベン・ベックマンが
一人でなぎ倒してしまった。
「……チッ!」
ヒグマは、懐から何かを叩きつける。
ボンッ!!
一瞬で、視界が白に染まった。
「煙幕だ!!」
誰かの声。
視界が効かない。
咳き込む仲間たち。
(来る……!)
レオは、歯を食いしばった。
(このあと……)
煙の中で、ヒグマの荒い声が響く。
「おらガキ! 来い!!」
「うわっ!?」
ルフィの声。
嫌な予感が、確信に変わる。
「ルフィ!!」
煙が晴れた時には、
もう遅かった。
ヒグマは、ルフィを脇に抱え、
港に停めてあった小舟へと飛び乗っていた。
「じゃあな、赤髪!!」
嘲笑を残し、
小舟は海へ漕ぎ出す。
「くそっ!!」
シャンクスが、すぐに後を追おうとする。
だが――
(違う!!)
(このあとじゃない……)
レオの心臓が、嫌な音を立てる。
小舟の上で、ヒグマが叫んだ。
「じゃあなゴム小僧!!」
――ドンッ!!
ルフィの小さな体が、
宙を舞った。
「ルフィ!!」
海へ――落ちる。
(近海の主が来る!!)
レオの視界に、
海面の異変が映る。
波が、不自然に盛り上がる。
――巨大な影。
海が、鳴いた。
近海の主。
近海の主は迷いなくヒグマが乗っていて小舟事かみ砕き
今にもルフィに襲い掛かろうとしていた。
「チッ……!」
シャンクスは、一瞬も迷わなかった。
その場で地面を蹴り、
海へ飛び込む。
「やめろォ!!」
レオは、叫びながら走り出す。
(間に合え……!!)
(間に合え……!!)
シャンクスが、ルフィを抱き寄せる。
だが――
海の中から、
巨大な口が現れる。
鋭い牙が、
シャンクスの左腕へ――
「――今だ!!」
レオは、全身の力を振り絞った。
意識を、ただ一点に集中する。
(箱……!)
(近海の主を……!!)
世界が、歪む。
視界が、一瞬、反転する。
次の瞬間――
巨大な影が、消えた。
波だけが、虚しく揺れる。
「……?」
シャンクスは、呆然と自分の腕を見る。
――ある。
確かに、ある。
ルフィも、きょとんと目を丸くしていた。
「……あれ?」
海は、静かだった。
まるで、
最初から何もいなかったかのように。
シャンクスは、ゆっくりと岸へ戻る。
レオは、その場に膝をついた。
「……はぁ……」
息が、震える。
(間に合った……)
(本当に……)
シャンクスは、レオをみた。
「……なるほどな」
そうして、ルフィとレオは海の過酷さ、己の非力さ、なにより
シャンクスという男の偉大さをルフィとレオは知った。