笑ゥぽけっともんすたァ 作:魔の巢
『この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋め致します。
いえいえ、お金は1銭もいただきません。お客様が満足されたら、
それが何よりの報酬でございます。さて、今回のお客様は……』
ジムリーダー志願
ジムリ・ナルハヤ(10歳・男・じゅくがえり)
『ホーーーッホッホッホ!!』
シンオウ地方コトブキシティ、ポケモントレーナーズスクール校庭。
「いっけー!グレッグル!ナルハヤのビッパにドレインパンチだ!」
「わ…!よ、よけてビッパ!!」
ちょうど二人の少年が放課後に校庭でポケモンバトルをしていた。
その差は一方的で、タイプ相性が不利なノーマルタイプのビッパではかくとうタイプの技を繰り出せるグレッグルには敵わなかった。
「へへーん!俺達の勝ちー!」
「あぁ…!ビッパ…!ごめんよ、ゆっくり休んでね…」
モンスターボールにビッパを戻した丸い眼鏡に坊主頭のこの少年、ジムリ・ナルハヤはジムリーダーになるために日々トレーナーズスクールで勉学に励むのだが…
「ナルハヤー、いい加減ビッパの動き方を考えろよー…技構成も前とは変わってるけど…勝つ気あるのかよ」
「ツヨタ君…あ、あはは…ごめんね…」
だが、ナルハヤはポケモンバトルにめっぽう弱く、今までも一度も勝ったことが無かった。
「まぁ勝ちは勝ちだからさ…さっき買ってた駄菓子もらうぜ!」
「…っ、うん…」
ナルハヤは賞金としてさっき買った駄菓子を差し出した。お小遣い的にも大きな痛手で、今週はこれ以上は駄菓子を買うのを我慢しなければならない。
「じゃあな、またバトルしたくなったらいつでも言えよ!」
「……………」
ナルハヤは戦利品を持って去っていく同級生のツヨタを恨めしそうに眺めることしかできなかった。
(…やっぱり…僕じゃダメなのかな…ビッパじゃ、勝てないのかな…)
その後、ポケモンセンターでビッパを治療してもらい、ビッパの入ったモンスターボールを眺めながらとぼとぼと夕陽を背に受けながら帰り道を歩いていると…
「どぉしたんですか?暗ーい顔ですよぉ?」
「う、うわっ!?」
横からに黒いスーツに、タレ目にジト目で歯を露出させた笑い顔の男がナルハヤをのぞき込むように顔をのぞかせた。
「ホーーーッホッホッホ!!驚かせてしまいましたね、こりゃ失礼しましたナルハヤくぅん」
「お、おじさん…誰?どうして僕の名前を?」
「実はさっきのお友達とのバトルを遠くから拝見していたのですぅ…あ、そして私こういうものです」
そう言って差し出された一枚の名刺には、
『ココロのスキマ、お埋めします モグロ・フクゾウ』
と書かれていた。
「ココロの…スキマ…?」
「えぇ、今のナルハヤ君のように世の中の心に隙間風の吹く方をお助けするのが私の仕事なのです。ボランティアですからお金はいただきませんよぉ?」
「で、でも、僕困ってなんか…ないし…」
ナルハヤは背筋に冷たいものを感じ、後退る。それに対しモグロという男は詰め寄ることはせず、ただ不気味な笑いを絶やさずじっとナルハヤを見つめていた。
「…ナルハヤ君は強ぉいジムリーダーになるのが夢なのですねぇ?」
「ど、どうしてそれを…モグロ、さん…あなたは―」
「一つ、疑問なのですが、どうして手持ちはビッパ君のみなのですかぁ?ツヨタ君に勝つためにも他のポケモンは捕まえないのですかぁ?」
それを言われてナルハヤはぐっと痛いところを突かれた顔をする。
「…う、うちじゃ…もうポケモンはこれ以上飼えないんです…ビッパだって僕が無理を言ってお父さんにOKを貰ってやっとだったのに…」
「なぁるほどぉ!そういうことだったんですねぇ…そしてそして…『ビッパじゃ勝てない』なぁんて思っていますねぇ?」
「…な!そんなことないよ!ビッパだって…ビッパだって…!!」
「ホーーーッホッホッホ!!これは失礼しましたぁ…ですがぁ?勝ちたくはありませんかぁ?どんな相手にも負けないそんなジムリーダーに…なってみたくはございませんかぁ?」
「っ…!か、帰ります!」
顔を真っ赤にしたナルハヤが走り出そうとしたところ、またもモグロが「ホーーーッホッホッホ!!」とあの不気味な笑いをする。
「では気が向いたらその名刺の電話番号までおかけください…お待ちしてますよぉ?」
「電話なんか…するもんか!!」
そう言ってナルハヤは思い切り握りこぶしに力を込めて走って行った。
「ホーーーッホッホッホ!!…さぁて…ナルハヤ君のためのジムを用意しないといけませんねぇ…!」
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その晩、ナルハヤは晩御飯をあまり食べることが出来なかった。
「…ごちそうさま」
「あら?もういいの?」
「うん…食欲無いんだ…」
そう言って家族がいるリビングから出て行こうとした時、父親に呼び止められる。
「…ナルハヤ、ポケモンの方はどうだ?」
「っ…え、えぇと…」
「お前がジムリーダーにどうしてもなりたいというから普通の学校でなく、トレーナーズスクールに通わせているのだ…どうなんだね?同級生のツヨタ君、アレは強いそうじゃないか、勝てるのか?」
「あ、あなた…!」
「………。うん!大丈夫さ!」
そう拳を握り締め言い切って部屋に戻ったナルハヤはビッパの入ったボールを眺める。
「…僕たちだって……僕だって…!!ツヨタ君さえ倒せれば…!よぉし…!」
翌日、トレーナーズスクールに登校してからナルハヤはツヨタに再戦を申し込んだ。
「はぁ?もう一度戦えって?」
「そ、そうさ!今度は負けないぞ!」
「そうは言っても…お前昨日の今日で強くなんて…」
困惑するツヨタを前にナルハヤはポケットから小銭を鷲掴んでツヨタの眼前に見せる。
「っ…!500円…いや!1000円賭けて勝負だ!!」
「!?おい、落ちつけよ…!お前ちゃんとビッパのコンディションとか確認し―」
「ツ、ツヨタ君…負けるのが怖いの?」
「なっ…!?なんだと!?よぉし!そこまで言うならやってやる!!ポケモンバトルだ!!」
だが、結果は昨日と…それまでと同じだった。同じようにビッパが吹き飛ばされ、同じように倒れる。何度も、何度も何度も見た光景がただ繰り返されただけだった。
地面に座り込んだナルハヤは、手に持ったモンスターボールを握りしめた。
「……また…また負けた……どうして……やっぱりビッパじゃ…!!」
唇をかみしめ、涙を堪えながら立ち上がると、ツヨタが「なぁ」と肩を叩く。
「どうしちゃったんだよ…ナルハヤ…とりあえずビッパをポケモンセンターに…」
「ッ!放してよ!!」
「あ!お、おいナルハヤ!?」
ツヨタの手を振り払い、走り出す。学校の誰も来ない薄暗い場所まで走った後、むしゃくしゃを追い払うように壁を蹴とばしてやる。
そのとき――ふと、ポケットに硬い感触があることに気づく。
(…あ…名刺……あの人の……)
“ココロのスキマ、お埋めします”
躊躇うように、震える手で制服のポケットから名刺を取り出した。
その裏面には、簡素に電話番号だけが印刷されていた。
(……ダメだよ、こんなの……でも……)
「……ビッパじゃ、もう無理なんだよ……」
誰にも聞こえない声で呟くと、ナルハヤは意を決してスマホを取り出した。
呼吸は荒くなり、バクバクと心臓が大きくなっていたが、画面をタップするその手は不思議と震えてはいなかった。
電話をかけると待っていたかのように着信音のコールが鳴った瞬間に電話の相手が答える。
『ホーーーッホッホッホ!!お待ちしておりましたよぉ、ナルハヤくん』
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しばらくして、ナルハヤはモグロから指定されたコトブキシティの裏通りへと足を運んでいた。
人通りのほとんどない古い倉庫街の一角に、ぽつんと佇む不気味な扉の前。
扉にはこう書かれていた。
【ナ・ル・ハ・ヤ・ジム】
「え…これ……僕の名前……?」
「ホーーーッホッホッホ!!これはナルハヤ君専用の特別なジムです。ジムリーダーになる夢、叶えて差し上げますよぉ…もちろんこれはボランティアですからお金はいただきません…!」
モグロの声に導かれ、ナルハヤは恐る恐る扉を開ける。
中は……異様な空間だった。
まるで外とは別の世界のように静まり返っている。
広いバトルフィールド、奥にはジムバッジらしきものが飾られた演出、天井には眩しく光る照明が灯る。
だが、どこか現実味がない。
まるで夢の中のような、蝋細工のような空間だった。
「ジムリーダーには、もちろん強いポケモンが必要ですねぇ。そこで…ここではこちらのポケモンたちをお使いください」
モグロが指し示す先には、ずらりと並ぶモンスターボールがあった。
ただどれも不気味に真っ黒に光り、通常のボールとは異なるデザインをしている。
「こ、こんなに……!?」
「えぇ、どれも強力です。試してみましょう、ほぉら、あそこに一人挑戦者がいますよぉ?」
気づくと、ジムのフィールドの反対側に一人のトレーナーが立っていた。
目を伏せ、言葉も発さず、まるで人形のようだ。
「ささ、どうぞナルハヤ君…それではバトル、開始…!」
ナルハヤは選んだポケモンを投げた。
出てきたのは――見たことのない、真っ黒なガブリアスで、皮膚がどこか金属のように鈍く光り、目は怪しく赤く光っている。
対する相手はライチュウを繰り出す。
「……っ、え、ええと…!いけ!“りゅうのはどう”!」
その瞬間、ガブリアスの咆哮が空間を裂いて口から光線が放たれた。ライチュウは真正面からその攻撃を受けて、一撃で場外に吹き飛ばされそのまま起き上がることはなかった。
完全勝利。
だが、拍手も歓声もない、ただ静かな勝利がナルハヤを祝福する。
「……勝った……ぼくが……勝った!?」
ナルハヤはその場で膝をつくようにしゃがみこみ、ガブリアスを見つめた。
「すごい……強い……こんなの、初めてだ……!」
するとモグロがニタリと笑いながら耳元で囁いた。
「素晴らしい勝ちっぷりでしたなぁ…!ですがいいですかぁ?ナルハヤくん。お貸しするポケモンは――このジムの中だけ。決して外で使ってはいけませんよぉ?もしそんなことをしたら大変なことになります」
「…えっ…どうして?」
「ホーーーッホッホッホ!!それはこのポケモンが『このジム専用だから』でございますぅ!本来であればこのポケモンたちは言うことを聞きませんからねぇ…!」
その時、ジムの空気がわずかにひやりと冷えた気がした。
だがナルハヤは、その意味にまだ気づいていなかった。
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それからというもの、学校では誰とも話さず、放課後になるとナルハヤは毎日あの“ジム”へ通った。
コトブキシティの片隅、倉庫街の裏通り。
誰も気に留めない薄暗い扉の奥、そこには日々、どこからともなく現れるチャレンジャーたちが並んでいた。
「……勝者、ジムリーダー・ナルハヤ」
審判のような声が響くたび、ナルハヤは勝利の余韻に浸った。
使うのは、黒く濁ったような異形のポケモンたち。
その目は皆、赤く光り、相手を一撃でねじ伏せる異常なまでの力を持っていた。
(勝てる……僕でも……僕だけでも……!)
勝つたびに、誰かの期待に応えたような気がした。
父にも、ツヨタにも、学校の誰にも認められなかった自分が――
今、このジムの中では最強なのだ。
だが。
その勝利の【代償】は、確実に、外の世界で膨らみ始めていた。
ある夜。ナルハヤの部屋には、1つのモンスターボールが転がっていた。
そこには、かつての“相棒”――ビッパが、静かに収まっていた。
電気も消された暗い部屋の中で、ビッパのモンスターボールだけが寂しげに転がっていたのだ。
それを母親が優しく拾い上げて、父親に見せる。
「あなた…最近ナルハヤがおかしいんです…どこか、こう…憑りつかれてるみたいに思えて…あんなに大事にしてたビッパちゃんも置いてけぼりで…」
「なに?うむ…わかった。ビッパをボールから出してご飯をあげなさい。私はナルハヤと話をしてくる……あいつは…玄関だな?」
玄関で靴を履くナルハヤに向けて、父親として注意をしようとしたその時だった。
「ナルハヤ…お前、このところどこへ行ってるんだ?ビッパも連れずに――」
「いらないよ」
「なに?」
「いらないって言ったんだ。弱いポケモンなんていらない」
「な…!?お前のビッパだろう!自分で世話もしないで、何がジムリーダーだ! そんなことでなれるはずがないだろう!!」
ナルハヤはその言葉にぴたりと足を止めた。
だが――振り返ることなく、低く呟いた。
「……うるさいな」
「なんだと?」
「父さんだって僕に勝てないくせに偉そうに言うなよ。僕はもう“強くなった”んだからさ…!」
その時見えたひどく恐ろしくギラリとした形相の横顔に、父親はこれが自分たちの知る息子の姿なのか、と愕然とした表情を浮かべた。
そして、ナルハヤはそのまま家を飛び出していった。
夜の街を、暗闇を切り裂くように、ひたすら走った。
後ろから父親からの引き留める声がしたような気がしたが、もはやナルハヤの耳には届いていなかった。だが、その代わりに遠くの方でモグロの笑い声が風に乗って聞こえたような気がした。
「ホーーーーーッホッホッホ……!」
そして、さらに数日が過ぎたが、ナルハヤは学校にも通わず、家にも帰らず、毎日あの“ジム”にいた。
昼夜問わずに戦い続け、それに呼応するかのように挑戦者は日ごとに増え、勝利の数も増え続けた。
彼の目の下にはクマが浮かび、肌は少しガサガサになっていたが――そんなことは、どうでもよかった。
「やった……!また勝った……!ふふひ、ひーっひっひっひ…!!」
勝利者である彼の顔には笑顔があった。
けれどその笑顔には、もう“少年”らしい無垢さは微塵も残っていなかった。
ある日の夕方。
「ナルハヤが……来ない」
教室の空席を見て、ツヨタは違和感を覚えていた。
いつも「負けても何度も挑んでくるあの坊主頭の少年」が、ここ数日まったく登校していない。
「…風邪か?…いや、なんか変だな」
担任も歯切れが悪そうに「休みと聞いている」としか答えなかったため、ツヨタは帰り道に思い立ってナルハヤの家を訪ねた。
「……ナルハヤは、ここ数日帰ってきてなくて私たちも探しているし警察にも届けてるんだけど……」
応対した母親の表情は疲れきっていた。
その横で、父親が深いため息をつきながら言った。
「ポケモンの世話もせずに、あいつは……ビッパだけが残されててな。見かねて、今は俺が世話してるんだ」
居間の隅、ビッパは食事をしていた。
丸い目を上げて、ツヨタを見つめた。
――ビッパは、何も悪くないのに。
ツヨタは唇を噛んだ。
そして、何かを決意したようにナルハヤの家を出た。
「ナルハヤ……お前、どこ行ったんだよ」
そこからいろんな場所を探した。空き地やポケモンセンター、スクールからの帰りに寄り道する駄菓子やまで。だが、どこを探しても誰に聞いても手掛かりは見つからなかった。
日も落ちて諦めかけてダメ元で入った路地裏。
ツヨタは、ふと見覚えのある背中を見つけた。
「…ナルハヤ……!?」
黒い扉に手をかけようとしていたナルハヤが振り返った。
その顔にはかつての面影はなかった。
目の下に濃いクマ、唇には微笑でも怒りでもない、歪んだ優越感。
「あぁツヨタ君か……どうしたの?」
「お前、学校にも来ないで……! 皆心配してるんだぞ!」
「へえ……心配? それって強いヤツが弱いヤツを見下してるだけじゃないの?」
「は? 何言ってんだよ……」
「ふ、ふひひ…!そうだ、見せてあげるよ…!今は君より、僕の方が強いってことを。」
その瞬間、ナルハヤは真っ黒なモンスターボールを空中に投げた。
「いけっ! “ガブリアス”!」
闇を裂いて、異様なポケモンが現れる。
皮膚は鈍い黒金属のように硬質で、目は真紅に輝き、周囲の空気が震えた。
「なんだそいつ…!?ま、待てってナルハヤ!俺は話をしに来たんだ!」
「うるさい!戦えよ!お前のポケモンじゃ、僕には勝てない!!」
「っ…!くっそ…!!目を覚まさせてやる!たのんだ!グレッグル!!」
だが、友の心に少しでも届けばと思ったバトルは…一瞬だった。
ツヨタのグレッグルが構える間もなくガブリアスの咆哮と共にりゅうのはどうが直撃し、グレッグルは防ぎきることが出来ずに吹き飛ばされ、ビルの壁にめり込み動かなくなった。
「グレッグル!!う、うわっ――!」
攻撃の爆風の余波でツヨタは地面に叩きつけられ、意識を失った。
地面に崩れ落ちるツヨタを見下ろしながら、ナルハヤは震える息を吐いた。
「い、いひ、いひひひひひ!……ね?言ったでしょ……僕のほうが……つ、強いんだ……!」
そのとき――
「ホーーーーーッホッホッホ!!」
背後から、あの忌まわしい笑い声が響く。
モグロ・フクゾウが、まるで最初からそこにいたかのように、暗がりから姿を現した。
「…あ…!モ、モグロ…さん…!?」
「ナルハヤくぅん……やっちゃいましたねぇ?“外でそのポケモンを使ってはいけません”と、言いましたよねぇ?」
「っ…!う、うるさい……っ、僕は……勝ちたかっただけなんだ!」
「えぇ、勝ちたかった。その気持ちは尊重しますよぉ?でもぉ……」
モグロはさらに口角を吊り上げ、不気味なほど白い歯をむき出しにする。
「ルールは、破ってはいけません。ルール違反には、それ相応の“代償”を……」
「黙れっ!!…やっちまえガブリアス!!そうだな…“かみくだく”だッ!!」
ナルハヤが叫ぶ。
しかし――“ガブリアス”は言うことを聞かない。
「……え?」
それどころか“ガブリアス”がゆっくりとこちらに振り向く。
本来のガブリアスとは異なる真紅に塗りつぶされた不気味な瞳が、まっすぐに――ナルハヤを見下していた。
「や、やめろ……何で僕を……」
「ホーーーーーッホッホッホ!!言ったじゃないですかぁ…大変なことになります…と…!!」
「ひっ…!!」
次の瞬間、世界が歪んだ。
「ドーンッ!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
モグロの人差し指が差し降ろされ、ナルハヤの眼前のガブリアスがぐにゃぐにゃとその姿をおぞましいものへと変えていく。
肥大化し、ナルハヤを喰らいつくそうと開かれたその口の中には不規則に生えた無数の歯、異形の影、そして今まで倒してきたチャレンジャーたちが【あちら】へ引きずり込まんと不気味な笑顔で手を伸ばしていた。
「やめて、やめてよ…!僕は……僕は勝ったんだ!!最強のジムリーダーなんだぁぁぁぁっ!!」
そして、がぶり。と何かに噛み砕かれる音と共にナルハヤの目の前は真っ暗になった。
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――その後、ナルハヤが発見されたのは、郊外の廃ビルの一角だった。
目は虚ろで、何も映さず、ただ小さくブツブツと呟いて目の焦点は虚空を彷徨っていた。
「……勝利……勝った……ビッパじゃない……ぼくはジムリーダー……つよいんだ……つよいんだ……」
彼はそのまま、ポケモントレーナーとしての記憶を大きく崩壊させ、精神療養施設に収容された。
今でも、彼のうわごとは止まらないという。
「ビッパ……僕のビッパ……勝てる……僕は……ジムリーダー……あ、あは…あははははうふふふふふあはあはあははははははは…」
そして今日も、どこかでモグロ・フクゾウの声が響く。
「強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手…本当に弱いのは、人の心かもしれませんなぁ?」
と、言った後にピタリと足を止め上着の胸ポケットを探る。
「…それはそうと……ナルハヤバッジ、ゲットだぜ!…なぁんて、ホーーーーーッホッホッホ!!」
ポケットから取り出したジムバッジには虚ろな目をしたナルハヤの姿が刻まれていた。