キミとアイドルプリキュア♪の妄想ラブコメ   作:プロペト

1 / 3
うたとはるとと数学の宿題/うたとお化け屋敷と初恋の記憶

 はるとは、だいたいいつも勝手にそこにいる。

 

 うたが部屋に戻ると、ベッドの上に小さな影があった。制服のまま、靴下も脱がず、うつ伏せでごろごろしている。

 

「……はると?」

 

「おかえり〜」

 

 振り向きもせず、間の抜けた声だけが返ってくる。

 

「なんでいるの」

 

「なんとなく」

 

 それだけ言って、はるとはベッドの端に転がった。身長が低いせいで、広いはずのベッドが妙に余って見える。年齢より幼く見える顔立ちも相まって、勝手に入り込んでいるのに不思議と怒る気にならない。

 

「ここ、落ち着くんだよね」

 

「私の部屋なんだけど」

 

「うん。うたの部屋だね」

 

 柔らかい声で、悪気も計算もない。

 

 はるとは自由だった。来たいときに来て、寝たいときに寝て、帰る時間も気にしない。なのに、うたを雑に扱われるときもあれば、ふとした瞬間にやけに優しくすることもある。

 

「ねえ、うた」

 

「なに」

 

「この枕、いい匂いする」

 

「そんなこと言わなくていい!」

 

 笑いながら、はるとは枕を抱え直す。その仕草が妙に無防備で、うたはため息をついた。

 

 面倒で、掴みどころがなくて、少し天然。

 

「……もう」

 

 そう言いながら、うたは鞄を置いた。

 

 はるとは、今日もそこにいた。

 

 うたのベッドの上ではるとは大の字になっていた。枕を抱えて、足だけぶらぶらさせながら天井を見ている。

 

「はると、そこ私のベッド……」

 

「んー? だいじょぶだよ。うたは椅子にでも座って」

 

 気の抜けた声でそう言って、はるとは枕に頬をすりっと寄せた。幼い顔立ちのせいで、注意する気力がごっそり削られる。

 

「だいじょばないよ。……それよりさ」

 

 うたは机に広げたノートを指差す。

 

「数学の宿題、全然わかんないんだけど」

 

「数学?」

 

 はるとは体を起こさず、首だけこちらに向ける。

 

「どれどれ〜」

 

 うたがノートをベッドに持ってくると、はるとはそのまま寝転んだ姿勢で覗き込んだ。前髪が目にかかって、ちょっと困ったように瞬きする。

 

「えっと……これ、xがあるでしょ」

 

「うん」

 

「だからね、まず全部たす」

 

「全部?」

 

「うん。xも数字も、気にせずに。そうすれば最後にいい感じに割る」

 

「いい感じに……?」

 

「そうそう。だいたいで」

 

 はるとはにこっと笑った。純粋に「それで合ってる」と信じている顔だった。

 

「へえ……」

 

 うたは半信半疑のまま、言われた通りに式を書き直す。

 

「で、これも同じ?」

 

「うん、同じ同じ。数学ってノリだよ」

 

「ノリでいいんだ……」

 

「うん」

 

 はるとの声が妙にやさしくて、うたはそれ以上ツッコめなかった。

 

「ありがと、はると! なんか分かった気がする!」

 

「よかった〜。お役に立てたなら嬉しいな」

 

 はるとは満足そうにまたベッドに沈み込む。うたは勢いで全部解き終え、そのまま宿題を提出した。

 

 翌日の放課後、返却されたプリントを握りしめて、うたは静かに言った。

 

「これ、全部バツだった」

 

「えっ」

 

「全部」

 

「……ほんとに?」

 

 はるとはプリントを覗き込み、少し首を傾げる。

 

「んー……あ、もしかして足し算間違えた?」

 

「そこじゃないと思う!」

 

「あれ〜。じゃあ、ノリが足りなかったのかな」

 

 悪びれた様子はなく、むしろ不思議そうだ。

 

「はると」

 

「ん?」

 

「もう数学教えなくていいから」

 

「ええー。でもぼく、楽しかったよ?」

 

「私は楽しくなかったよ!」

 

 うたがむくれると、はるとはくすっと笑った。

 

「じゃあ次は、間違えないように教えるね。たぶん」

 

「たぶんはやめて!」

 

 

❀❀❀

 

 あれは一年前、中学一年の文化祭だった。

 

 クラスメイトに引っ張られるまま、うたはお化け屋敷の入口に立っていた。黒いビニールで覆われた教室。中から聞こえる低い音と、誰かの悲鳴。

 

「だいじょぶだよ、そんな怖くないって!」

 

「え、ちょ、ちょっと待って……!」

 

 そう言ったときには、もう遅かった。背中を押されて、暗闇の中に放り込まれる。

 

 中は想像以上に暗くて、狭かった。足元がよく見えない。壁に触れる指先が冷たい。

 

 そして。

 

「うわああああ!」

 

 目の前に現れたおばけ役に、うたは悲鳴を上げて走った。方向も考えず、ただ逃げる。心臓がうるさくて、足がもつれる。

 

 気づいたときには、周りに誰もいなかった。

 

「……あ、れ……?」

 

 出口が分からない。声を出そうとしても、喉が詰まる。怖くて、情けなくて、目の奥が熱くなった。

 

「やだ……」

 

 しゃがみ込んだ瞬間、涙がこぼれた。

 

 そのとき。

 

「……だいじょうぶ?」

 

 すぐ近くで、やさしい声がした。

 

 びくっと顔を上げると、暗闇の中に小さな影が見えた。おばけ役じゃない。クラスメイトの顔。

 

「あ……」

 

「びっくりさせちゃった? ごめんね」

 

 はるとだった。クラスは同じだけど、ほとんど話したことのない男子。背が低くて、顔が幼くて、今も少し困ったように笑っている。

 

「……ま、迷子になっちゃって」

 

「そっか」

 

 はるとは一瞬考えてから、うたの前にしゃがんだ。

 

「怖かったよね」

 

 その一言で、堪えていたものが溢れた。うたは小さく頷く。

 

「じゃあ、一緒に出よっか」

 

 そう言って、はるとは手を差し出した。

 

「手、つないでもいい?」

 

 その声は、驚くほどやわらかかった。

 

「……うん」

 

 震える手で、うたはその手を握る。あたたかくて、小さくて、ちゃんと人の手だった。

 

「ゆっくり行こ。出るまで、ぼくが一緒だから」

 

 はるとはそう言って、歩幅を合わせてくれた。おばけが出てきても、ぎゅっと手を握ったまま、前に立ってくれる。

 

 怖さよりも、胸の奥が不思議に静かだった。

 

 出口の明かりが見えた瞬間、うたは気づいてしまった。

 

 この人と手をつないでいる時間が、終わってほしくないと。

 

 外に出ると、はるとは手を離して、少し照れたように言った。

 

「もうだいじょうぶだね」

 

「……ありがとう」

 

「ううん。文化祭、楽しまなきゃ損だよ」

 

 そう言って去っていく背中を、うたはしばらく見つめていた。

 

 胸が、うるさかった。

 

 そのときの気持ちを、うたはまだ、うまく言葉にできない。

 

 でも確かに。

 

 あの日、うたははるとに、一目で恋をした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。