キミとアイドルプリキュア♪の妄想ラブコメ 作:プロペト
はるとは、だいたいいつも勝手にそこにいる。
うたが部屋に戻ると、ベッドの上に小さな影があった。制服のまま、靴下も脱がず、うつ伏せでごろごろしている。
「……はると?」
「おかえり〜」
振り向きもせず、間の抜けた声だけが返ってくる。
「なんでいるの」
「なんとなく」
それだけ言って、はるとはベッドの端に転がった。身長が低いせいで、広いはずのベッドが妙に余って見える。年齢より幼く見える顔立ちも相まって、勝手に入り込んでいるのに不思議と怒る気にならない。
「ここ、落ち着くんだよね」
「私の部屋なんだけど」
「うん。うたの部屋だね」
柔らかい声で、悪気も計算もない。
はるとは自由だった。来たいときに来て、寝たいときに寝て、帰る時間も気にしない。なのに、うたを雑に扱われるときもあれば、ふとした瞬間にやけに優しくすることもある。
「ねえ、うた」
「なに」
「この枕、いい匂いする」
「そんなこと言わなくていい!」
笑いながら、はるとは枕を抱え直す。その仕草が妙に無防備で、うたはため息をついた。
面倒で、掴みどころがなくて、少し天然。
「……もう」
そう言いながら、うたは鞄を置いた。
はるとは、今日もそこにいた。
うたのベッドの上ではるとは大の字になっていた。枕を抱えて、足だけぶらぶらさせながら天井を見ている。
「はると、そこ私のベッド……」
「んー? だいじょぶだよ。うたは椅子にでも座って」
気の抜けた声でそう言って、はるとは枕に頬をすりっと寄せた。幼い顔立ちのせいで、注意する気力がごっそり削られる。
「だいじょばないよ。……それよりさ」
うたは机に広げたノートを指差す。
「数学の宿題、全然わかんないんだけど」
「数学?」
はるとは体を起こさず、首だけこちらに向ける。
「どれどれ〜」
うたがノートをベッドに持ってくると、はるとはそのまま寝転んだ姿勢で覗き込んだ。前髪が目にかかって、ちょっと困ったように瞬きする。
「えっと……これ、xがあるでしょ」
「うん」
「だからね、まず全部たす」
「全部?」
「うん。xも数字も、気にせずに。そうすれば最後にいい感じに割る」
「いい感じに……?」
「そうそう。だいたいで」
はるとはにこっと笑った。純粋に「それで合ってる」と信じている顔だった。
「へえ……」
うたは半信半疑のまま、言われた通りに式を書き直す。
「で、これも同じ?」
「うん、同じ同じ。数学ってノリだよ」
「ノリでいいんだ……」
「うん」
はるとの声が妙にやさしくて、うたはそれ以上ツッコめなかった。
「ありがと、はると! なんか分かった気がする!」
「よかった〜。お役に立てたなら嬉しいな」
はるとは満足そうにまたベッドに沈み込む。うたは勢いで全部解き終え、そのまま宿題を提出した。
翌日の放課後、返却されたプリントを握りしめて、うたは静かに言った。
「これ、全部バツだった」
「えっ」
「全部」
「……ほんとに?」
はるとはプリントを覗き込み、少し首を傾げる。
「んー……あ、もしかして足し算間違えた?」
「そこじゃないと思う!」
「あれ〜。じゃあ、ノリが足りなかったのかな」
悪びれた様子はなく、むしろ不思議そうだ。
「はると」
「ん?」
「もう数学教えなくていいから」
「ええー。でもぼく、楽しかったよ?」
「私は楽しくなかったよ!」
うたがむくれると、はるとはくすっと笑った。
「じゃあ次は、間違えないように教えるね。たぶん」
「たぶんはやめて!」
❀❀❀
あれは一年前、中学一年の文化祭だった。
クラスメイトに引っ張られるまま、うたはお化け屋敷の入口に立っていた。黒いビニールで覆われた教室。中から聞こえる低い音と、誰かの悲鳴。
「だいじょぶだよ、そんな怖くないって!」
「え、ちょ、ちょっと待って……!」
そう言ったときには、もう遅かった。背中を押されて、暗闇の中に放り込まれる。
中は想像以上に暗くて、狭かった。足元がよく見えない。壁に触れる指先が冷たい。
そして。
「うわああああ!」
目の前に現れたおばけ役に、うたは悲鳴を上げて走った。方向も考えず、ただ逃げる。心臓がうるさくて、足がもつれる。
気づいたときには、周りに誰もいなかった。
「……あ、れ……?」
出口が分からない。声を出そうとしても、喉が詰まる。怖くて、情けなくて、目の奥が熱くなった。
「やだ……」
しゃがみ込んだ瞬間、涙がこぼれた。
そのとき。
「……だいじょうぶ?」
すぐ近くで、やさしい声がした。
びくっと顔を上げると、暗闇の中に小さな影が見えた。おばけ役じゃない。クラスメイトの顔。
「あ……」
「びっくりさせちゃった? ごめんね」
はるとだった。クラスは同じだけど、ほとんど話したことのない男子。背が低くて、顔が幼くて、今も少し困ったように笑っている。
「……ま、迷子になっちゃって」
「そっか」
はるとは一瞬考えてから、うたの前にしゃがんだ。
「怖かったよね」
その一言で、堪えていたものが溢れた。うたは小さく頷く。
「じゃあ、一緒に出よっか」
そう言って、はるとは手を差し出した。
「手、つないでもいい?」
その声は、驚くほどやわらかかった。
「……うん」
震える手で、うたはその手を握る。あたたかくて、小さくて、ちゃんと人の手だった。
「ゆっくり行こ。出るまで、ぼくが一緒だから」
はるとはそう言って、歩幅を合わせてくれた。おばけが出てきても、ぎゅっと手を握ったまま、前に立ってくれる。
怖さよりも、胸の奥が不思議に静かだった。
出口の明かりが見えた瞬間、うたは気づいてしまった。
この人と手をつないでいる時間が、終わってほしくないと。
外に出ると、はるとは手を離して、少し照れたように言った。
「もうだいじょうぶだね」
「……ありがとう」
「ううん。文化祭、楽しまなきゃ損だよ」
そう言って去っていく背中を、うたはしばらく見つめていた。
胸が、うるさかった。
そのときの気持ちを、うたはまだ、うまく言葉にできない。
でも確かに。
あの日、うたははるとに、一目で恋をした。