キミとアイドルプリキュア♪の妄想ラブコメ 作:プロペト
朝の空気は、少しだけ冷たかった。
通学路には人が多い。制服の人も、私服の大人も、みんなそれぞれの方向に歩いていく。その中ですれ違うたび、視線が引っかかる。
じっと見られた気がした。
……いや、気のせい。
そう思おうとしたのに、次の人も、その次の人も、なんとなく目が合う。視線が遅れて外れる。ひそひそ、という音が耳の奥に残る。
笑われた?
違う。たぶん、違う。
でも、胸の奥がきゅっと縮む。この感じは、よく知っている。
大丈夫。いつも通り。深呼吸して、前を見る。
少し先に、同じ制服の女子が二人並んで歩いていた。楽しそうに話しながら、肩が触れそうなくらい近い。
知らない人。
顔も見たことがない。話したこともない。
なのに。
「……ね」
声が聞こえた気がした。
「ちょっと変じゃない?」
足が、ほんの一瞬、止まりそうになる。
違う。今のは、僕に対して言っている訳じゃない。たまたま。たまたま、そういう風に聞こえただけ。
でも、もう一人が笑った。
「だよね」
その「だよね」が、僕に向いている気がしてしまう。
視線を落とす。靴先だけを見る。早く通り過ぎればいい。
でも、頭の中では声が増えていく。
あの人も。
すれ違ったあの人も。
後ろのあの人も。
みんな、知ってる。みんな、見てる。みんな、僕のことを――。
心臓が早くなる。手のひらが、じんわり汗ばむ。
顔を上げて、また歩く。
学校は、もうすぐそこだ。
いつも通り。いつもみたいに。
大丈夫だと、言い聞かせながら。
❀❀❀
登校途中、交差点を曲がったところで、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「あ……」
はるとくんだった。
一人で歩いている。ランドセルじゃなくて通学カバンを肩にかけて、少し前屈みで、とことこ進む背中。
「はるとくん」
声をかけると、びくっと肩が揺れてから、ゆっくり振り返った。
「……あ、ななちゃん」
次の瞬間、ふわっと表情が明るくなる。
「おはよ」
「おはよう」
その声は、いつも通り柔らかくて、少し眠そうだった。
「一人?」
「うん」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「いいの?」
「もちろん」
そう言うと、はるとくんは少しだけ歩幅を合わせてくれた。
並んで歩くと、不思議と距離が近い。近いのに、触れるとこはない。触れないのに、彼の温度がはっきり分かる。
「今日さ」
はるとくんが、前を向いたまま言う。
「ななちゃんの声、朝に聞けてよかった」
「え……?」
「なんか、落ち着くんだよね」
心臓が、どきっと跳ねた。
「そ、そうなの?」
「うん。やさしい感じするし」
さらっと言われる一言一言が、いちいち心臓に悪い。
「……はるとくんは、そういうこと普通に言うよね」
「そう?」
きょとん、とした顔。自覚はないらしい。
少し悔しくなって、ななは小さく息を吸った。
「でも、はるとくんも」
「ん?」
「今日は、いつもより元気そう。ちゃんと前見て歩いてるし」
「……え」
はるとくんの足が、ほんの少し遅れる。
「それに、笑った顔、かわいいと思う」
言い切った瞬間、はるとくんの耳まで一気に赤くなった。
「……な、ななちゃん……」
さっきまでの余裕はどこへやら、視線が泳ぎ始める。
「そ、そういうの……急に言われると……」
声が小さくなって、肩がしぼむ。完全にしおれた。
その様子に、胸の奥がくすぐったくなる。
「……おあいこ、だね」
そう言うと、はるとくんは困ったように、でもちょっと嬉しそうに笑った。
並んで歩く道は、いつもより少しだけ、心臓に近かった。
❀❀❀
あの時のことを、ななは今でもはっきり覚えている。
夕暮れの商店街。周囲の人はみんな逃げたと思ったのに逃げ遅れた気配があって、胸の奥がざわついていた。
「……まだ、動ける」
キュアウインクは息を整え、もう一度前を見据える。目の前のマックランダーは、さっきよりも動きが荒かった。
ひとり。
今日は、ひとりで私は戦っていた。
盾を張る。跳ぶ。蹴る。攻撃をいなして、反撃する。でも、体が少し遅れているのが、自分でも分かった。
「……っ」
その時だった。マックランダーが、待っていたかのように大きく腕を振り上げる。直撃する。そう、分かってしまった。
――間に合わない。
歯を食いしばった、その時。
「危ない!」
声がした。
次の瞬間、世界がふわりと浮いた。
「……え?」
視界が横に流れる。風を切る感覚。衝撃が来ない。
代わりに、あったのは暖かくて優しい感触。
誰かの腕が、ななの背中と膝裏をしっかり支えていた。
「……!」
攻撃は、空を切って地面に叩きつけられる。
「だいじょうぶ?」
間近で聞こえた声に、息が止まった。
見上げた先にいたのは、はるとだった。
制服姿で、息を切らしながら、必死な顔をしている。
「……は、ると……くん?」
「よかった……間に合った……」
自分よりもずっと小さな体。なのに、抱き上げる腕は驚くほど安定していた。
「どうして……ここに……」
「なんか……変な音して……気づいたら、体が動いてた」
理由になっているのか分からない答え。でも、その声は震えていて、それでも放そうとしない。
ななは、はっとした。
守られている。
自分が、誰かに。
今までは、守る側だった。盾になって、前に立って、誰かを守る立場だった。
なのに。
胸の奥が、きゅっと掴まれる。
「……ありがとう」
そう言うと、はるとはようやく我に返ったように、顔を真っ赤にした。
「え、あ、いや……その……」
慌てて地面に下ろそうとして、でも手を離しきれず、動きが止まる。
「ご、ごめん……勝手に……」
「ううん」
ななは、首を振った。
「……すごく、嬉しかった」
その言葉で、はるとは完全に固まった。
その横顔を見つめながら、ななは気づいてしまう。
心臓の音が、さっきよりずっと大きい。
恐怖じゃない。
不安でもない。
初めて、誰かに守られた、その瞬間に。
ななは、はるとに恋をしていた。