キミとアイドルプリキュア♪の妄想ラブコメ 作:プロペト
公園の広場は、夕方の風がちょうどいい。スマホの小さなスピーカーから流れるビートに合わせて、わたしは足先を弾ませた。右、左、ターン。腕を振り抜くたびに、胸の奥が熱くなる。
上手くいったところで息を吐いて、前髪を指で整える。もう一回。今度は重心をもう少し低く――。
視界の端、人の影が揺れた。
顔を上げた瞬間、心臓がひゅっと鳴る。
自販機の前。背が低めで、年齢より幼く見える横顔。ふわっとした雰囲気のまま、雰囲気だけは昔と同じで、やけに懐かしかった。
はると先輩。
小学校の体育館。鏡代わりの窓に映る二人。音に合わせて笑いながら、同じステップを踏んでいた。わたしはいつも先輩の動きが好きで、真似をしたくて仕方なかった。
でも、いつからだろう。
「目立ちすぎ」「調子に乗ってる」って、聞こえないふりをしても耳に刺さる声が増えて。
ある日、先輩は踊らなくなった。
わたしは足を止めたまま、指先が冷えていくのを感じた。ここで見なかったふりをしたら、きっとずっと後悔する。
息を吸って、音楽を止める。
わたしは、まっすぐ自販機のほうへ歩いた。
「……はると先輩」
先輩が振り向く。あの頃と同じ童顔のまま、少しだけ驚いた目をして、それからふわっと笑った。
「こころ? ひさしぶりだね」
その声が、優しくて、ふるふるしていて、胸がきゅんとした。
「はい……! お久しぶりです。先輩は今日はどうしてこの公園に?」
「うん。なんとなく、ね。風が気持ちよさそうだったから」
“なんとなく”。彼らしい自由奔放なその言葉に、昔の空気感が一瞬だけ戻ってくる。
先輩は取り出したスポーツドリンクのボタンを押し、もう一本を追加で買った。ガタン、と落ちる音。取り出し口から二本目を持ち上げると、迷いなくわたしのほうへ差し出してくる。
「はい。練習してたんでしょ。飲んだほうがいいよ」
冷たさが手のひらに移って、わたしは思わず両手で受け取った。
「え、あ、ありがとうございます……!」
「ふふ。礼儀正しいところ、変わらないね」
からかわれているのに、嫌じゃない。むしろ安心する。だけど、胸の奥の痛みは消えないままだった。わたしは広場のほうをちらりと見て、それから先輩を見た。
「……先輩、見てました? さっきの」
「見てたよ」
先輩は自分のドリンクを開けて、一口飲んだ。小さく喉が鳴る。
「こころはすごいね。ダンス、まだ続けてるんだ」
その一言が、嬉しいのに、なぜか泣きそうになる。褒められたのが、じゃない。先輩の口から“ダンス”って言葉が出ると、あの時のことを思い出してしまって。嬉しくて、痛くて。
「……はい。わたし、好きなので」
「うん。知ってる」
先輩は笑う。ふわっとした笑い方なのに、どこか軽くない。空気が一瞬、止まったみたいに感じた。
わたしはドリンク缶をぎゅっと握って、冷たさで自分を落ち着かせた。
「……はると先輩は、もう踊らないんですか」
聞いてしまった。胸がどきどきして、言葉が震えそうになる。
先輩は目を細めて、少しだけ首をかしげる。天然っぽい仕草なのに、その奥に、ちゃんと考える時間があるのが見えた。
「ダンス……っていうか。もう人と関わるのが疲れちゃって」
くたびれたように笑う。その笑みが、わたしの胸をきゅっと締め付けた。
妬みの声。ひそひそ。笑い声。あの日の廊下のざわつきが、頭の中でよみがえる。
「……先輩」
声が小さくなってしまう。わたしは、言いたいことをそのままぶつけたら、先輩がもっと遠くに行ってしまう気がして。
でも、黙ったままでも、同じくらい遠くなる気がした。
わたしは一歩、先輩に近づいた。缶を胸の前に抱えたまま、目線だけは外さない。
「先輩は自分のことを大切に出来て、すごいです」
「……それ、褒めてる?」
「褒めてます。だって……わたし、辛くても我慢しちゃうので」
先輩の眉が少し上がる。ふふ、と小さく笑った。
「そっか。こころは、がんばり屋さんだもんね」
その言い方が、昔みたいで。胸の奥がじんと熱くなる。
「……先輩。わたし、先輩のダンスが好きでした。今も、好きです」
言い切ると、息が白くなりそうなくらい、心が軽くなる。先輩は目をぱちぱちさせて、それから視線を広場のほうへ流した。
「うれしいな。ありがと」
でも、すぐに言葉が続かない。先輩の指先が缶の縁をなぞって、止まる。
わたしは、お願いを小さくした。
「……今日、全部じゃなくていいです。ワンエイトだけ。八つ数えるだけでいいので」
「八つだけ?」
「はい。わたしが合わせます。人が見てたら、わたしが目立つように踊ります。先輩は……ついてきてくれるだけで」
言いながら、自分でもおかしくなる。目立つように踊るなんて。だけど、先輩が矢面に立つのは、嫌だった。
先輩はしばらく黙って、そして、困ったみたいに笑った。
「こころって、ほんと真っ直ぐだね」
「……はい。わたし、心キュンキュンしたものには、真っ直ぐです」
「出た」
先輩がくすっと笑う。その笑い方が、さっきより少しだけ柔らかい。
先輩はベンチから立ち上がった。背丈は高くないのに、立つだけで空気が動く。あの頃と同じ、始まりの気配。
「……八つだけ、ね。できるかな」
「できます。先輩なら」
「ふふ。そう言われると、やるしかないか」
先輩は広場の端まで歩いて、わたしの隣に立った。距離は腕一本分。近すぎないのに、ちゃんと隣だ。
わたしはスマホを再生して、カウントを取るために小さく頷いた。
「いきます。ワン、ツー、スリー、フォー……」
先輩の足が、ほんの少し遅れて動く。ぎこちない。でも、確かにあの時のダンスだ。わたしは笑いそうになるのをこらえて、先輩が置いていかれないようにテンポを合わせる。
「……うわ、懐かしい」
先輩がぼそっと言って、肩の力がふっと抜けた。次のステップが、少しだけ滑らかになる。
八つ数え終わったところで、音を止めた。わたしは息を吸って、缶の冷たさを忘れていることに気づく。
先輩が、こっちを見る。くたびれた笑いじゃない。まだ少し疲れてるのに、ちゃんと素直な笑い。
「こころ、すごいね。こころがダンス続けてて、よかった」
「……先輩も」
「ん?」
「先輩も、今……よかったです」
言うと、先輩は照れたみたいに視線をそらして、頬を指でかいた。幼く見える顔が、ほんのり赤くなった気がした。
「……人と関わるのが疲れたって言ったけどさ」
「はい」
「全部が嫌になったわけじゃ、ないんだ。たぶん」
その話し方が、先輩らしくて。ふわっとしてるのに、正直で。わたしの胸の奥が、またきゅんと鳴る。
「じゃあ、たぶんのままでもいいです。今日は、一緒にダンスできましたから」
「ふふ。こころって、ほんとポジティブだね。見習わないとな」
わたしはドリンクを開けて、一口飲んだ。冷たさが喉を通って、心まで冷やしてくれる。焦らないように、急ぎすぎないように。
先輩は空を見上げて、風に前髪を揺らした。
「また、ここ来てもいい?」
「もちろんです。わたし、ここで練習してますから」
「じゃあ……またね」
「はい。いつでも待ってますから」
先輩が笑う。わたしも笑う。
夕方の風が、ふたりの間を通り抜けた。胸の奥の痛みはまだ消えていない。でも、私たちは一歩ずつたしかに進んでいる。