【未来予知】による悲劇の美少女救済(沼らせ)修行道 〜武芸に生きるため自分勝手に世界滅亡の種『魔女』たちを助けた結果、執着されて救世主と崇められる〜 作:ドラゴニック人参
そんなサクラコと過ごした一日から、また一週間以上が経って。
娼館に毎日欠かさず通い詰める俺は――もはや、すっかり彼女らに馴染みつつあった。
「――ファウスト! それ取って、それっ」
「どれ?」
「そこのほら、高いとこ用のはたきー!」
ふむ、これか。
娼館の二階にある待合所には、いま客は一人もいない。代わりに、掃除用具やまとめられたゴミがずらり。
その中から、長い柄に箒がついたような物を手に取ろうとすると――
「――テイラーくん! わたしが取るからっ」
む。先回りするように、小さなピンク色の影が。
さっきまで別のとこ掃除してなかったか? フウカ。
「はいっ。これでいいよね、お姉さま!」
「あらまフウカ。……ちょっとぉファウスト! サボっちゃダメでしょー!」
「サボってない。フウカが勝手に」
「はいそれ言い訳! もー、こんなちっちゃいフウカを使っちゃって……!」
「ち、ちがうのお姉さま! ほんとにフウカが自分でやってるから……! テイラーくんからお掃除手伝うって言ってても、無給で用心棒までやってくれてるし……」
「気にするな。実は掃除もいい修行になるんだ。わずかな汚れも逃さず見つけ、適した掃除方法と道具を瞬時に判断、そして素早く処置……。戦闘に必要な技術をいくつも鍛えられるんだぞ」
「っ! そ、そんな深い意図が……! そうとは知らずごめんなさい……。でも、さすがはテイラーくんだね!」
目をキラキラさせて俺を称えるフウカ。
そんな俺たちの周囲を何人もの遊女が忙しげに行き交う。ときおり向けられるのは、なんだろうこれは…………親しみと呆れ?
「はーでたでた、修行バカ。うちのフウカを見事に誑かしちゃって。ちゃあんと責任取ってよね」
「フウカはうちの商会で雇ってるし、今後の生活は保証する」
「うぅん、まあ……とりあえずそれでいっか。フウカもなにかされたらすぐ言いなね。あたしたちがファウストのこと締めちゃうから!」
「あはは、心配しすぎだよお姉さま! テイラーくんが酷いことなんか、天地がひっくり返ってもするわけない。それに、もしされたとしてもフウカ――ぜんぶ受け入れるよ? テイラーくんが判断したなら、きっとそれが正しから……――」
「……ダメだ、末期だよこれ。まああたしも、本気でファウストのこと疑ってるわけじゃないけどね?」
それはよかった。ここ最近もずっと、散発的に続くチンピラや尖兵の襲撃に対応してるからか、娼館のみんなにはだいぶ信頼されてきた気がする。
ただ、少し困ったこともある。サクラコの側にい続けるために、周囲の信用を得るのは非常に重要なんだが、行き過ぎるのも――
「――あっいた。ファウストっ」
む。今の声は……。
「リーンか」
「んっ。やっと名前、呼んでくれたね……!」
笑みを浮かべて小走りで寄ってきたのは……いつぞや客に襲われているのを助けた遊女。名前はリーン、最近覚えた。
娼館にいるとき一番話すのがたぶん彼女だ。
「今日も遊びの誘いか? 用心棒か修行か、あるいは実家の方に帰らなきゃだからダメだ」
「ちょっと、まだなにも言ってないよ。……まあ、聞こうとは思ってたけど」
そうだろ。会うたびに言われるから、もう先に言ってといた方がいい。
……んん、なんだフウカ。俺を押し退けて。
「お姉さま。リーンお姉さま」
「あれ、フウカ。今日は……そっか、休日だから学園も休みなんだ。掃除のお手伝いに来てくれたんだね」
「そうだよお姉さまっ。お手伝いって言われたらなんだか変な感じだけど。ついこの間まで、フウカの一番の仕事だったもん」
「まあ……そうだけどね」
リーンはちょっと気まずそうだ。
フウカはまだここを追放されたままで、帰ってくることを許可されてるわけじゃないからな。俺の世話って名目で、学園がない時はもはや好きに来てるが。
しかし、そんな状態でもこうして仲良く話せるのはフウカの性格あってのことか。柔軟に現状を受け入れ適応する……――うん、どこか武にも通ずるものが……なんて思ってると。
おや。フウカの目から光が……。
「それでリーンお姉さま。――テイラーくんになにか用……かな?」
おお。圧。
「ふ、フウカ? いや、用というか、ただの挨拶というか」
「うーん、おかしいなあ。だったらその……後ろ手に持ってるチケットはなんなのかな?」
「! いや、こ、これはね……」
しどろもどろのリーン。フウカの圧がますます強くなる。
だが、それに気づいてるのかそうでないのか。リーンはしばらく視線をさまよわせたあと、決心を固めたように強い眼差しで俺を射抜く。
いい気迫だ。
「なんか、斜めの方向に褒められてる気がする……」
「うん?」
「ま、まあいっか。……っそれより――これ見て、ファウスト!」
差し出されたのは二枚の紙切れ。書かれているのは――
「――王国曲技団、観覧チケット?」
「そうなの! 貧民街でじゃないけど、いまそういうのが来てるみたいで。だからこのあと掃除が終わったらさ、あの、その…………一緒に、どうかなって……!」
つまりはいつも通り、遊びの誘いじゃないか。
「リーンお姉さま……。テイラーくんは、今日もここの護衛に、それが終わったら鍛錬だってあるんだよっ。だ、だからそういうのに行ってる時間は――」
「護衛はちょっとくらい抜けてもいいってマキナさんに許可取ってるし! それに鍛錬も……ほら! 曲技団ってなんかすごい芸をいっぱい見せてくれるんだよ? それこそファウストが言ってる武芸に役立てられるんじゃないのっ?」
「むむむ……で、でもテイラーくんが良いって言うとは……」
ふむ、曲技。……たしかに? 武芸に活かせる技術や身のこなし…………アリだな……!
「そ、それに! ファウスト、こないだはサクラコと二人で遊んでたでしょ? あのあとのサクラコ、珍しく上機嫌だったんだから……! それなら私だって――」
「――よし。分かった。いいぞ」
「私だって二人で――えっ。いいの? ほんとにっ?」
「ああ。武芸者に二言なし」
「……! や、やったぁ!」
「えー! いいのテイラーくん!?」
わざわざチケットまで用意してもらったしな。それに曲技……楽しみになってきたぞ。
「ふ、フウカもそういうの一緒に行きたいけど、邪魔しちゃダメって我慢してたのに……。よかったの……?」
「ふふ。フウカ、物はいいようだよ。ファウストが喜ぶような誘い方をしてあげればいいの。妹分だからって、今回は遠慮しないからね?」
「むううぅ……!」
なにやら膨れたフウカが物言いたげに見つめてくる。
まあいいか。それよりもいま大事なのは……たった今、掃除を終わらせて曲技団の演目を観に行くことになった。
きっと俺と同じ、己の肉体と技術を極めんとする猛者たちが待っているはず。それを糧にして俺は――さあ、さらなる武の高みを目指そうじゃないか……!
ということで。
やる気を出した俺はより一層精力的に動き、無事午前中のうちに掃除を終わらせられたわけだが。
まとめた大量のゴミを建物の裏へ運びに来たところ――
「――しかしサクラコ。やはり、考えてはくれんか?」
「ですから言っているでしょう? それは条件次第ですと」
「ふむ。この間も言っていたアレか」
おや。あれはサクラコと、誰か知らんが身なりと恰幅のよい中年男性が。……あの雰囲気は貴族じゃないか?
「お前ほどの女が言うなら一考に値するが……しかし、大きな企てだ。当然即決はできんな」
「でしたら、やはり私の考えは変わりません……」
「ははは。相変わらずつれない女だ。貧民街になど似合わない、賢い女でもある。そんなところが愛らしい」
男は好色な笑みを浮かべると、向かい合うサクラコの頬をひと撫でする。対するサクラコの目は極寒で、いつもの退廃的な空気がいっそう濃い。
しかし、これはまさか……なにか良からぬことを企む会話か? それこそ、サクラコの魔女たる本性が……。
ふむ。魔女を知らず、家族同然のからくり時計亭を想っているという彼女の言葉は、真実を語っているように思ったが。
ここしばらくはサクラコからも声をかけてくれるし、「また次の休暇もお願いします」なんて言われて、彼女のことを理解した気になっていた。
もしすべて俺の勘違いだったというなら、少し警戒を強めないと。対魔女戦の備えを。
そう、思っていたら。
「――では。今日のところはこれで退散するとしよう。昨夜も素晴らしい体験だったよ。また、よろしく頼もうじゃないか……」
「……っ」
男がすっと手を上げ、サクラコの抱き寄せる。そして、粘着質な笑みを浮かべると、無表情なサクラコの胸を――もう片方の手で揉みしだいた。グニグニと、服の上から形を変えるのが分かる。
…………。
うーむ、嫌そうだなサクラコ。これはもしかしてあれか? この男……ただの、サクラコの客?
そう、訝しんでいると。
「――テイラーくーん! ゴミ置き場、やっぱり言葉だけじゃわからないかと思って! あのね、こっちに――」
後から来たフウカの大声に、びくりと肩を震わすサクラコたち。フウカめ。
「……どうやら、他の者の目があるようだ。私も人目を憚る身でね。今日はこれで去るとしよう」
足早に男が去っていき、少し向こうで……護衛らしき男と合流する。そして、そのまま離れていく。
一方で、残ったサクラコはこっちを振り返り……目を見開いて――
「――な……ぁ……。ファウ、スト? い、今の、見られ……っ」
「今の? ああいや、もう邪推はしてないからな。あの男はお前の客だろ? じゃないとあんな態度……張り手くらい出てもおかしくないからな」
サクラコが良からぬことを考えているとか……そういうのはもう考えてないから、と。サクラコを心配させないように告げたつもりの言葉は、しかし。
――サクラコの泣きそうに歪んだ顔を見て、失敗を悟る。
「どうせ私なんて、こういう女ですから。――――人並みの望みなんて、持つんじゃなかった……っ」
そう、絞り出すように言ったかと思うと。
俺に視線の一つも向けず、サクラコは走り去って行き。
この場に残ったのは、乾いた地面の残る――一滴の雫の跡だけだった。