【未来予知】による悲劇の美少女救済(沼らせ)修行道 〜武芸に生きるため自分勝手に世界滅亡の種『魔女』たちを助けた結果、執着されて救世主と崇められる〜 作:ドラゴニック人参
「――私はもともと貧民街……というより、王都の出身ではありません」
そう告げられた言葉に、俺はなんとなく納得する。
確かにサクラコは、娼館の他の者とどこか雰囲気が違うとは思っていた。なんというか……実家の商館にもときおりやってくる、やんごとなき身分の匂いがしてた。
そんな予想を肯定するようにサクラコは言う。
「私の生まれはここより遥か東方の国。その中でも武家……いわゆる、私兵を持った貴族のような家の出です」
なるほど。であれば納得だ。
「確かに、所作がずっとここで暮らしてきた者のそれじゃないとは思ってた。話していても商家の俺より高い教養を感じたし。その正体がそれか」
「ええ。貧民街で生きるには不要なスキル…………とも言えなかったですけれどね」
どこか自嘲するような笑み。
高貴な血筋なのに他国の貧民街で暮らしているという事実に、感じることがあるのだろうとは思う。だが、気になるのは――
「他国の貴族であるお前が、なぜ王都の貧民街に? 家督争いで落ち延びてでも来たのか?」
「当たらずも遠からず、というところです。……我が祖国では基本的に女が家督につくことはありません。ただし、私の生まれたヤナギ家は、他の家とは違う特別な役割がありました」
「役割?」
「はい。幾つもの掟とともに伝えられてきた役割です。古くは宮中の祭祀を取り仕切っていたヤナギ家の使命、それは――――厄災『九尾の狐』の封印」
……厄災の、封印! そこで「魔女」と繋がるわけか……!
「ええ。その顔、言いたいことは分かっています。以前にあなたから忠告された世界を滅ぼす『魔女』……その正体はきっと、ヤナギの血に封じられた過去の厄災そのものなのでしょう。私が母と二人で国を追われた理由でもある、忌まわしき家の呪い――」
「……。気づいてるか? 今もお前の体からは、魔女の瘴気が濃く立ち昇ってる。このままじゃ遠からず魔女として覚醒するぞ」
「そうですか……」
それはどういう感情だ? 相変わらず感じるのは、強い諦観に、どこか投げやりな……破滅願望? いずれにせよいい傾向じゃない。
「……ふふ。おかしいです」
「? なにが」
「だってそうでしょう? 人生分からないものです。私はこれからずっと、拾ってくれたマキナさんやみんなに報いるべく、この体を売って一生を終えようと覚悟していたのに。……まさかこんな――」
笑っているのに、ちっとも楽しそうじゃない……むしろ、深い絶望と悲しみだけに彩られたサクラコの顔。ずっと俺の目を見なかった彼女は――やっと正面から視線を合わせて言った。
「――――男の子ひとりに穢れた姿を見られたくらいで、心の底から死にたくなってしまったんですから」
そう告げたサクラコは。いままで見た中で一番儚い、泣き笑いみたいな顔で。
このまま消えてしまいそうな、そんな――――
「――そうか! サクラコは客を取る姿を……俺に見られたから! それでそんなに落ち込んでるのか……!」
腑に落ちた。つまり。
「サクラコ、俺のことが好きなんだな?」
「……ッな!?」
一瞬で、さっきまでサクラコから無尽蔵に湧いていた瘴気が吹き飛んで。その白磁の頬にぱっと朱が散った。
うん。その様子、図星だな? 昔うちの侍女連中が話してた通りだ!
これまでとんと縁がなかった恋愛とやら。まさか一番最初に経験するのが魔女のそれとは。
「――な、な、なにを……!? ああああなたはなにを根拠にそんなことを言っているのですか!?」
「ん? いや、俺も別に経験があるわけじゃないが。話に聞くに恋愛とは――曰く、知らず心が躍る。かと思えば痛み、またある時は些細なことで怒り。要は情緒不安定になるんだと」
「この私が、情緒不安定っ!?!?」
うん? 今まさにそうだろ。
「昨日も一昨日も、娼館の中で会った時は上機嫌だったじゃないか。別に大したこと話すわけじゃないのに、他のやつと話す時に比べて声が高いし」
「んなああ……っ!?」
「かと思えば、今日は仕事終わりを見られてなぜか泣いて。ほら、噂通りの情緒不安定だ」
「?!?!」
目を白黒させる。この反応を見るかぎり、やっぱり俺の推理は正しかったみたいだ。
なんて、そんなことを思ってると。
「……だ、だったら! 仮に私が本当にあなたのことを好きだったとして! あなたにも分かったでしょう!? ――好きな人にあんな……私が穢れているとはっきり分かるところを見られた気持ちが……ッ!」
いつも落ち着いてなんでもあるがままを受け入れる、世界にひとつも期待してないようなサクラコが。
顔を歪めて涙を浮かべ、感情のままに言葉を吐き出して。
……そうか。体を売る……王都でも生業とする者が少ないだろうその行為を俺に見られたことが、サクラコにとってはどうしても嫌だったのか。
それはともすれば、魔女化につながりかねないほどショックで、その場を逃げ出してしまうようなほどで。
しかし、問題は。
どうしても俺には、体を売ることがそこまで穢れとやらに繋がると実感できないこと。
「男と女ではそのあたり感覚も違うだろうし……。そもそも俺は肉体的なあり方より、精神的なそれを大事にしてるしな。師匠の教えで」
もちろん、肉体の修練も重要だが! それよりもずっと大事なのが心の在りようなのだ。
そして、その観点からすれば。
「サクラコ。俺が見るかぎりお前は、体を売りこそすれ、その心は売ってない」
「……え?」
「いいか? そもそもお前が言う穢れが物理的なものなのか考えると……それは違うだろ。体が汚れたところで水でも浴びれば済む話。となれば、穢れとはすなわち精神の淀み」
なにやら呆気にとられたように口を開けてるが続けるぞ。
「お前の言っていることは何となく分かる。確かに俺も意に添わない行いを強制されれば心も淀むし。それこそ……鍛錬を取り上げられて、商館の後継者として無理やりあくどい取引をまとめさせられたり」
その時は父を殴り飛ばして事なきを得たが、泣かれたのは参った……。まあそれは置いておいて。
「つまり何が言いたいかというと」
俺から一瞬も目を離さず、瞬きもせずに視線を向けてくるサクラコに。
俺は告げるのだ。
「――サクラコの家族への献身は、その高潔な精神を守りこそすれ、穢れになんて繋がるわけがない」
「……ぅぁ、……ッ!」
その言葉を聞いた途端。サクラコは口元を抑えて、声にならない声を漏らす。
でもそうだろ? お前の献身、我を通す行いはまさに、師匠の言うところの「志を極める」ことだ。うん、俺から見ても見事なものだ。見習いたいくらいに。
これは俺の素直な思い。仮にサクラコが自分の行いを嫌に思ってるとしても、俺はそんなこと思ってない。
だったら。お前が俺を好きで、俺が気にしなくていいって言ってるんだから、お前も自分を好きになれないか?
……そんな俺の考えが通じたのかどうか。さっきまで顔を手で覆って表情を隠していたサクラコは、その手をおもむろに外すと。
真っ赤な顔で、俺に言うのだ。
「――あなたがそんなだから。…………私は、おかしくなっちゃうんです……っ」