【未来予知】による悲劇の美少女救済(沼らせ)修行道 〜武芸に生きるため自分勝手に世界滅亡の種『魔女』たちを助けた結果、執着されて救世主と崇められる〜 作:ドラゴニック人参
貧民街の一角に軒を連ねる娼館「からくり時計亭」。
貧民街にはこういった類の店は少なくないが、からくり時計亭は他と一線を画すると言われている。
それは例えば、所属する遊女たちの質。
他の店の女は健康状態が悪く、衛生的でない場合がほとんどだそうだが、この娼館はそうではない。やり手の経営者であるマキナは遊女たちの生活を保証し、明らかに危険な客を取らせることもない。
安定した給金と、それなりに安全な仕事。この二つが揃うのは、こと貧民街において珍しいことだろう。
だが、そんなからくり時計亭でもトラブルは起こる。いくらマキナが目を光らせているといえど、男と女が揃ってやることをやる以上、避けられないことはある。
だから。
そんな時のために、俺がいるわけだ――
「――助けてえ、ファウスト! またお客が暴れてんの!」
娼館に響く、若い女の声。
一階の受付横で静かに拳を振るっていた俺は、すぐに動き出す。
今の声はたぶん二階か。とりあえず全力で階段を駆け上った先には――
「ファウスト! そこそこ、二○四の部屋!」
「その戸が吹っ飛んでる部屋だな。任せろ」
「ごめんね、おねがいっ!」
休憩中らしき薄着の遊女に言われて、すぐに事が起きた部屋へ。
床に倒れた戸を蹴ってどかし、中を覗くと。
「ウォオオオオオン! 約束したじゃないか! 僕たち結婚するってえええ!」
「して、ないから……! どいてよ早くっ!」
「そんなわけがあるかよぉおお! じゃ、じゃあなんで! 僕たち、こうして体を重ねてたって言うんだよお!」
「そういう商売だからに決まってるでしょ!? おかしいんじゃないのあなた!」
太った男が裸で、下着だけつけた遊女に覆い被さっている。部屋からムッと香るにおいからするに、すでにコトが終わった後と見た。
しかし、分からんな。成熟した男女がこの営みを好むと言うのは知識では知っているが、そんなに良いものなのか? この男のように、狂ってしまうまでの何かが?
経験がないまま言うのもあれだが、鍛錬で己を磨く方がよっぽど楽しいのでは。
……しかし、今はそんなことを考えるよりも。
「――この不埒者を、叩き出す」
「ッ! な、なんだよ!? 誰だお前!」
「ここの女たちを守っている者だ。お前のような不埒な客からな」
「ぼ、僕が不埒!? そんな、この娘の恋人だぞ僕はッ! 子どもが恋人同士の情事を覗くなんて、そっちの方がよっぽど不埒だ!」
うん? 恋人なのか?
真偽が分からないので、とりあえず組み敷かれている遊女に視線で問いかける。
「ちっ、ちがう! 私、お客を好きになったことなんてないわ! このデブの勘違い野郎、わけわからないこと言ってくるの!」
ほう。どっちの言葉が正しいかは分からんが、まあ俺の雇い主は娼館側だからな。
であれば。
「――退店願おうか。デブの勘違い野郎、とやら」
「な! ……ッこの、ガキは大人の話に入って来るなよ! あっち行かないって言うなら、痛い目見てもらうぞ……!」
おお。立ち上がると見事な巨体だ。筋肉はあまりあるように見えんが、体重だけでもずいぶんとパワーを出せそうだ。
うんうん。これはこれで力を流すいい訓練になる。
「なにをニヤついてるんだ! 僕を馬鹿にするなよ! この……おらッ!」
大振りで効率は悪いが、見立て通り威力だけは中々の拳だ。
じゃあ――短い時間だろうが、お手合わせ願おうか。
「――――ずびばぜんでじだ……」
「うん。正規の利用料金とは別に、ちゃんと延長料金、備品の弁償代、あとは彼女への慰謝料は払うようにな」
「はい……」
しおれた客から金を受け取り、娼館の入り口から外へ追い出す。
襲われていた遊女や、そのほか暇そうに見学していた遊女たちが寄って来る。
「ありがとうファウスト! この娘ああいうのに目つけられやすくって」
「そうなの、もうほんと無理! 助けてくれてありがとうね……! お礼に、その…………一晩、相手してあげようかっ?」
「仕事だから気にしなくていいぞ。また困ったらいつでも呼んでくれ」
「つれない……。でも、こういうがっついてこないのがいいかも。歳下だけど……」
きゃいきゃい言っている遊女たちを置いて、俺は受付に座るマキナのところへ向かう。
「さっきの客から受け取った金だ。耳を揃えてきっちり徴収したぞ」
「ああ。商会の息子だからね、金周りは信用してる。それに……またうちのを守ってくれて助かったよ」
「俺から頼んで始めた仕事だからな」
そう言うと、マキナは「それでもさ」と笑う。初対面の時と比べてずいぶん気を許してくれものだ。
……しかし。俺がこの娼館で用心棒を始めてもう一週間以上か。毎日起こるトラブルを解決して、それなりの数の遊女には信頼されるようになってきたが。
「未だサクラコとは、ろくに会話もできていない」
「……ん? なにか言ったかい、ぼん」
「ただの独り言だ」
ふうむ。他の遊女たちのように簡単に行けばよかったのだが。しかし、今日まで一回もそういう機会がないのだから期待はできない。
かくなる上は、今日も学園に行っているフウカが教えてくれた、二週間に一度の好機を利用するしかあるまい。
と、その時。
どこかもじもじした様子でやってきたのは……さっき俺が助けた遊女か。まだなにか用がと疑問に思っていると。
「――っねえ、ファウスト!」
「どうした」
「あの、その……私、今日また助けて貰っちゃったし――やっぱり、お礼がしたいの! 明日とかって空いてたりする……?」
ふむ。明日、か。
「おや。あんたも罪な男だね、ぼん。遊女を落とすなんて滅多にできることじゃないよ」
「ちょっと、マキナさん! そういうのじゃないからっ!」
「はっ、ずいぶんと歳下の男に色気づいちまってまあ……。火傷はするんじゃないよ」
「もうっ!」
姦しく言葉を交わす二人。ふむ、要はいま俺はデートに誘われたわけか。
だが、しかし……。
ここでの俺の最大の目的は、近い将来魔女として目覚めるサクラコとの接触。
そして、未だまったく上手くいっていないそれを、なんとかできる見込みがある日が……明日なのだ。
だから、悪いが。
「明日はすでに予定があるんだ。――――サクラコが休暇だろう? 俺は、彼女と話したいことがある」
そう、告げた直後だった。
ショックを受けたように目を見開いて固まる遊女と、眉を顰めて天を仰ぐマキナ。
「あんたねぇ。逢引きの断り文句に他の女を使うなんて……。刺されても文句言うんじゃないよ」
呆れたように言うマキナは遊女のそばに近づいて、慰めるように肩をポンと叩く。
「ぼんの無神経を気にするんじゃないよ。一日中娼館にいるのに、平気な顔でずっと鍛錬してるようなやつさ」
「ぅう。私、けっこう可愛いとは思うけど……サクラコさんになんて勝てっこないよ……」
「あいつがサクラコの顔を気に入ってるようにも見えないけどね……」
酷い言いようだな。事実、女心を理解する気も、サクラコの顔が目当てなんてこともないが。
ともあれ。
――勝負は明日。そこで魔女……絶好の修行の機会と、お近づきになって見せようじゃないか。