遊戯王ARC-V 天上の迷い子   作:殷淵源

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デュエルの前にはしっかりデッキをシャッフルしましょう。


第3話(後篇)

  

 

「――お買い上げありがとうございました」

 

 皆と分かれてから20分程で空矢は目的を達成した。無事に限定パックの入手に成功した彼は鼻歌でも聞こえてきそうな顔をして袋を抱えている。最近デッキをいじるようになった彼にとって、新しいカードの入手は何よりの急務であった。

 

「申し訳御座いませんが、限定パックの販売は以上をもって終了させて頂きます。ご了承ください」

「なッ……そんな、待ってください!」

「ええッ! 折角並んだのに!!」

 

 空矢が抜けた直後に店員が宣言し、怒号と悲鳴がこだまする。そこには彼が列に加わった時と遜色ない数の人間が未だに並んでいた。どうやら空矢が購入したパックで最後だったらしい。

 

「学校のことといい、今日はついてるみたいですね」

 

 思わぬ幸運に元々よかった機嫌がさらに上昇した。沢渡と真逆の1日を送れたと彼は思い込んでいる。実はカウンターには自分の写真が隠して置いてあり、パックもまだ在庫があるなどとは思いもよるまい。むしろ考え至る方が余程問題だ。

 何にせよ限定もののパックが手に入ったことに変わりない。今手元にあることが重要であり、経緯など考える必要も知る必要もなかった。上機嫌のまま空矢は鞄からデュエルディスクを取りだして、柚子に連絡を取ろうとする。

 

「ちょっと君」

「はい?」

 

 まさに空矢が電話をかけようとした時、不意に背後から肩へと手を置かれた。あまりに唐突であった為に彼は怪しむよりも先にディスクを下ろして振り返る。

 手の主は空矢と同い年程度の少年であった。紫色の髪と三白眼が特徴的な細身の男で眉間の皺がある為、威圧的な印象を受ける。それに加え、吊り上がった目と赤みの差した顔色から察するに激昂しているようだ。どうやら背後で聞こえた怒号の主らしい。

 

「僕に何か用ですか?」

 

 空矢の問いかけに対して相手は答えなかった。空矢の頭から足までを不躾な視線で何度も繰り返し眺めている。これが異性ならセクハラになるのだろうが、同性であるが為に空矢も眉を顰めるだけだ。3往復ほどさせたあたりでようやく紫髪の少年は空矢の顔へと向き直る。

 

「バッジがないということは、君スクール生じゃないな?」

「ええ、偶々居合わせただけです」

「なら、そのパック譲ってくれないか?」

 

 「なら」と口にした割には随分と突飛な要求であった。部外者であるからそう感じるだけ、というわけではないらしい。周辺に居た多くの人間は野次馬と化し、2人の様子を窺いながら各々小声で話していた。

 要求を突き付けられた空矢は目線だけで素早く周りを見回す。それから相手へと向けて穏やかに笑んでみせた。

 

「一応聞きますが、何故ですか?」

「LDSで限定パックが発売されるなんてこと、最近なかったことだ。ましてや光属性のサポートパック。LDSでもトップクラスの実力を持つ僕が手に入れられないなんてこと、あっていいはずがない」

「成程」

 

 微笑んだまま納得したように少々大仰な動作で空矢は頷く。

 よくあるエリート意識から来る傲慢というやつであった。他者からすれば全くもって受け入れ難い理不尽である。大体にして他塾の生徒である空矢にとって、相手がLDSのエリートであろうとまるで関係がなかった。正常な思考から出た要求とはとても思えない。興奮気味であることから、事実その通りのようだ。

 さらに数度頷いてから空矢は顔を上げる。相手へと向き直った彼は満面の笑みを浮かべていた。

 

「いいですよ」

「……は?」

 

 間の抜けた声が相手から漏れ、周囲がざわつく。どう考えても「だが断る」と返すべきところだ。要求した本人もあっさり承諾されるとは想定していなかったらしい。どうやら自分でも理不尽なことを言っていると心のどこかで分かっていたようだ。

 すっかり熱の醒めた相手に向かって空矢は笑顔のまま畳みかける。

 

「さすがにお金は払ってくれるんですよね?」

「あ、ああ。それは勿論……だが、本当にいいのか?」

「確かに少し惜しいですが、塾生が優先されるべきっていう貴方の理屈も分からないでもありませんし」

 

 少しと言いつつ空矢の顔には影が差していた。どこからどう見ても目一杯悲しんでいる。その様を見て相手はたじろぎ、同時に周囲の空気が変わった。

 ここに大勢は決する。 

 

「あれエクシーズコースの志島でしょ。何やってんの?」

「自分が限定パック買えなかったからって、他塾の人に寄越せって言ってんのよ」

「うわぁ、引くわぁ。そんな奴、沢渡だけで充分だっての」

 

 周りからの白い目と陰口に志島という少年は晒されることとなった。仮に空矢が断って争いになれば同属意識から味方も多かったかもしれないが、どちらが悪いか明確に示されてなお味方するものはまずいない。

 沢渡をして苦手と言わしめるのは伊達ではなく、養父の事情もあって空矢は絡まれるのに慣れていた。感情的になっただけの素人など所詮敵ではない。ましてや恐喝まがいという犯罪一歩手前の案件を捌くなど、彼にとって通報するより容易かった。

 自身の良心と周りからの視線に苛まれている志島は耳まで赤くして俯いている。降伏は時間の問題と思われた。しかし、素人とは時に思いもよらぬ行動をするものである。

 志島は勢いよく顔を上げると、空矢を正面から睨みつけた。

 

「ついて来い!」

「え、ちょっ」

 

 志島は空矢の手首を強引に掴み、野次馬をかき分けて大股で校舎の方へと進んでいく。予想外の行動に空矢は咄嗟に対応出来ず、気付けば包囲を抜けられていた。

 こうなってしまっては最早手遅れである。派手に抵抗するという手段もあるが、大事になってしまえば家や塾にまで迷惑がかかる可能性があった。

 結局、空矢は成り行きに任せることにしたらしい。顔を顰めながらも振りほどくことなく相手について行った。廊下を歩く間も階段を上る間も2人は無言を貫き通し、やがてある一室へと辿り着く。

 なんとも殺風景な部屋だった。机やトレーニング機材など授業に必要なものは一切なく、通常よりも広い空間だけがある。どうやらスタンディングデュエル用のスペースのようだ。先客がデュエルしていたので、まず間違いなかった。2人が入って来たのを確認すると、何故だか慌てた様子でもう1つの扉から出ていったが。

 空矢は訝しんだが、志島は気にした様子もなく1人奥の方へと歩いていき、それなりの距離を取ってから改めて相手と対峙した。

 

「さっきのことは謝るよ。他塾生だからと失礼なことをした」

「ええ、本当に礼節が欠片もありませんでしたね」

 

 全肯定されて志島は固まる。先程言葉を交わした時の印象があるので、こんな返答が来るとは思いもよらなかったようだ。だが、周囲に誰も居なくなった今、空矢が憚る理由は存在しない。あんなことをされて全く腹を立てていないなどあり得なかった。

 

「まあ、パックを買い損ねて気が立ってただけだと思いますので、それほどは気にしてませんから心配しないでください」

「あ、ああ。それはどうも」

 

 どこか棘のある言い方なのもあって、志島の方も腑に落ちない様子である。とはいえ、そもそも彼は文句が言える立場になかった。有責なのはどう考えても彼の方なのだから。

 とにもかくにも、双方矛を収めてこれにて一件落着、とはいきそうになかった。その場から一通り室内を見渡した後、空矢が志島へと尋ねる。

 

「ところで、わざわざこんな所に引きこんだということはまだ諦めてはいないと解釈していいですか?」

「その通り。話が早くて助かるよ。僕がデュエルで勝利したら、そのパックを譲って欲しい」

 

 どうしても限定パックが欲しいようだ。ここまで来ると中身が欲しいというよりも、自身のデッキに関連する限定パックを自分が持っていないという事実を許容しかねるのだろう。

 画期的な提案をしたとでもいうように志島は得意げだった。そんな彼に対して空矢は半目を向けている。

 

「別に暇ですからデュエル自体はいいですけど、それだと僕が勝っても何も得をしないんですが」

「ん? ……ああ、失礼。僕は今デュエルで38連勝中でね。自分が負ける場合を全く想定してなかったんだ。何しろその所為で近頃は対戦してくれる相手も少なくなってきているくらいでね」

 

 語り終えた志島の口角は上がっていた。悪い奴ではないが嫌な奴ではあるらしい。当然、空矢から向けられている視線も徐々に冷たいものへと変わっていった。ただそうしている内に、ふと空矢は何かに思い至ったらしい。半分に閉じていた目を開いた。

 

「ああ、それでさっき思いっきり避けられてたわけですね」

「人を寂しい奴みたいに言うな!!」

 

 全力で抗議されて空矢は呆気にとられる。そんな相手の反応を見て志島は我に返った。吊りあがっていた目を元へと戻すなど、どうにか取り繕っていく。そうしていかにも余裕たっぷりといった態を整えてから、改めて口を開いた。

 

「別に避けられてるわけじゃない。皆、僕の実力に敬意を示しつつ」

「つまり、敬遠されてると」

 

 最初の一言で切って捨てられ、志島は石化する。手心一切なしの痛烈な一撃だった。情けがあれば栄光ある孤立などの表現に留めていただろう。

 相当ダメージがあったらしく石化が解けた志島は項垂れながら呪詛でも唱えるように何やら呟き始めていた。それを目の当たりにしてさすがに空矢も居た堪れなかったのか、穏やかな笑みを浮かべて語りかける。

 

「まあ、友人の多少だけが人生の総てじゃないですから、気を落とさないでくださいね」

「余計なお世話だ! 大体、そういう君はどうなんだ!?」

「ノーコメントで」

 

 この場合、無回答は回答したも同然だった。両手に余る程度には居ると正直に答えても無意味であることを彼はよく知っている。これ以上は自分もダメージが大きいと判断したのか、空矢はわざとらしく咳をこぼした。

 

「話が脱線しましたがそろそろ本題に戻りますと」

「脱線したのはほとんど君の所為だろ」

「勝った方がパックを貰い、負けた方が代金を払うということでどうですか?」

 

 途中でかけられた声など気にかけずに空矢は尋ねる。過程はどうあれ提案自体は妥当なものだった。限定というだけあって普通のパックの倍の値段だったのだから。

 空矢の提案に対して志島は一瞬考え込んだが、直ぐに笑みを浮かべつつ首を横へと振った。

 

「さすがにその条件は呑めない。パックを譲って貰った上に代金まで払って貰うわけには」

「勝てばいい話ですから気にしないでください」

 

 空矢が遮って言った瞬間、志島の顔色が変わる。眉を逆立てて空矢を睨む姿からは燻る怒りが感じ取れた。生来の目つきの悪さもあって気の弱いものならば怯みそうな代物だったが、空矢は平然と正面から受け流している。

 

「どこのデュエルスクールの生徒か知らないが、LDSエクシーズコース首席の僕に勝てるとでも?」

「やるからには勝つつもりで挑めというのはスクールで教わる以前の問題だと思いますが?」

「……違いない」

 

 空矢の返答に志島は口の端を吊り上げた。怒りが消えて純粋な闘争心のみが残る。口に出さずとも彼の答えは自ずと知れた。

 

「いいだろう! その条件で受けて立つ!」

「じゃあ、合意と言うことで。よろしくお願いします……ええと」

「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな。志島北斗だ」

 

 少々拍子抜けした様子で名乗る北斗。この2人散々互いに話しておきながら今の今まで相手の名も知らなかったのだ。どこかずれていると言わざるを得ない。デュエリストなどそんなものだと言われればそれまでであるが。

 

「何だ、僕が忘れてたわけじゃなかったんですね」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何も。それより僕も名乗ってませんよね? 榊空矢です」

 

 ごまかすように笑って空矢が名乗ると、北斗もそれ以上追及することはなかった。ちなみに、空矢は名乗る時にしっかり“く”の部分を強調しているので相手が勘違いすることはない。

 とにかく、互いに名乗り終えたことで果たし合いの準備は整った。両者デュエルディスクを装着して身構える。

 

「「デュエル!」」

 

 2人の声が重なり、ディスクが起動した。一応言っておくと、これはアクションデュエルではないので前口上などは特にない。

 

「先攻は頂く! 僕は《セイクリッド・グレディ》を召喚。そして《グレディ》の効果発動。このカードの召喚に成功した時、手札からレベル4の『セイクリッド』モンスターを1体特殊召喚出来る。《セイクリッド・カウスト》を特殊召喚」

 

 メイスを構え青のマントを靡かせた戦士と弓を持った半人半馬の戦士が場へと現れた。2体共に白を基調とした装備をまとっている。

 その姿を確認するなり空矢の眉が寄っていった。

 

「《カウスト》ってことはいきなり《プレアデス》ですか。相性考えれば普通よりはかなり楽ですが、それでもやっぱり厄介ですね」

「は?」

 

 驚きと疑念とが北斗に声を出させる。口は半開きとなっており、眉間の皺も消えていた。初めて戦う相手が当たり前のように今後の展開を口にしてきたのが衝撃的であったらしい。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや、何でもない。僕は《カウスト》の効果を発動する。『セイクリッド』モンスターの1体のレベルを1上げる。さらにこの効果は1ターンに2度発動出来る。《カウスト》と《グレディ》のレベルをそれぞれ1上げる」

 

 半人半馬の戦士は2本の矢を1度に番えると、天目掛けて放った。矢は天井付近にて光の雨と化して地へと降り注ぐ。光を浴びた2体の戦士はその存在の格を上げ、上級の域に達した為か雰囲気まで違って感じられた。

 

 セイクリッド・カウスト

 LV4→5

 セイクリッド・グレディ

 LV4→5

 

「永続魔法《セイクリッドの星痕》を発動し、レベル5となった《カウスト》と《グレディ》でオーバーレイ! 星々の光よ、今大地を震わせ降臨せよ!!」

 

 光の粒子によって構成された渦が地面に現れ、2体の戦士はそれぞれ光球と化して中心へと呑まれていく。それからほとんど時を移さぬ内に、中心部から青白い光の束が噴き上がった。

 

「エクシーズ召喚! ランク5《セイクリッド・プレアデス》!!」

 

 現れ出たのは金で縁取られている白の鎧をまとった騎士である。その巨体の周りを2つの光球が衛星のように巡っていた。また、先が7つに分かれた特徴的なマントの内には無数の星々を有した小宇宙が存在しており、聖なる騎士の中でもより強い加護を授かった存在であることが分かる。名実共に「セイクリッド」のそして北斗のエースモンスターであった。

 

「《セイクリッドの星痕》の効果が発動。自分フィールド上に『セイクリッド』エクシーズモンスターが特殊召喚された時、デッキからカードを1枚ドローする。僕はこれでターンエンドだ」

 

 カードを伏せることもなく北斗はターンを終える。しかしながら、彼は不遜ともいえる態度でフィールドを眺めており、自身のエースモンスターに絶対の自信があることがよく分かった。事実、それだけの力をこのモンスターは有している。

 だからといって空矢の方も特に気負った様子はなく、至って平静であった。

 

「僕のターン、ドロー。今回はちゃんと手札に来ましたね。永続魔法《神の居城―ヴァルハラ》を発動します」

 

 宣言と共に空矢の背後に石造りの神殿が出現する。後部を紅の幕が覆い、石の玉座と神像、茨が巻きついた石柱のみが存在する質素な造りをした建造物だ。だが、分かりやすい華美さこそないものの、得も言われぬ荘厳さを具えている。神の居城の名に相応しい神聖な空間であった。

 

「《ヴァルハラ》の効果を発動。1ターンに1度、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、手札から天使族モンスターを1体特殊召喚出来ます。《幻奏の音姫プロディジー・モーツァルト》を特殊召喚します」

 

 フィールドに光の柱が現れ、1柱の御使いが地上へと降臨する。赤のドレスにハープに似た翼を持った天使であり、この場に居ないストロング少女のエースモンスターだ。敵手の騎士と方向性は異なるものの、充分強力な能力を秘めている。

 

「というわけで、特殊召喚成功時に何かありますか?」

「攻撃力2600か……。《セイクリッド・プレアデス》の効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことでフィールド上のカード1枚を手札に戻すことが出来る。《プロディジー・モーツァルト》を手札へ戻す!!」

 

 星の騎士は自身の周囲を巡っていた光球を1つ握り潰し、細分された大量の光を赤いドレスの天使へと向けて放った。押し寄せた光に流される形で、最上級天使は何も為さぬうちに退場を余儀なくされる。

 

「いくら高攻撃力のモンスターを呼び出そうと、《プレアデス》の前では無意味だ。残念だったね」

 

 嘲笑に近いものを浮かべながら北斗が空矢へと言った。苦労して高攻撃力のモンスターを出したところで徒労に過ぎないと言外に語っている。事実、今までそうして勝利を重ねてきたのだろう。

 そんな余裕綽々の相手に対し、空矢も笑顔で応対した。北斗とは異なり、至極和やかなものに見える。

 

「ご心配なく。もう1度出せばいいだけですから。《フォトン・サンクチュアリ》を発動。効果により、フォトントークンを2体守備表示で特殊召喚します。そして、トークン2体をリリースして《プロディジー・モーツァルト》をアドバンス召喚します」

「……は?」

 

 理解が追い付いていない北斗に構わず、赤いドレスの天使がフィールドへと舞い戻る。ちなみに、《フォトン・サンクチュアリ》を発動したターンは光属性モンスター以外あらゆる召喚が出来ないという制約があるものの、このアドバンス召喚とこれから発動する効果には全く影響がなかった。

 

「《プロディジー・モーツァルト》の効果発動。1ターンに1度、手札から光属性天使族モンスターを1体特殊召喚出来ます。《天空勇士(エンジェルブレイブ)ネオパーシアス》を特殊召喚」

 

 天上の楽師の指揮に乗って、天上の勇士もフィールドへと姿を現す。空矢の場に高攻撃力のモンスターが2体並んだわけだが、北斗は何も出来なかった。《セイクリッド・プレアデス》の効果が発動出来るのは1ターンに1度までである。この時点で何も出来ない以上、次の展開も定まった。

 

「バトルです。《プロディジー・モーツァルト》で《プレアデス》を攻撃! グレイスフル・ウェーブ!!」

 

 天上の楽師がタクトを操ると旋風が巻き起こり、相手へと向かって突き進んでいく。星の騎士も剣を振るって迎え撃つも、数値で言えばたった100の差とはいえ両者には絶対的な隔たりが存在した。騎士は耐えきれずに吹き飛ばされ、光へと還っていく。

 

 北斗LP4000→3900

 

「ぼ、僕の《プレアデス》がこうもあっさりと」

「続けて《ネオパーシアス》でダイレクトアタック」

 

 北斗の感傷には耳を貸さず、空矢は宣言した。天上の勇士が剣を天へと掲げると刀身に光が宿っていく。その輝きに満ちた剣が振り下ろされると光は斬撃と化して宙を駆けていき、北斗のライフを大きく削った。

 

 北斗LP3900→1600

 

「《ネオパーシアス》の効果が発動。このカードが相手に戦闘ダメージを与えた時、カードを1枚ドローします。カードを1枚セットしてターン終了です」

 

 空矢は満足げにターンを終える。先攻《プレアデス》を決められた返しのターンとしては上々の出来だった。成功の要因としては根本的に《プレアデス》が空矢のデッキと相性が悪いことがまず1つ。しかし、最大の原因は他塾生相手だからと北斗が油断していたことであった。

 

「38連勝中、ただの1度も削られたことのなかった僕のライフを1ターンでこんなに……。どうやら僕は君を大きく侮っていたようだ。重ね重ねの非礼を詫びるよ」

「構いませんよ。それが普通だと思いますし」

「だが! 僕を本気にさせた以上もう次はない!!」

 

 一応空矢が返答を言い終えてから宣言されたもののほとんど噛み合っていない、というよりは自分だけで完結している。侮るのを止めた割に空矢のことは眼中にないようだ。空矢が口元を引きつらせたのも当然のことと言える。

 

「僕のターン、ドロー! 《セイクリッド・ポルクス》を召喚し、効果発動。このカードの召喚に成功したターン、僕はもう1度だけ『セイクリッド』モンスターを通常召喚出来る。《セイクリッド・ハワー》を続けて召喚」

 

 2本の刃が平行して柄に填め込まれている独特な剣を持った大柄な戦士と、身の丈近い杖を持った金色の小柄な魔術師が召喚された。また2体のモンスターが並んだわけだが、今回レベルは2と4とで大きく離れている。もっとも、自信満々な北斗と表情が優れない空矢を見れば、そんな差など意味を成さないのは一目瞭然だが。

 

「《セイクリッド・ハワー》の効果発動。このカードをリリースすることで手札・墓地から《ハワー》以外の『セイクリッド』モンスターを1体特殊召喚する。僕は墓地から《カウスト》を特殊召喚する」

 

 魔術師が杖を天へと掲げ、頭上に大きな円を描いた。杖の軌跡に光の線が現れ、そこから零れ落ちたものが彼の身へと降り注いでいく。やがて光の幕が魔術師の姿を隠し切ると閃光が(ほとばし)り、彼の姿は何処かへと消えて代わりに半人半馬の射手が佇んでいた。

 

「さらに《セイクリッド・カウスト》の効果発動。《ポルクス》と《カウスト》のレベルをそれぞれ1ずつ上げる」

 

 先程と同じく半人半馬の射手は天へと矢を射かける。光の雨が降り注いだことも先程と同じだ。となれば、次に起こる出来事も先程と同じになることは想像に難くない。

 

 セイクリッド・ポルクス

 LV4→5

 セイクリッド・カウスト

 LV4→5

 

「《ポルクス》と《カウスト》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク5《セイクリッド・プレアデス》!!」

 

 光球と化した戦士達が光の渦へと呑まれ、星の騎士が再び場へと現れた。無論、前のターンに倒れた騎士とは同一にして異なる存在である。それでも何か思うところがあるのか、召喚と同時にその場で剣を一閃して意気込んでみせた。

 

「2ターン連続ですか。何というか、お疲れ様です」

「なに、僕はエクシーズ召喚をマスターしているからね。この程度のこと造作もない」

 

 空矢の言葉に対して北斗は得意顔で答える。労いの言葉をかけられたのが自分でないことに彼は気付いていないようだった。空矢の方も特に否定せず、無言のまま目を半分に細めて見詰めている。

 

「《セイクリッドの星痕》の効果で1枚ドローする。《プレアデス》の効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使い《プロディジー・モーツァルト》を手札へ戻す!!」

 

 自身を周回する光球を星の騎士が砕くと、天上の楽師を囲むようにして無数の光線が現れた。それらは一斉に彼女へと向かい、貫くと同時に相手を消滅させる。

 次のターンまた召喚される可能性は極めて高いものの、だからといって放置しておけば確実に効果を使われるので、貴重なオーバーレイ・ユニットを消費してでも今の内に退場させるしかなかった。

 

「バトルだ! 《プレアデス》で《ネオパーシアス》を攻撃!!」

 

 星の騎士が地を蹴って、一気に間合いを詰める。対する天上の勇士も剣を振り下ろし、光の斬撃を迫り来る敵手へと向けて放った。相手は逆手に構えた己が剣で受け止めるも、それに伴って勢いが殺がれる。

 

「ダメージステップにセットカード《スキル・サクセサー》を発動します。ターン終了時まで自分フィールド上のモンスター1体の攻撃力を400ポイントアップさせます。《ネオパーシアス》の攻撃力を400ポイントアップ!」

 

 主の援護を受けたからか天上の勇士は再び剣を天へと掲げ、横薙ぎの2撃目を放った。十字型へと変わった光を星の騎士は剣を斜めに傾けてどうにか受け止める。今や勢いは完全に死んでおり、むしろその場に留まることも出来ずに押し返されていた。

 このまま戦闘破壊されれば、返しのターンに直接攻撃を受けて敗北する可能性が濃厚となる。そんな危機的状況にも関わらず、北斗は口角を上げていた。

 

「その程度、想定内さ。手札から速攻魔法《禁じられた聖杯》をチェーン発動! ターン終了時までフィールド上のモンスター1体の効果を無効にし、そのモンスターの攻撃力を400アップさせる!!」

 

 セイクリッド・プレアデス

 ATK2500→2900

 天空勇士ネオパーシアス

 ATK2300→2700

 

 禁断の力を得た星の騎士は十字の光を切り裂き、再度地を蹴って敵手へと襲いかかる。天上の勇士も剣を以って迎え撃つが、一閃、剣諸共に胴を2つへと分けられた。

 

 空矢LP4000→3800

 

「まあ、さすがにそう簡単にはいきませんか」

「見くびって貰っては困る。とはいえ、君の手札に《オネスト》があったなら、さすがの僕も打つ手がなかったよ」

「そんな、いくらなんでも2回連続はないですよ」

 

 空矢は苦笑する。当たり前だが北斗には意味が分からず、余計に眉間へ皺が寄っていた。しかし、いくら考えたところであの場に居なかった彼に分かるはずもなく、釈然としないようではあったが程なくデュエルを再開する。

 

「僕はカードを1枚伏せてターンエンド。この瞬間、《禁じられた聖杯》の効果が切れて《プレアデス》の効果と攻撃力が元に戻る」

 

 セイクリッド・プレアデス

 ATK2900→2500

 

 1つ前の北斗のターン終了時とほぼ同じ状況だった。変わったことは手札の枚数やセットカードなど幾つかあるが、何より大きな変化は北斗自身であろう。今、彼は相手を油断なく見据えていた。

 

「僕のターン、ドロー。《ヴァルハラ》の効果を発動して《プロディジー・モーツァルト》を特殊召喚します」

「《プレアデス》の効果発動! 《プロディジー・モーツァルト》を手札へ戻す!!」

 

 星の騎士が最後の光を砕き、天上の楽師は現れるや否や退くこととなる。滞在時間は1秒にも満たなかった。後続を呼びだす厄介な難敵を退けた北斗は不敵に笑う。

 

「召喚・特殊召喚に成功したタイミングではスペルスピード1であるモンスターの起動効果はまだ発動することが出来ない。だが《プレアデス》の効果はスペルスピード2の誘発即時効果。特殊召喚直後であろうと関係ない。つまり、《プレアデス》が効果を使える限り、君はモンスターの効果を発動出来ないってことさ」

「言われなくても知ってます。そうじゃなかったら前のターンの時、わざわざ確認取ったりしませんでしたよ」

 

 長々と講釈を垂れてくる北斗に半目を向けながら空矢は答えた。

 本来なら発動の有無などは総て確認することが正しいのだが、昨今はアクションデュエルの隆盛もあってテンポよく進行することを重視する傾向が強く、むしろ最小限に抑えることが暗黙の了解となっている。敢えて尋ねるのは相手がパーミッションの時か、何か来ることが分かっている時、あとは相手に熟考が必要と思われる時くらいだ。

 それはさておき、出したものを戻されてしまった以上、当然新たに出す必要がある。空矢は己の手札から1枚引き抜き、デュエルディスクへとセットする。

 

「魔法カード《名推理》を発動します。相手は任意のレベルを宣言し、その後僕のデッキの上から通常召喚可能なモンスターが出るまでカードをめくってそれ以外のカードを墓地に送ります。そのモンスターが相手の宣言したレベルなら墓地に送り、それ以外なら僕の場に特殊召喚されます。というわけで、どうぞ」

「そんな運任せのカードを……まあいい。8だ。僕はレベル8を宣言する」

 

 鼻で笑った後に空矢へ横顔を見せながら北斗は宣言した。それでも片眼はしっかりと相手の動向を捉えている。運任せとはいってもある程度は操作可能なことを彼も分かっているようだ。

 

「8ですね。では、いきます。1枚目、(トラップ)カード《スキル・プリズナー》うん、少しついてますね。続いて2枚目……来ました」

 

 2枚目にして早くも対象のカードを引き当てた空矢は口角を上げる。直ぐに示すことはせず十二分に間を設け、焦れた北斗がこちらを向いてからようやくカードを提示した。

 

「レベル5《光神テテュス》です。8ではないので僕の場に特殊召喚されます」

「くッ!」

 

 純白の翼を有した女神が空矢の場に登場する。残念ながら攻撃力では星の騎士に劣っているものの、そんなことは些細な問題であった。

 

「《テテュス》が来たなら他にやりようがありますね。《トレード・イン》を発動。手札のレベル8モンスターを1体捨てることで2枚ドローします。《プロディジー・モーツァルト》を捨て2枚ドロー」

 

 天上の楽師は3回も手札に戻された挙句、遂には直接墓地に送られる。元の持ち主が見ていたならばどうなるか、想像しただけで恐ろしかった。いくらなんでも納得してくれるとは思うが。

 

「《テテュス》の効果発動。自分がドローしたカードが天使族モンスターだった場合、そのカードを相手に見せることでさらに1枚ドロー出来ます。《光神機(ライトニングギア)―轟龍》を公開し、ドロー」

 

 続けてドローしたカードを見て空矢は眉を寄せた。そのままの顔で北斗の方を窺い、その後ドローしたカードを再度見る。やがて彼は小さくため息をこぼした。

 

「仕方ありません、行きましょうか。《テテュス》で《プレアデス》を攻撃します!」

 

 攻撃力が劣っているにも関わらず空矢は命を下す。普通ならばその意図を疑うところであるが、今回に限っては明白であった。対戦相手の北斗も理解しているようで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「ダメージステップに墓地の《スキル・サクセサー》の効果発動。墓地のこのカードを除外することで自分フィールド上のモンスター1体の攻撃力を800ポイントアップさせます」

 

 光神テテュス

 ATK2400→3200

 

 援護を受けた有翼の女神は通常より少し高い位置へと浮かび上がると、その身から閃光を放った。熱量を持った光は星の騎士へと瞬時に到達すると、抗う暇すら与えずに一瞬で蒸発させる。

 

 北斗LP1600→900

 

「くッ、1度ならず2度までも……《プレアデス》を、僕のライフを」

「ライフを削ったのは正確には3度目ですけどね。僕はカードを2枚セットしてターン終了です。同時に《スキル・サクセサー》の効果が切れて《テテュス》の攻撃力が戻ります」

 

 光神テテュス

 ATK3200→2400

 

 屈辱に震える北斗を気にかけず、空矢はターンを終えた。一々気にかけていてはきりがない。大体、デュエル中にライフが削られるのは当然のことだ。どう考えても気にしている方がおかしい。

 しかし北斗の方からすれば今まで着実に積み重ねてきた記録をどこの馬の骨とも知れぬ輩に踏みにじられたのだ。しかも空矢のライフが3800なのに対して北斗は既に3桁に突入しており、誰がどう見ても劣勢である。そのようなこと、栄えあるLDSエクシーズコース首席として到底許容出来るものではなかった。今や完全に血走った眼を己が敵へと向けている。

 

「目にもの見せてやる! 僕のターン、ドロー!! 僕は」

「ストップ!!」

 

 突然空矢が大声で制止をかけた。ドローしたカードをそのまま使おうとしていた北斗は、射抜くような眼差しで相手を睨む。それでも空矢は動じることなく、自分のデュエルディスクの画面をタッチした。

 

「ドローフェイズに速攻魔法《手札断殺》を発動します。お互いに手札を2枚墓地へ送り、その後2枚ドローします」

「何ッ!?」

 

 発動されたのはただの手札交換カードだというのに、北斗は激しく動揺している。というのも、今彼の手札は丁度2枚なので墓地へ送るカードに選択の余地がないのだ。北斗の手札が1枚しかなかった為に《手札断殺》が発動出来ず、その結果わざわざセットすることになったのだから、そうなるのも当たり前である。

 抗う術などあるはずもなく、北斗は苛立ちをみせながらも手札を墓地へと送った。

 

「一応墓地へ送ったカードを確認しますね。《セイクリッド・アンタレス》と、ああ《セイクリッド・ソンブレス》ですか。なら、その反応にも納得いきます」

「くッ」

 

 自分のディスクを操作して相手の墓地の情報を引き出した空矢はそう言いながら頷く。1枚で状況をひっくり返すことが可能なカードであり、効果を使わず捨てる羽目になったのは間違いなく痛手だった。

 

「それはともかく、僕は《テテュス》の効果を発動します。《光天使(ホーリー・ライトニング)セプター》を公開してもう1枚ドローします」

 

 相手のターンだというのに節操無くドローする空矢を北斗は忌々しそうに見ている。これでフィールド、手札、ライフと総ての要素で空矢がリードすることとなった。

 北斗は入れ替わった己の手札を睨みつけていたが、どうやらよくないらしい。程なく奥歯を強く噛みしめた。

 けれども、そうした圧倒的不利な状況が逆に彼の頭を冷やす。顔や肩に入り過ぎていた力が徐々に抜けていき、いくらか余裕のある表情へと変わった。

 

「仕方ないか……。伏せカード《セイクリッドの超新星》を発動。墓地から『セイクリッド』モンスター2体を手札に加える。ただし、このターン僕はバトルフェイズを行うことが出来ない。《ソンブレス》と《グレディ》を手札に戻す」

 

 ブラフであったセットカードが使用される。1枚分のアドバンテージを得られるとはいえ、デメリットも大きいので出来るならば使わずに済ませたかったはずだ。最早そんな贅沢を言っている余裕はないが。

 

「僕は《グレディ》を召喚。そして《グレディ》の効果発動。手札からレベル4の『セイクリッド』モンスター《ソンブレス》を特殊召喚する」

 

 メイスを構えた戦士が今一度フィールドに現れ、新たに蝶の翅に似た光の翼を持つ天使を呼び出す。華奢な印象を受けるが、その実先も述べたように戦況を一変させるだけの力を秘めたモンスターだ。

 

「《ソンブレス》の効果発動。自分の墓地の『セイクリッド』モンスターを1体除外し、墓地の「セイクリッド」モンスターを1体手札に加える。《ポルクス》を除外し、《カウスト》を手札に。さらに、この効果を発動したターン「セイクリッド」モンスターを1体召喚出来る。僕は《カウスト》を召喚!」

 

 三度現れた半人半馬の射手に空矢は辟易した表情を見せる。このモンスターが現れたということは、もれなく奴も出てくるということだ。

 

「《カウスト》の効果発動。《グレディ》と《ソンブレス》のレベルをそれぞれ1つ上げる。レベル5になった2体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク5《セイクリッド・プレアデス》!!」

 

 遂に3体目の星の騎士が出陣する。改めて言うまでもないが、ルール上4枚目は存在しないのでこれが最後の登場だ。気力が満ち溢れている彼は現れるなり、仰け反るようにして裂帛の気合を発する。仮にこれでやられようものなら、立つ瀬がなかった。

 

「いい加減しつこいですよ」

「何とでも言え。『セイクリッド』エクシーズモンスターが特殊召喚されたことで、僕は《セイクリッドの星痕》の効果で1枚ドローする」

 

 空矢の訴えを軽く流して北斗はドローを敢行する。引いたカードを確認した彼は口端を上げ、それを手札へと加えると別のカードに手をかける。

 

「君に僕のデッキの真髄を見せてやろう! 僕は魔法カード《二重召喚(デュアルサモン)》を発動。このターン、2度の通常召喚が出来る。《セイクリッド・アクベス》を召喚。そして《アクベス》の効果発動! このカードの召喚に成功した時、自分フィールド上全ての「セイクリッド」モンスターの攻撃力を500アップさせる!!」

「ああ、それで手札に加えたのが《ポルクス》じゃなく《グレディ》だったわけですね」

 

 ようやく得心がいったように空矢は頷いた。《二重召喚》の効果は《ソンブレス》の効果とは併用出来るが、《ポルクス》の効果とは併用できない。モンスターをドローした場合の為に少々扱いにくい《グレディ》を選んだようだ。

 現れ出たのは両腕に大きな鋏を有した鋼鉄の戦士である。蟹に似たそのモンスターの両肩にはそれぞれ細い棒が存在しており、その先についた球体同士が空中に電流を交わし始めた。やがて北斗のフィールド全体を稲妻が突き抜け、星の騎士団の潜在能力を解き放つ。

 

 セイクリッド・プレアデス

 ATK2500→3000

 セイクリッド・カウスト

 ATK1800→2300

 セイクリッド・アクベス

 ATK800→1300

 

「僕はレベル4の《アクベス》と《カウスト》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク4《セイクリッド・ビーハイブ》!!」

 

 ここに来てようやく星の騎士以外のエクシーズモンスターが参上した。金と銀の重装備をまとった戦士だが、どちらかというとヒーローといった印象を受ける格好である。他に特徴として、オーバーレイ・ユニットとは別に針状の突起物を先端に有した黄色い物体が2つ、彼の周囲に浮かんでいた。

 

「どうだ! 1ターンに2度のエクシーズ召喚!! これこそLDSエクシーズコース首席である僕の実りょ」

「何で《セイクリッド・オメガ》じゃなく《ビーハイブ》なんですか?」

 

 声高に行われた北斗の自画自賛を空矢の疑問が遮る。ちなみに《セイクリッド・オメガ》とは、《ビーハイブ》と実質同じ条件で出せるランク4のエクシーズモンスターだ。オーバーレイ・ユニットを消費することで自分フィールド上全ての「セイクリッド」モンスターにエンドフェイズまで魔法・罠の効果を受けないという耐性を付与する効果を持つ。

 中途で止められて北斗は興が削がれたようであったが、それでも空矢へ冷笑を向けながら解答を始めた。

 

「ここまでの展開を見たところ、君のデッキは高攻撃力かつ優秀な効果を持つモンスターで押し切るスタイル。攻撃力2400の《オメガ》じゃいくらなんでも心もとない。妥協召喚した《光神機―桜火》に攻撃されたら、それこそ目も当てられない。その点、いくら君のデッキの打点が高いとはいえ《ビーハイブ》は押しきれない」

 

 語られた理由に空矢は純粋に感心した様子を見せている。LDSのエリートというのは伊達ではなく、しっかりと相手のことを観察していたようだ。彼の言う通り、いくら空矢のデッキでも《ビーハイブ》相手に力押しするのは難しい。

 

「ただ確かに《オメガ》を出してでも止めたいカードも入っているらしい。《プレアデス》の効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《テテュス》を手札に戻す!!」

 

 主の命を受けた星の騎士が光球を砕くと、幾つもの光の矢が宙に現れて照準を純白の天使へと向けた。100近くまで展開したところで、敵手に向けて一斉に放たれる。

 

「墓地の《スキル・プリズナー》の効果を《テテュス》を選択して発動! 墓地のこのカードを除外することで選択したカードを対象とするモンスター効果を無効にします」

「それでいい。僕はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 幾重にも層を為す8角形の透明な壁が出現し、光の矢を完全に遮断した。その光景を北斗は満足げに眺めながらターンを終える。無論、オーバーレイ・ユニットは惜しいが、それ以上にここで厄介なカードを空矢に使わせることが出来たのは大きかった。

 

「僕のターン、ドロー。《テテュス》の効果を発動します。《プレアデス》の効果を使いますか?」

「いや、そのまま続けてくれ」

「分かりました。《光天使スケール》を公開して1枚ドローします」

 

 問われた北斗は悩む様子を見せずに即答する。ドロー阻害も重要であるが、《プレアデス》の効果が使用出来ない状況で《ヴァルハラ》を使われるのは避けねばならなかった。

 追加のドローは1枚のみであり、計5枚になった手札を空矢はじっくり眺める。追い詰められている相手と違って彼にはいくらでも選択肢があった。

 

「手札から速攻魔法《光神化》を発動。天使族モンスターを1体攻撃力を半分にして手札から特殊召喚します。《光天使スケール》を特殊召喚」

 

 天秤に似た形状をした金色の天使が閃光と共に現れる。あまり広くない為か本来の大きさではなく、人間と大差ないサイズとなっていた。

 

 光天使スケール

 ATK1500→750

 

「《スケール》の効果を発動します。このカードの特殊召喚に成功した時、手札から『光天使』モンスターを1体特殊召喚出来ます。《光天使セプター》を特殊召喚。さらに《セプター》の効果発動。このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、デッキから『光天使』モンスターを1体手札に加えます。2枚目の《スケール》を手札に」

 

 新たに召喚された天使は何とも形容し難い外見をしている。球体を中心として正面以外の至る所から大小様々な棘が突き出し、上部の棘に至っては下部を貫く形で円錐状の物体が連結されていた。

 それはさておき、空矢の場には新たに2体のモンスターが並んだわけだが、星の騎士達には遠く及ばない。だというのに、空矢の場を見る北斗の顔は険しいものであった。

 

「これで2体のリリースが揃ったわけか」

「は? ……ああ、そういう発想になるんですね。僕はレベル4の《スケール》と《セプター》でオーバーレイ・ネットワークを構築します!」

「な!?」

 

 愕然とする北斗。彼の前方に位置する天井には見慣れた渦が出現していた。

 天井の渦が光球へと変じた天使を呑みこむと、巨大な煌めきが瀑布の如く落ちてくる。直後、爆発的な輝きがフィールドを覆い尽くした。

 

「高貴なる天上の葬送者よ。その凍える刃もて、不適なるものを祓いたまえ。エクシーズ召喚! ランク4《No(ナンバーズ).103 神葬零嬢ラグナ・ゼロ》!!」

 

 煌めきの内より降臨したのは、鉛色の肌を持つ女性である。柄の両端に湾曲した刃を有した特殊な武器を左右にそれぞれ持ち、白の装束をまとった姿は異国の巫女を思わせた。彼女が具えた神秘的かつ圧倒的な風格は瞬時にフィールドを支配する。他のモンスターと一線を画す何かが彼女からは感じられた。

 

「バカな! スクール生でもない人間がエクシーズ召喚だって!? それに何だこのモンスターは!? こんなものLDSのデータベースでも見たことない!!」

「何だ、と言われても困ります。少なくとも珍しいものじゃないと思いますよ。昔、友達にペットボトルのジュース1本と交換して貰いましたから」

 

 大きく動揺して怒鳴り散らした北斗であったが、空矢から冷水を浴びせられたことで急速に沈静化していく。

 そんな方法で手に入れたカードが貴重なものであるはずがなかった。むしろそこまで安価なエクシーズモンスターの方が珍しい。北斗のデッキとてLDSの援助がなければ到底揃えられなかったのだ。

 程なく北斗は落ち着きを取り戻す。そして、自身のエースモンスターを視界に収めることで不遜さも取り戻しつつあった。

 効果だけでも充分過ぎる程に強力であり、その上《アクベス》の効果によって攻撃力も3000の大台にまで達している。モンスターでの突破は相当困難であった。

 

「まあいい。どんなモンスターであろうと《プレアデス》の前には」

「特殊召喚成功時に《ラグナ・ゼロ》の効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、相手フィールド上の元々の攻撃力と異なる攻撃力を持つ攻撃表示モンスターを1体破壊してカードを1枚ドローします。僕は《プレアデス》を選択!!」

 

 北斗の安堵を掻き消すように空矢の宣言が為される。想定を超える効果を聞いた北斗は目を剥き、慌てて相手へと向き直った。そんな彼の様子を見て空矢はしたり顔をする。

 

「生憎、《ラグナ・ゼロ》の効果は《プレアデス》と同じ誘発即時効果です」

「ぐッ、《プレアデス》の効果をチェーン発動! 《ラグナ・ゼロ》をエクストラデッキに戻す!!」

 

 補足を聞いた北斗は歯噛みしながらも即座に命を下した。星の騎士が光球を砕き、白の葬送者に向かって光が殺到する。時をほぼ同じくして彼女は舞うように剣を振るい、斬撃が形を成して敵手へと襲いかかった。

 結果、光の方が僅かに早く対象を消し去ったが、直後に到達した斬撃によって相手もまた切り伏せられた。

 

「《ラグナ・ゼロ》の効果によって、カードを1枚ドローします」

 

 勿論このドローでも《テテュス》の効果は発動出来るが、空矢はドローしたカードを公開しない。単に出来ないのか、意味があってしないのかは彼本人にしか分からないことだ。そうして処理を終えていく空矢を北斗は切歯扼腕しながら睨んでいる。

 

「よくも《プレアデス》を……だが! まだ《ビーハイブ》が残っている」

「そうなんですよね。正直困ってます」

 

 今にもため息が聞こえてきそうな空矢の様子に北斗は一瞬呆気にとられ、次いで口の端を吊り上げた。前のターン行った自分の決断が想定以上に効果を発揮していることに気をよくしたらしい。実際問題として、除去カードが少なめな空矢のデッキで《ビーハイブ》を突破するのは相当骨が折れる作業だった。

 

「ところで、貴方の手札は今0枚であってますか?」

「ああ、その通り。けれども、ボードアドバンテージは互角、いやモンスターの差を考えれば僕の方が上だ。勝ち誇るのはまだ早い」

 

 不敵な笑みすら浮かべて北斗が返す。ライフで四倍以上負けている人間の態度とは到底思えなかった。まあ、ある意味デュエリストらしいとも言えるが。

 空矢は北斗の答えを聞くと己の手札を睨んで唸り始めた。それは結構な時間続き、初めの内は黙って見ていた北斗も焦れ出してくる。彼が苦情を述べようと口を開いた丁度その時、空矢が嘆息したことでようやく長考は終わりを告げた。

 

「あまりやりたくないですが、手札無しなら大丈夫ですかね。《テテュス》で《ビーハイブ》を攻撃します!」

「な、正気か!? 《ビーハイブ》の効果は分かっているだろ!?」

 

 熟考した末の結論に北斗は驚愕する。両者の攻撃力は共に2400であり、普通に考えれば相打ち狙いだ。しかし、《ビーハイブ》の効果がそんなことを許さないのを空矢も分かっているはずである。

 北斗は相手の意図を読み解こうと必死に考え込んでいた。が、よい結果を得られなかったらしく、舌打ちした後に険しい顔のまま断を下す。

 

「ダメージステップに《ビーハイブ》の効果発動! 『セイクリッド』モンスターが戦闘を行う場合、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことでターン終了時までそのモンスターの攻撃力を1000アップさせる!!」

 

 セイクリッド・ビーハイブ

 ATK2400→3400

 

 周囲を浮いていた物体の先端から光線が放たれ、星の英雄が持つ秘められた力を解放した。彼が雄叫びと共に拳を突き出すと腕の装備から光刃が飛び出し、迫っていた白の波動を打ち砕いて奥に居た純白の天使をも貫き通す。

 

 空矢LP3800→2800

 

「メインフェイズ2に入り、《ヴァルハラ》の効果を発動します。《幻奏の音女セレナ》を特殊召喚」

 

 空矢のフィールドにモンスターが存在しなくなったことで、神の居城がその効果を発揮した。右にだけ翼を生やした大人しそうな女性天使が召喚される。元々居た光神と比べても余りに頼りない姿を見て北斗は顔を顰めた。

 

「上級モンスターとライフを犠牲にしてまで呼び出したのが下級モンスター? 一体どういう」

 

 そこまで口にしたところで北斗は顔色を変える。どうやら相手の狙いが分かったようだ。というよりも彼に分からないはずがない。

 

「僕はこのターンまだ通常召喚してません。《スケール》を召喚し、レベル4の《セレナ》とでオーバーレイ! 《ラグナ・ゼロ》を再度エクシーズ召喚します」

 

 2体の天使が光球と化して渦に呑まれ、光の爆発が起こった。そうして白の葬送者が再び呼び出される。

 彼女の効果を使える状況は限定されているが、今は条件を満たしていた。《ビーハイブ》の効果が適用されるのはターン終了時までである。

 

「《テテュス》には悪いことをしましたが、これで貴方の芽は潰せます。《ラグナ・ゼロ》の効果を発動し、《ビーハイブ》を破壊します! ガイダンス・トゥ・フューネラル!!」

 

 白の葬送者は舞いながら幾度も刃を振るい、その軌跡は総て宙へと残った。やがて舞が終わると留まっていた斬撃が一斉に放たれ、剣の嵐に曝された星の英雄は瞬時の内に細切れとなる。

 これによってあらゆる点において北斗の優位が消えた。その為に払った犠牲は少なくなかったが。

 

「《ラグナ・ゼロ》の効果で1枚ドローします。カードを1枚セットしてターン終了です」

 

 終了宣言と共に空矢は1つ息をこぼした。相手の手札は無く、フィールドも1枚のセットカードと《セイクリッドの星痕》のみであり、さらには《プレアデス》を3枚総て墓地に送っている。ここまで持ち込めばまず空矢の勝ちは揺るぎなかった。

 そんな揺るがし難い劣勢に打ちのめされたのか、北斗は俯いたまま顔を上げない。その上肩まで震わせて何かに耐えていた。無理もない。無傷の38連勝から一転、相手のライフをたった200しか削れない体たらく。思うところがあるのは当然だ。

 けれども、デュエルはまだ終了していないのである。勝敗が決するまで続けて貰うしかなかった。戸惑いがちながらも空矢は口を開く。

 

「あの、貴方のターン」

「――るな」

 

 北斗の声が聞こえてきたことで空矢は言葉を止める。後になるにつれて声量を増していったようだが、最後以外はとても聞き取れる大きさではなかった。初めから聞かせるつもりで口に出したのではないのかもしれない。

 それから一拍の停滞を経た後、北斗は反り返るほど急激に顔を上げた。

 

「ふざけるなぁぁああ!!」

 

 咆哮が周囲を揺るがす。建物中に響き渡ったのではないかと思わせる程凄まじいものだった。間近で受けてしまった空矢は完全に固まってしまっている。呆けている彼に対し、北斗は先端から何か出すつもりなのではないかという勢いで指を突き付けた。

 

「この僕にエクシーズで挑もうなんて身の程知らずにも程がある! いいだろう、僕が本物のエクシーズ召喚をその身に味わわせてやる!!」

 

 怯めばいいのか笑えばいいのか判断しかねる形相で北斗が言い放つ。どうやらエクシーズで制圧されたことが彼の逆鱗に触れたようだ。それだけエクシーズに誇りを持っているのだろう。

 

「僕のターン、ドロー! 相手フィールドにのみモンスターが存在することにより、手札の《セイクリッド・シェアト》をその効果により特殊召喚出来る」

 

 ドローするなり呼び出されたのは、白の甲冑をまとった小柄な天使だ。己の身の丈ほどありそうな水瓶を懸命に頭上で支えており、子供と見紛う程の体格なのもあって非常に可愛らしい印象を受ける。

 

「永続罠《リミット・リバース》発動! 墓地の攻撃力1000以下のモンスターを1体特殊召喚する。攻撃力900の《ハワー》を特殊召喚し、《ハワー》の効果を発動! 墓地の《セイクリッド・アンタレス》を特殊召喚する」

 

 蘇った魔術師はすぐさま己を捧げることで、仲間を呼び寄せた。現れたのは、折れそうなほど細い胴と手足を持った鋼鉄の戦士である。その手には先端に槍の穂先に似たものがついた鞭のような代物を握っていた。

 

「《アンタレス》の効果発動! このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、墓地の『セイクリッド』モンスターを1体手札に加える。《ソンブレス》を手札に」

 

 細身の戦士は手にした武器を頭上で回転させた後、床へと向けて放つ。地面に黒い穴が開き、深みへと突き進んでいった武器は程なく冥府から翅ある天使を釣り上げた。

 

「《ソンブレス》を召喚し、効果を発動! 墓地の《アクベス》を除外し、《カウスト》を手札に加える。そして《ソンブレス》の効果により、《カウスト》を召喚する」

 

 前のターンと同じ手順で翅ある天使に続いて半人半馬の射手までもがフィールドに舞い戻る。《プレアデス》が3枚とも墓地に眠っている以上、ここから先の展開まで同じになることはあり得ないが。だがそれにしても、たった2枚のカードから一気に4体ものモンスターを並べたのはかなり驚異的である。

 北斗はここまで一気呵成に畳みかけるようにしてプレイしていた。故にこなした作業の割に時間はほとんどかかっていない。証拠に空矢は未だに先程の衝撃から立ち直れていなかった。北斗の表情からしてここで手を緩めることなどあり得ず、怒涛の展開が続くのは確実である。

 

「《シェアト》の効果発動! 自分フィールドまたは墓地の『セイクリッド』モンスターを1体選択し、そのモンスターと同じレベルになる。僕は《アンタレス》を選択し、《シェアト》のレベルを6にする」

 

 細身の戦士の方を見た小柄な天使は水瓶を頭上へと放った。口を下にして宙へと浮いた瓶から光の粒が降り注ぎ、所有者の存在の格を大きく上げる。

 ここに至ってようやく空矢は我に返り、次いでいつの間にか広がっていた状況を把握すると表情を曇らせた。

 

 セイクリッド・シェアト

 LV1→6

 

「レベル6の《シェアト》と《アンタレス》でオーバーレイ! 眩く光もて降り注げ。エクシーズ召喚! ランク6《セイクリッド・トレミスM7(メシエセブン)》!!」

 

 口上通り眩い光がフィールドを覆い尽くし、輝くような白さを持った鋼鉄の巨竜が光臨する。星の騎士団における最終兵器が登場したことによって場の空気は一変した。

 煌めく雄姿を空矢は目を細めて眺め、その後己の手札と見比べる。が、やがて小さく息をこぼすと首を左右に振った。

 

「《セイクリッドの星痕》の効果で1枚ドロー。《M7》の効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことで、フィールド上または墓地のモンスターを1体手札に戻す。僕は墓地の《プレアデス》をエクストラデッキに戻す!!」

「はあ!?」

 

 宣言を聞いて空矢が素っ頓狂な声を上げる。顔も驚きと疑念とで埋め尽くされていた。無論、北斗は構うことなく、デュエルディスクから出てきたカードを規定の収容スペースに収める。これにより条件は揃った。

 

「《カウスト》の効果を発動し、《カウスト》と《ソンブレス》のレベルを1ずつ上げる。レベル5になった2体でオーバーレイ! エクシーズ召喚! ランク5《セイクリッド・プレアデス》!!」

 

 4度目という通常では考えられない登場を星の騎士は遂げる。その場で4度剣を振るった後、地面へと突き刺した。主の心意気に打たれたのか、これまでになく闘志をみなぎらせている。

 

「《プレアデス》の効果を発動。《ラグナ・ゼロ》をエクストラデッキに戻す。失せろ半端もの!」

 

 光球が砕かれると白の葬送者を中心として閃光が発生し、何処かへと転移させた。半端もの呼ばわりされた空矢は不服そうにしながらも、黙ってカードをエクストラデッキへと戻す。

 空矢を護るモンスターは居なくなり、北斗の場には強力なモンスターが2体。見事、盤面はひっくり返った。

 

「これで終わりだ! 《プレアデス》と《M7》でダイレクトアタック!!」

 

 首を反らした鋼鉄の巨竜の口腔に輝きが集い、零れ落ちるほど満ちたところで空矢目掛けて一気に放出される。同時に星の騎士も煌めきを宿した剣を振り下ろし、光の斬撃が飛び出していった。改めて言うまでもなく、両方とも受ければ空矢の敗北が確定する。

 己を打ち倒すべく迫ってくる強大な光を前にして、空矢は複雑そうな顔を浮かべていた。何やら不本意そうである。仕舞いにはため息までこぼし、自分のディスクと向き合った。

 

「罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン自分が受ける全てのダメージは半分になります」

 

 空矢の目前で2つの光は目に見えて減衰する。ただそれは元が強すぎた為にそう感じるだけで、衰えてなお充分過ぎる威力をもって空矢のライフを大きく削った。

 

 空矢LP2800→1450→200

 

「首の皮1枚で凌いだか。だが、次のターンで仕留める! カードを1枚伏せてターンエンド」

「いや、次のターンって……まあ、いいですけど」

 

 空矢は何か言いたそうに北斗を見詰めていたが、結局は頭を振る。折角、猛攻を凌ぎきって自分のターンを迎えられるというのに表情が晴れなかった。永続魔法とセットカード1枚でモンスターなしというのは先程の北斗と同じ状況であるが、彼の場合は手札が2枚ある。北斗ほど難易度は高くなかった。あそこから逆転できた北斗の方がおかしい気もするが。

 何にせよ、空矢は気を落としたまま自分のターンを迎える。

 

「僕のターン、ドロー」

「この瞬間、罠カード《エクシーズ・リボーン》を発動! 墓地のエクシーズモンスターを1体特殊召喚し、このカードをオーバーレイ・ユニットにする。蘇れ《プレアデス》!!」

「ええ!?」

 

 落ち込んでいたのも忘れて空矢は驚きの声を上げていた。まさか5度目が来るなどとは誰も思うまい。だが現に星の騎士は冥府より蘇り、1つの光球が現れて彼の周囲を巡回し始めた。

 ダメ押しとばかりに1体追加されたことで、北斗の場には3体のエクシーズモンスターが並ぶ。鋼鉄の巨竜の両脇を騎士が固めた構図は壮観であった。

 

「これで僕は2体の《プレアデス》の効果で1ターンに2度、つまり君のカードを2回まで手札に戻せる。君はその状況下でこのターン中に勝利するか、最低でも3体とも除去しない限り、次のターン僕に負ける。要するにこの時点で君の負けってわけさ。見たか! これがLDSのエクシーズだ!!」

 

 北斗は言い終えるや否や、何かに突き動かされたように高笑いを始めた。恐らく限定パックのことなど完全に頭から抜け落ちているだろう。彼にとって何より大切なことは、LDSのエクシーズの誇りを護ることだ。

 一方、相手の勝利宣言を聞かされた空矢は放心している。絶対的不利な状況に戦意が挫かれた、というわけではないようだ。時を経るにつれ、彼の口元は綻んでいっている。

 

「何というか、ここまでされるといじけてたのが馬鹿らしくなりますし、何よりあなたに失礼ですね」

「は? 何を言ってるんだ?」

 

 空矢の突拍子のない発言に北斗は困惑を見せた。明らかに自分が関わっているというのに空矢が何のことを言っているのか分からないらしい。空矢も空矢で詳しく説明するつもりはないようだ。今、彼は戦意に満ちた顔を相手へと向けている。

 

「貴方が貴方にとっての全力で相手をしてくれた以上、僕も負けるわけにはいきません。持てる限りの力を尽くして相手をさせて貰います」

 

 今度は北斗が呆気にとられる番だった。負けないということは、取りも直さずこの状況をひっくり返すと宣言していることになる。北斗が勝利宣言を出すほどに決定的なこの状況をだ。にわかには信じ難く、北斗もまたそう考えたようである。

 

「ふん、減らず口を。そこまで言うなら精々足掻いてくれ。僕は《セイクリッドの星痕》の効果で1枚ドローする」

 

 北斗がドローしたことで、デュエルが再開された。空矢も引いたまま見ることのなかったカードへと視線を移す。確認した途端、彼は笑みを深めた。

 

「まずは《ヴァルハラ》の効果を発動。手札から《幻奏の音姫ローリイット・フランソワ》を特殊召喚します」

 

 フィールドに光の柱が現れ、その内から1体の女性天使が進み出てくる。青緑の髪をした淑女であり、紺のドレスを身にまとっていた。また、胴の前辺りには実体を持たない透明な鍵盤が浮かんでおり、今は陽気な曲を奏でている。

 

「特殊召喚成功時、何かありますか?」

「……《ローリイット・フランソワ》の効果は?」

「1ターンに1度、墓地の光属性天使族モンスターを1体手札に加えます。その代わり、この効果を使うターン、僕は光属性以外のモンスターの効果を発動出来ません」

 

 説明を受けた北斗は熟考の姿勢に入った。いくら2回使えるとはいえ今まで3度も突破を許してきた以上、使うタイミングは慎重になる必要がある。口元に手をやって深く考え込んでいた。たっぷり30秒程悩んだ末に彼は首を左右に小さく振ってから空矢を見据える。

 

「《プレアデス》の効果は発動しない。《ローリイット・フランソワ》の効果発動時にもだ」

「分かりました。では、《ローリイット・フランソワ》の効果発動。墓地から《光天使セプター》を手札に加えます」

 

 空矢は無事に手札へとカードを加えた。墓地のカードを手札に加える効果は確かに優秀だが、それ単体では戦況変える力はないということでもある。ならば、他の戦況を変えるカード相手に使った方が得策という考えも一理あるだろう。芽を潰すことを優先すべきと考えるものもいるだろうが。

 

「《セプター》を召喚します。《セプター》の効果は使いません。代わりというわけじゃありませんが、手札の《光天使スローネ》の効果発動! 『光天使』モンスターが召喚・特殊召喚された場合、このカードを手札から特殊召喚して僕は1枚ドローします。ただし、《スローネ》はエクシーズ素材にする場合、3体以上でのエクシーズ召喚にしか使用出来ません」

 

 棘だらけの天使が舞い戻り、その横に新たに黒い椅子にしか見えない天使が現れた。室内の広さに合わせてサイズを変えているので本当に椅子にしか見えないが、本来は人間の3倍近くある巨大な物体である。

 補足された説明を聞いて北斗は再度熟考に入ろうとしていたのを取り止めた。エクシーズ出来ないのならただの低攻撃力のモンスターに過ぎず警戒する必要はなかった。

 《スローネ》の効果でドローした空矢はそのカードを手札に加え、違うカードを手札から抜く。

 

「魔法カード《トランスターン》を発動します。自分フィールドのモンスターを1体墓地に送り、そのモンスターと種族と属性が同じでレベルが1つ高いモンスターをデッキから1体特殊召喚します。レベル7の《ローリイット・フランソワ》を墓地に送り、デッキからレベル8《マスター・ヒュペリオン》を特殊召喚します!」

 

 突如、空矢よりのフィールドに巨大な炎球が出現した。驚いたのも束の間、炎が左右に裂けてその内より1柱の御使いが現れ出でる。彼が腕を振るうと左右に分かれた炎が意思を持ったように動き出し、一点に向かって集束を始めた。程なく小さな太陽が彼の手元に出来上がる。

 そんな仰々しい演出を北斗は眉を顰めながら見ていた。演出が派手ということはつまり相応の能力があるということである。

 

「《マスター・ヒュペリオン》の効果は?」

「そんな大したものじゃないですよ。墓地の光属性天使族モンスターを1体除外することで、フィールド上のカードを1枚破壊出来るってだけで」

「《プレアデス》の効果発動! 《ヒュペリオン》を手札に戻す!!」

 

 北斗が迷うことなく即断したことに、空矢は苦笑いするしかなかった。大仰な演出で登場した天使であったが、退場する時は特に演出もなく一瞬で消え失せる。余りに呆気なかった。見かけ倒しな結末を見て北斗は嘲笑を浮かべる。

 

「今のが奥の手だったようだが、残念ながら《プレアデス》の前では無意味だ」

「大丈夫ですよ。本命は違いますから」

「負け惜しみを。既に召喚権を使った状態で、君の場には下級モンスターが2体居るだけ。しかも《スローネ》の効果でエクシーズ召喚も出来ない。この状況で一体何が出来るっていうんだ」

 

 微笑みすら浮かべて言ってきた空矢に対し、北斗は冷笑まじりに彼の置かれている状況を告げた。確かに彼の言う通りであり、今の空矢に出来ることなどたかが知れているように思える。

 しかし、耳に痛いはずの反論を聞いた空矢は逆に益々笑みを深めた。

 

「確かにエクシーズは出来ませんが、僕の場合は別にエクシーズにこだわる必要ありませんから。墓地の《ブーテン》の効果を《スローネ》を対象に発動! 墓地に存在するこのカードを除外することで、自分フィールドの光属性天使族モンスター1体をチューナー扱いにすることが出来ます!!」

「なッ! チューナー!?」

 

 北斗の声が裏返る。そんな単語が出るとは微塵も予想していなかったようだ。それ以前にそんなカードが墓地に送られていたことにすら彼は気付いていなかっただろう。けれども、いつ行われたのかについては瞬時に察することが出来た。今にも唇を噛みしめそうなほど表情を歪めている。

 

「《手札断殺》の時に墓地に送ってたのか」

「ダメですよ、相手が墓地に送ったカードは何なのかしっかり確認しないと」

 

 冗談交じりに空矢に言われ、北斗はさらに臍を噛むこととなった。確かに空矢はあの時、北斗の墓地を確認している。あの時点では北斗にそこまでの余裕はなかった。何より、今更後悔したところでまるで意味がなかった。

 

「レベル4チューナーとレベル4モンスターが1体ずつ。つまり、レベル8のシンクロモンスターが召喚可能」

「その通りです。じゃあ行きましょうか。僕はレベル4の《セプター》にレベル4のチューナーになった《スローネ》をチューニング」

 

 遂に空矢が宣言を発する。何が出てくるか分からないもののレベル8というとやはり強力なモンスターが多く、さらには特殊召喚時に連動して発動する誘発効果の可能性も捨てきれなかった。

 

「そんなもの通すかッ! もう1体の《プレアデス》の効果により《スローネ》を手札に戻す!!」

 

 一連の処理が始まる直前、北斗の叫びがどうにか割って入ることに成功する。まさに緑の輪へと姿を変えようとしていた黒い椅子が光に包まれて消え去った。フィールドを離れたことにより、チューナーとして扱う効果も切れる。

 間に合ったことに安心したのか、北斗は大きく息をついた。これで反撃の芽は完全に摘まれたことだろう。いつの間にか流れていた額の汗を拭うと北斗は不遜な顔へと戻り、そのまま相手へと向き直った。

 

「君には本当に驚かされる。エクシーズに加えてシンクロまで使うなんて正直全く想定してなかった。だが、これでもう」

「これでもう《プレアデス》の効果は使えませんね」

 

 北斗の言葉に重ねてそう口にした空矢は不敵に笑っている。ようやく北斗も感づいたが、彼に出来ることはもうなくなっていた。遮るものがなくなった空矢は揚々と手札を切る。

 

「魔法カード《モンスター・スロット》を発動します。自分フィールドのモンスターを1体選択し、墓地から同レベルのモンスターを除外することで僕は1枚ドローします。そのカードをお互いに確認して同レベルのモンスターだった場合、特殊召喚します」

「な! つまり、ドローしたモンスターがレベル4ならそのままエクシーズが……。さっき《セプター》の効果を使わなかったのはこの為か!?」

 

 北斗の問いに対して空矢は意味ありげに笑ってみせた。初めから計算しつくされていたという事実は北斗を愕然とさせる。ちなみに、実際は単に呼び出すモンスターがデッキに居なかっただけだ。

 

「だが、そんな運任せが成功するわけない!!」

「それはやってみないと分かりませんよ。僕はフィールドの《セプター》、墓地の《スケール》を選択します。ドロー!!」

 

 気合いの入った掛け声と共に空矢は勢いよくデッキの上からカードを引き抜く。腕を伸ばし切るまで全力でドローした空矢は、ゆったりとした動作でカードを己の目前まで運んだ。勝敗を決することになるだろう空矢の動きを北斗は固唾を呑んで見詰めている。

 やがてカードを視認した空矢は一笑し、相手に向けて提示した。

 

「2枚目の《ヴァルハラ》です。……きっと兄さんだったら引き当てて盛り上げてくれるんですが、やっぱり上手くいきませんね」

 

 空矢は肩を落とす。引っ張った割に散々な結果だった。そもそも空矢のデッキは《名推理》を使う為にモンスターのレベルを極力ばらけさせている。下準備なしに成功する確率など皆無に近かった。

 示された緑に北斗は胸をなで下ろす。彼らしからぬギリギリの戦いであった。それから北斗は気を落としている相手の姿に気がつくと嘲笑とは異なる笑みを浮かべる。

 

「当然の結果だよ。ただ君も僕相手に充分健闘したと」

「仕方がないので永続罠《奇跡の光臨》を発動します」

 

 笑みを浮かべた石像が出来上がった。この期に及んで本命を隠しているなど思いもしなかっただろう。別に空矢も隠していたわけではなく、《モンスター・スロット》で決まれば盛り上がると思っていただけである。

 

「その効果により、除外された天使族モンスターを1体特殊召喚します。《スケール》を特殊召喚。さらに『光天使』モンスターが特殊召喚されたので、手札の《スローネ》の効果を発動。《スローネ》を特殊召喚し、1枚ドローします」

 

 棘だらけの天使、天秤状の天使、椅子型の天使の3体が揃い踏みした。どれ1つとして到底天使に見えないが、そんな事は関係ない。大事なのはそれら総てが同じ格を有しているということだけだ。

 

「《スケール》《セプター》《スローネ》の3体でオーバーレイ・ネットワークを構築! 光統べし天上の射手よ。破魔の耀きもて、我が敵を貫きたまえ」

 

 地面にお決まりの渦が現れ、光球と化した3体が飛び込んでいく。呑みこむと同時に渦の光が完全に消えた。刹那、急激に拡散した煌めきがフィールドを埋め尽くす。

 

「エクシーズ召喚! ランク4《No.102 光天使グローリアス・ヘイロー》!!」

 

 現れ出でたのは人型の形状をした金色の御使いだった。人型といっても出来損ないのロボットの方がまだ人に似ているようなお粗末なものだが、それでも発する威圧感は他の追随を許さぬほどである。単純に外見だけならば魅力などないに等しいが、思わず仰ぎ見させる何らかの要素を持ち合わせていた。

 

「《セプター》を含む3体以上を素材としたエクシーズモンスターの召喚に成功した時、フィールド上のカード1枚を破壊して1枚ドローします。《M7》を破壊!!」

 

 大小様々な棘が大量に宙へと現れ、鋼鉄の巨竜目掛けて殺到する。数瞬にしてハリネズミと化した巨竜はそのまま爆発四散した。それでようやく北斗は我へと返り、目を怒らせて空矢を睨みつける。

 

「くッ、だが《グローリアス・ヘイロー》の攻撃力は《プレアデス》と同じ2500! 次のターン、《プレアデス》を素材に《M7》を出せば、丁度200の戦闘ダメージで僕が勝つ!!」

「いやこれで終わりです。《プレアデス》を対象に《グローリアス・ヘイロー》の効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことで相手モンスター1体の効果を無効にし、攻撃力を半分にします!!」

「んなっ!?」

 

 主の命を受けた金色の射手は光球の1つを掴み取り、手の内で細長い棒状へと変化させた。矢の形をとった光を弓へと番え、敵手目掛けて放つ。光の矢は狙い違わず標的を貫き通し、星の騎士はたまらず片膝をついた。

 

 セイクリッド・プレアデス

 ATK2500→1250

 

(とど)めです! 《グローリアス・ヘイロー》で攻撃力の下がった《プレアデス》を攻撃! ライトニング・クラスター!!」

 

 金色の射手は手の内へと光を集束させ、投槍の形状を取らせる。甲高い駆動音を鳴らしながら放ると、投槍は途上で光の奔流へと姿を変えた。手負いの騎士に受け止める術はなく、押し流され消滅していく。流れはそれだけでは留まらず、余勢を駆って北斗へと襲いかかると余さず刈り取っていった。

 

 

 北斗LP900→0

 

 

 それぞれのデュエルディスクの画面に「WIN」と「LOSE」の文字が表示され、総てのソリッドビジョンが消える。空矢は1つ息をついた後に笑みを浮かべ、北斗は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「僕の連勝記録が、こんなところで……」

 

 自分で口に出したことで実感が増したらしい。前に倒れ込むようにして両手をついて項垂れた。自分が呼び込んだのだから犬に噛まれたとでも思って諦めるしかない。そんな風に思える余裕があらならば初めから落ち込んでなどいないが。

 

「別にそんなに落ち込むことないと思いますが」

「黙れ! 負けは負けだ。同情は必要ない」

「いや別に同情してるわけじゃないんですが、というかそもそも何に同情すればいいんですか?」

 

 床に手をついたまま怒鳴って来た北斗に対して空矢は困り顔だ。連勝が途絶えたのは惜しいだろうが、勝負は時の運である以上一々落ち込んでいたらきりがあるまい。惨敗というのならともかく、決してそんなことはなかったのだから尚更だ。

 今にも床に沈み込んでいきそうな北斗を空矢は半目で眺めていたが、やがてため息をこぼしてから口を開く。

 

「まあ、貴方が負けたのは間違いないですが……って大丈夫ですか?」

「ど、同情は必要ない」

 

 抉られた胸を押さえながら目一杯北斗は強がってみせた。他人に言われるとやはり堪えるらしい。彼はいわゆる豆腐メンタルというものの持ち主であるようだ。

 

「大丈夫ならいいですが……。で、何が言いたかったかというと、貴方の負けは変わりませんが僕も勝ったとは思ってませんよ」

「……何?」

 

 空矢の言葉に北斗はようやく上体を起こす。ただ、その顔は険しかった。無理もない。散々必要ないと突き返していた言葉そのものに聞こえた。

 

「貴方の最後のターン、《M7》の効果で《ラグナ・ゼロ》を戻され、《カウスト》と《ソンブレス》との3体で直接攻撃されていたら負けていたのは僕でした」

「ふざけるな! エクシーズ召喚で勝たなければ意味がない!!」

 

 北斗は激昂する。相手がエクシーズを使わなければ空矢の口にした通りの方法で勝っていたかもしれない。しかし、エクシーズを使ってきた以上、それを上回るエクシーズ召喚によって決着をつけなければならなかった。それがエクシーズ使いとしての彼の矜持である。

 空矢は苦笑する。北斗の信念はデュエルを通してはっきりと伝わっていた。ただ空矢にも空矢の矜持がある。一時は失っていた大切なものが。

 

「分かってますよ。だから貴方の負けは変わりません。けれど、負ける可能性があった以上、僕も勝ったとはとても思えません」

「さっきから一体何が言いたいんだ?」

 

 要領を得ない空矢の発言に、いつしか北斗の顔は怪訝そうなものへと変わっていた。空矢本人も自覚はあるのだろう。苦笑の度合いが深まっていた。

 

「そうですね、つまり」

 

 目を瞑り、腕を組んで考える空矢。少しの合間だけそうして悩んだ後、彼は打って変わって晴れやかに笑った。

 

「もし次の機会があったらお互い悔いのないデュエルをしましょうってことですね」

 

 一気に飛躍した答えを返され、北斗は眉間の皺も消して空矢を眺めている。まあ、戦い終わったデュエリストが相手に言いたいことなんて大抵そんなものだ。実際大概はそれだけでどうにかなってしまうのもデュエリストならではである。

 北斗は未だ呆然としていたが、空矢もそれに何時まで付き合っているわけにもいかなかった。デュエルディスクの液晶を見ると、鞄に片付け始める。

 

「悪いですが、そろそろ時間ですので失礼します」

 

 軽く一礼すると出口へと向かって歩を進めた。刻限まで余り時間は残されていない。

 

「待て!」

 

 今まさに出ようとしたところで、空矢は背後から呼びとめられた。いつの間にか北斗が立ち上がっており、振り返った空矢へと真正面から視線を送っている。そして当然、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「次は勝つ。エクシーズ召喚でだ」

「楽しみにしてますよ」

 

 自らも同様の笑みを向けることで応え、空矢は部屋を後にする。扉を背に立つ彼は、目を閉じて何やらやり遂げた顔をしていた。よく分からないが、恐らく空矢にとっては実りのある時間だったのだろう。

 僅かな合間そうして余韻に浸っていた空矢だったが、約束の時間が迫っていたのもあって目を開いて進もうとした。

 が、それは叶わず彼は硬直する。

 

「君、志島を倒すなんて凄いね! エクシーズコースの新入生?」

「止めを差したの初めて見るモンスターだったけど、よかったらちょっと見せてくれない?」

「それより前のターンで《プレアデス》を倒したエクシーズモンスター! あれトレードしてくれね?」

「あ、てめぇ抜け駆けすんな!!」

 

 全く見覚えのない同年代ほどの男女が一斉に詰め寄って来た。途中北斗が絶叫したのもあって、いつしか大量のギャラリーが集まっていたらしい。この部屋も他の多くの部屋と同じように通路側はガラス張りとなっていた為、全員外から観戦していた。明日と言わず今日の内に北斗の敗北がLDS中に知れ渡ることだろう。

 

「え、ええっと……」

 

 曖昧な笑みを浮かべて空矢は後ずさった。そして相手が距離を詰めてくる前に反転し、一気に駆け出す。何人かは慌てて追いかけるが、遊勝塾で指導を受けている空矢に追いつけるはずがなかった。

 最後はなんとも締まらない感じになったが、とにもかくにもこうして空矢は本当にその場を後にした。

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

「――これは、そう。遅れることを詫びる電話です。別に何の問題もありません」

 

 空矢はデュエルディスクに向かって何やら言い訳をしていた。といっても誰かと通話しているのではなく、本当に液晶を見ながら口にしている。通路の端で延々と独り言を述べている姿は他の通行人の注目を集めたが、声をかけるような物好きは1人もいなかった。

 

「決して迷ったから助けを求めようとしているんじゃありません。だから、何も気にする必要なんてないんです」

 

 そう言って空矢は頷く。ディスクの画面には「柊柚子」の文字と「発信」という字が出ていた。要するに、迷子になったから待ち合わせに遅れそうなのだが、みっともなくて連絡しかねているらしい。確かになんとも情けない話だった。

 

「大体、僕は迷ってなんかいませんし。いつも人より少し時間がかかるだけでしっかり到達出来てますから。だから今も迷ってません」

 

 強引に自分を納得させる空矢。ちなみに、彼の言う少しというのは大体1時間前後である。そもそも本気でそう思っているならさっさと電話すればいいのだ。躊躇している時点で語るに落ちている。

 

「……よし!」

 

 それでもようやく決心したらしく、唾を呑み込んでから恐る恐る画面へと指を向けた。しかし、突然震え出した為に失敗する。

 震えたのは指ではなくディスクの方であり、「兄さん」と液晶に表示されていた。空矢は慌てて画面タッチすると、耳へと押し当てる。

 

「あ、兄さん。今」

「空矢!! お前今どこに居るんだ!?」

 

 予想だにしなかった大音量に空矢は思わず上体ごとディスクから離した。彼の周りに居た通行人が皆足を止めるくらいの大きさである。彼は少々涙目になりながら、ディスク持ち替えて反対側の耳へと当てた。

 

「何処って、ええと、Sの314という教室の近くです」

「Sの314だな。待ってろ! 直ぐ行くから絶対そこ動くなよ!!」

 

 それだけ伝えて電話が切られる。空矢は未だに耳が痛いらしく、片耳を押さえながら顔を顰めていた。音楽を聞こうとして間違えて最大音量でかけてしまった時に比べればいくらかマシである。マシでしかない程度にはダメージがあった。

 結局、空矢が完全に立ち直るまでそれなりに時間がかかる。逆に言えば、耳の痛みが引く程度の時間しか経っていないにも関わらず、早くもその原因がやって来た。

 

「空矢!」

 

 通路のだいぶ先から声が掛けられる。通行人が何事かと振り返ったりしているが、遊矢は構わず空矢へと駆け寄って行った。相当急いできたらしく彼以外の面々の姿は見えない。

 視認した空矢は表情を明るくしたが、ただならぬ様子を確認すると眉を寄せた。空矢の許までやって来た遊矢はその両肩を掴む。

 

「大丈夫か!? なんか酷い目にあったりしてないよな!?」

 

 心配そうに空矢の頭からつま先まで眺めていた。いつにない兄の態度に空矢はしきりに瞬きを繰り返している。明らかに様子がおかしかった。もしかしたらエントランスで絡まれたことを知ったのかもしれない。

 

「酷い目って、そんなことあるわけないじゃないですか。ちょっとオーバーですよ」

 

 兄に心配をかけたくなかったのか、空矢は微笑みを浮かべた。実際、少し因縁つけられてデュエルしただけなので、気にするほどのことでもなかった。むしろ本気でデュエルが出来て満足していることだろう。

 そうして空矢の無事を確認した遊矢は、胸に手を当てて深く息をついた。次いで、苦笑を浮かべて弟へと向き直る。

 

「そ、そうだよな。ごめん。色々あってちょっと焦ってた」

「色々?」

 

 空矢が聞き返すと遊矢は一瞬だけ口を開いて固まり、直ぐに取り繕うように笑みを浮かべた。兄弟で考えることはほとんど同じである。

 

「あ、いや、大したことじゃないから。そんな話すようなことじゃないし」

「大したことじゃないなら話してください」

「だから、ホントに大したことじゃないって。聞いても絶対つまらないから」

「つまらなくてもいいですから、話してください」

 

 考えることはほとんど同じであったが、反応はまるで違った。あっさり納得した兄と違い、弟はあくまで聞き出そうとしてくる。空矢の瞳からは温かみが失われていた。ダーツの矢を顔に投げつけただけであの怒りようだったのである。正直に答えた場合どうなるのか、あまり考えたくもなかった。

 しかしながら、空矢の追及をいつまでも遊矢がかわし続けられるとは到底思えない。約4名の命運は本人達の預かり知らないところで、今や風前の灯火となっていた。

 

「ねえ、師匠。この人、誰?」

 

 唐突に第三者が2人に話しかけてくる。空矢も毒気が抜かれたようで少し間の抜けた顔を声がした方へと向けた。結果、空矢は此方を見上げてくる水色髪の少年と目が合う。とはいえ、恐らく年は同じくらいなので言う程大した身長差はなかった。そうした小柄な体格と翠の猫目も相まって非常に可愛らしい印象を受ける。一部の嗜好家に見つけられれば警察沙汰になること確実な容貌であった。

 初対面の空矢は意味が分からず立ち尽くしている。一方、遊矢は若干鬱陶しそうにその相手を眺めていた。

 

「誰って、榊空矢。俺の弟だよ」

「ああ、師匠の弟さん。全然似てないから分かんなかったよ」

 

 笑顔でストレートに言われ、空矢の眉が上がる。似てないのは事実だとはいえ、初対面の相手にわざわざ声に出して言うことでもなかった。空矢からの第一印象が一気に底辺近くまで落ちる。意味もなく楽しそうな相手に対し、空矢は半目を向けていた。

 

「兄さん、誰ですかこの人は?」

「え、ああ、こいつは」

 

 空矢に尋ねられた遊矢は後頭部に手をやって明後日の方を見ている。答えにくそうにしている、というよりは彼自身も戸惑っているようだった。

 遊矢の心境を察したのか、水色髪の少年は榊兄弟の間に割って入るようにして空矢の前へと出る。そうして彼の視界を独占すると咲くように笑ってみせた。

 

「僕、紫雲院素良。今日師匠のデュエル見てビビッときて、その場で弟子入りしちゃった。ホントに凄いよねペンデュラム召喚って! あ、というわけでよろしくね、弟さん」

 

 

 

 ――こうして空矢は最大の敵と邂逅したのだった。あくまで彼にとってのだが。

 

 




最初の方使ったカードが前とほとんど同じという積み込み疑惑www
すみません、今後はこんなことにならないよう努力いたします。

空矢のデッキは基本の構築は一緒ですが、毎回少しいじっています。今回は除外の要素を組み込んだものです。《ヒュペリオン》と《モンスター・スロット》しか出ませんでしたが、他にも除外するカードを幾つか入れています。なので、極端にその場しのぎなカードを入れることはないのでご安心ください。汎用性が高く一部デッキにはメタになり得るカードは入ってますが……
ちなみに、《死者蘇生》など汎用性が飛びぬけているのに原作で誰も使って居ないカードは使わない予定です。なので北斗は《リミット・リバース》を使うことに。《リビングデッド》は小説だとアンデット族以外には正直使いにくいです。だって、ねえ……
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